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第1話 かぼちゃ畑の真ん中で

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 太陽は空高く南天する。夏の盛り、雲はもくもくと高く積み上がり、鳥たちのさえずりが耳に心地よい。

「ああ、すばらしい」

 見事なかぼちゃ畑の中心に座って、俺は今年の豊作を確信した。

「くぅ~!これなんか、ぜったいに甘いだろ!」

 俺が特に大ぶりの1つを抱き上げて頬すりしていると、あきれたような声が上から降ってきた。


「畑が好きって、キフェンは変わってるよね」

 目の前に立つ少年に、俺は笑いかけた。

「楽しいぞ、畑は」
「僕は畑仕事なんて飽き飽きしてるよ」

 少年はうんざりといったふうに肩をすくめる。
 俺は立ち上がって尻の土を払った。

「お前も農業の素晴らしさを知るべきだ!」

 俺はそのまま目の前の少年ーータンゼルに抱きついて、そのままもっさりと茂ったかぼちゃの大きな葉のうえに転がった。
 間引いても間引いても伸びる生命力あふれる緑に包まれて、俺は空を見上げた。夏の空は最高に美しかった。

 俺はキターニャ村という山裾の村に住んでいる。ここは肥沃とはいえず、育つものといえばかぼちゃや芋などだけだ。必死に手入れしても、多湿な気候のせいで植物が蔓枯病になりやすく、若者はどんどん土地を捨てている。
 タンゼルもその1人だ。来月には皇都へ出稼ぎに行くことが決まっている。都市では機織りの工場が新しく作られ、常に働き手を探しているそうだ。

「タンゼル、皇都では気を付けろよ。あそこは魔窟だぞ」

 抱きしめたまま俺が言うと、16歳になったばかりの少年はフン、と鼻を鳴らした。

「おっさんの言うことなんて、聞かないよ」
「だ!誰がおっさんだ!俺はまだ!25歳だ!」

 このタンゼルという少年は、よそ者の俺を最初に受け入れてくれた村人だった。彼は6年前、山で行き倒れている俺を見つけて、この村へ連れてきてくれた。普段は生意気な子どもだが、意外と慈悲深いところもある。

 俺は変わった髪と瞳をしている。灰色の髪と、灰色の瞳だ。金色や茶色の髪が多いこの国では、俺の容姿はちょっと異質だ。だが、タンゼルはそれに畏れることなく接してくれた。彼に感化されて、村人たちもかなり打ち解けてくれた。

 俺は村長から持ち主のいなくなった畑を分け与えられ、それ以降、食うには困らない程度の生活を営めている。
 俺は別れを惜しんで、この少年の髪をがしがしと撫でた。この赤毛と茶色い瞳の少年にもうすぐ会えなくなると思うと、悲しかった。

 俺の生活は平穏そのものだった。畑を耕し、村の老人の手伝いをして、子どもたちと遊ぶ。近頃は村人を集めて稲作にも挑戦中だ。国境を渡ってきた商人が持ってきた稲は無事根付き、昨秋はほんのわずかとはいえ、恵みをもたらしてくれた。

 俺はこの平和を愛している。


*****


 その日も、俺は増えすぎたかぼちゃの蔦を切っていた。夏場は毎日この仕事をしなければならない。増えすぎた蔦が太陽を遮ると、根が枯れてしまうのだ。
 収穫の喜びは、このような日々の手入れの先にある。俺はもくもくと作業にいそしんでいた。

 昼になって、タンゼルがやってきた。

「キフェン、村長が呼んでるよ」
「何の用?」
「客だって」
「客?」

 タンゼルは肩をすくめる。彼は質素なシャツを着て、手袋をつけている。どうやら畑仕事中に呼び出しを頼まれたようだ。これはただ事ではないと思って、俺も作業の手を止めた。

 首をかしげながら、鍬を置く。村長の家は村の入り口にある。ちょうど村の最深部にある俺の畑からは一番遠くなるが、それほど大きな村ではないため、天気の様子やほかの畑の様子を横目に見ながらゆっくり歩いても、すぐに行くことができる。

 虫の知らせというやつだろうか、嫌な予感がした。
 その予感は俺の足取りを重くさせた。
 俺はほかの畑の様子を見るという口実でゆっくりゆっくり牛の歩みで村長の家に向かった。




 そうして到着すると、村長の家の前に知らない馬車がとまっているのが目に入った。
 馬車は何の紋も入っていないが、銀が象嵌され、この田舎の村にはおおよそ似つかわしくないほど精巧なつくりだ。
 おまけに、ここの村人たちの全財産を集めても買えないであろう立派な赤毛の馬がつながれている。それも4頭。

「わあ、すっげー」

 タンゼルが感嘆する。少年が駆け寄ると、馬車の御者が帽子を上げて挨拶をした。
 その御者も、畑仕事ができなさそうな白いズボンに、磨かれた革の靴、金ボタンのジャケットを着ている。
 揃いの服装をした者が馬車のそばにさらに2人控えていて、その後ろには青灰色の鎧と刺繍の風よけを纏った護衛兵の姿が見えた。

 ここは金があるといわれている村人でも年老いた驢馬を買うので精一杯の村である。
 村のなかにおいて、煌びやかなこの一行は明らかに異質なものだった。
 村人たちは畑仕事の手を止め、何事かと遠巻きに様子をうかがっている。


 嫌な予感が当たっていたという確信とともに、俺はそのままくるりと背中を向けて立ち去ろうとした。
 だいたいこの手の予感は当たってしまうものだ。
 逃げるが勝ち。俺はこの平穏を失いたくない。抜き足、差し足で逃走だ。
 ところがそううまくいかないらしく、俺は後ろから呼び止められてしまった。

「ご無沙汰しております、キフェンダル様」

 誰もが背筋を伸ばしたくなる、そんな凛とした声が響いた。
 俺は顔をひきつらせて振り返った。
 そこには、もう会うこともないだろうと思っていた、麗人が立っていた。

「お迎えにあがりました」

 村長の家から出てきたその人は、スミレ色の瞳に白銀の髪をした、長身の男だ。

「ハンローレン……」

 俺は知らず、彼の名前を呼んだ。久方ぶりの再会で、ずいぶんと大人びて、精悍な顔になっているが、見間違えるはずがない。
 神への奉仕を表す灰色の衣。地まで届く長いマントに、神官の紋が刺繍されている。

 ーー彼は、俺の幼馴染で、この国の神官だ。

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