4 / 7
4話
しおりを挟む13敗0勝。これが俺の3ヶ月におよぶ見合い合戦の戦績だ。
「ぐぐぐ……」
俺はエクセルにまとめられた戦績を見せられて、歯噛みした。
仲人によると、お見合いにおける「勝ち」とは「次も会いたい」と言われたこと、「負け」とは「お断り」されることらしい。
俺は13敗、つまり連続13人にお断りされ続けているわけである。
俺の家のリビングには俺のΩ親と、俺、そして仲人が難しい顔を突き合わせて唸っている。
「こんなに断られるΩもめずらしいわねえ」
俺が仲人に立てたのは、俺の両親の仲人も務めたという老婆だ。俺のα親の親類だというその人物は、厳しい口調で俺を責めた。
「まずは服装。もっと格式高い服はないのかしら?」
「安月給なので……」
「買いなさい。αはお金持ちばかりよ。みすぼらしいΩなんて嫌がられるわ」
「……善処します」
俺はうなだれる。しかし、そんな俺にはお構いなしで、老婆はまた口を開く。
「次は話し方。もっと色っぽくできないのかしら?」
「それは難しいです」
「竹を割ったような性格。Ωは控えめな子が人気なのよ」
「匂いがよければいいって……」
聞いたんですけど、というところまでは声にならなかった。
「匂いなんて! αにとって、Ωはみんないい匂いよ! 運命の番に出会わない限り、αは匂いそっちのけで好みのΩを探すのよ!」
「いや! でも!」
「反論しない! もうちょっとΩらしくしなさい!」
俺はΩでありながら社会進出した自分を誇りに思っている。しかし、その誇りはことお見合いという場においては役に立たないらしい。
Ωの婚活というのはシビアだ。俺がどの大学を出てどんな仕事をして、いくら稼いでいるか、という事実はお見合いの勝利に貢献しない。
婚活を成功させるためには、とにかくαに気に入ってもらえるようにΩらしいΩを演じるしかない。
こうも「ありのままの自分」に需要がないことを見せつけられると悔しく思ってしまう。
「はぁー。誰だよΩの人生がちょろいとか言ったやつ」
俺が本音をこぼすと、仲人は目を大きく開いた。
「Ωの人生は大変よ。気に入られないと、生きていけないんですからね」
「それは痛いほどわかっています」
わかっている。だから俺も婚活なんて馬鹿馬鹿しいことを始めたのだ。
沈黙が落ちたところで、これまで黙っていた俺のΩ親が口を開いた。彼は俺のヒートがはじまって以来、少しずつ部屋の外に出る時間が長くなっていた。
「あの、次のお見合いは決まりそうですか?」
老婆が答える。
「……打診が来ています。総合商社経営者一族の御曹司よ」
「へー」
俺の気の無い返事とは反対に、Ω親はぐっと身を乗り出した。
「素敵ですね。ぜひお見合いを組んでください」
「ええ、もちろん」
俺が是とも否とも言わぬ間に、とんとん拍子で次のお見合いが決まってしまった。俺が渋い顔をしていると、Ω親がにっこりと笑って言った。
「ねえ、次はΩらしくできるよね?」
*
御曹司とやらとのお見合いに向かうタクシーの中で、俺はぶすっとした顔をしていた。窓の外は夏の街並みが流れていく。街路樹が青々と茂って、目に痛いくらいだ。
「そんな顔をしないの」
仲人がたしなめてくる。俺はため息をつく。
「こんな格好、いやです」
俺はΩ親が用意した服一式を着ていた。光沢とフリルのある白いシャツ、ピンクボタンのグレージャケット、そして腰部分に猫の刺繍が施されたズボン。それから——。
どれも男用であることは間違いないが、どことなく甘い要素を感じるデザインである。
「よく似合っているわ。何事も形からよ」
仲人の老婆は俺の心に寄り添ってはくれない。
今日のお見合いも、俺とこの老婆の2人で挑むことになる。
Ω親は俺に服を着せると満足したらしく、さっさと部屋に戻っていってしまった。このところ彼は俺を「Ωらしく」することに執心しているようだった。きっと、俺を通して昔の自分が幸せだった時期を思い出すのだろう。
俺はそんな親の感傷に付き合う気はないのだが、見合いの成否に関しては親の言うことに従った方がよい結果になることは理解していた。
仲人が口を開く。
「釣書は読んだ?」
「ええ、まあ……」
αとΩのお見合いにおいて、αの方の釣書はほとんど内容がない。社会的に身分のある者が多いため、職業や住所を詳細に書くのを忌避する傾向があるからだ。同様に、写真も載っていない場合が多い。
「どんな人ですか?」
「いい人よ。立派なご職業につかれているし」
仲人というのは、どのαに対しても同じコメントを返す。つまるところ、見合いとはこういうものなのらしい。
いまいち俺がお見合いに乗り気になれない理由も、ここにある。相手のことをまったく知らない初対面でのお食事会。食べたものがどこに入ったのかわからないくらいだ。腹の奥を探りながらの会話は神経を使う。
憂鬱な気持ちを抱えたまま、俺を乗せたタクシーは都内で有数の和食料亭の前に停まった。
*
座敷に案内されると、今日の相手はもうすでに待っていた。俺はその人物を見て声を上げた。
「高梨課長!?」
切れ長の目、色っぽいほくろ。そこにいたのは見知った人物だった。
「あら、お知り合い?」
仲人はほほほ、と笑う。
「え? え? で、でも今日のお見合い相手は商社の御曹司って言っていませんでした?」
混乱した俺が疑問を口にすると、高梨課長が答えた。
「あっているよ。駆瀬総合商社は私の一族が経営している」
「ええ!?」
入社して5年目、衝撃の事実を知った。
「社長は私の祖父だ。なんだ、てっきり、例の社長室での初対面の時に気が付くものだと思っていたが」
「気が付きませんよ、そんなの……!」
確かに、なぜ人事部の一介の課長がΩを採用するなんて大きな決断をするのか、いま思えば不思議ではあるが、高梨課長の有能そうなオーラにあてられて、なんの疑問も持たないままここまできてしまっていた。
「まあ、いいじゃないか。さあ、食事を始めよう。休職中の話でも聞かせてくれ」
高梨課長は飄々と笑った。俺は恥ずかしくて、派手なピンクボタンのジャケットを脱いでから席についた。
次々と料理が運ばれてきたが、俺はそれに手を付ける気分にならなかった。
通常、お見合いには仲人が傍に付き添うものだが、知り合いであるということで高梨課長が二人にしてくれと言い張ったため、仲人は意味深な笑みを残して去ってしまった。
「……ああ、これうまいなあ」
高梨課長はこの空気を何とも思っていないのか、料理をぱくぱくと食べすすめている。
俺はとにかく居心地が悪い。悪すぎて食べ物が喉を通らない。居心地が悪い原因は、主に俺がΩ丸出しなかわいい系の服を着ているからだ。
俺は職場ではなるべくβがよく着るいわゆる「ふつうのスーツ」を着ていた。それが、こんなツヤツヤフリフリのシャツを着ているんだから、お笑い草もいいところだろう。
——見られたくなかった……。
高梨課長は俺をΩではなく、宮間裕貴という一人の人間として見てくれた人だから、余計に俺がΩらしくしているところを見られたくなかった。
俺はうつむいて唇を噛んだ。
急に、自分の生き方が卑しいもののように思えてならなかった。さんざんΩらしい生き方を否定しておいて、都合が悪くなればΩらしくする。信念のない生き方だ。
俺の沈黙をどう受け取ったのか、高梨課長は咳ばらいをひとつして、立ち上がった。
「今日は何で来たんだ?」
「タクシーです」
「そうか。ならちょうどいい」
ああ、やっとお見合いが終わる。しかし、短時間で切り上げられてしまったことを仲人になんと説明しようか。俺が頭をかかえた次の瞬間、高梨課長が俺の腕を掴んだ。
「私は車で来ているんだ。行こう」
「ええ? どこに?」
「見合いなんてかったるいこと、やっていられないだろう? 抜け出そう。仲人を撒くぞ」
彼は見慣れた、例の悪い笑みを浮かべていた。
*
ドラマみたいだな、と俺はいまの俺の状況を冷静に眺める。
いやいや組まされたお見合いの相手が憧れの上司で、その上司といっしょにお見合いを抜け出してドライブしている。
「景色のいいところを走ろう」
彼のそう言って、高級外車の助手席に俺を座らせた。車はいかにも海外製といった低いエンジン音を響かせて海の見える高速道路を進んだ。
「どこに行くんですか?」
「反対に、君はどこに行きたいんだ?」
「ええっと……」
「答えなかったらこのまま誘拐するぞ」
俺は返答に困って、口をつぐんだ。何か答えた方がいいのはわかるが、何を答えたらいいのか、わからなかった。
考え込んだ俺を見て、高梨課長は笑った。
「冗談だ。……少し会わない間に、ずいぶん威勢がなくなったじゃないか」
「そうですか……?」
「以前の君なら、『強要罪だ!』って目くじらを立てていたはずだぞ」
「……ああ」
そうだった、と思った。お見合いをして「Ω」を演じるうちに、本当の自分を見失っていた。そういえば、俺はそんな性格をしていた。しかし。
「いろいろあるんですよ……」
俺が答えると、高梨課長は肩をすくめた。
「なんだ、つまらん」
21
お気に入りに追加
219
あなたにおすすめの小説
【完結】番を夢見るオカン系男子の不器用な恋〜番を持てないα×自己肯定感の低いβ〜
亜沙美多郎
BL
Ωに発情しないα・花野井蒼斗×自己肯定感の低いβ・加瀬翔真
大学生になったのをキッカケにルームシェアを始めたオカン系男子の翔真と、何でも卒なく熟すのに、朝だけは弱い蒼斗。
最初順調だった生活も、翔真がバイトを始めると口に出した途端、崩れてしまった。
あからさまに蒼斗から避けられる日々。
耐えられなくなって、蒼斗に何も言わず、学生マンションへと引っ越した。
そのタイミングで、翔真の大学の友達である雅也と耀が番になる約束したとの報告を受ける。祝福する反面、αとΩという関係性を羨ましく思う翔真。
実は【番】に強い憧れがあった。そして、その相手は蒼斗がいいと気付く。
そしてΩに発情しない蒼斗は、自分の体液を与えることでαやβをΩに性転換させる【ビッチング】が使える特別なαだったのだ。
蒼斗は自分の持つビッチングの力でΩになった人と番になると分かり、二人は翔真をΩに性転換し、番になることを決める。
ꕤ𓈒𓂂◌ホットランキング入り!!ありがとうございますꕤ𓈒𓂂◌
☆オメガバースの独自設定があります。
☆ビッチングとは→αやβをΩに性転換させることを言います。基本的にαの精液を与え続けることで、Ωになります。
☆R-18の回は、話数のタイトル欄に記載します。
月と太陽は交わらない
アキナヌカ
BL
僕、古島葉月αはいつも好きになったΩを、年下の幼馴染である似鳥陽司にとられていた。そうして、僕が生徒会を辞めることになって、その準備をしていたら生徒会室で僕は似鳥陽司に無理やり犯された。
小説家になろう、pixiv、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、fujossyにも掲載しています。
きょうもオメガはワンオぺです
トノサキミツル
BL
ツガイになっても、子育てはべつ。
アルファである夫こと、東雲 雅也(しののめ まさや)が交通事故で急死し、ワンオペ育児に奮闘しながらオメガ、こと東雲 裕(しののめ ゆう)が運命の番い(年収そこそこ)と出会います。
オメガ社長は秘書に抱かれたい
須宮りんこ
BL
芦原奏は二十九歳の若手社長として活躍しているオメガだ。奏の隣には、元同級生であり現在は有能な秘書である高辻理仁がいる。
高校生の時から高辻に恋をしている奏はヒートのたびに高辻に抱いてもらおうとするが、受け入れてもらえたことはない。
ある時、奏は高辻への不毛な恋を諦めようと母から勧められた相手と見合いをする。知り合った女性とデートを重ねる奏だったが――。
※この作品はエブリスタとムーンライトノベルスにも掲載しています。
オレたちってなんだろうね。
アキノナツ
BL
この微妙なセックスはなんなのでしょう。
恋人同士だと思ってたオレだけど、気づいてしまった。
この人、他にイイ人が出来たんだ。
近日中に別れ話があると思ったのに、無い!
週一回、義務のようにセックス。
何なのですか、コレ?
プライド高いから「別れよう」の一言が言えないのか?
振られるのも嫌なんだろうな。
ーーー分かったよ! 言わせてやるよ!
振られてやろうと頑張る話。
R18です。冒頭から致しております。
なんでもありの人向けでお願いします。
「春の短編祭2022:嘘と告白」に参加した作品です。
運命に泣け
やなぎ怜
BL
永宮財閥令息・澪一(れいいち)はΩである。澪一の許婚として永宮家へ養子に入った崇仁(たかひと)は優秀なαであったが、家中の面々には澪一を孕ませる種付け馬以上の期待はされていなかった。美しいがなにを考えているのかわからない澪一も、冷たい永宮家の面々も好きになれずにいた崇仁は、ある日学院の編入生でΩの花織(かおる)に恋をする。崇仁は花織こそが自身の「運命」だと確信するようになるが――?
※オメガバース。フェロモンを使って思い合う者同士を引き裂くΩ(澪一)の話。花織が澪一の従弟に寝取られます。その他の注意事項はタグをご確認ください。
※性的表現あり。
お世話したいαしか勝たん!
沙耶
BL
神崎斗真はオメガである。総合病院でオメガ科の医師として働くうちに、ヒートが悪化。次のヒートは抑制剤無しで迎えなさいと言われてしまった。
悩んでいるときに相談に乗ってくれたα、立花優翔が、「俺と一緒にヒートを過ごさない?」と言ってくれた…?
優しい彼に乗せられて一緒に過ごすことになったけど、彼はΩをお世話したい系αだった?!
※完結設定にしていますが、番外編を突如として投稿することがございます。ご了承ください。
アルファ嫌いの子連れオメガは、スパダリアルファに溺愛される
川井寧子
BL
オメガバース/オフィスラブBL/子育て/スパダリ/溺愛/ハッピーエンド
●忍耐強く愛を育もうとするスパダリアルファ×アルファが怖いオメガ●
亡夫との間に生まれた双子を育てる稲美南月は「オメガの特性を活かした営業で顧客を満足させろ」と上司から強制され、さらに「双子は手にあまる」と保育園から追い出される事態に直面。途方に暮れ、極度の疲労と心労で倒れたところを、アルファの天黒響牙に助けられる。
響牙によってブラック会社を退職&新居を得ただけでなく、育児の相談員がいる保育園まで準備されるという、至れり尽くせりの状況に戸惑いつつも、南月は幸せな生活をスタート!
響牙の優しさと誠実さは、中学生の時の集団レイプ事件がトラウマでアルファを受け入れられなかった南月の心を少しずつ解していく。
心身が安定して生活に余裕が生まれた南月は響牙に惹かれていくが、響牙の有能さが気に入らない兄の毒牙が南月を襲い、そのせいでオメガの血が淫らな本能を剥き出しに!
穏やかな関係が、濃密な本能にまみれたものへ堕ちていき――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる