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僕の悪魔
しおりを挟む僕たちは裸のままベッドに横たわっていた。カリストの長い緑色の髪に指を滑らせて、とりとめのないことを話した。
「ねぇ、僕が死んだらどうなるの?」
「私の胃の中さ。」
「そうなんだ。」
カリストは喉の奥で笑う。
「悪魔憑きは死んでも悪魔憑きさ。君たちの死体も悪魔の持ち物だ。聖物が当たれば焼かれるし、結界にはじかれる。」
僕はそれを聞いて、何事かに思い当たった。
考え込んだ僕に、カリストが尋ねた。
「怖いかい?」
「死の門をくぐって、燃やされて、その辺の畑の肥料になるより、ずっといいと思う。」
カリストは僕の人生で出会った唯一の光だった。妙な話だが、この悪魔と出会わせてくれて、女神様に感謝している。
だからこそ、罪悪感があった。
「ごめんね、良い悪魔なのに、こんなことに巻き込んで。」
僕の真剣な謝罪に、カリストは笑い出した。
「君は面白いことを言うね。ふふ、良い悪魔なんていないよ。」
「そうかな?カリストは良い悪魔だと思う。」
「悪魔がどのように生まれるか知っているかい?」
「女神様を裏切った人間がそうなるんでしょう?」
僕があやふやな教書の知識を述べると、カリストが教書に載らない事実を教えてくれた。
「そうだよ。元は人間なんだ。それが、女神の力でばらばらにされて、砂粒のような状態になって、地中に埋められる。それが次第に、力をつける。悪魔として、より高位へ上っていく。力は増大し、形を得る。最初はただの球体、それに手が生えて、足が生えて、頭ができる。力をつけた悪魔は、人間の姿になっていく。いいや……。人間の姿に戻っていくんだ。心も、どんどん人間に戻っていく。だから、寂しいのさ。人間は、一人では生きられない。」
話しているカリストの瞳があまりにも悲しげで、僕は彼の首に抱きついた。もう一人ではないと、彼に伝えたかった。
「トリク、君は戦場で死んではいけないよ。君は、私を置いて死んではいけない。ああ、私はすっかり改心した。君の無事を、女神に祈ってもいい。」
「うん、うん…誓うよ、絶対に死なない!」
僕たちは朝まで指を絡めたまま眠った。
僕がカリストと正式に恋人になった数日後、僕の出兵が決まった。
*****
「荷物は全部入れたかい。」
「うん。大丈夫。」
いよいよ明日に出兵という日、僕とカリストはベッドでくっついて寝ころんでいた。
意外と几帳面なカリストはすぐにベットに寝ころぶ僕をたびたび叱ったが、今日ばかりは許してくれた。
移送中、少年兵には悪魔を祓う首輪をつける。強力な首輪で、100日もつけると完全に体内から悪魔が去る。もっとも、完全に悪魔を祓う前に前線に到着する見込みなのだが。移動で神官の監視が少なくなる間の処置だった。
つまり、首輪をつけられたら、しばらくカリストには会えない。次に会うのは戦場だ。
「ごめんね、カリスト。」
「言っただろう、良い悪魔なんていない。私はこういうのに慣れている。」
カリストの指が僕の額に触れて、それから唇をなぞった。
それが僕らの合図だった。僕の悪魔は姿を消した。
その夜、一人の哀れな少年兵が悪魔の暴走によって死んだという。僕はその喧噪をベットの中で聞いた。
*
いよいよ出兵の朝である。
僕は部屋の窓から白い壁を見つめた。僕たちを閉じ込めている壁だ。今日もその壁の上には見張りが立って、数分おきに警邏隊が見回っているのだろう。
僕はさらに南へと視線を滑らせた。
そこには死の門があった。もちろん僕が住みついていた死の門とは違う門である。しかし、その役割は同じであるはずだった。おそらく、あれがこの敷地内で死んだ少年兵を運び出すための門だ。その門扉に丸で囲まれた三角の印があり、僕はそれが死の門の象徴であることを知っていた。
少年たちが出兵する門よりも小さく、簡素な作りのそこは、目立たないように木の陰に隠されていた。そして、その門に近づく数人の神官が見えた。
部屋にノックの音が響く。
「時間だ。」
いかめしい顔の教官が僕を呼ぶ。僕はまとめた荷物を肩に担いで、立ち上がった。作戦決行の時が来たのだ。
僕は首輪を持った教官から後ずさり、そのまま窓から身を乗り出して跳躍した。地面に激突する前に、カリストが僕を受け止めてくれる。
そして足にぐっと力を入れて、駆けだした。
そう、ここから脱出する道。それは、悪魔憑きの誰かが死んで、死の門が開く時しかない。死の門は悪魔憑きの死体――悪魔の持ち物――を通すことができる。つまり、僕でも通れる。
僕は走った。そして、制止する声を振り切り、昨夜死んだ少年兵を運ぶ神官たちを追い抜き、ついに門を抜けた。
*
門を抜けたあとは簡単だった。カリストは僕を抱きあげて高く飛翔し、人間なんて追いつけないほどの速さで駆けた。
――僕たちは賭けに勝ったのだ。
祖国と敵国。どちらが勝ったとしても、悪魔憑きの僕を生かしておいてくれるとは思えない。僕たちはずっと従順なふりをして脱出の機会を窺っていた。
いつも出兵する少年兵は50人規模だった。それを管理するために敷地内のほとんどの聖物を扱える神官が集められる。窓から抜け出せば、建物内にいる奴らの聖物に捉えられることはなくなる。
そして、悪魔憑きの少年を暴走させるのはもっとたやすかった。悪魔は反発しあう。会えば殺し合う。
カリストが夜のうちにあちこち散歩して、あちこちの悪魔に喧嘩を仕掛けただけで、契約が不安定だった少年の悪魔を暴走させることができた。
僕は僕のために死んでくれた少年に祈った。そして、自由に感謝した。
僕たちを縛るものはない。僕と僕の悪魔は強く抱きしめ合った。
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