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第3話 邂逅

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俺の放った一閃により、メイドさんの右腕が宙を舞う。周囲にこちらを目視する人間がいないことは魔眼で確認済みだが、念のため周囲の視線を遮断する効果をかけた<結界魔法>を展開する。

やれやれ、結局面倒なことになってしまった。この三ヶ月で俺は何を学習したというのだ。キミってバカジャネ。あるいはアホジャネ。などと冷罵は免れぬ。

「くっ……退魔師か、やってくれる……ッ!」

聞き馴染みのないワードを発した片腕のメイドさんは、後ろに一回転ジャンプをして俺から距離を取った。そして片膝をついた状態で、なおも溢れんばかりの殺意を俺に向けてくる。

……って、あれ? 世上、腕を斬り落とされた人間の反応ってこんなだっけ?

俺は比較対象として磯村くん(仮)を脳内に召喚したのだが、彼は相も変わらず気も狂せんばかりにきゃんきゃんと泣き喚いていた。確かにありそうな妄想である。

「あのさ……悪いんだけど、俺に『殺意』を向けてくるのは止めてくれないかな? じゃないと、今度はキミの首を刎ねなきゃいけなくなる」

俺はひとまず正宗を鞘に収める。

「黙れ! 昼間でなければ貴様など……ッ!」

夜だったらどうなるというのだろう。もしや意味もなく手首や片目に包帯を巻いてみたり、古傷が疼くなどといってのける人達と同類なんだろうか。

いずれにせよ、かかる『殺意』は増す一方であり、しからば、俺に残された選択肢は最早一つである。

「さようなら」

俺は改めてゆっくりと正宗を鞘から引き抜き、その切っ先をメイドさんに向けた。

「ま、待てっ! そのカタナは……も、もしや……!」
「うん?」

どうしたことだろう。メイドさんから放たれる殺気に淀みが生じている。それに、カタナがどーのこーのって。

「あ、あのっ、あのあのあのっ!」
「……………………」

そんな接続詞を並び立てて。いったいなにが言いたいんだ、このメイドさんは。

「あなたは……も、もしや……カナタ……さま……?」
「えっ」

いま、メイドさんは『カタナ』ではなく、たしかに『カナタ』といった。俺は瞬時に記憶を探るのだが、名乗りを上げた記録はなかった。

俺は改めてメイドさんの顔をしんねりと検分する。

「……………………ふむ」

あれ? どうしたことだろう。これは。
見覚えがあるという感じ。この人を知っているではという感じ。髪の色、瞳の色、その二点を除けば、とある人物像が俺の記憶に一致するという感じ。

ましてやその人物とは割と長い期間――暦のうえでは約99年くらい一緒に過ごしたような気がしないでもない。世上、親の顔よりよく見た、などというが、まさにそれに該当する顔であった。

「……………………」

そしてひょっとするとそれは相手も感じていることなのか、彼女はじっと俺の顔を見つめてきている。
袖振り合うも他生の縁、じゃあるまいし。俺たちはなにを見つめ合っているのか。

「「……………<解除パージ>」」

俺たちは『人間』の姿になぞらえていた擬態を解いた。
そして露わになる長い銀髪、そして深紅の瞳。手前どもが魔族であることを否応にも証明してくれる。

「久しぶりだね、エミリア」

俺が彼女の真名を呼んだ刹那、感じていた殺気が一瞬にして消え失せる。俺はそっと正宗を鞘へと戻し……そして身構えた。

「か、か、か、カナタさまぁぁぁぁぁぁッ!」

肩口から鮮血を撒き散らしながら俺に向かってダイブするエミリア。俺は<転移魔法>で背後に回り、あたたかくそれを回避する。

「ひでぶっ!」

着地点を失ったエミリアは燦々と降り注ぐ太陽光により熱せられた地面と熱烈なキスをかます。やっぱりメイドさんってファンシーなんですね。

「…………どうして避けるんですかっ!?」
「いやだって、服が汚れるし」





===============================

『エミリア・ハーディス』 521歳 魔族 レベル:276

【天職:冥王】

攻撃:2730(-99%)
防御:2670(-99%)
敏捷:2340(-99%)
魔力:6530(-99%)
魔攻:5880(-99%)
魔防:3810(-99%)
心力:10

スキル:冥府の王、自然治癒(大)、擬態、使用人、言語理解

【冥府の王】
・死者の魂を呼び起こし、眷属とさせる。
・昼間の基本ステータスが全て99%減少する。

===============================


念のため、俺は魔眼でステータスを確認。邂逅した彼女は、実はなんとメイドさんではなく、冥王めいおうさんだったのです。

「で、エミリアはどうやってこの世界に?」

俺は斬り飛ばしたエミリアの腕を<治癒光ヒールライト>で接合しながらいった。

「そうですね……あれは約300年前のことでしょうか――」
「あ、それってもしかして長くなりそう? なら別に説明しなくていいよ」
「そんなこと言わずに聞いてくださいっ!」
「じゃ、5分で済ませてね」
「せめて15分……いや10分で構いません!」
「駄目です。5分といったら5ふ……いや、やっぱ15分でいいよ」
「あ、ありがとうございますっ!」

ペコペコと頭を下げて感謝の意を示すエミリア。
過日の俺であれば5分は断じて譲れないところなのだが、俺だって真人間に戻りたいのだ。ゆえにここで便宜を図っておけば当然、エミリアから感謝されるだろう。俺っていい人、などと、くはは、だまくらかされる可能性もあるわけだ。

「……そういえば、カナタ様にこうして腕を飛ばされるのはこれで二回目ですね。あの時は左腕でしたが……ああっ、初めてお会いしたあの日が今も鮮明に――」
「一応いっておくけど、ちゃんと時間進めてるからね」
「う、うぅ……300年ぶりに再会したとはとても思えない塩対応……お変わりないようで安心したような、そうでないような……」
「300年ぶり? 三ヶ月じゃないの?」

手前とエミリアで、暦の認識に齟齬があるようなので問うてみた。

「いえ、カナタ様が魔王城を去ったのは今から301年2ヶ月と13日前です。少なくともあの世界にいた頃の私にとっては、ですが……」
「そこまで正確に計算されると逆に怖いんだけど。それで?」
「私はあの日からカナタ様が残した魔術理論の研究資料を約300年かけて解析し、今から約三ヶ月前、ついに<異世界転移アナザーゲート>を再現することが出来ました」
「それはそれは。おめでとう、でいいのかな?」
「あ、ありがとうございます……」

エミリアは頬を染めながら、照れるようにいった。で、コホンと咳払いをして先を続ける。

「カナタ様の魔力を辿ってこの地までやってきたのですが、痕跡がここで途絶えてしまいまして……。他に手がかりが無かったので、この地で待っていればいつかお会い出来ると……」

そういえば、ここで一度だけ擬態を解いたんだったっけな。異世界から戻ったあの日、じーちゃんを納得させるために。

「へぇ、それでここにに定着したわけね」
「はいっ!」
「で、何人殺したの?」
「はいっ!?」

どんなに形をこねて偽っても所詮は魔族である。ゆえに手前どもは定期的に人間の血を見ずして生きてはいられない性質《たち》なのだ。

あちらでは降参しようが一方的に殺してしまっても世間から讃えられるような盗賊様エサがわんさかいたわけだが、こちらではそうはいかん。相手が道徳家であろうが国家反逆者であろうが殺しは罪なのだ。

「いえ……それがその……こちらの世界ではニンゲンを殺らなくても特に体質に影響は無いようなのです……」
「えっ、だって俺は……」

帰還から二週目にして人間の血に飢えていた。だから、磯村くんが犠牲になったのだ。
目を閉じると今でも鮮明に思い出す甘美な記憶。
喰っても喰っても満たされない飢餓感が、一瞬にして満たされていくような感じ。それが、確かに俺にはあったのだ。

「……………………」
「カナタ様……?」

エミリアが心配そうに俺の顔をのぞき込む。

「うーん……まいっか」

一瞬の逡巡。俺は問題は先送りすることに決めた。
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