白猫と時渡りの杖

深山恐竜

文字の大きさ
12 / 44

第11話

しおりを挟む
 人々は主役であるジークが通りすぎてからも大いに飲み、食べて、歌った。ちょうど秋の収穫が終わったばかりだった。商人たちの蔵には食べ物が山のように積まれていた。露店では秋の味覚がどんどん焼かれ、香ばしい匂いが立ち上る。人々はその匂いにつられて足を止める。

 キルクトーヤたちは人々の渦に飲まれながら通りを歩いた。
広場では式典が執り行われているそうだが、そちらは人が多すぎて垣間見ることさえできなかった。

 彼らはお昼ご飯としてタレのかかった串焼きを食べた。串焼きの露店は立ち食いを基本としており、キルクトーヤたちは客たちと肩を並べて食べた。キルクトーヤにとってそれははじめての経験であった。うまく串から肉を外せずに苦戦しているキルクトーヤを見て、ネルケも他の客たちも腹を抱えて笑った。
 それから文房具屋に立ち寄り、インクと紙を買い足した。ネルケは叙爵式を記念するカードを買っていた。
 あとはネルケに腕を引かれるまま、いろいろな雑貨が並ぶ露店をひやかして回った。

 しばらく歩き回り、休憩を兼ねてカフェに入った。二人は大通りに面したテラス席に座った。カフェの中ではいたるところから英雄ジークについての会話が聞こえた。

 キルクトーヤはフードをまた被り直した。キルクトーヤの名前は飽き飽きするほど新聞に載ってしまっている。カフェの客たちの会話からも「恋人のキルクトーヤ」という言葉が聞こえた気がした。ちらちらとこちらを見ている人もいるような気さえした。無論、カフェの客たちはキルクトーヤの外見を知るよしもない。新聞記者は権威ある魔術師学校の敷地内に引きこもっているキルクトーヤに会うことは叶わなかった。しかし彼らは推測でキルクトーヤの外見の似顔絵を描き、それを新聞に載せた。それは似ているとも似ていないとも言えない、なんとも平凡で特徴のない似顔絵だった。
 キルクトーヤは顔を顰め、ネルケは向かいの席でちょっとだけ苦笑していた。

 店員が注文を取りに来る。
「ご注文は?」
 ネルケが答える。
「紅茶をポットで」
「承りました」

 すぐにティーポットと二つのカップが運ばれてくる。テーブルの隅に置いてある砂時計をひっくり返して時間を計る。

 さらさらと流れ落ちていく砂を見つめながら、ネルケが尋ねた。
「ジーク様はシュヴェルト子爵になったんだね。おめでとうって手紙を出すの?」
「うーん、まあ、出すとは思うけど……」
 実のところ、ジークからの手紙の中で叙爵式のことは触れられていなかった。しかし、これだけ大きなお祝い事であるならキルクトーヤから触れてもいいだろう。

 キルクトーヤは言った。
「でも、変なんだよね」
「変って?」
「ジーク様は僕に命を救われたとか、八歳の頃に会ったとか言うけど、僕はまったく身に覚えがないんだよ」
「うーん。子どもの記憶力なんてたいしたことないし、案外ほんとうに忘れてるのかもよ?」
 ネルケは楽観的にそう答えたが、キルクトーヤは渋い顔をする。
「……まあ、そうなのかもしれないけど……。でも、命を救うって、結構な出来事じゃないかな? そんな大きな出来事の記憶がないなんてこと、ありえると思う?」
「ありえるんじゃない?」

 すべての砂が落ちた。ネルケは話を切って、ティーポットを取った。
 ふたつのカップに、紅茶が注がれる。キルクトーヤは礼を言うと、黙ってそのカップに口をつけた。キルクトーヤの胸中の靄は晴れないままだ。
 それから二人はくだらない話をして盛り上がった。授業の話、老師の話、魔術の話。若い二人の話題は尽きない。

 二杯目の紅茶を飲んでいるとき、ネルケがお手洗いに立った。
「ちょっと行ってくるね」
「うん」

 ひとりになって、キルクトーヤはぼんやりと大通りを眺めた。人々は足取り軽く店から店へと渡り歩いていく。
 王都エクメーネは明るい雰囲気に包まれている。その雰囲気にすっかりのまれて、キルクトーヤは自身の立場を失念していた。


 突然、肩を叩かれた。振り返ると同時に、キルクトーヤの全身は硬直した。
 そこには男が立っていた。その顔の半分は仮面で隠されている。しかし、首に広がる火傷の跡が、仮面の下がどうなっているのかを物語っていた。
 男は芝居がかった調子で言う。

「星を西のかなたに見送って幾夜過ぎたか……」

 キルクトーヤは息を呑む。あの夢の通りだ。逃げろ逃げろと足を叱咤するが、縫い留められたように一歩も動かない。

 男は口角を上げた。
「見つけたぞ、キルクトーヤ」
 毎夜悪夢で見た獣のような目が、そこにあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。

月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」 幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。 「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」 何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。 「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」 そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。 僕、殿下に嫌われちゃったの? 実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

処理中です...