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4話

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 13敗0勝。これが俺の3ヶ月におよぶ見合い合戦の戦績だ。 

「ぐぐぐ……」 

 俺はエクセルにまとめられた戦績を見せられて、歯噛みした。 

 仲人によると、お見合いにおける「勝ち」とは「次も会いたい」と言われたこと、「負け」とは「お断り」されることらしい。 

 俺は13敗、つまり連続13人にお断りされ続けているわけである。 

 

 俺の家のリビングには俺のΩ親と、俺、そして仲人が難しい顔を突き合わせて唸っている。 

「こんなに断られるΩもめずらしいわねえ」 

 俺が仲人に立てたのは、俺の両親の仲人も務めたという老婆だ。俺のα親の親類だというその人物は、厳しい口調で俺を責めた。 

「まずは服装。もっと格式高い服はないのかしら?」 

「安月給なので……」 

「買いなさい。αはお金持ちばかりよ。みすぼらしいΩなんて嫌がられるわ」 

「……善処します」 

 俺はうなだれる。しかし、そんな俺にはお構いなしで、老婆はまた口を開く。 

「次は話し方。もっと色っぽくできないのかしら?」 

「それは難しいです」 

「竹を割ったような性格。Ωは控えめな子が人気なのよ」 

「匂いがよければいいって……」 

 聞いたんですけど、というところまでは声にならなかった。 

「匂いなんて! αにとって、Ωはみんないい匂いよ! 運命の番に出会わない限り、αは匂いそっちのけで好みのΩを探すのよ!」 

「いや! でも!」 

「反論しない! もうちょっとΩらしくしなさい!」 

 

 俺はΩでありながら社会進出した自分を誇りに思っている。しかし、その誇りはことお見合いという場においては役に立たないらしい。 

 Ωの婚活というのはシビアだ。俺がどの大学を出てどんな仕事をして、いくら稼いでいるか、という事実はお見合いの勝利に貢献しない。 

 婚活を成功させるためには、とにかくαに気に入ってもらえるようにΩらしいΩを演じるしかない。 

 こうも「ありのままの自分」に需要がないことを見せつけられると悔しく思ってしまう。 

 

「はぁー。誰だよΩの人生がちょろいとか言ったやつ」  

 俺が本音をこぼすと、仲人は目を大きく開いた。 

「Ωの人生は大変よ。気に入られないと、生きていけないんですからね」 

「それは痛いほどわかっています」 

 わかっている。だから俺も婚活なんて馬鹿馬鹿しいことを始めたのだ。 

 

 沈黙が落ちたところで、これまで黙っていた俺のΩ親が口を開いた。彼は俺のヒートがはじまって以来、少しずつ部屋の外に出る時間が長くなっていた。 

「あの、次のお見合いは決まりそうですか?」 

 老婆が答える。 

「……打診が来ています。総合商社経営者一族の御曹司よ」 

「へー」 

 俺の気の無い返事とは反対に、Ω親はぐっと身を乗り出した。 

「素敵ですね。ぜひお見合いを組んでください」 

「ええ、もちろん」 

 

 俺が是とも否とも言わぬ間に、とんとん拍子で次のお見合いが決まってしまった。俺が渋い顔をしていると、Ω親がにっこりと笑って言った。 

「ねえ、次はΩらしくできるよね?」 

 

 

* 

 

 

 御曹司とやらとのお見合いに向かうタクシーの中で、俺はぶすっとした顔をしていた。窓の外は夏の街並みが流れていく。街路樹が青々と茂って、目に痛いくらいだ。 

「そんな顔をしないの」 

 仲人がたしなめてくる。俺はため息をつく。 

「こんな格好、いやです」 

 俺はΩ親が用意した服一式を着ていた。光沢とフリルのある白いシャツ、ピンクボタンのグレージャケット、そして腰部分に猫の刺繍が施されたズボン。それから——。 

 どれも男用であることは間違いないが、どことなく甘い要素を感じるデザインである。 

「よく似合っているわ。何事も形からよ」 

 仲人の老婆は俺の心に寄り添ってはくれない。 

 

 今日のお見合いも、俺とこの老婆の2人で挑むことになる。 

 Ω親は俺に服を着せると満足したらしく、さっさと部屋に戻っていってしまった。このところ彼は俺を「Ωらしく」することに執心しているようだった。きっと、俺を通して昔の自分が幸せだった時期を思い出すのだろう。 

 俺はそんな親の感傷に付き合う気はないのだが、見合いの成否に関しては親の言うことに従った方がよい結果になることは理解していた。 

 

 仲人が口を開く。 

「釣書は読んだ?」 

「ええ、まあ……」 

 αとΩのお見合いにおいて、αの方の釣書はほとんど内容がない。社会的に身分のある者が多いため、職業や住所を詳細に書くのを忌避する傾向があるからだ。同様に、写真も載っていない場合が多い。 

「どんな人ですか?」 

「いい人よ。立派なご職業につかれているし」 

 仲人というのは、どのαに対しても同じコメントを返す。つまるところ、見合いとはこういうものなのらしい。 

 いまいち俺がお見合いに乗り気になれない理由も、ここにある。相手のことをまったく知らない初対面でのお食事会。食べたものがどこに入ったのかわからないくらいだ。腹の奥を探りながらの会話は神経を使う。 

 

 憂鬱な気持ちを抱えたまま、俺を乗せたタクシーは都内で有数の和食料亭の前に停まった。 

 

 

* 

 

 

 座敷に案内されると、今日の相手はもうすでに待っていた。俺はその人物を見て声を上げた。 

「高梨課長!?」 

 切れ長の目、色っぽいほくろ。そこにいたのは見知った人物だった。 

 

「あら、お知り合い?」 

 仲人はほほほ、と笑う。 

「え? え? で、でも今日のお見合い相手は商社の御曹司って言っていませんでした?」 

 混乱した俺が疑問を口にすると、高梨課長が答えた。 

「あっているよ。駆瀬総合商社は私の一族が経営している」 

「ええ!?」 

 入社して5年目、衝撃の事実を知った。 

 

「社長は私の祖父だ。なんだ、てっきり、例の社長室での初対面の時に気が付くものだと思っていたが」 

「気が付きませんよ、そんなの……!」 

 確かに、なぜ人事部の一介の課長がΩを採用するなんて大きな決断をするのか、いま思えば不思議ではあるが、高梨課長の有能そうなオーラにあてられて、なんの疑問も持たないままここまできてしまっていた。 

「まあ、いいじゃないか。さあ、食事を始めよう。休職中の話でも聞かせてくれ」 

 高梨課長は飄々と笑った。俺は恥ずかしくて、派手なピンクボタンのジャケットを脱いでから席についた。 

 

 

 

次々と料理が運ばれてきたが、俺はそれに手を付ける気分にならなかった。 

通常、お見合いには仲人が傍に付き添うものだが、知り合いであるということで高梨課長が二人にしてくれと言い張ったため、仲人は意味深な笑みを残して去ってしまった。 

「……ああ、これうまいなあ」 

 高梨課長はこの空気を何とも思っていないのか、料理をぱくぱくと食べすすめている。 

 俺はとにかく居心地が悪い。悪すぎて食べ物が喉を通らない。居心地が悪い原因は、主に俺がΩ丸出しなかわいい系の服を着ているからだ。 

 俺は職場ではなるべくβがよく着るいわゆる「ふつうのスーツ」を着ていた。それが、こんなツヤツヤフリフリのシャツを着ているんだから、お笑い草もいいところだろう。 

 

 ——見られたくなかった……。 

 高梨課長は俺をΩではなく、宮間裕貴という一人の人間として見てくれた人だから、余計に俺がΩらしくしているところを見られたくなかった。 

 

 俺はうつむいて唇を噛んだ。 

 急に、自分の生き方が卑しいもののように思えてならなかった。さんざんΩらしい生き方を否定しておいて、都合が悪くなればΩらしくする。信念のない生き方だ。 

  

  

 俺の沈黙をどう受け取ったのか、高梨課長は咳ばらいをひとつして、立ち上がった。 

「今日は何で来たんだ?」 

「タクシーです」 

「そうか。ならちょうどいい」 

 ああ、やっとお見合いが終わる。しかし、短時間で切り上げられてしまったことを仲人になんと説明しようか。俺が頭をかかえた次の瞬間、高梨課長が俺の腕を掴んだ。 

「私は車で来ているんだ。行こう」 

「ええ? どこに?」 

「見合いなんてかったるいこと、やっていられないだろう? 抜け出そう。仲人を撒くぞ」 

 彼は見慣れた、例の悪い笑みを浮かべていた。 

 

 

* 

 

 

 ドラマみたいだな、と俺はいまの俺の状況を冷静に眺める。 

 いやいや組まされたお見合いの相手が憧れの上司で、その上司といっしょにお見合いを抜け出してドライブしている。 

「景色のいいところを走ろう」 

彼のそう言って、高級外車の助手席に俺を座らせた。車はいかにも海外製といった低いエンジン音を響かせて海の見える高速道路を進んだ。 

 

「どこに行くんですか?」 

「反対に、君はどこに行きたいんだ?」 

「ええっと……」 

「答えなかったらこのまま誘拐するぞ」 

 

 俺は返答に困って、口をつぐんだ。何か答えた方がいいのはわかるが、何を答えたらいいのか、わからなかった。 

 

 考え込んだ俺を見て、高梨課長は笑った。 

「冗談だ。……少し会わない間に、ずいぶん威勢がなくなったじゃないか」 

「そうですか……?」 

「以前の君なら、『強要罪だ!』って目くじらを立てていたはずだぞ」 

「……ああ」 

 そうだった、と思った。お見合いをして「Ω」を演じるうちに、本当の自分を見失っていた。そういえば、俺はそんな性格をしていた。しかし。 

 

「いろいろあるんですよ……」 

 俺が答えると、高梨課長は肩をすくめた。 

「なんだ、つまらん」 

 

 
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