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4話
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私の言葉を待っている次郎君は、クリッとした目を少しだけ細め私の目を見つめました。
「お腹を空かせている人たちに、私と一緒にケバブを配って下さい」
「え?」
この人は、何を言っているのだろう?そんな表情が少しだけ面白くて、私もまた彼の目を見詰め返すのです。
それから5分後
私と次郎君は籠の中に、ケバブを詰めるだけ詰め込んで、新宿の街を徘徊していました。
「どうぞ、お食べ下さい」
道路で寝たきりになっている方をはじめ、ご自宅をお持ちでない方々にケバブを配りながら歩き続けました。無くなったら、二人でケバブ屋さんに戻り、再び籠の中にケバブを詰めて歩くという事を繰り返していましたが。噂が広まるのに、そんなに時間は掛からなかったようです。気が付けば、ケバブ屋さんを中心にして人だかりが出来ていました。身なりが決して綺麗とは言えない方々に囲まれて、次郎君は緊張しているのか、私のスカートの裾をギュッと握り占めています。
「さあ、皆さん。どうぞ美味しいケバブを食べて下さいね。沢山ありますから!」
とはいっても皆さん、少々警戒されているのも事実です。先ほどから、取り囲んではいますが、一定の距離を保ったまま、こちらを観察しています。それはそうですよね。私の格好からして、炊き出しではないことは明確ですから。目的が分からない相手に、猜疑心を持つのは当然のことです。
どうしましょうか?そんな風に考えていた時、恐る恐るといった様子で、少々よれたお召し物を着られた一人の男性が、私に近づいていらっしゃいました。
「お嬢ちゃん。本当に食べちまっていいのか?」
「勿論です。どうぞお食べて下さい」
「俺、いや。俺たちは金持ってないぞ?」
「ええ、お金は頂きません。これは私のエゴの様なものですから。こういったことは今日限りになるかもしれません。それでも、出来るだけ出切る事をやってみたいのです」
私がそう言った瞬間、辺りが一瞬静まり返りました。辺りにいる方々を見渡すと、少しだけ震えている様でした。
「あの、どうかなさいまし……」
「「女神だ!歌舞伎町の女神だあーーー!!」」
うおおおおおおおお!!
辺りからは歓声の様な大声が上がりました。そして、先ほどまでこちらを伺っていた方々は、私に対して一列に並ばれました。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「どうぞ」
「本当にありがとうな。久しぶりの温かい飯だ」
ケバブを手渡す私たちに対して、何人かの方々はお礼を仰って下さいました。中には、無言のまま取っていかれる方も居ましたが、それでも苛立ちとか、そういった感情は一切出ませんでした。自分で言った通り、これは私のエゴですから。
その証拠に、皆さんの笑顔を見ていたら、“やってよかった“心の底からそう思えたからです。
「本当にありがとう。姉ちゃん、この恩は絶対に忘れねえ!何か困ったことがあったら、なんでも言ってくれよ。俺に出来るかは分からないが、力にならせてくれ」
「おお、俺もだ!久しぶりに飯が美味いと感じた。あんたは恩人だよ」
「そこまで言って頂けて嬉しいです。そうですね、もしも困ったことになったら、その時は宜しくお願いいたします」
そんな風に会話をしながら、ケバブを配り続けていると日も落ちて段々と人が少なくなり、やがて私たちだけになりました。
そして……
「オネーサン。もう、ケバブ全部作ったよ。ツカレタネ」
ケバブ屋さんのが、そう仰ったのです。
「お疲れ様でした。突然、無理をいってすみませんでした」
「ウーン。イイね、別に。沢山売れたし。それに、なんだかタノシカッタヨ」
「あはは。そういって貰えると、気が楽になります」
ケバブ屋さんと談笑をしていると、スカートをクイっと優しく引かれたので、そちらを見ると、次郎君が私を見上げていたのです。
「次郎君もお疲れさまでした。残ったケバブですけど、宜しければ貰って頂けませんか?現物支給で恐縮ですが、アルバイト代という事で」
コクリと、彼は頷きましたが、何かを言いたげにしている事が分かりました。
「どうしたんですか?」
「……お姉さんってお金持ちだよね?」
「うーん。一般的には、そうかもしれないですね」
「ねえ、教えて。どうしたら、そんなにお金持ちになれるの?」
困ったように笑う私を、変わらずに真っ直ぐな目で見つめる彼をみていたら、真剣に答えるべきなのでしょうと思いました。
「難しい質問ですが、本当に人に喜んで貰える事を考えて実践すれば、お金はついてくるのではないでしょうか。ほら、幸せは巡り巡るというやつですよ」
「人に喜んでもらえる?」
少しだけ俯き、何かを考えた少年はパッと顔を上げると、今日初めての笑顔を私に見せてくれました。
「僕、人に喜んでもらえるように頑張るよ!今日は楽しかった。ありがとう、お姉さん!」
そうして、私に一礼して去っていきました。彼の見せた表情が明るいものになっていたことが幸いでした。
私自身、今日は楽しかったのでしょう。心地よい疲労感がた漂う中、少しだけ冷たい風が心地よくて目を瞑りました。そして、考えるのです。
これで、良かったのでしょうか?私なりに、少しは誰かの役に立てたのでしょうか。
私は、お父様が残してくれた言葉を頭の中で反芻するのでした。
「春香へ。春香が素直で優しく育ってくれたことを、本当に嬉しく思う。金は人のために使ってこそ自らも幸せになれる。でも、私にはそれが出来なかった。気が付けば他人の幸せではなく、金を稼ぐことが目的となっていた。勿論、後悔はない。ビジネスは最終的に競争だ。それでも、時折悩んでいた。私は一体どうして金を稼いできたのかと。家族の為だろうか。従業員の為だろうか?その結論を出すことはついに出来なかった。
だから春香。どうか、この意志を受け継いでくれないだろうか?春香なりのやり方で構わない。自分以外の誰かを幸せにする。そんな私では叶えられなかった夢を継いではくれまいか。お前なら、それが出来ると信じているよ。無論、お前の幸せを一番に願っている。私の娘として生まれてきてくれてありがとう。父より」
お父様らしからぬ文章でした。こんな風に、誰かに何かをお願いすることが苦手な方でしたから。
私は少しだけセンチな気持ちになりながら、帰路についたのでした。
そして、この時はまだ気が付いていませんでした。私の本日の行動が、後にとてつもない事態を巻き起こすことになることに。
「お腹を空かせている人たちに、私と一緒にケバブを配って下さい」
「え?」
この人は、何を言っているのだろう?そんな表情が少しだけ面白くて、私もまた彼の目を見詰め返すのです。
それから5分後
私と次郎君は籠の中に、ケバブを詰めるだけ詰め込んで、新宿の街を徘徊していました。
「どうぞ、お食べ下さい」
道路で寝たきりになっている方をはじめ、ご自宅をお持ちでない方々にケバブを配りながら歩き続けました。無くなったら、二人でケバブ屋さんに戻り、再び籠の中にケバブを詰めて歩くという事を繰り返していましたが。噂が広まるのに、そんなに時間は掛からなかったようです。気が付けば、ケバブ屋さんを中心にして人だかりが出来ていました。身なりが決して綺麗とは言えない方々に囲まれて、次郎君は緊張しているのか、私のスカートの裾をギュッと握り占めています。
「さあ、皆さん。どうぞ美味しいケバブを食べて下さいね。沢山ありますから!」
とはいっても皆さん、少々警戒されているのも事実です。先ほどから、取り囲んではいますが、一定の距離を保ったまま、こちらを観察しています。それはそうですよね。私の格好からして、炊き出しではないことは明確ですから。目的が分からない相手に、猜疑心を持つのは当然のことです。
どうしましょうか?そんな風に考えていた時、恐る恐るといった様子で、少々よれたお召し物を着られた一人の男性が、私に近づいていらっしゃいました。
「お嬢ちゃん。本当に食べちまっていいのか?」
「勿論です。どうぞお食べて下さい」
「俺、いや。俺たちは金持ってないぞ?」
「ええ、お金は頂きません。これは私のエゴの様なものですから。こういったことは今日限りになるかもしれません。それでも、出来るだけ出切る事をやってみたいのです」
私がそう言った瞬間、辺りが一瞬静まり返りました。辺りにいる方々を見渡すと、少しだけ震えている様でした。
「あの、どうかなさいまし……」
「「女神だ!歌舞伎町の女神だあーーー!!」」
うおおおおおおおお!!
辺りからは歓声の様な大声が上がりました。そして、先ほどまでこちらを伺っていた方々は、私に対して一列に並ばれました。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
「どうぞ」
「本当にありがとうな。久しぶりの温かい飯だ」
ケバブを手渡す私たちに対して、何人かの方々はお礼を仰って下さいました。中には、無言のまま取っていかれる方も居ましたが、それでも苛立ちとか、そういった感情は一切出ませんでした。自分で言った通り、これは私のエゴですから。
その証拠に、皆さんの笑顔を見ていたら、“やってよかった“心の底からそう思えたからです。
「本当にありがとう。姉ちゃん、この恩は絶対に忘れねえ!何か困ったことがあったら、なんでも言ってくれよ。俺に出来るかは分からないが、力にならせてくれ」
「おお、俺もだ!久しぶりに飯が美味いと感じた。あんたは恩人だよ」
「そこまで言って頂けて嬉しいです。そうですね、もしも困ったことになったら、その時は宜しくお願いいたします」
そんな風に会話をしながら、ケバブを配り続けていると日も落ちて段々と人が少なくなり、やがて私たちだけになりました。
そして……
「オネーサン。もう、ケバブ全部作ったよ。ツカレタネ」
ケバブ屋さんのが、そう仰ったのです。
「お疲れ様でした。突然、無理をいってすみませんでした」
「ウーン。イイね、別に。沢山売れたし。それに、なんだかタノシカッタヨ」
「あはは。そういって貰えると、気が楽になります」
ケバブ屋さんと談笑をしていると、スカートをクイっと優しく引かれたので、そちらを見ると、次郎君が私を見上げていたのです。
「次郎君もお疲れさまでした。残ったケバブですけど、宜しければ貰って頂けませんか?現物支給で恐縮ですが、アルバイト代という事で」
コクリと、彼は頷きましたが、何かを言いたげにしている事が分かりました。
「どうしたんですか?」
「……お姉さんってお金持ちだよね?」
「うーん。一般的には、そうかもしれないですね」
「ねえ、教えて。どうしたら、そんなにお金持ちになれるの?」
困ったように笑う私を、変わらずに真っ直ぐな目で見つめる彼をみていたら、真剣に答えるべきなのでしょうと思いました。
「難しい質問ですが、本当に人に喜んで貰える事を考えて実践すれば、お金はついてくるのではないでしょうか。ほら、幸せは巡り巡るというやつですよ」
「人に喜んでもらえる?」
少しだけ俯き、何かを考えた少年はパッと顔を上げると、今日初めての笑顔を私に見せてくれました。
「僕、人に喜んでもらえるように頑張るよ!今日は楽しかった。ありがとう、お姉さん!」
そうして、私に一礼して去っていきました。彼の見せた表情が明るいものになっていたことが幸いでした。
私自身、今日は楽しかったのでしょう。心地よい疲労感がた漂う中、少しだけ冷たい風が心地よくて目を瞑りました。そして、考えるのです。
これで、良かったのでしょうか?私なりに、少しは誰かの役に立てたのでしょうか。
私は、お父様が残してくれた言葉を頭の中で反芻するのでした。
「春香へ。春香が素直で優しく育ってくれたことを、本当に嬉しく思う。金は人のために使ってこそ自らも幸せになれる。でも、私にはそれが出来なかった。気が付けば他人の幸せではなく、金を稼ぐことが目的となっていた。勿論、後悔はない。ビジネスは最終的に競争だ。それでも、時折悩んでいた。私は一体どうして金を稼いできたのかと。家族の為だろうか。従業員の為だろうか?その結論を出すことはついに出来なかった。
だから春香。どうか、この意志を受け継いでくれないだろうか?春香なりのやり方で構わない。自分以外の誰かを幸せにする。そんな私では叶えられなかった夢を継いではくれまいか。お前なら、それが出来ると信じているよ。無論、お前の幸せを一番に願っている。私の娘として生まれてきてくれてありがとう。父より」
お父様らしからぬ文章でした。こんな風に、誰かに何かをお願いすることが苦手な方でしたから。
私は少しだけセンチな気持ちになりながら、帰路についたのでした。
そして、この時はまだ気が付いていませんでした。私の本日の行動が、後にとてつもない事態を巻き起こすことになることに。
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