庭師の推しごと!~人外と契約したので領主さまを推します~

深山恐竜

文字の大きさ
上 下
37 / 41

第三十六話 儲け話

しおりを挟む
 俺は次の日、勇み足で書庫に向かった。書庫にはいつも通りノワイエがいる。
 ノワイエは顔を上げて俺を見て、それから俺の後ろにいる人物に首を傾げた。
「おや、セルジュ、と……オルム様?」
「ああ……」
「どうなさったんです?」
 オルム様の目の下には隈が刻まれている。
「なんでもない」
「はあ」

 昨夜、俺は自分が思い付いた妙案を忘れないように書き留めると、そのまま勢いよく寝てしまった。――オルム様をほっぽり出して。
 俺としては早く妙案をノワイエに伝えたい、その一心だったのだが、朝起きたときに一睡もできなかったとオルム様に言われて、さすがに罪悪感を抱いた。

 俺は心の中でオルム様に深々と頭を下げた。
 ――ごめんなさい……。

 オルム様は首を振った。
「ノワイエ、私のことはいい。セルジュがお前に話があるそうだ」
「セルジュが?」
 二人の視線が俺に集まる。俺は胸を張った。
「ノワイエ司書、前に活版印刷がうまくできるようになったら大儲けできるっておっしゃっていましたよね」
「え? あ、ああ。書庫にあるシャテニエの船の航海日誌や、歴代の司書たちが冒険者から聞き取った冒険記は価値のあるものだからね。高値で売れると思うよ」
「それで思い付いたんですけど、インクがにじまないようにとろみをつければいいんじゃないかと思って。メープルの樹液をインクに混ぜればとろみがつきますよ!」

 俺の妙案を聞いて、ノワイエは目を瞬かせた。
「メープルの樹液を、インクに混ぜる……?」
「うん! どうですかね? そうすれば、きれいに本をたくさん作れますよ!」
 俺は自信満々だった。しかし、ノワイエは小首をかしげた。
「なんというか、微妙だと思うけど」
「えっ」
「メープルの樹液は精製すればメープルシロップとして高値で売れるんだよ。このシャテニエ領の名物だ。……インクに使うのはもったいない気がするね」
「たっ……たしかに……!」

 一部の隙もないほど論破され、俺はがっくりとうなだれた。
 撃沈という状況がふさわしい。せっかく思い付いたのに。

 ノワイエは慌てて言葉を付け加える。
「とろみをつけるというのはいい考えだと思うのですがね」
「エンの国はどうなっているんだろ……」
「エンは紙に使っている木がちがうらしいですよ」
「うーん……そっかぁ」

 異国から木を連れてきて育てるところからはじめるほど、時間的に余裕がない。
 ノワイエも顎に手を置く。
「安価で、たくさんとれて、それでいて他に有用な使い道が少ないものでしたら、完璧ですが」
 俺は頭を掻きむしる。
「樹液ってのはいい考えだと思ったんだけどなぁ。ディヌプの森も守れるわけだし」
「そんな都合のいいものは簡単には見つからないというわけですね」

 安価、たくさんとれる、ほかに有用な使い道が少ない。こう並べてみると、これに適ったものを探すのは難しい気がする。

 ――樹液が使えたらいいのに。

 樹液、樹液。俺はそれから頭が離れなかった。樹液を使うことができたら、簡単に収穫できて、それでいて森を守れることになる。

 ふと、ついこの前メープルではない木の樹液の話を聞いたことを思い出す。

 考えるより先に、口を開く。
「そういえば、こないだパインの幹から樹液をとっているのを見かけたんですけど」
 それはエラーブルとともにメロイダイを取りに行ったときの話だ。
 ノワイエはぱっと顔をあげる。
「パインだね」
「パインの樹液は何に使っているですか?」
「パインは樹液が多くとれるけど、使い道はそれほど……。固めてロジンにするくらいだろうね」
「ロジンって?」
「水夫の靴の裏に塗るんだよ。滑り止めの効果があって……。メープルのように甘くもないから、食べてもおいしくないんだよ」
「それって、用途は多いって言えます? ロジンって、高く売れます?」
 俺とノワイエは顔を見合わせる。

 それまで黙っていたオルム様が言う。
「ぴったりじゃないか」
 俺は勢いよく立ち上がった
「なら、俺にまかせてください!」




 俺はすぐにディヌプの森に向かった。到着すると、俺は大声で叫んだ。
「エラーブルー! いるー!?」
 森には何人かの村人が枝を拾っていた。
 村では薪は各自で買うことになっているが、薪に火をつけるための火口として使う小枝は税を納めている村人なら自由に拾えることになっている。

 俺はその村人たちの目は気にせず、エラーブルの名を呼びながらどんどん森の奥に進んだ。
「おおーい‼」
 かつて生贄の儀式が行われていたメープルの近くにやってきたとき、俺の呼びかけに返事があった。
「……なんだやかましい」
 声は上から聞こえた。見上げると、メープルの木の枝にエラーブルが座っていた。

 彼は眠そうな瞼をこすっている。
「森の精のくせにふて寝してるのかよ!」
「ふて寝ではない。思考だ。いまどうするべきか考えていたのだ」
 エラーブルの声にはいつもの元気がない。

「思考の邪魔をするな。私は寝る」
「寝てるじゃん!」
 俺はいつものようにつっこむ。
「やかましいな……」
 エラーブルは目を瞑ってしまう。
「ディヌプの森を救いたいんだろう? いい案を持って来たよ。協力してくれるだろ?」

 ふ、と風が吹いた。甘い、シロップの匂いがした。
 エラーブルはゆっくりと瞼を上げる。
「……聞こう」
「パインの樹液で、大儲けしようぜ! ふてくれされている場合じゃないぞ!」

 俺の言葉を聞いて、エラーブルの目に光が戻る。
「セルジュのくせに、生意気なことを言う」
 彼はふん、と鼻を鳴らした。
「そうこなくちゃ」
 俺は笑った。


 オルム様の行動ははやかった。
 俺とエラーブルでパインの樹液をバケツ一杯に集めてくると、彼はその日のうちにパインの樹液を混ぜたインクを六種類造らせた。
 六種類は樹液の配合量が異なっている。エンから持ち帰ってきた活版にそれぞれのインクを塗り、紙に刷る。その結果――。
「見ろ。セルジュ」
 彼は六枚の紙を出した。そのうちの一枚、樹液の量が上から二番目に多い配合の紙を指さす。
 俺は両手を叩いた。
「文字が、にじんでないですね!」

 オルム様はにっと笑った。
「これは儲かるぞ。ノワイエ、シャテニエの航海日誌と冒険記を大衆向けに書き直せ」
「はい!」
 ノワイエははつらつと返事をした。
 俺は他人事のように心の中でノワイエを応援していたら、急に名前を呼ばれて驚いた。
「セルジュ、お前もだぞ」
「へ」
「異国の樹木図鑑、フラヌ国中に配ってやろうじゃないか」
「ほへっ!?」
 樹液集めに徹していればいいと思っていた俺は、頓狂な声を上げた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

処理中です...