上 下
21 / 32

第21話 大事な話

しおりを挟む
 俺は今日も忙しく走り回っていた。 
 俺は教会のあるカナン村を拠点と定めて、そこに物資などを集めていた。 

 そして各村に使者をおくったり、または村からの要請に応えたりとあわただしく過ごしている。 

 まず、午前中は各村から戻ってきた使者たちの報告を聞いてまた指示や助言をし、昼頃には禊を行い、水浴びを済ませると午後からは各村の代表者を集めて塩水選の方法や土中の麦角菌を殺菌する方法をレクチャーした。 

 麦角菌は麦に感染し、増え、再び土中に潜る。感染した実を地に落とす前に刈り取ることができれば一番いいのだが、麦という生きているものを相手になかなかそうすることはできない。   
 つまり、土の殺菌もあわせて行う必要があるのだ。 

 火にも寒さにも強い麦角菌ではあるが、菌である以上紫外線には弱い。 
 つまり、収穫後の麦畑は深耕して土を外気に晒せばだいぶ減らすことができる。 
 収穫と塩水選が終了した村は土の殺菌作業に入った。 
 来年のことを考えるなら、これが一番重要で、気が抜けない。 

 俺は使者たちの報告を詳しく、神経をとがらせて聞いた。 

 
 ギルには物資の仕分けや使者とする人物の選定を任せていた。 
 使者は注意深くものごとを見ることができ、また報告でき、そして正確に持ち帰れる人物が望ましい。 
 ギルはそうした人物を見つけ出すことができた。彼は彼自身によく似た人物を選べばいいだけなのだ。 

 塩水選に必要になるワイン樽は国中から届けられていた。 
 ワイン樽を各村に輸送する部隊、またワイン樽の底の大きさに合わせたザルを作る専門の部門も作った。 

 


 俺とギルが顔をあわせられるのは昼過ぎ、俺が禊の儀式を終えたあとである。 
 最初、ギルは俺の髪が白くなっていることに目を丸くしていた。俺が夜にはまた黒くなるよと言えばさらに驚いていた。 
 しかし、それも最初だけで、いまとなってはお互いに忙しすぎて、俺の髪の色のことなど気にしていられなくなった。 


「ギル、西のハナイ村の様子はどうなったかわかるか?」 
「はい賢者様。その村から使者が来ました。樽が届いて塩水選をはじめたそうです」 
「そっか。よかった。あとは、カナン村の病人は?」 
「無事に療養所に到着したようです」 
「よし。じゃあこれで重症の病人の移送は終わったな。あと食料はどれくらい届いてる?」 
「まだ十分ではありませんが、西の方から届く見込みがあります」 

 俺たちはお互いに早口で情報を共有していく。 
 場所は教会の地下倉庫だ。 

 教会は基本的に村の代表者や使者たちの宿泊所として使っていた。 
 彼らはひっきりなしにやって来ては戻っていくため正確な数はわからないが、教会内のすべての部屋を寝室として使ってもまだ入りきらないくらいにまで膨れ上がっていた。 

 そのような状況であるため、俺たちの打ち合わせに使える部屋がもうないのである。 
 従って、俺たちは薄暗い地下倉庫を執務室にしていた。 

 ここにはギルが持ってきて使い道のなくなったビネガーも所狭しと保管されていて、机と椅子4脚を置いたら相当狭くなってしまった。
 それでも、1日30分足らずの打ち合わせには十分であった。 

 



 打合せ後ギルを見送って、午後の予定を組み立てていると、ハンローレンがやって来た。 
 ここのところ彼も次々とやってくる脱走兵の身元を確認して配置をしたり、貴族たちの相手をして食料や物資を要求したりと忙しい。 

 数日前からはハンローレンの副官であるらしいフェリダムという男が配下を連れてマスカード城から追いかけてきて、仕事を手伝ってくれている。 
 しかし、ハンローレンは彼に無断でレニュに来たことをくどくどと責め立てられるらしく、こうして日中にたびたび俺のところへ逃げ出してきていた。 

 彼は言った。

「忙しそうですね」 
「まあね」 

 俺はちらりと彼に目をやる。 
 彼はいつもの神官の服を脱いで、農夫たちがよく着るような軽装の上に温かそうな外套を羽織っていた。 

「またフェリダムの目を盗んで来たのか?」 
「まあ、そんなところです」 

 彼はしれっと言う。 
 このところ、彼はこうして農民のふりをしてふらふらと出歩いている。 
 悪ガキのような彼に俺は苦笑した。 

「フェリダムが困ってると思うぞ」
「あれは困ったりしませんよ。逃げ回る私を見て楽しんでいるはずです」
「そんなことないだろ」

 ハンローレンがため息をついた。
 彼も逃げ出すことがある、というのは新発見だ。

「少し休んだら戻ります」 
「まぁ……座れよ」  

 彼は椅子をひいて座る。それからしばらく俺が紙にペンを走らせているのを眺めていた。 

 ふと、まるで明日の天気のことを話すように口を開いた。 


「選帝侯が新たに4人、こちらにつきました」 
「ふーん。……え?」 
「これで決しました。あとは皇都を奪還して戴冠式を行うだけです」 

 スミレ色の瞳がゆっくりとまばたきをして、こちらに向けられる。 

「戴冠式の前に神殿で結婚式を行う必要があります」 
「け、結婚式ぃ?」 

 俺は頓狂な声を上げた。 
 ハンローレンは続ける。 

「ええ。もう近いはずです」 
「近いって?」 
「儀式の完了です」 

 そう言われて、俺は自分の髪を撫でつけた。 
 いまは禊終わりで脱色されているが、夜に祝詞を唱えると黒くなる。 
 それが、近頃ではすっかり日本人であったときと変わらないくらいに黒くなってきていた。瞳ももう黒と表現していいだろう。 

 俺は尋ねる。 

「儀式の完了って、どうやってわかるんだ?」 
「……わかるそうです」 
「どうやって?」 
「わかりませんが、皇族は見たらわかるそうですよ」 
「へぇ……」 

 そんなものなのか、と思った。俺が他人事のように頷いていると、ハンローレンがおもむろに立ち上がった。 
 そして、「気が付いていないようですので、言っておきますが」と前置きをして話し始めた。 

 いつになく彼が真剣な面持ちであったため、俺は背筋を伸ばした。 

「私は」彼は言う。 

「結婚したら、あなたを大切にします」 
「う、うん。ありがとう」 

 なにやら照れる。俺が俯いてもじもじとしていると、さらに彼は言った。 

「愛しているのです」 

 俺は驚きすぎて弾かれたように顔を上げて彼を見た。 
 彼は肩をすくめて、天を仰ぐ。
 
「……あなたは純粋すぎますよ……」 
「ええっと」 

 俺は反応に困り、目を右に左に動かした。
 ハンローレンはゆっくりと説明した。

「キターニャ村にあなたが隠れ住んでいることを、第一皇子から隠すこともできました。でも、それをしませんでした。継承争いになれば、やさしいあなたが折れると、私と結婚してくださると確信していましたから」 

 彼はこちらの反応をうかがうように言葉を区切った。 
 予想だにしない話に、俺は言葉が出なかった。 

 彼は問う。 

「軽蔑しますか?」 
「いや、別に……」 
「すべては、あなたを愛しているからです。あなたを愛することを認められた立場になりたい。――だから結婚したいのです。それだけ、伝えておきます。返事はまたで結構ですよ。あなたの心の準備が整ったときに」

 そう一気に言うと、彼は地下倉庫から出て行ってしまった。
 俺は口をあけたまま彼の背中を見送った。
 
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

野獣オメガが番うまで

猫宮乾
BL
 第一王子に婚約破棄された俺(ジャック)は、あるい日湖にいたところ、エドワードと出会う。エドワードは、『野獣オメガを見にきた』と話していて――?※異世界婚約破棄×オメガバースアンソロジーからの再録です。

置き去りにされたら、真実の愛が待っていました

夜乃すてら
BL
 トリーシャ・ラスヘルグは大の魔法使い嫌いである。  というのも、元婚約者の蛮行で、転移門から寒地スノーホワイトへ置き去りにされて死にかけたせいだった。  王城の司書としてひっそり暮らしているトリーシャは、ヴィタリ・ノイマンという青年と知り合いになる。心穏やかな付き合いに、次第に友人として親しくできることを喜び始める。    一方、ヴィタリ・ノイマンは焦っていた。  新任の魔法師団団長として王城に異動し、図書室でトリーシャと出会って、一目ぼれをしたのだ。問題は赴任したてで制服を着ておらず、〈枝〉も持っていなかったせいで、トリーシャがヴィタリを政務官と勘違いしたことだ。  まさかトリーシャが大の魔法使い嫌いだとは知らず、ばれてはならないと偽る覚悟を決める。    そして関係を重ねていたのに、元婚約者が現れて……?  若手の大魔法使い×トラウマ持ちの魔法使い嫌いの恋愛の行方は?

【完結】かなしい蝶と煌炎の獅子 〜不幸体質少年が史上最高の王に守られる話〜

倉橋 玲
BL
**完結!** スパダリ国王陛下×訳あり不幸体質少年。剣と魔法の世界で繰り広げられる、一風変わった厨二全開王道ファンタジーBL。 金の国の若き刺青師、天ヶ谷鏡哉は、ある事件をきっかけに、グランデル王国の国王陛下に見初められてしまう。愛情に臆病な少年が国王陛下に溺愛される様子と、様々な国家を巻き込んだ世界の存亡に関わる陰謀とをミックスした、本格ファンタジー×BL。 従来のBL小説の枠を越え、ストーリーに重きを置いた新しいBLです。がっつりとしたBLが読みたい方には不向きですが、緻密に練られた(※当社比)ストーリーの中に垣間見えるBL要素がお好きな方には、自信を持ってオススメできます。 宣伝動画を制作いたしました。なかなかの出来ですので、よろしければご覧ください! https://www.youtube.com/watch?v=IYNZQmQJ0bE&feature=youtu.be ※この作品は他サイトでも公開されています。

【完結】凄腕冒険者様と支援役[サポーター]の僕

みやこ嬢
BL
2023/01/27 完結!全117話 【強面の凄腕冒険者×心に傷を抱えた支援役】 孤児院出身のライルは田舎町オクトの冒険者ギルドで下働きをしている20歳の青年。過去に冒険者から騙されたり酷い目に遭わされた経験があり、本来の仕事である支援役[サポーター]業から遠退いていた。 しかし、とある理由から支援を必要とする冒険者を紹介され、久々にパーティーを組むことに。 その冒険者ゼルドは顔に目立つ傷があり、大柄で無口なため周りから恐れられていた。ライルも最初のうちは怯えていたが、強面の外見に似合わず優しくて礼儀正しい彼に次第に打ち解けていった。 組んで何度目かのダンジョン探索中、身を呈してライルを守った際にゼルドの鎧が破損。代わりに発見した鎧を装備したら脱げなくなってしまう。責任を感じたライルは、彼が少しでも快適に過ごせるよう今まで以上に世話を焼くように。 失敗続きにも関わらず対等な仲間として扱われていくうちに、ライルの心の傷が癒やされていく。 鎧を外すためのアイテムを探しながら、少しずつ距離を縮めていく冒険者二人の物語。 ★・★・★・★・★・★・★・★ 無自覚&両片想い状態でイチャイチャしている様子をお楽しみください。 感想ありましたら是非お寄せください。作者が喜びます♡

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

処理中です...