落第騎士の拾い物

深山恐竜

文字の大きさ
上 下
3 / 7

3話

しおりを挟む

 その日、セレガは朝から熱っぽさを感じていた。なかなかベッドから起き上がることができず、ぐずぐずとしていると、メイドが乗り込んできて有無を言わさずに彼をベッドから拉致した。
 セレガは風呂に放り込まれ、いい香りのする石鹸で全身を磨き上げられ、伸ばしかけの髪を結われ、豪奢な衣装を着せられた。通常ならばメイドたちの見事な仕事ぶりに舌を巻くところだが、セレガは眉間を押さえて険しい顔をしている。
 彼は石鹸の香りや、髪に塗ったオイル、それから衣装に吹き付けられた香水のひとつひとつの香りがやけに鼻に残って嫌な気分になっていた。あまつさえ頭痛までしていた。

「なぁ、今日、休みたいんだけど……?」
「いけませんよ。今日は大事な日なんですからね」
 セレガの懇願は一蹴された。セレガはため息をついて鏡を覗き込んだ。そこには派手に着飾った自分がいて、さらにため息を誘う。

「この衣装、派手すぎないか?」
「これくらいでいいんです。ハンストン様の叙勲式なんですよ? 後見のガラケレム家にとって大きな晴れ舞台です。坊ちゃんも、オメガと診断されてから初めての公の場でしょう? 気合を入れなくては」
「晴れ舞台ねえ……」
 セレガは眉間に皺を寄せた。
 セレガに言わせれば、決して今日はガラケレム家の晴れ舞台ではない。ガラケレム家がハンストンを育てたわけではないからだ。
「ただ拾って餌をやって風呂にいれたら懐いた。それだけでまるで自分の手柄みたいに見せびらかしてさ、滑稽じゃないか?」
「ま、坊ちゃんはいつからそんな小難しいことをおっしゃるようになったのかしら」
 セレガは肩を落とした。


 ハンストンは騎士に叙されることが決まった。歴史の中にドラゴンを倒した騎士はいても、ドラゴンを使役した騎士ははじめてのことであり、ハンストンの後見にガラケレム家がつくことを求められた。
 セレガに言わせると、ドラゴンが何か問題を引き起こした時に責任を取らせやすい末端の貴族として引っ張り出されたとしか思えないのだが、セレガの父は狂喜乱舞した。
 それは、ハンストンが年600ゴールドの給金を提示されたからである。ガラケレム家の収入5年分に相当するほどの金を毎年得ることになるハンストンと繋がりを欲して、父は二つ返事で書類にサインをした。
 ガラケレム家を興した曾祖父、その家を発展させた祖父と続き、生まれながらの貴族であった父は野心は受け継いだものの、貴族らしい鷹揚さを身につけてしまっていた。





 王宮の大広場で叙勲式は恙なく執り行われた。叙勲式でのハンストンは素晴らしかった。彼は背筋をしゃんと伸ばして、優雅に礼をした。腰には勇者の剣を佩いている。非の打ちどころのない所作で歩き、膝をつき、国王への忠誠を誓った。
 大広間は割れそうなほど盛大な拍手につつまれた。

 式が終わった後、セレガは馬車のところでハンストンを待っていた。準備のためにハンストンは前日から王宮に詰めていたが、帰りは一緒にと父に言われていたのだ。
 御者と軽口を叩き合っていると、ハンストンがやってきた。

 ハンストンは少し小首を傾げたあと、すん、と鼻を鳴らした。
「……セレガ、いい香り」
「ん? あ、ああ。俺は石鹸やらオイルやら香水やらで鼻が曲がりそうだ。ほら、乗れよ。疲れただろ」
「ありがとう」

 馬車に乗った途端、セレガは頭がくらりとなるのを感じた。馬車の中になにか得体のしれない蛇が潜んでいて、それに全身巻きつかれたような、そんな感覚だった。
 セレガの体はずるずると座席に沈んでいく。

 そのセレガが重い瞼を押し上げると、目の前にハンストンがいた。スミレ色の瞳がじっとセレガを捉えて離さない。
「あ……」
 その瞳がセレガの体に熱をともした。セレガは熱に浮かされ、ハンストンに手を伸ばした。そしてその中指が頬に触れた瞬間、はじかれたように2人は唇を合わせた。

「ん、ふぅ……」
「あ……」
 呼吸を忘れてお互いを貪った。
 ハンストンは服を脱ぐ手間も惜しいと、美しい衣装を破り捨て、セレガの上にまたがった。セレガは男に組み敷かれているという通常ならば抵抗したであろう状況を心から歓迎し、自分からベルトを外した。


「ああ!」
 セレガはハンストンの股間の熱いものをたやすく飲み込んだ。
「セレガ……」
 腰を叩きつけられて、馬車が揺れる。セレガは揺さぶられて、一突きされるごとに理性が溶けていく。だらしなく口を半開きにして、足をさらに開いて奥へと招き入れる。
「あ、ああ、ああ……」
 セレガは発情していた。彼は濃厚なフェロモンを撒き散らし、すべてのオメガがそうであるように、尻で男を銜え込み、切ない声を上げて腰を振った。あまりの興奮で、セレガは涙を流した。
「あああ!!」
「つっ、―――う、ああ……」
 奥にハンストンの精子を注がれて、セレガは目を閉じた。これでようやく彼の体の熱の高ぶりが鎮まる。
 しかし、極限状態にあったハンストンは止まらない。
「あ……まっ……」
 セレガが制止するより早く、ハンストンはセレガのうなじに噛みついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

要らないオメガは従者を望む

雪紫
BL
伯爵家次男、オメガのリオ・アイリーンは発情期の度に従者であるシルヴェスター・ダニングに抱かれている。 アルファの従者×オメガの主の話。 他サイトでも掲載しています。

酔った俺は、美味しく頂かれてました

雪紫
BL
片思いの相手に、酔ったフリして色々聞き出す筈が、何故かキスされて……? 両片思い(?)の男子大学生達の夜。 2話完結の短編です。 長いので2話にわけました。 他サイトにも掲載しています。

彼女のお見合い相手に口説かれてます

すいかちゃん
BL
カラオケ店でアルバイトしている澤木陸哉は、交際している彼女から見合いをすると告げられる。おまけに、相手の条件によっては別れるとも・・・。見合い相手は、IT関連の社長をしている久住隆一。 だが、なぜか隆一に口説かれる事になる。 第二話「お見合いの条件」 麻里花の見合い相手と遭遇した陸哉。だが、彼には見合いをする気はないらしい。おまけに、麻里花に彼氏がいるのを怒っているようだ。もし、見合いが断られたら・・・。 第三話「交換条件」 隆一と食事をする事になった陸哉。話しているうちに隆一に対して好感を抱く。 見合いを壊すため、隆一が交換条件を提案する。 第四話「本気で、口説かれてる?」 ホテルの部屋で隆一に迫られる陸哉。お見合いを壊すための条件は、身体を触らせる事。 最後まではしないと言われたものの・・・。 第五話「心が選んだのは」 お見合い当日。陸哉は、いてもたってもいられず見合い会場へと向かう。そして、自分の手で見合いを壊す。隆一にも、2度と会わないつもりでいたが・・・。

正しい風呂の入り方

深山恐竜
BL
 風呂は良い。特に東方から伝わった公衆浴場というものは天上の喜びを与えてくれる。ハゾルは齢40、細工師の工房の下働きでありながら、少ない日銭をこつこつと貯めて公衆浴場に通っている。それくらい、風呂が好きなのだ。  そんな彼が公衆浴場で出会った麗しい男。男はハゾルに本当の風呂の入り方を教えてあげよう、と笑った。

知らないだけで。

どんころ
BL
名家育ちのαとΩが政略結婚した話。 最初は切ない展開が続きますが、ハッピーエンドです。 10話程で完結の短編です。

転生してエルフの青年になったけど

hina
BL
主人公のハーシェルはエルフの王様の運命の番で──? ◇ 不定期更新です。

騎士隊長が結婚間近だと聞いてしまいました【完】

おはぎ
BL
定食屋で働くナイル。よく食べに来るラインバルト騎士隊長に一目惚れし、密かに想っていた。そんな中、騎士隊長が恋人にプロポーズをするらしいと聞いてしまって…。

嘘つきαと偽りの番契約

ずー子
BL
オメガバース。年下攻。 「20歳までに番を見つけないと不幸になる」と言う占いを信じている母親を安心させるために、全く違いを作るつもりのないオメガの主人公セイア君は、とりあえず偽の番を作ることにします。アルファは怖いし嫌いだし、本気になられたら面倒だし。そんな中、可愛がってたけどいっとき疎遠になった後輩ルカ君が協力を申し出てくれます。でもそこには、ある企みがありました。そんな感じのほのぼのラブコメです。 折角の三連休なのに、寒いし体調崩してるしでベッドの中で書きました。楽しんでくださいませ♡ 10/26攻君視点書きました!

処理中です...