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第二十六話 いいもの

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 男性器の勃起不全――。

 それは男にとって深刻な悩みのひとつだ。まして、それが結婚前の男となればなおさらのことだろう。
 俺はすぐにことにとりかかった。まだ日も登りきらない早朝、俺は人目を避けて樹木園に向かった。
 そこで果樹園の奥にいるパメラに尋ねる。

「不能を治せる効能をもってない?」
 パメラは頓狂な声をあげた。
『フノウを治す?』
「うん」
『不能って?』
「男の股のものが元気がないことだよ」

 俺は照れ隠しに笑ったつもりだったが、うまく笑えず、口角だけあげた変な顔になってしった。形容するなら、にやにや、だ。しみついたむっつりはこうしたところにも現れてしまう。

『わからないな……そんな症状聞いたこともない。役に立てなくてごめんね』
「いいんだよ」
『ほかのみんなにも聞いてみなよ』

 そうして聞いてまわっても、それらしい薬になる樹木は見つけられなかった。
 勃起不全。悩んでいる男は多いと思うんだけどなあ。しかし、悩んでいるという話はたまに聞くが、薬となるととんと聞いたことがない。


 次に俺は城の中の医師に聞いてみることにした。医師たちは保養院で働くために集められた腕利きの医師たちである。彼らはいま城の一区画で仮の保養院を運営している。
 俺は医者の中でも高位の医者を廊下で呼び止めた。

「プラターヌ医師」
 振り向いたその医者は丸い眼鏡をかけて明るい茶色の髪を高いところでひとつにまとめている。もとは王都ではたらいていた高名な医者だったそうだが、いまは年老いて後進育成のために生まれ故郷であるこの村に戻ってきている。

 城の人々は敬意をこめて彼を「プラターヌ医師」と呼んでいる。これはかつてこの地で流行り病が広がったときに特効薬を見つけ出した医師の名だ。

「おお、セルジュ。これは珍しい」
 彼は深く皺が刻まれた目元にさらに深く皺をつくる。
「セルジュがつくったウィローの痛み止めじゃが、とてもいい評判じゃ」
「そうなんですか」
「もうちと多くもらえると助かるのだがの……」
「すみません、まだウィローの木は小さいので、切り過ぎると……」
「わかっておる。ただ、そういう声があるということを知ってほしかったのじゃ。それで? 今日はどうかしたかのう?」
「すみません、あの……」
 俺は声を落とす。
「男の不能を解決する薬はありませんか?」

 シェーヌは渋い顔で俺の質問を反復する。
「男のナニを治す薬かのう?」
「う……はい……」
「勃たない、ということかのう?」
「はい……」

 分厚い眼鏡の奥で、プラターヌの目が光った気がした。彼はじっとこちらを見ている。俺はなんとなく居心地が悪くてそわそわした。

「そういうお悩みを抱えた男は多いのう。悲しいことに。具体的にはどのような症状なのじゃ?」
「症状……?」
「たとえば、皮で締め付けられて物理的に勃起できないのか、そもそも精神的な原因で勃起自体ができないのか」
 俺は口ごもる。オルム様のオルム様の具体的な症状。それは俺が知る由もない。

「……うーん…それは……」
 俺が返答に困っていると、また医者の目がきらりと光った。
「もしかして、オルム様からのご相談かの? 近頃仲良くされているともっぱらの噂じゃが……」
 俺は全力で首を振る。オルム様の名誉と秘密は俺が守るのだ。
「いやいやいや! 俺の話です!」
「ほんとうかのぉ~?」
「ほんとほんと! 俺! 俺の話! 俺の俺は全然役立たずで!」

 必死に言い募ったせいで声が大きくなり、廊下を行く人々の何人かがこちらを「え?」という感じに振り向いた。
 俺は顔を伏せた。

 ――うぅ……。

 嘆いても仕方がない。これもオルム様のためだ。
 俺はまだ疑いのまなざしを向けているプラターヌに向き直る。

 ――たしかオルム様は、「最近できた理由」だって言っていたような……。

 ということは、物理的に勃起できないわけではないはずだ。きっといろいろな「俺が知らない理由」で最近そうなったにちがいない。
 俺は消え入りそうな声で言った。

「精神的な原因でだと思うんですけど」
 勇気をもって絞り出した言葉は、医者によってあっさりと返された。
「なら、難しいのお」
「え」
「皮のせいなら手術で治してやれるが、精神的となると」
 プラターヌはこちらを意味ありげに見て、それから肩を叩いた。
「ゆっくり休んで楽しく暮らす。これが一番の薬だのう」

 はいこれで話は終わり、と言った感じで両手を叩いた。俺は肩を落とした。
 ゆっくり休んで楽しく暮らす。ずばりオルム様にはできないであろう解決策を言われてしまった。
 俺は意気消沈して自室に戻った。

 自室に戻ると、俺は最後の頼みの綱としてノワイエから借りっぱなしになっている植物図鑑を開いてそれらしい効能をもつ植物がないか探してみた。しかし、やはりどこにもそんな記述はなかった。

「どうしよう……せっかくオルム様の役に立てると思ったのに」
 俺は机につっぷす。そして盛大にため息をついた。肝心なところで役に立てない。

 一日中ずっとだまって俺の後ろについてきていたエラーブルがここでようやく口を開いた。
「なぜ貴様は森の主である私に頼らないのだ」
「え?」
 俺が顔をあげると、エラーブルは両腕を組み、両足を開いてのけぞっている。その顔は自信にあふれている。
「領主の領主を治す効能をもつもの、だろう?」
「ま、まさか」
 俺は身を乗り出す。
「ディヌプの森にいいものがある」
「いいもの?」
「ああ。森で隠れてヤっている人間が使っている」
「え」
 俺は固まる。
「人間が使っていたあれは、おそらくそういう薬だと思うが」
 そうだった。ディヌプの森。秘密裏に婚前交渉を行う場になっているのだった。
 固まった俺には構わず、エラーブルは続ける。
「飲むと興奮して長く勃起状態を維持できるようだな」
 エラーブルは親指を突き上げてにやりと笑う。
「つっこまれる側はひいひい鳴きながら大喜びだ」

 ――ひいひい……。ひいひい!?

 俺は立ち上がってエラーブルの腕をつかんで揺らす。
「それってどこにあるんだよ? もったいぶるなよ!」
「森の奥だ……ちょうどこの時期に蔦を伸ばす」
「蔦?」
「そうだ。山毛欅や楢の木といっしょに生えていることが多いな。掌のような形の葉と太い蔦が特徴だ」
「へえ。そんな蔦、あったかな」
 俺もそれなりにディヌプの森に出入りしているが、あまり見覚えがなかった。
「森の奥にほんのわずかしか生えていない。蔦を折ると、中から黄色っぽい液体が出てくる」
 俺は唾を飲み込んだ。
「それを、飲むと……?」
 エラーブルは拳をつきあげた。
「ギンッギンッになれる」
「ギンギンに?」
 エラーブルは首を振る。
「ギンギンではない。ギンッギンッだ」

 ――オルム様が、ギンッギンっ……!?

 想像しただけで、鼻血を噴出してしまいそうだった。
「それって、体に害とかは……」
「繰り返し同じ人間が使っているのを見かけているぞ」
「へえ。なら安心かもしれない」
「あと、そうだな。メープルの木の樹液を混ぜるといいようだ」
「樹液? なんで? 甘くして飲みやすくするってこと?」
 メープルの樹液は非常に甘い。メープルのシロップはこの村の名物である。

 エラーブルは得意げだ。
「メープルの樹液には胃腸の調子を整える力もある」
「へえ~」
「な? 精神的な苦痛は胃腸にきやすい。ちょうどいいだろう?」
「たしかに」
「どれ、親切な森の精が案内してやろう。森で一番甘い樹液を出すメープルを教えてやるぞ」
「え? いいの?」
「もちろんだとも。我々は眷属だろう?」
 エラーブルはとってもとっても親切な笑みをその顔に張り付けていた。

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