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第十八話 会話

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 その日の夕食の席で、バートンはさっそく大学の感想を聞きたがった。ルーカスは学長に乞われたとおり、カルヴァ大学がすばらしい大学で、学生たちは皆学ぶ意欲にあふれていたと報告した。

「それはよかった」とバートンは喜んだあと、「友達はできそうかい?」と尋ねた。
 その質問に答えるのをルーカスは少しためらう。どの学生も頭がよさそうで、尻込みしてしまったことを思い出す。しかし、大学に通っている人物と握手をしたことは確かだ。

 ルーカスは記憶をたどり、その人物の名前を捻りだした。
「そういえば……ええっと……ケイ・タムって子が……あ、カミリア中尉って人……」
「カミリア中尉? なぜ彼の名前が出てくるんだい?」
「その、カミリア中尉の後ろ盾でカルヴァ大学に通っている人がいて……今日声をかけてくれて……今年哲学の講義を受けるらしいので、たぶん、友達に」
「ええ? そうなの? それはいいことだね」
 バートンは手を叩いて喜んだ。
 ルーカスもバートンを喜ばすことができてほっと息をついた。

「カミリア中尉って、どんな人なんですか?」
「中尉かい? 真面目ないい男だよ。戦車乗りでね。操縦がうまいんだ」
 バートンは嘘偽りなく答えた。彼は中尉とはそれなりに親しいようであった。
「……独身ですか?」
 ルーカスは藪蛇かな、と思いながらも問わずにはいられなかった。ケイの姉がカミリア中尉とそういう仲なのだと聞いていたが、いまこの情勢である。ケイの姉が遊ばれている可能性もある。ルーカスは返事を身構えた。
 バートンはちょっと考えて、それから言った。
「独身だよ。彼もαだから、相手探しはなかなか難しいのさ」
「え? α?」
「そうだよ。長期で国を離れる軍人はΩに人気がないからね」
「へ、へえ……」

 ルーカスは困ってしまった。ケイの姉のことを考える。ケイの姉がΩということだろうか、それとも、恋仲というのはルーカスの早とちりで、もっと別の関係なのだろうか……。
「どうしたんだい?」
 急に黙り込んだルーカスに、バートンは尋ねる。
「ああ、いえ、なんでも」ルーカスは誤魔化す。まだ彼の中にはカントット国民としてΩという存在に触れることをためらう気持ちがあった。
 ルーカスは話題を変えようと頭を回転させる。
 すると、また別の名前が浮かんだ。

「ファン・リーという人を知っていますか?」
 ソンク教授から聞いたバートンと父の同級生の名である。バートンは頷いた。
「……ああ、知っているよ」
 ルーカスは身を乗り出して尋ねる。
「どんな人ですか?」
「さあ……どうだったかな。なぜ?」
「その人が、僕に短剣をくれたんです。ソンク教授に預けていたらしくて」
「……ファンが? なぜ?」
「父さんがファンさんに僕のことを頼んでいたらしいです」

 バートンは目を見開く。
「ノウが? ファンに? ルーカスはファンに会ったことがあるの?」
「ないですよ」
 ルーカスが答えると、バートンは顎に手を当てて考え込みはじめた。彼は真剣な目をしている。ルーカスは少し不安になった。
「どうかしましたか?」
「……あ、ああ……先生は、私にその話をしてくれなかったから」
 もしかして、バートンは気を悪くしてしまったのだろうかと、ルーカスは焦った。
「あ、その、僕が無理やり聞き出して……」
 なぜか誤魔化す言葉を口走ってしまう。

 しかしそれには構わず、バートンは頷く。
「……少し驚いたけど……。そうか……。きっと、先生は私に気を遣ってくれたんだろう」
「気を遣うって?」
「いまは、難しい時代だから、どうにもならないことがたくさんあるのさ」

 ――難しい時代。

 ソンク教授と同じ言葉である。ルーカスは考えたあと、バートンに尋ねた。
「もしかして、ファンさんの剣、持っていない方がいいですか?」
「……いや、ルーカスの好きにすればいいさ」
「……はい」
 バートンは口を閉ざした。つられて、ルーカスも黙る。バートンはどこか遠くを見ているようだった。もしかしたら、ファン・リーという人物との過去を思い起こしているのかもしれない、とルーカスは思った。
 戦争で死んだノウ、そして今は会えないというファン・リー、カントット国を支配する立場に立ったバートン。かつて同じ大学で学んだ三人にはどんな過去があったのだろう。
 ルーカスは聞いてみたい気もした。しかし、聞きたくない話まで聞いてしまうかもしれないと思うと迂闊に尋ねられなかった。バートンの口から父と深い仲であったという話をもう聞きたくない気持ちがあった。

 黙っていると、バートンは手を一度叩き、話題を変えた。
「勉強はついていけそうかい?」
「……難しいと思いますけど、なんとかしようと、思っています……」
「ふふ。聴講生なんだから、気楽にいけばいいよ」
「はい」

 それから、二人は食事を食べた。今日の夕食はダン帝国風の魚料理である。スパイスの効いた魚がきのこといっしょに香ばしく焼かれていて、はじめてこの料理を食べるルーカスでもおいしいと感じられた。
「これ、おいしいですね」
 ルーカスは言った。
「なんか、慣れない味があるんですけど……この、すっぱいの、なんていう調味料ですか?」
 ルーカスが尋ねると、バートンは困った顔をして「さて、なんだろうか?」と言った。
 控えていた料理人が現れ「タジャン」というのだと教えてくれた。ルーカスは少しずつダン帝国の味付けに馴染み始めていた。
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