異世界は醤油とともに

深山恐竜

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第5話

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 俺がシッティとそういう仲であると外で誤解をされている事実を知ってからも、俺たちの生活は特に変わらなかった。

「今日の予定は?」

 シッティが朝ごはんの食器を洗いながら尋ねてきた。俺は伸びをしながら答える。

「特に何も? ああ、いっしょに和食を作るか?」

 今日はシッティの仕事が休みの日だ。彼は楽し気に答える。

「うん、そうしよう。ええと、なんだっけ、あれ、ミソシル? 作ってみたいんだけど」
「ああ、味噌汁ね」

 言ってから、はたと気が付く。

「味噌ってこの国にあるのか?」
「ミソって、何でできてるの?」
「えー……」

 現代日本人に対して難しい質問だ。大豆からできているのは知っているが、では作れるかと問われると……。

「市場を見に行ってみる?」

 シッティの提案に、俺は少しためらう。外に出るのが億劫なのだ。しかし、彼は続ける。

「どうせ、今日は塩と炭を買わないといけないからね」
「それは大仕事だな」
「荷物持ちに来てよ」

 俺は頷かざるをえない。首都にやってきてから、はじめてまともな外出だ。
 俺はのろのろと支度を開始した。 
 


 市場は俺が思っているよりも広く、また清潔であった。

 この国はいろいろな国の交流地点でもあるらしく、見慣れない衣服の商隊もいた。
 シッティは塩と炭を買うと、それらを家に届けるように商人たちにこと付けた。

「何だよ、荷物持ちなんていらないじゃないか」

 俺が言うと、シッティは笑った。

「引きこもってるのもよくないよ」

 いっぱいくわされたわけだ。

 しかし、嫌な気もしない。市場にはいろいろなものがあって見ているだけでも楽しい。

 水晶、地図、家畜、衣服、宝石、食材……商品がところせましと、そして脈絡もなく並んでいる。またそれらの下にある敷布が鮮やかで、まるで色の洪水のようだ。


 俺たちは食材、特に調味料を中心に見て回った。
 味噌の代用品を探すのだ。





「意外と、ないもんだなぁ」

 午前中いっぱい歩き回って、疲れ果てた俺は道端の石に腰掛けた。

「ミソって難しいんだね」
「せめて大豆があればって思ったんだが……」

 原材料も手に入らないのではお手上げだ。

「王城の賢者様の好物だよ! めったにお目にかかれない代物さ! さあ買った買った!」

 ひときわ大きな呼び込みの声が響いて、人々がそちらに一斉に目を向ける。俺もつられてそちらを見る。

「王城の賢者?」

 尋ねたがしかし、シッティはもうそこにはいなかった。

「シッティ?」

 彼はもうその『王城の賢者様の好物』を手に入れるべく大勢の波の中に飛び込んだあとだった。




「ただいま! 見て! 3箱も買えたよ」

 戻ってきたシッティは顔を輝かせていた。

「せめて一声かけてくれよ、急にいなくなるから、びっくりしたじゃないか」

 俺の抗議をよそに、シッティは上機嫌だ。

「だって、これ、あっという間に売り切れてしまうことで有名なんだもの。帰って食べようよ」

 彼の腕には紙袋がある。シッティはそれを大事そうに抱えた。

「へえ。そんなにおいしいんだ?」

「知らないけど。でも、ジロウが食べたいだろうと思って」

「俺が?」

「うん。だって、王城の賢者様の好物なんだよ?」

「その、王城の賢者様って何者なんだ?」

「ジロウと同じだよ。ニホンから来たお方だ」

「ええ!?」





 家に戻った俺たちはものすごいはやさでテーブルを拭き、皿をならべた。

「さて」

 シッティが言って、ゆっくりと紙袋の中からそれを取り出した。
 箱は全部で6箱。小さな箱が3箱と、大きな箱が3箱だ。
 まず大きな箱を開ける。中から白くて丸いものが出てきた。
 指で押してみるとやわらかく、それでいて弾力があった。

「なんだ、これ」

 俺は言うと、シッティも首をかしげる。

「ええ? ジロウもわからないの?」
「シッティもわからないのか?」

 俺たちはお互いに顔を見合わせた。

 次に、小さな箱を開ける。中から出てきたのは……。

「きなこ!? これきなこか!?」

 小さな箱の中には明るい茶色の粉が入っていた。それが白くて丸いものの隣に並ぶ。俺はそれがなにであるのか理解した。

「きなこ餅か!」
「きなこもち?」

 シッティが尋ねる。

「この丸いのに、この粉をかけて…あ、ちょっと待てよ」

 俺はすばやくきなこの味見をする。そして頷く。

「無糖タイプだ。砂糖入れたほうがおいしいかもしれない」
「持ってくるよ」

 きなこ、砂糖、そして餅をそれぞれの皿に乗せる。
 そしてフォークを使ってひとつ口に運ぶ。

「うまい」

 俺が故郷の味に感動すると、向かいに座っていたシッティも喜んだ。

「よかった」
「シッティも食べろよ」
「うん。……ああ、のびるっ、え、これ、あ、粉が……どうすれば」

 俺はシッティが慌てる様子を見て大笑いした。

 どうにか飲み込んだあと、シッティは感慨深そうに言った。

「これがニホンのお菓子なんだね」

 シッティの反応に、俺も満足する。

 しかし。

「3箱もあるのか」

「だめなの?」

「餅は乾燥したらかたくなるからなぁ」

「また温めたらいいじゃない」

「そうだけど……」

 しかし3箱だ。1箱に6個の餅が入っている。どうしたものか。
 首をひねって、それから自分の能力を思い出した。

「そういえば、餅って醤油と合うぞ?」

 俺の言葉に、シッティが両手を上げて喜んだ。


 その日から、俺たちの朝食は餅になった。
 焼いた餅に醤油をかけたシンプルなもの、だしと醤油のお吸い物に餅をうかべたもの、きなこ餅。
 シッティはどれも感動しながら食べていた。
 彼は特に醤油と餅の組み合わせを気に入ったらしく、ことあるごとに食べていた。

 そうして食べ続け、5日もしたら大量にあった餅はすべて腹に消えていった。
 ところが、俺たちは餅を楽しみ過ぎてしまった。

「ねえ、ジロウ。キナコだけこんなに余ってるけど、どうする?」

「う、うーん? どうしよう?」

 俺たちは2箱分のきなこを前に唸った。


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