24 / 185
第三章「獣戦慄吼噦(けものわななくきつねのなきごえ)」
【魂魄・壱】『輝く夜に月を見た』23話「御狩りの儀」
しおりを挟む
「話にはまだ続きがあってね。加害者の息子と被害者の娘が話し合って、二度と同じ過ちが起きないように石鉢を二つに割って互いに持ち戒めにしたんだ。石鉢は削られて二つの勾玉になり、当時の刀匠が加害者を切った刀と被害者の娘の刀を不死山の溶岩で溶かして、鍛え直した二揃えの不斬刀の装飾とした」
「まさか貴武陛下の勾玉は……」
「その片割れだよ。加害者側の息子が持っていた勾玉入りの宝刀は半獣達による分割統治から、邪馬徒朝廷の統一に時代が変移していく中で兄貴の手に渡ったんだ」
「じゃあ、もしかして綱さんが封印を解いたあの獅子ノ子が……」
「その不斬刀なのかッ」
「そうだよ、よく知ってるね。加害者の族長『獅子王』の息子が、邪悪な気に魅せられた父のあやまちを戒めとした刀。不斬刀だから肉体を断つことはできないけど、勾玉の効力で魂魄を分かつことができる」
「その魂魄って……何なんだ」
「容器が魄で中身が魂。霊は一霊四魂といって四つの魂から一つの霊が成り立っているんだけど、禍々しく邪悪な意思に魅せられると通常の健全な直霊が邪な曲霊となってしまう。曲霊となった魂は生物を狂気に走らせるんだ」
「貴武陛下が狂気に魅せられたのも獅子王が奪った仏の御石鉢、つまり禍々しい邪悪な意思が憑いた殺生石……勾玉のせいなのか」
「そう。だから兄貴から獅子ノ子を奪って欲しいんだ。そうすれば兄貴に憑いた邪悪な意思も消えると思う。私は元の優しい兄貴に戻って欲しい、ただそれだけなんだ」
「わかりました。陛下を元に戻すためだったら」
「じゃあ、あんたも協力してくれるんだろうな?」
「もちろんさ。光圀を協力させよう。日ノ本一の自慢の武人だ。彼は強いよ」
「宜しく」
「……」
手を取り合うキザシと紗君。腕を組みながら互いに牽制し合うトキと光圀。そして彼らを見て何かを考え込むキジであった。
『朕は国家なり。日ノ本よ、邪馬徒の民よ、誉れ高き御狩りを納めよ』
夕暮れの不死山の裾野に国皇の声が響き渡った。中央の国皇を囲むように長男である貴武、次兄の紗君、三男翔栄、四男勲火といった日ノ本の各地方を統括する公達がそれぞれ陣を形成していた。
「滄溟は病で来れぬか、ひ弱な五男だ」
「恋敵が一人減っただけのこと、輝夜の君は私が頂く」
これから四人の公達はそれぞれに当てられた百人の半獣の数を減らすことなく対する三名の公達の半獣を狩る。狩りとは言っても刀は竹光で、先の丸い矢を用いるなど儀式的な側面が強かったが、皇子達の目的は輝夜獲得のために必要な宝の獲得だ。
この狩りで最も功績を国皇に示すことができた者が他の皇子が持つ宝を得ることができる。そのためには自分自身も宝を提示することが条件で、貴武は「獅子ノ子」を紗君は「蓬莱玉の枝」を提示したが、他の皇子は輝夜の君が望んだ物を得られなかったので代りに領地などを提示した。
キザシは貴武が傍らに侍らせているカグヤを見つめた。彼女は首に大きな枷が嵌められており白いウサギ耳はしな垂れている。
その姿に憤りを覚えたが、まずは儀式で紗君を勝たせ獅子ノ子を得て、陛下から邪悪な意思を切り離すことに専念しようと、後ろ髪を引かれる思いで対峙する紗君陣営を見つめた。
皇子は二名まで部下を従わせることができ、貴武は頼光とキザシを、紗君は光圀と鎧甲冑に身を包んで変装したトキを従わせることとなった。
これはトキと光圀の紗君軍が貴武軍のキザシと水面下で協力して他の陣営を討ち取り、キザシが決勝で故意に貴武軍を敗北させ紗君軍を勝利に導くという、水面下で手を組んだ作戦だった。
「若、作戦ですが……もう一度確認致します」
小鳥の姿となったキジが貴武陣営で紗君陣営を見据えるキザシの肩に乗り、他に聞こえぬほど小さな声で囀った。
「うん、国皇や陛下、他の公達に気付かれぬように……紗君陣と力を合わせる」
「儀式が始まったら日ノ本最強の武人と謳われる光圀を率いる紗君陣が最弱の勲火陣を攻めます。勲火の守る半獣は鹿。男鹿の半獣は少しばかり抵抗するでしょうが、およそ虎の半獣を率いる紗君陣には歯が立たないでしょう。足の速い彼らを狩りきるのにどれだけ時間がかかるかが肝要となります」
「うん。陛下はおそらく紗君陣を叩きたいだろうけど、そのままでは力の差が歴然だから一旦は勲火陣と争わせておき翔栄陣の熊達を狩ると思う。陛下の選ばれた半獣は鳥、上空からの遠距離攻撃に足の遅い熊の半獣は格好の標的となる」
「はい、私が指揮を執れば最短で翔栄陣に打ち勝てるでしょう。問題はそのあとです。鹿を狩った紗君陣と熊を狩った貴武陣が対峙します。我らで虎達を抑えておきますがあくまでフリをするだけです。半獣同士の勢力が拮抗している間に若はトキにわざと負け、残った頼光様をトキと光圀殿が討って紗君殿下が勝利します」
「はたして上手くいくかな」
「……成功させましょう。貴武陛下を邪悪な意思から救わなければ」
顔を見合わせるキザシとキジ。その時、開会の合図なのか日ノ本国皇の声が不死の裾野に轟いた。
『それでは、只今より御狩りの儀を執り行う』
「まさか貴武陛下の勾玉は……」
「その片割れだよ。加害者側の息子が持っていた勾玉入りの宝刀は半獣達による分割統治から、邪馬徒朝廷の統一に時代が変移していく中で兄貴の手に渡ったんだ」
「じゃあ、もしかして綱さんが封印を解いたあの獅子ノ子が……」
「その不斬刀なのかッ」
「そうだよ、よく知ってるね。加害者の族長『獅子王』の息子が、邪悪な気に魅せられた父のあやまちを戒めとした刀。不斬刀だから肉体を断つことはできないけど、勾玉の効力で魂魄を分かつことができる」
「その魂魄って……何なんだ」
「容器が魄で中身が魂。霊は一霊四魂といって四つの魂から一つの霊が成り立っているんだけど、禍々しく邪悪な意思に魅せられると通常の健全な直霊が邪な曲霊となってしまう。曲霊となった魂は生物を狂気に走らせるんだ」
「貴武陛下が狂気に魅せられたのも獅子王が奪った仏の御石鉢、つまり禍々しい邪悪な意思が憑いた殺生石……勾玉のせいなのか」
「そう。だから兄貴から獅子ノ子を奪って欲しいんだ。そうすれば兄貴に憑いた邪悪な意思も消えると思う。私は元の優しい兄貴に戻って欲しい、ただそれだけなんだ」
「わかりました。陛下を元に戻すためだったら」
「じゃあ、あんたも協力してくれるんだろうな?」
「もちろんさ。光圀を協力させよう。日ノ本一の自慢の武人だ。彼は強いよ」
「宜しく」
「……」
手を取り合うキザシと紗君。腕を組みながら互いに牽制し合うトキと光圀。そして彼らを見て何かを考え込むキジであった。
『朕は国家なり。日ノ本よ、邪馬徒の民よ、誉れ高き御狩りを納めよ』
夕暮れの不死山の裾野に国皇の声が響き渡った。中央の国皇を囲むように長男である貴武、次兄の紗君、三男翔栄、四男勲火といった日ノ本の各地方を統括する公達がそれぞれ陣を形成していた。
「滄溟は病で来れぬか、ひ弱な五男だ」
「恋敵が一人減っただけのこと、輝夜の君は私が頂く」
これから四人の公達はそれぞれに当てられた百人の半獣の数を減らすことなく対する三名の公達の半獣を狩る。狩りとは言っても刀は竹光で、先の丸い矢を用いるなど儀式的な側面が強かったが、皇子達の目的は輝夜獲得のために必要な宝の獲得だ。
この狩りで最も功績を国皇に示すことができた者が他の皇子が持つ宝を得ることができる。そのためには自分自身も宝を提示することが条件で、貴武は「獅子ノ子」を紗君は「蓬莱玉の枝」を提示したが、他の皇子は輝夜の君が望んだ物を得られなかったので代りに領地などを提示した。
キザシは貴武が傍らに侍らせているカグヤを見つめた。彼女は首に大きな枷が嵌められており白いウサギ耳はしな垂れている。
その姿に憤りを覚えたが、まずは儀式で紗君を勝たせ獅子ノ子を得て、陛下から邪悪な意思を切り離すことに専念しようと、後ろ髪を引かれる思いで対峙する紗君陣営を見つめた。
皇子は二名まで部下を従わせることができ、貴武は頼光とキザシを、紗君は光圀と鎧甲冑に身を包んで変装したトキを従わせることとなった。
これはトキと光圀の紗君軍が貴武軍のキザシと水面下で協力して他の陣営を討ち取り、キザシが決勝で故意に貴武軍を敗北させ紗君軍を勝利に導くという、水面下で手を組んだ作戦だった。
「若、作戦ですが……もう一度確認致します」
小鳥の姿となったキジが貴武陣営で紗君陣営を見据えるキザシの肩に乗り、他に聞こえぬほど小さな声で囀った。
「うん、国皇や陛下、他の公達に気付かれぬように……紗君陣と力を合わせる」
「儀式が始まったら日ノ本最強の武人と謳われる光圀を率いる紗君陣が最弱の勲火陣を攻めます。勲火の守る半獣は鹿。男鹿の半獣は少しばかり抵抗するでしょうが、およそ虎の半獣を率いる紗君陣には歯が立たないでしょう。足の速い彼らを狩りきるのにどれだけ時間がかかるかが肝要となります」
「うん。陛下はおそらく紗君陣を叩きたいだろうけど、そのままでは力の差が歴然だから一旦は勲火陣と争わせておき翔栄陣の熊達を狩ると思う。陛下の選ばれた半獣は鳥、上空からの遠距離攻撃に足の遅い熊の半獣は格好の標的となる」
「はい、私が指揮を執れば最短で翔栄陣に打ち勝てるでしょう。問題はそのあとです。鹿を狩った紗君陣と熊を狩った貴武陣が対峙します。我らで虎達を抑えておきますがあくまでフリをするだけです。半獣同士の勢力が拮抗している間に若はトキにわざと負け、残った頼光様をトキと光圀殿が討って紗君殿下が勝利します」
「はたして上手くいくかな」
「……成功させましょう。貴武陛下を邪悪な意思から救わなければ」
顔を見合わせるキザシとキジ。その時、開会の合図なのか日ノ本国皇の声が不死の裾野に轟いた。
『それでは、只今より御狩りの儀を執り行う』
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
紀伊国屋文左衛門の白い玉
家紋武範
歴史・時代
紀州に文吉という少年がいた。彼は拾われっ子で、農家の下男だった。死ぬまで農家のどれいとなる運命の子だ。
そんな文吉は近所にすむ、同じく下女の“みつ”に恋をした。二人は将来を誓い合い、金を得て農地を買って共に暮らすことを約束した。それを糧に生きたのだ。
しかし“みつ”は人買いに買われていった。将来は遊女になるのであろう。文吉はそれを悔しがって見つめることしか出来ない。
金さえあれば──。それが文吉を突き動かす。
下男を辞め、醤油問屋に奉公に出て使いに出される。その帰り、稲荷神社のお社で休憩していると不思議な白い玉に“出会った”。
超貧乏奴隷が日本一の大金持ちになる成り上がりストーリー!!
不屈の葵
ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む!
これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。
幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。
本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。
家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。
今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。
家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。
笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。
戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。
愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目!
歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』
ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!
堤の高さ
戸沢一平
歴史・時代
葉山藩目付役高橋惣兵衛は妻を亡くしてやもめ暮らしをしている。晩酌が生き甲斐の「のんべえ」だが、そこにヨネという若い新しい下女が来た。
ヨネは言葉が不自由で人見知りも激しい、いわゆる変わった女であるが、物の寸法を即座に正確に言い当てる才能を持っていた。
折しも、藩では大規模な堤の建設を行なっていたが、その検査を担当していた藩士が死亡する事故が起こった。
医者による検死の結果、その藩士は殺された可能性が出て来た。
惣兵衛は目付役として真相を解明して行くが、次第に、この堤建設工事に関わる大規模な不正の疑惑が浮上して来る。
和ませ屋仇討ち始末
志波 連
歴史・時代
山名藩家老家次男の三沢新之助が学問所から戻ると、屋敷が異様な雰囲気に包まれていた。
門の近くにいた新之助をいち早く見つけ出した安藤久秀に手を引かれ、納戸の裏を通り台所から屋内へ入っる。
久秀に手を引かれ庭の見える納戸に入った新之助の目に飛び込んだのは、今まさに切腹しようとしている父長政の姿だった。
父が正座している筵の横には変わり果てた長兄の姿がある。
「目に焼き付けてください」
久秀の声に頷いた新之助だったが、介錯の刀が振り下ろされると同時に気を失ってしまった。
新之助が意識を取り戻したのは、城下から二番目の宿場町にある旅籠だった。
「江戸に向かいます」
同行するのは三沢家剣術指南役だった安藤久秀と、新之助付き侍女咲良のみ。
父と兄の死の真相を探り、その無念を晴らす旅が始まった。
他サイトでも掲載しています
表紙は写真ACより引用しています
R15は保険です
剣客居酒屋 草間の陰
松 勇
歴史・時代
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる