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自覚 7
しおりを挟む「映人さん········ボクさぁ──こうみえてモテるんだよね」
悠が姿を消してしまった方をみていた映人は、ようやくちらりと視線をなげた。
この場に桃里がいなければとっくに悠を追っていたが、今日は約束してもいたので、映人としては追いかけることも出来ないでいた。
「·······なんだ、いきなり」
脈絡のない桃里のことばに、いささか不機嫌ぎみの映人がそっけなく返した。
桃里がモテるのは周知の事実で、あらためて言われなくてもそんなことは認めていた。
「冷たいな───弟クンは携帯鳴らせばいいじいゃん、そんなに遠くに行ってないよ········とにかく、もうちょっと話、聞いてくれない? 映人さんのこと好きだったけど、もういいや······ボク一番がやっぱいいな······だからもう連絡しないでおくよ·······」
「·······桃里」
その言葉は二度とここへは来ないという桃里の決意だった。
ものわかりの良い人間になるつもりはなかったが、あのふたりのやりとりで、あきらかに邪魔者な自分は、映人にとってももう必要のない人間だった。
言葉通り、映人のことは好きではあったが、すがってまで自分にむかせる気はもうとうなく、それは桃里のせいいっぱいのプライドでもあった。
物や人間に対する執着というものが、すこし欠落している自分に、桃里は心のなかで苦笑いする。
映人の執着と、先ほどの弟クンの反応をみてしまったら、わりこむのもばかばかしくなっていた。
「じゃ、そういうわけで───いいよ、追いかけて」
軽く手をあげて、その場から立ち去ろうとしたが、その背中に言葉がなげられた。
「桃里、すまない········」
一言だけだったが、今日の約束をなかったことにしてしまった謝罪なのか、それとも桃里が慕ってくれていたことにたいする謝罪なのかどちらかわからなかった。
それでも映人は、桃里に対してすべてをひっくるめて謝っていた。
「うまくいくといいね」
微笑みながら首だけふりむくと、大慌てで横をすりぬけていく映人の姿があった。
その横顔は必死な一人の男の姿だったが、桃里はその背中に携帯は?と声をかけ、持っている! と、返答がかえってきたが、時間がおしいのか玄関は施錠もせず、エレベーターに飛びのってしまった。
「───ひど········せめて同乗させてもくれないんだ」
他人のことを気にかけている余裕とはないばかりに、慌てていた映人の姿はそうそうみれるものではなく、笑いさえこみあげた。
「ま、いいか······」
とても残念だけどね······こころのなかでひとり納得させ、桃里はしばらく待つと優雅にエレベーターに乗り込んだ。
そのころ映人のマンションを飛び出した悠は、ひとり途方にくれていた。
なにかとてもやるせなくて、こみあげてくる涙を乱暴に腕でこする。
脳裏に浮かぶのは、映人とキスしていた少年。
とても綺麗な少年だった。
年齢は自分とそう変わらないと思うが、自分のような凡庸な人間とちがい、華のある少年だった。
あういう子が好きなら、映人はどうして自分なんかに手をだしたのだろう?
立ち止まりうつむいたままでいると、ななめがけしていた背中のボディバックが振動していた。
おそらくは携帯のバイブレーションだったが、今は電話に出る気力さえなかった。
携帯は根気よく鳴りつづけ、一度切れてもふたたび鳴りだし悠が通話ボタンを押すまではと、執念すらかんじるかけかただったが、あえて無視した。
相手を確認しなくても映人からと判っていたが、今はどんな言い訳も聞きたくはなく、ふたたびトボトボと歩きだす。
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