シークレットベイビーだった俺(Ω)の運命の相手は父(α)でした

深山恐竜

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第十九話 買い物

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 大学へあいさつに行った翌日、ルーカスはまたカルヴァの街を見に行くと決めていた。学用品を買う必要があるのだ。
 ロイは外商を呼べばいいと言ったが、ルーカスはそれを断った。

「僕、ちょっとだけならお金を持っていて……それでバートンさんに何か贈り物をしたいんです。その……いろいろしてくれたお礼として……どう思いますか?」
 ルーカスがおずおずと言うと、ロイは胸を抑えて感動した。
「とても、とても喜ばれますよ。どういったものをお探しでしょう?」
「うーん……」

 ルーカスは困った。贈り物を買う、ということまでしか考えていなかったのだ。ルーカス自身の所持金はそれほど多くない。それでいて、バートンに贈って恥ずかしくないもの……。難しい買い物になりそうである。
 ルーカスが黙り込むと、ヒューイットが手を叩いた。
「では、ひとまず市場に出ましょう。いろいろなものが売っていますから、見ているうちに思い付くかもしれませんよ」

 そうしてやってきたのは「エタレット通り」と呼ばれる大通りであった。
 かつては青果市場として栄えた場所であるが、いまはダン帝国軍人向けの店が多く立ち並んでいた。
 煙草、酒、化粧品、紅茶、洋服。使用人たちの調べでは下手な富裕層向けデパートよりも品ぞろえがいいということである。ルーカスは活気のあるその通りにやって来て圧倒された。
「すごい人……」
 多くの人間が行き交っている。店の造りはカントット国風であるが、店主や店子たちはダン帝国風の服を着ている。そして、カントット国通貨もダン帝国通貨も使える店が多く、まるでちょっとした「小さなダン帝国の街」のようであった。

 ルーカスが言葉を失っていると、ロイが道の脇にルーカスを引き寄せた。
「スリが多いそうです」
「あ、うん、わかった」
 ルーカスはぎゅっとカバンを抱きしめる。中にはルーカスの個人的なお金が入っている。

 2人はまずルーカスの学用品を見に行った。ペン、インク、帳面、またそれらを入れる革の筆記具入れ。必要なものはたくさんあり、またそれらは非常に高価だった。それらの支払いはロイが持ってきた財布から支払われた。そこにはバートンがルーカスのために毎月決まった額を入れているらしかった。

「帰ったら、バートンさんにお礼を言わないと……」
 一通り買いそろえた後、ルーカスはしみじみとそう言った。
 彼のカバンにはぎっしりと買ったばかりの学用品が入っている。思い起こせば、中等学校に在籍している間も他人のお古ばかりで、こうして新しいものを買うというのははじめてだった。
 うれしくて、ルーカスはこっそりインク瓶のつややかな表面を撫でた。

 ロイは言った。
「バートン様はお忙しくてお金を使うところがありませんからね、もっと使ってさしあげてもいいくらいですよ」
 彼の軽口に、ルーカスは苦笑した。ルーカスはこのロイという使用人とバートンが固い信頼で結ばれていることに気が付いていた。
「バートンさんに、何を買ったらいいと思いますか?」
 それで、彼にこう尋ねてみた。ロイは少し悩んだあと「坊ちゃんが選ばれたものなら、何でも喜ばれますよ」と言った。
 それはロイにしてみれば正直な感想であったのだが、ルーカスは困ってしまった。

 ルーカスはいろいろな店を見て回りながら、ロイからバートンのことを教えてもらうことにした。
 ロイはバートンのことなら何でも知っていた。酒はそんなに飲まないこと、使用している筆記具にはこだわりがあって決まったものしか使わないこと、衣服には頓着していないせいで軍服以外の服がほとんどないこと、食べ物の好き嫌いはないこと、煙草は吸わないこと……。
 聞けば聞くほど、ルーカスは悩んでしまった。それほど、バートンという人物は無欲に近かった。

 秋の訪れが近いというのに、大通りはまだ夏の余韻が残っている。
 ルーカスは木陰で立ち止まると、ふう、と息を吐いた。
 靴磨きの仕事をしていたときなら、これくらいの暑さでへばったことなどないのだが、涼しい場所でだらだらと過ごしているいまのルーカスには大通りの熱気に体力を奪われてしまっていた。

「そろそろ、戻りましょうか」
 ロイが言う。しかし、ルーカスは首を縦には振らない。

 ふと、ルーカスの目に一軒の店がとまった。そこは伝統的な機織り機を店前においている。織物の店のようだった。
 ルーカスはその店に足を踏み入れた。
 赤、青、黄色、緑、紫。目が痛いほどの色の洪水である。色とりどりの糸に、カントット国の伝統的な機織りで作られた布。しかし織りなす模様はダン帝国風の優美な曲線である。直線の模様を好むカントット国に対し、ダン帝国は曲線の柄を好むのだ。

「わあ」
 ルーカスは思わず感嘆の声を漏らした。カントット人のルーカスには見慣れた織り方であるが、模様が違うだけで真新しいものに見えた。

 店主が出てきて言った。
「軍人さんがダン帝国に戻るときのお土産としてよく買っていかれるんですよ」
「そうなんですね。模様も考えたんですか?」
「いえいえ。軍人さんがね、こういう模様で織ってくれって持ってくるんですよ。それを織っていくうちに、こういう風に」
 店主はどこか照れ臭そうだった。

 ルーカスは置いてあった一枚の布を手に取った。店の中で一番小さなものである。
「これは何ですか?」
「ハンケチーフですって。ダン帝国では一枚必ずポケットに入れておくらしいですよ。ダン帝国の伝統的な花の模様にしたら、皆さん喜ばれて」
「ハンケチーフ」
 それは確かに四つ折りにしてポケットにいれるのにちょうどいい大きさである。

 ルーカスはその布を何枚か手に取っては戻すのを繰り返した。紫色の地で織られたそれで手がとまる。その色は、なんとなくバートンのやわらかい雰囲気とあっている気がした。

 カントット国の伝統的なものと、ダン帝国が融合したその商品は、まさにバートンへの贈り物としてふさわしい。
 ルーカスは言った。
「これにします」
「かしこまりました」
 値段はルーカスの全財産をはたいてちょうどであった。ルーカスはそれを支払った。


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