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第二十一話 妄想

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 俺がオルム様とそういう仲らしい、という噂はあっという間に広まった。

 それもそうだろう。
 なにせオルム様はあれ以来毎晩俺の部屋にやってきては添い寝を要求してきているのだから。

 最初は人目を忍んでやって来ていた彼だったが、最近では廊下に他の使用人がいてもお構いなしに部屋に入ってくるようになった。堂々と。顔も隠さず。
 ――つまり、そういうことだ。


「セルジュ、手がとまっているけど」
 ノワイエにそう声をかけられて、俺の意識は覚醒した。
 俺は書庫のいつもの席に座ってペンを握りしめていた。目の前の紙は真っ白のままだ。

 俺はゆっくりと首を動かす。ノワイエは自分の席に座って、心配そうにこちらを見ている。
 俺は目をこすって、それから呆けた声で返事をした。

「……はい」
「大丈夫かい?」
「あんまり……」
「……噂のことで気に病んでいるのかい?」
「……まあ、それに近いことで」

 ノワイエは痛ましそうなものを見るような顔をした。
 彼には正直にオルム様とは添い寝をしているだけだと話していた。彼はそれを信じてくれていた。
 彼は「いや~、オルム様に城の者に手を出す勇気があるとは思えませんから」と言って笑っていた。

 とはいえ、俺が悩んでいるのは噂のことではない。
 俺は心の中の不安を吐露した。
「……俺、こんなに幸せでいいのかなって心配で」

 オルム様と毎日添い寝して、毎日やさしい笑顔を浮かべてもらって、毎日いい匂いを嗅ぎ放題で……。
 ――俺、幸せだ……。これ以上ほしいものなんてないよ。

 俺の頭のなかにオルム様がずっといる。妄想によってつくりだしたオルム様の造形は夜な夜な精度が増していき、それと同時に行動が現実と乖離していく。俺のオルム様は俺に顔を近づけて、唇を……。

 俺は勢いよく頭を机に叩きつけた。

「セルジュ!? ど、どうしたんだい!?」
「ダイジョウブデスー……」
 机はひんやりとしている。俺はそこに頬をおしつけて真っ赤になった頬を冷やす。

 このように、気を抜くと妄想の中のオルム様が俺を誘惑するのだ。日常生活に支障が出まくりである。
 俺はもうオルム様を摂取しすぎて致死量を超えている。そのうち頭が爆発してしまうと思う。いや、もう死んでいるのかも。
 俺はぐったりした。

 エラーブルのほうも元気がない。
「信じられない……あの状況で乳繰り合わない、だと……? こんな二人、もうどうしたって無理ではないか……」
 なんというか、全体的に健全で申し訳ない。
 いや、健全なのはオルム様だけだ。俺の脳内はずっとバラ色だ。もういたしたも同然なのだ。

 ――ああ、むっつりでよかった。

 俺の脳内ではめくるめく官能の夜が繰り広げられている。もう俺は死んでもいい。ほんとうに。幸せ過ぎてあの世に片足をつっこんでいる。

 ……こういうわけで、俺たちは二人とも元気がなかった。それぞれ違う理由で。



 夕食時、ふわふわした気持ちのまま食堂で食事をとっていると、向かいにティユルが座った。
 そして開口一番に俺を問いただす。
「オルム様とはどういう関係なんだよ」
「いや、どうって」
「正直に言えよ」
「まあ、その、ちょっと寝ているだけだよ」

 いっしょに寝ている。そう、正真正銘の添い寝だ。
 ティユルは俺の言葉を聞いて顔を真っ赤にした。

「ふ、ふしだらな……!」
「ええ? ティユル、お前、何言ってんの?」

 添い寝だぞ? もっと具体的に言うならば俺の役割は安眠枕といったところだ。
 扱いとしては無機物に近い。実際俺も添い寝している最中の半分は息がとまっているから無機物みたいなものだ。

「……なんでそんなに平然と……!」
「平然もなにも、そんなたいしたことじゃないじゃん」

 添い寝だからな。
 まあ、個人的には天地をゆるがす大事件だが、世間一般から見ればたいしたことない。
 ティユルは歯噛みした。

「……負けた気分だ……!」
「ええ? お、お前もオルム様と寝たいの? 聞いてみようか?」

 たぶん、オルム様は誰かといっしょに寝ると安心するのだろう。それなら、俺でなくてもいいはずだ。
 独り占めしたい気持ちももちろんあるが、ティユルがオルム様のことが好きだというのなら譲り合うべきだろう。オルム様大好き勢は協力しあうべきだ。
 しかし、ティユルは耳まで赤くなって声を荒らげた。

「馬鹿! そんなわけないだろ!」
「ええ……そんなわけって」

 ひどい。オルム様、素敵なのに。全否定はひどい。
 俺が心でハンカチを噛んでいると、ティユルは少し冷静になったようだった。
 彼はもじもじとした後、小さく言った。

「……男同士って、その、どうするの……」
「え……いや……その」

 そういうことは妄想の中でしかしたことない。それはそうだ。俺は添い寝をしているだけなのだから。
 しかしティユルは言う。 

「教えてよ」

 俺は頭を捻った。
 整理すると、ようするにティユルは俺が添い寝しかしていなくて、残りを妄想で補っている状況を理解していて、妄想の中でのいたしかたを知りたいのか。

「ティユル、お前……。相手は誰なんだ?」
「別に、誰でもいいだろ」

 俺はあたりを見渡し、食堂の例の兵士がいないことを確認して尋ねた。

「ソール?」
「……っ!」

 沈黙は肯定だ。
 俺はなるほどなるほどと納得した。

 ――お前も、むっつりなんだな。

「いいよ、俺が教えてやるよ」

 正しい妄想の仕方ってやつを、な。
 人間みな愛する人と体を重ねる妄想をするものだ。そしてそれを糧に生きるのだ。

 俺は切り出した。
「とはいえ、実は俺もまだ完全には制御できていなくて」
「制御……?」

 そう、妄想において大事なのは制御だ。俺はそれができていないせいでいま仕事もままならない。

「日中も勝手にオルム様が襲ってきたりするんだ」
 脳内で。
「~~~‼」
 ティユルは口をぱくぱくさせている。なるほど俺を上回るむっつりだ。

 そうして話していたら、ソールがやってきた。
「何をしているんだ?」
 俺たちはごかます。
「なんでもないよ!」
「う、うん。なんでもない!」
「?」

 挙動不審な俺たちを見て、ソールは首をかしげる。
「お前たち、そんなに仲良しだったか?」
「べつにいいじゃん!」

 ティユルが叫ぶ。彼はもう顔も耳も首まで赤い。わかる。妄想をはじめると茹ってしまうよな。

 ソールは手を叩いた。
「わかった、ついにティユルも力を授かったんだな。なんの力だ?」
「でたよ、そういう病気」

 俺は笑う。
 しかし、ティユルはこぶしでテーブルを叩くと「~~~! ソールの馬鹿!」と叫んで食堂から飛び出していった。

 その後姿を見送って、ソールはぽかんと口をあけている。
「は?」
「……まあまあ、ソール。座れよ。夕飯まだだろ?」
 俺は肩をすくめる。

 ティユルのむっつりぶりはかなり深刻だ。しかし。
 ――ティユルと仲良くなれてうれしい。
 むっつり妄想同志。いい響きだ。

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