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はじまり

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「この中に男性が好きな方はいませんか?」

 皆が一様に黙りこくって膝を抱えていたとき、長身の僧侶が立ち上がってそう呼びかけた。彼はいつもの柔和な雰囲気から一変して、どこか険を孕んだ瞳をしている。

「男性と女性、どちらでも、という方でもいいのですが。」

 一斉に怪訝な目を向けられてもなお、白銀の髪をした聖職者は言い募った。



 俺たちは国王にダンジョン攻略を依頼された栄誉と実績のあるパーティだ。メンバーは勇者、魔法使い、僧侶、そして俺――シーフの4人で、もう結成して5年になる。

 撃破した魔物は1000を超え、踏破したダンジョンは数知れない。そんな無敵のパーティであったため、今回のダンジョン攻略も余力を残して達成できると思い込み、油断したのが運の尽きだった。

 俺たちは単純なトラップに引っ掛かり、この小さな正方形の部屋に閉じ込められてしまったのだ。



 誰も呼びかけに応じないのを見ると、僧侶は俺に歩み寄って膝をつき、顔を覗き込んできた。

「シーフ、あなたは私の味方ですよね?奴隷商に殺されかけていたあなたの傷を癒したのは私です。私はあなたの命の恩人です。」

「そうだけど……。」

 俺が頷くと、僧侶は嬉しそうに俺の肩に手をおいた。

「なら、ちょっと私と性交してくれませんか。」

 なんということだろう。俺は小さく首を振った。この僧侶は気が狂ってしまったにちがいない。しかし、それも仕方のないことだ。



 俺は天井を見上げた。正方形だった部屋は、いまはもう長方形になってしまっている。人間、死を目の前にして正気を保つことは難しい。

 この部屋の天井には棘がびっしりとついていて、それがじわじわと落ちてきているのだから。







「突然、なんの話なんだ。」

 屈強な勇者が厳しい声で尋ねた。僧侶の奇怪な発言は、この部屋から脱出するための戦略だろうか。皆が僧侶の次の言葉に期待した。

「いえ、ただ、どうせ死ぬなら最期にいい思いがしたいなぁ、と思いまして。」

 俗物的発想をして、なおかつそれを臆面もなく言葉にする僧侶に、俺は頭を抱えた。

「私、実は男性が好きでして。」

 訊いてもいないのに僧侶は話し出す。



「神殿には男ばかりですからね、物心ついたときにはそうなっていたんです。ああ、もちろん、一線を超えたことはありませんよ。我々僧侶は神を伴侶と誓っていますから、もし他者と肉欲を交わすと、神から授かった聖なる力を失ってしまいます。」



「なら最期まで神の伴侶として生きて死になよ。」

 魔法使いがぐうの音も出ない正論を言った。

「死ぬ前に離婚なんて神様が泣くぞ。」

「一応、お前中央神殿の大司教だろ。」

 勇者、俺の順で魔法使いに同調した。しかし、僧侶は怯まない。

「この部屋から出る術はありません!もう天井につぶされるのを待つしかないんですよ!?私は一生を神と神殿に捧げてきました!最期ひとときの自由くらい神はお許しになります!」

 捲し立てられて、皆が黙った。この部屋の壁は勇者の剣でも、魔法使いの大魔法でも、破壊できなかった。



 僧侶は穏やかで慈悲深い人格者で、それはどんなに激しい戦いの最中においても変わることはなかった。彼がこんな剣幕を見せるなど、誰も想像できないことだったのだ。

「お願いします、シーフ。私が救った命で、最期に私の魂を救ってください。ほら、痛くないように、私のスキル『癒しの抱擁』をかけて差し上げますから、ね?」

 再び俺に向き直った僧侶の様子に、俺は言葉が見つからなかった。







 俺はこのパーティの最年少だ。旅をしていた彼らに命を救われたことをきっかけに、ほぼ押しかけるような形で仲間になった。



 昔、俺は孤児だった。それが、変わったスキルを持っていることがわかり、国が経営する大きな孤児院に移送される途中で、山賊に攫われ、奴隷商に売り飛ばされた。

 スキルとは人間が生まれながらに持つ特殊能力である。スキルを持つ人間の数は非常に少ない。俺のスキルは珍しいが、扱いにくいもので、奴隷として買い手がつかなかった。



 奴隷商の元で、俺は人間らしさをすべて剝ぎ取られた。残飯を食い、言葉を禁じられ、不潔なまま捨て置かれた。

 奴隷商は俺のスキルを利用して一儲けしようと思ったようだが、俺は彼の思惑通りには動かなかった。

 多くの奴隷が鞭で百回も殴られると従順になった。それでも反抗する奴は、爪をはがれたり、焼きごてを押し付けられたりする。そこまでされると、ほぼすべての奴隷が主人に洗脳されてしまう。

 しかし、俺はそうならなかった。もともと頑丈であったのと、頑固な性格だったのが幸いしたのか、俺は虎視眈々と脱出の機会を窺っていた。



 そして、俺たちを救出するためにやって来た、このパーティと連絡を取り合った。しかし、翌日にいよいよ作戦決行、という時になって、俺の密通が奴隷商にばれて激しい拷問を受けた。

 この時、もはや手遅れという状態の俺の命を救ったのが、目の前にいる僧侶だ。あの日のやさしい手を、俺は決して忘れていなかった。

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