上 下
3 / 32

第3話 心の自由

しおりを挟む
 それから「教育」が始まった。
 そこで、俺はこの男同士の婚約の意味を知る。

 この世界では皇帝は男と結婚する。婚約者は5年間五穀と肉を絶ち、毎日聖水で禊を行い、祝詞を唱える。そうすると、体の中身が神の眷属へと作り変わり、男でも子を成せるようになる。
 こうして生まれた皇族の子には神の力が宿るのだ。

 日本人からしたら眉唾ものだが、現にハイントル皇子も男から生まれていて、そういう世界なのだと理解はした。男の皇帝に男の伴侶。それはそれで構わないが、いざ自分が当事者となると別だ。
 神の眷属に体が変わるってなんだよ、怖すぎる!!

 俺はものすごく怖かった。しかし、伯爵家の立場もある。うまく断りきることもできずに、あれよあれよという間に13歳で婚約者になってしまったのだ。
 それから、毎日勉強、勉強、体の作り変えに忙しい日々を送った。
 この儀式では命を落とす者もいるとか。俺はほんとうにつらかった。

 髪と瞳はその生活の途中で灰色に変わっていった。
 儀式が進むと、それはどんどん黒が濃くなっていった。皇帝の配偶者はかならず、黒髪黒目になることをこのとき初めて知った。

 また、皇子の態度も俺の不安をあおった。2度目に会った時、同い年ということもあって、俺が親しみを込めて握手を求めたら、手を振り払われた。

「気安く男に触れてはいけない。わかるだろう」
「うん?え?ああ」

 婚約者と引き合わされて、彼が思春期特有の気恥ずかしさを抱いたのだと思った。また、相手が男であることもそう簡単に受け入れられないだろう。
 俺はなんとなく彼の心を理解したつもりになって、差し出した手を引いた。

「あと、その服装はどうかと思う」
「ええ?」

 直後に、服についてダメ出しをされた。曰く、半ズボンはみっともないと。貴族の子弟によくある服なのだが、彼はそれが気に入らないらしい。

「もっとわきまえた服装を心掛けろ」
「??」

 そのあと、彼から衣装が数点贈られてきた。それはフリルとレースがついた女性ものと思っても差支えがないような服ばかりだった。

「女になるわけじゃないしなぁ」

 それを前に、俺は呟いた。
 体が作りかわるといっても、女体になるわけではない。男の体のまま、ただ妊娠が可能になるのだ。皇子の彼がそれを知らないとは思えないが、皇子からもらったものをタンスの肥やしにするわけにもいかない。


 俺はそれをしぶしぶ着て皇子に会いに行った。

「まあ、似合わないこともない。あとは髪を伸ばして、日焼けしないようにしろ」

 皇子は俺をちらりと見て、さらに要望を出した。
 俺は女になるんじゃない!叫びそうになるのを、ぐっとこらえた。
 自分の感情としては、女になるつもりはない。女の子と婚約していいと言われたら喜んでする。男と婚約したのは立場上仕方がないから、割り切ってみせているだけだ。
 でも、俺が嫌だと思うこの気持ちが、「キフェンダル」のものなのか、それとも「日本人」の記憶によるものなのか、判断できなかった。だから、強く反論することもできないで、ただ頷いてみせた。

 俺は中身が大人だったから、こっちが引き下がるべきだと思い、あれこれと彼のご機嫌を取ったのが失敗だった。

「殿下……」
「……はぁ」

 彼は気に食わないことがあるといつもため息をつく。俺が気をまわしてあれこれすると、ふつうなのだが、不機嫌のスイッチが入ってしまうと、2日も3日も無視されて、話しかけてもため息で返された。
 俺は親戚の子をあやすような無責任さで皇子の言外の要求に答え、彼が満足するように立ち振る舞った。ただの子どもならそれでも問題ないのだろうが、彼は皇子だ。まわりに甘やかされ、俺も意のままに動く。
 その結果、俺たちの関係は婚約者というより、主と下僕のようになってしまっていた。



 だから、18歳になったとき、ハイントル皇子が衆目の中で婚約破棄と皇都追放を命じてくれて、ほんとうに安心した。
 皇子はマカドという少年に惚れ込んで、彼との結婚を望んでいたのだ。それで、俺に冤罪を着せて失脚させたのだった。


「お前との婚約は、破棄だ!」

 皇子の生誕18年目を祝うパーティーでのことだった。
 何も知らない俺はのんきに料理に舌鼓を打っていた。婚約者同士は同伴するのが基本的なルールであるらしかったが、俺は男同士で見せつけるように手をつないで入場するのは気が進まなかった。なので、婚約者である皇子からのお誘いがなくても、たいして気にすることなく、友人らと城のシェフの料理を楽しんでいたのだ。
 そんなときに、急に婚約破棄を突きつけられて、俺は思わずフォークを落としてしまった。

「ええっと……」

 衆目を注がれて、俺は言葉に困った。露骨に喜ぶのもおかしいし、悲しみたくても感情が追いつかない。

「とぼけたって無駄だ!お前のマカドへの嫌がらせ、そして暗殺未遂の証拠がある!」
「嫌がらせ?暗殺未遂?」

 聞きなれない単語を思わずおうむ返ししてしまった。
 俺は皇子が惚れたマカドという少年に嫌がらせを繰り返し、暗殺をくわだてた罪で追放されるらしい。

 マカドという少年と皇子が最近仲良くしているというのは知っていたが、それ以上のことは何も知らなかった。そもそも、会話もしたことがなかったはずだ。俺は家で畑仕事したり、勉強したり、洗礼の儀式を受けたりと忙しく、家族とさえ満足に会えていない状況だ。

 しかし、マカドという少年は俺を見て異常なほど脅えている。

 反論しようかどうか悩んでいる間に、俺はあっというまに憲兵に後ろ手に掴まれて、荷物かなにかのように会場の外へ引きずりだされてしまった。
 帰ってきた俺は、先に知らせを聞いていた父親に廃嫡を言い渡された。そして、俺は出奔したのだ。




 もうそれから、7年も経ってしまった。いまさら俺の居場所が宮城にあるとは思えない。皇子は何を考えているのか。迎えに来たと言われても、手紙の1つもない。
 もう俺の心は自由になってしまって、彼の咳払いに脅えていた俺はもういないのだ。


しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

メランコリック・ハートビート

おしゃべりマドレーヌ
BL
【幼い頃から一途に受けを好きな騎士団団長】×【頭が良すぎて周りに嫌われてる第二王子】 ------------------------------------------------------ 『王様、それでは、褒章として、我が伴侶にエレノア様をください!』 あの男が、アベルが、そんな事を言わなければ、エレノアは生涯ひとりで過ごすつもりだったのだ。誰にも迷惑をかけずに、ちゃんとわきまえて暮らすつもりだったのに。 ------------------------------------------------------- 第二王子のエレノアは、アベルという騎士団団長と結婚する。そもそもアベルが戦で武功をあげた褒賞として、エレノアが欲しいと言ったせいなのだが、結婚してから一年。二人の間に身体の関係は無い。 幼いころからお互いを知っている二人がゆっくりと、両想いになる話。

置き去りにされたら、真実の愛が待っていました

夜乃すてら
BL
 トリーシャ・ラスヘルグは大の魔法使い嫌いである。  というのも、元婚約者の蛮行で、転移門から寒地スノーホワイトへ置き去りにされて死にかけたせいだった。  王城の司書としてひっそり暮らしているトリーシャは、ヴィタリ・ノイマンという青年と知り合いになる。心穏やかな付き合いに、次第に友人として親しくできることを喜び始める。    一方、ヴィタリ・ノイマンは焦っていた。  新任の魔法師団団長として王城に異動し、図書室でトリーシャと出会って、一目ぼれをしたのだ。問題は赴任したてで制服を着ておらず、〈枝〉も持っていなかったせいで、トリーシャがヴィタリを政務官と勘違いしたことだ。  まさかトリーシャが大の魔法使い嫌いだとは知らず、ばれてはならないと偽る覚悟を決める。    そして関係を重ねていたのに、元婚約者が現れて……?  若手の大魔法使い×トラウマ持ちの魔法使い嫌いの恋愛の行方は?

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

憧れのスローライフは計画的に

朝顔
BL
2022/09/14 後日談追加しました。 BLゲームの世界の悪役令息に憑依してしまった俺。 役目を全うして、婚約破棄から追放エンドを迎えた。 全て計画通りで、憧れのスローライフを手に入れたはずだった。 誰にも邪魔されない田舎暮らしで、孤独に生きていこうとしていたが、謎の男との出会いが全てを変えていく……。 ◇ハッピーエンドを迎えた世界で、悪役令息だった主人公のその後のお話。 ◇謎のイケメン神父様×恋に後ろ向きな元悪役令息 ◇他サイトで投稿あり。

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

お飾り王婿ライフを満喫しようとしたら、溺愛ルートに入りました?

深凪雪花
BL
 前世の記憶を取り戻した侯爵令息エディ・テルフォードは、それをきっかけにベータからオメガに変異してしまう。  そしてデヴォニア国王アーノルドの正婿として後宮入りするが、お飾り王婿でいればそれでいいと言われる。  というわけで、お飾り王婿ライフを満喫していたら……あれ? なんか溺愛ルートに入ってしまいました? ※★は性描写ありです ※2023.08.17.加筆修正しました

転生したら嫌われ者No.01のザコキャラだった 〜引き篭もりニートは落ちぶれ王族に転生しました〜

隍沸喰(隍沸かゆ)
BL
引き篭もりニートの俺は大人にも子供にも人気の話題のゲーム『WoRLD oF SHiSUTo』の次回作を遂に手に入れたが、その直後に死亡してしまった。 目覚めたらその世界で最も嫌われ、前世でも嫌われ続けていたあの落ちぶれた元王族《ヴァントリア・オルテイル》になっていた。 同じ檻に入っていた子供を看病したのに殺されかけ、王である兄には冷たくされ…………それでもめげずに頑張ります! 俺を襲ったことで連れて行かれた子供を助けるために、まずは脱獄からだ! 重複投稿:小説家になろう(ムーンライトノベルズ) 注意: 残酷な描写あり 表紙は力不足な自作イラスト 誤字脱字が多いです! お気に入り・感想ありがとうございます。 皆さんありがとうございました! BLランキング1位(2021/8/1 20:02) HOTランキング15位(2021/8/1 20:02) 他サイト日間BLランキング2位(2019/2/21 20:00) ツンデレ、執着キャラ、おバカ主人公、魔法、主人公嫌われ→愛されです。 いらないと思いますが感想・ファンアート?などのSNSタグは #嫌01 です。私も宣伝や時々描くイラストに使っています。利用していただいて構いません!

BLゲームのモブに転生したので壁になろうと思います

BL
前世の記憶を持ったまま異世界に転生! しかも転生先が前世で死ぬ直前に買ったBLゲームの世界で....!? モブだったので安心して壁になろうとしたのだが....? ゆっくり更新です。

処理中です...