天念少女~スタート~

イヲイ

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後章

極光の澄む光に写す

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~極光の澄む光に写す~

 《死んでくれて構わなかった。元から私は彼女はこのまま死ぬだろうと思った。もしもチャンスがあったって、彼女は自身でそれを手放すだろうと。
 私は彼女がこの上なく憎かったからそれを喜んだ。だからこそ、私は正珠に助言だってした。効率的に、正珠一人で行動する方が良いと思ったから。
 そして体が冷えた彼女を見て、同時にこの機会を利用出来ると気がついた。彼女の体は一時的に隠しておいて、魂は勝手に異世界に行った。私がその魂の居場所を教えてやれば…?
 そうすればせっかく用意した異世界へ行ける魔法も無駄にならない。私を疑うこともない。
 森で実験も出来て、私の私欲も満たされる筈だ。実験で無傷でいれても、きっと彼女を見て絶望するだろうから、私はそれも楽しむこととしよう。何にせよ、絶望したまま元の世界に戻る。
 絶望すれば、イレギュラーになりにくい。歪みも発生してないし、それが最善と踏む。

 「ようこそ――ガーディアン」

 そう言った。
 全て計画通りだったんだ。

 一の使いが、光が、透が、総が……
 正珠が、あんなこと言わなければ。

 空は、死んだのに。》



 生に言われた儀式を終えた頃、自分達はすっかりヘトヘトだった。
 魔力のほとんどを空に渡したからか、グリーンガーネットのいる左目は大丈夫だろうか…
 と、心配していたが、どうやら特に問題はなさそうだ。
 ただ、息苦しいと騒ぎ立てている辺り、多少の影響は見受けられるが。ってか、騒いでるからじゃないか…?
 それはともかく、そのあと自分達は告げられた。
 「ソラの体はまだ安定していない。早く元の世界に還ると良いよ。君達がここにいた間のことは、こちらで何とか調整しておくから。」
 そう言われ、でっかい穴を指差される。
 「そんな簡単に帰れるものなのか!?」
「これでも難しいんだよ。人を異空間に送り出すのは僕みたいにそれなりの立場と圧倒的な力がないと。だというのに、あの子はほいほいこっちに人を寄越して…」
「でも、そのお陰でソラさんを生き還らせられましたけどね。」
 そうやって溜め息をつく生と、にこにこ笑顔な従者さんに見送られ、聞きたいことを全て聞けないまま自分達はもとの世界へ帰る…はずだった。

 「あの、正ちゃん」
 総達が生に急かされ、こぞって穴に落ちた後、空に呼び止められる。
 「どうしたの?」
「少しだけ、話せる?」
「え?せーじゅは良いけど…」
 生を見ると、少しなら良いと返ってきた。


 と、いうわけで!
 現在、自分達は中庭にある小さな泉に来ております!色彩りの光の粒が舞う芝生の上で、絶えず水が上がっている泉を自分達は眺めているのであります!服もすっかり元通り…いや、また例の派手な服に変わって、魔方陣が組み込まれた水飛沫を手で拭きながら、ソラの言葉を待っているのです!
 何故そんなにテンションが高いのかって?そりゃあ勿論…
 「正ちゃん」
 空の手が暖かいからだ。短期間で結構誰かの手を握ったけど、これまでに暖かいのは久しぶりだ。
 「…ってごめん、どうしたの?」
「まず、ちゃんとお礼しないとなって。ありがとう。」
「良いよそんなの。それよりせーじゅは空と帰れそうで良かったよ」
「うん…」
 また沈黙。
 『ったく、空の奴ったら何がしたいの?死にたい~だとかアホらしい!』
 グリーンガーネットがうるさい。
 『アタクシはそのせいで呼吸がしづらかったんですからね!』
「じゃあ黙ろうか!」
 小声で怒鳴るのも変な感じだ。
 
 「正ちゃん」
「はい」
「私、昔からあんなのだったの。ずっと、気付かれてなかったと思うけど。」
「うん、正直驚いた。」
 空はこちらを見なかった。だから自分も、見なかった。
 舞う光が体に寄り添う感じで近付いてきて、それがこそばゆい。
 そんなことを考えながら、空の言葉を待った。
 「…でもね、私、皆といた時、たまに生きてるって実感できた。透君といる時なんか、心がドキドキしちゃってさ」
「透に?へえ、そんなに緊張するんだね…」
 気さくで優しくて、話しやすい人なんだけどな。料理とお菓子作りっていう感じで、趣味も似たとこあるし。
 すると空はクスクスと笑い、グリーンガーネットははぁ?と呆れた声が聞こえてくる。
 『ったく、違うでしょ。あのね、せーじゅこれは』
「そう言うことにしておこうかな。」
『…………』
「それでね、正ちゃん」
「うん」
「私ね、今…」
 噴水が一際大きく上がる。水が沢山飛んできて、多分水バケツを被った位の水量が降ってくる。
 でも、空の言葉は聞き取れた。
 今度はちゃんと、はっきりと。

 「なんでかな。凄く、生きてるって思う。また生きれるんだって、幸せなんだ。」

 ――じゃあ行こうか、これから迷惑かけるかもしれないけど、よろしくね。
 ああ、いつもの空だ。優しげな声だ。
 きっとこれからは、元の生活だ。諦めなくて良かった。会えて良かった。やり直せて良かった。
 これほどまでに幸せになることなど、他にあってたまるか。
 自分は立ち上がり、空の前へ手を伸ばす。
 自分は笑って、引っ張ろうとして…


 ――途端、見える。空の心臓に穴が空く姿が。
 駆けつけた生が、もう駄目だと首をふる姿が。体がないから、どうしようもないという生が。
 すぐに消えていく、空が。


 今度は…
 反射的な動きに、いつもと違って頭がついてきていた。
 ――やらねば。壊さねば。空を守る。
 自分の意思も交えた魔力の塊は、迷うことなく噴水の奥へと向けられる。
 その奥で、一見他の光と何ら変わらない水色の光を見つけた。
 自分はそれを知っていた。
 救いの光だったはずの、その光を。
 今度は壊すために。

 「そこだ!!」


 叫ぶと同時に、魔力の塊を、魂の塊を思いきりぶつける。
 ばっと飛び散り、それは見たことないほどの光を帯びて、前が見えなくなる。
 「倒れろ!!」
 その声は間違いなく、生だった。
 言われるがまま、自分は空を抱き締める。

 体を後ろへ倒れこませる。

 自分の体は、泉へと落ちていた。
 落とされた斧になった気分で、自分は遠くなる光達をぼんやり眺めていた。何故か手を伸ばしながら。
 意識はいつのまにか、消えていた。



 気付けば空はいなくて、自分は真っ暗な空間を漂っていた。足がついているのかもわからず、どっちから落ちてどっちから倒れたのかもわからず、だから結んだ髪が無重力に浮いていないことを確認して、そこでやっと自分は立っているのだと確信が持てた。
 「え…」
 ズキッと頭が痛むのを支えつつ、何があったか思い出す。
 「確か…自分は空と泉に落ちたんだっけ。」
 生が咄嗟に来てくれて、きっと泉を異世界ともといた世界を繋ぐゲートにしてくれたと思ったんだけど、もしかして、違う?
 「じゃ、じゃあ空は!?」
 さっき、あの時の水色の光は間違いなく、空に向けられていた。心臓を刺すように。向けられていた。
 ちゃんと、守れたはずなのに…
 『落ち着きなさい。』
「!グリーンガーネット!!」
『空は間一髪、この空間から出られたはずよ。ったく、この魔法からあんたも逃れられたはずなのに、せーじゅが手を伸ばしてるから、ギリギリあんただけこの魔法に閉じ込められたじゃない。』
「逃れられた?この魔法を知ってるの?」
『当然よ。ここは精神迷路ね。せーじゅの指先が、穴に向けられて放たれた魔法に少しふれてしまったお陰で閉じ込められたってわけ!早く出口を探して、元の世界?なんでも良いわ、帰りましょ』
「グリーンガーネット、ついてくるの?」
『当然じゃない。アタクシ、せーじゅといるの何だかんだ楽しかったしね。』
「そう。なら心強いな!」
 なんだか友達がずっと側にいるって、恥ずかしいけど嬉しいな。

 にしてもここは、歪みの調整者の精神迷路というわけか。
 『にしても、ならここには旧森の精霊がいるはず…』
「そうなんだ」
『それにここは恐らくトンネルの時、総達も通ったはずね。』
「え?あれはグリーンガーネットの魔法だったでしょ?」
『元は恩人のものだったの。空間を共有して使ってたってこと。』
「なるほど~?」
『随分と能天気ね…このまま出られないかもしれないのよ。最悪、死ぬかも。』
「大丈夫大丈夫~だって今んとこ守りが出てないし。それに…」
『それに?』
「約束したから。貴女の恩人と。」
『何を…』
「せーじゅ様はなんでもできちゃうんだからね。見ていてよ」
 グリーンガーネットが言い終わる前に、自分は彼女の口を声で塞ぐ。ここから先は、見ていればわかるから。
 歪みの調整者の名前はもう、聞かずともわかっている。恩人イコール調整者なのだから、名前はグリーンガーネットの別名だろう。
 「ウラルエメラルド!!」
 自分の声が木霊し反響し消える。
 『!?なんでその名前』

 「黙れ」

 首元に突きつけられたのは、見たことのある、水色の光。希望であり狂気である光。
 それの持ち主は間違いない、歪みの調整者だった。
 「来るのが遅いから悪いんじゃんか。ね、ウラルエ」
「この魔力の塊はさっきのものよりも強い。強化ガラスすらも破壊できてしまう。当然、首を突っ切っても壊れやしない。」
「ひえっ、悪かった、悪かったって!」
 彼女の殺意は守りがなくてもじんじん伝わってる。
 なんとか宥めすかすと、渋々ウラルエメラルドは魔力の塊をどけてくれた。
 「それで、なに?ガーディアン。私に何の用?」
 つーんと目をそらしながら言われる。初めにあった印象と全然違うぞこれ…ウラルエメラルドのイメージはジエットコースターの下り並みにダウンしている。
 先程まで空を殺そうとしていた奴がこの態度なのだから、さすがに自分も腹が立つ。十六歳なりに怒りを抑えつつも、ここで弱気にはなれないな。
 「用があるのはそっちなんじゃない?せーじゅに全てを話す義務があるよね?」
「ふん、そんなものない」
「話さないんだ、へぇー」
「腹立つもの言いね」
「じゃあ生に言って君の事罰して貰うことにするよ」
「はぁ?その脅し、私に効くと思ってるの?私は調整者。ふん、神にもっとも近い者。王ごときに何が出来るんだっての」
「もしもそっちの方が強いのなら城内部に入った時に服が変わることはなかった。術が弱かったんじゃない?生の魔法よりも、貴女の魔法の方が。」
「それは」
「そもそも、空を貴女はすぐに殺せば良かった。それが出来なかったのは、空の近くには常に貴女よりも強い誰かがいたんじゃない?」
「…………っ」
『馬鹿!恩人を煽りすぎよ!すぐにその口閉じなさい!しかもせーじゅあんた王の連絡先知らないでしょ!』
 そこで初めて、自分が思ったより煽っていたことに気がついた。
 慌てて二の腕で抑えたものの、自分はどうやらやりすぎたようだ。冷静沈着にいきたいんだけどな。
 「あ、あんたなんかねぇ!私の力でぱっぱと殺せちゃうんだからね!」
「ウラルンには絶対無理だね!」
 ウラルエメラルドは怒りで震えている。彼女の大分子供っぽい怒り方に、自分としても冷静さが戻ってきた気がした。証拠として、口にするには長い名前を省略してたし。
 にしても、神に近いというわりには随分と人間らしい…のは禁句かな。
 今更謝っても手遅れな気がするので、魔力の塊を手に作り出す。
 …………が、彼女は動かない。
 なんかデジャヴ。

 …そして長い。
 「…………どうしたの?」
 敵意むき出しの自分に対し、ウラルエメラルドは黙って自分を静かに見据える。彼女は空を一直線に殺しにかかっていたのだ、油断できやしない。
 けれど…思わず訊ねてしまった。
 ウラルエメラルドが諦めたような顔をしていたから。すっかり怒りが消えた顔をしていたから。

 「ほんっとう…美月の影がちらつくね。」
 はあああーと盛大な溜め息をどうすれば良いのかわからずに戸惑う。そんな自分に気がついたグリーンガーネットからは一言、『凄いわね』とお褒めの言葉をいただいた。因みに何が凄いのかは不明である。
 「少し私も苛立ちすぎてた。確かに貴女には全てを話す義務がある。」
「ほんと!?」
「…………グリーンガーネットもいるんでしょう」
 なにっ、ばれている。
 『…………いないって言っといて』
「グリーンガーネットが、いないって」
『馬鹿!!幼稚園児みたいな解釈するな!』
「酷っ!」
「……茶番は良いから。」
『「はぁーい…」』
 ウラルエメラルドも中々冷たいなぁ…
 「グリーンガーネット。本来私は貴女に今からする話を聞かせたくないんだけどな。もうその目から出られないから、聞いて良いよ。」
『別に聞きたくないんだけど』
「別に聞き」
『シャラアァップ!!!!』
 ちょっとからかっただけじゃないか…
 と、そんな茶番劇もやっと一段落つき、その頃には自分はなにもない真っ暗な空間にいることすら忘れていた。

 「簡単にいうとね、私、空が嫌いなんだ。」
 一人だけ椅子を用意して、細い足を組みながら、彼女の独白は始まった。
 「神に近いくせして?いち人間でしょう、空だってさ。」
「…………だからだよ。私が神に近いから、プライドが空を許せなかった。」
『循環ね…』
 グリーンガーネットが呟いた、循環。確か、出会った時も彼女の口から聞いた覚えがあるような。でも、ちゃんと意味を答えてくれやしなかったんだよな。はぐらかされてさ。
 ――神に近いから。神に近いから、空を憎む。
 逆にいえば、自分達は恨まれず、空だけが恨まれるなにかがあるというわけだ。
 死んでいたという異点以外で空と自分と違うこと…

 ひとつある。

 結局タイミング悪く、聞きそびれたこと。

 「空は特質を手に入れてないから?」
 でもそれなら、この世界のほとんどの人物が当てはまってしまう。なら、こうだろうか。
 手に入れる環境がありながら、手にしなかったから。
 「そう。特質を彼女は拒んだ。」
「拒んだ…?」
「空は生まれながらにして…ううん、生まれる前から、特質を拒んだ。意思なんてないはずなのに、明確に。」
「あれじゃない?アレルギー的なやつだよきっと」
「そんなはずない!!」
 ウラルエメラルドは熱くなる。なんせ座っていた椅子から飛び立ってまで気合いをいれて叫んだのだ。
 「特質は条件を満たせば誰だって手に出来ると不変のルールで定まっている!だけど空は束縛を生まれた時から手放した!人間だという顔をしながら、敬意と忠誠を払うべきお方の力を棄てた!『アレ』は本来私のものなのに!」
「だから、殺したかった?」
 静かに問う。ウラルエメラルドは俯いて、静かに頷いた。
 どうやらカッとなりやすくも冷静になるのも早いらしい。
 他人に言われてやっと気付く自分とは違うから、そこら辺は見倣わないとな。
 いや、そんな分析より、今はしないといけないことがある。
 話を聞く限り、ウラルエメラルドは全く反省していない。つまり、空がまた死ぬ可能性が充分あるのだ。
 どう説得しようか、暗中模索するほどの猶予は存在しない。
 説得できなければ最悪、ここで刺し違えてでも彼女を殺して止めねばならない。薄志弱行とは真反対にいるような人物だ、覚悟はとうにある。
 調整者に『代償』を払うと決めた、あの時からずっと。
 「貴女は、歪みの調整者。」
 自分は呟く。
 「神にもっとも近いのならば、人一人を恨み、憎み、殺してはいけないんじゃないの。森羅万象全てを統べるその神ならば。」
 冷静に、諭すように。
 「そんなの…わかってるよ。でもどうしても許せないことなんだよ。」
 どうしても…
 自分にだってそういうのはある。
 『そりゃ、人ならあるでしょうね』
 人を壊したいとかいうクレイジーウーマンでさえ、そう言うんだ。
 自分にもわかる部分があるから、余計に空を憎むなとはいえないな。理由は全く理解できないけど。
 かといって、光の持つ束縛を、今更空に与えるような力も持ち合わせていない…
 「ウラ…調整者はさ、これからどうしたい?」
「どうしたいって?」
「空をもう一回、殺したい?」
「…………」
「殺したい、そうなんだね。」
「当然だよ。せっかく回ってきたチャンスだったのに。」
「元の世界に戻れば、また、空を殺す?」
「…………生憎様。私は君の世界で人は殺せない。」

 …………え?
 「ええっ、そうなの!?」
 悔しそうに舌打ちしていたけど、自分としては拍子抜けというか、なんというか…

 なーんだ、心配して損した。

 「そうだよ。」
 今までの心配はなんだったのか。早とちりした辺り、やっぱりまだ冷静になれていないのだろう。パシンと二回ほっぺを叩く。

 じゃ、もう帰ろうっと。

 「それが聞けたなら、良いや。じゃーどうする?」
「どうするって…」
「代償だよ、それが終わったら返してね」
 よくよく考えれば、生まれた時から拒絶した空を知っていて、十六年…十七年間も殺さずにいたんだ、殺せないという可能性を何故考えずにいたんだろうか。
 『せーじゅ、それは中々…』
「え、どうしたの?」
 代償について何も言わない、フリーズしたウラルエメラルドはほうっておいて、自分は小声でグリーンガーネットと会話をする。
 『いくらなんでもここで恩人との話し終わるのは冷たすぎるわよ。しかも代償って、恩人相手にそんな約束馬鹿すぎるわ全く。』
「だってそうするしかなかったし…」
『はいはい。…せめてもう少しくらい恩人の話を聞いてあげたら?』
「やだよ!だって嫌いだし!」
 しまった、つい本音が大きめに出てしまった。
 今日は失言が多い…いや、いつものことか。
 光りの速さで開き直ると、横目でウラルエメラルドを伺う。けれどやっぱり石のように固まったままで、叩けば直せるかも怪しい。
 「と、とにかく…せーじゅは早く帰りたいの!そもそもこんな場所で長居する理由が見当たらないし。ウラルエメラルドの気持ちは空が主軸である分、絶対にわかり合えないからさ。」
 うん、中々合理的な言い訳だ。
 『あんたって人は…何でアタクシの方が常識人を嗜めなけらばならないのよ…』
 グリーンガーネット、自分が非常識人っていう認識はあったんだ…
 気持ちが少しは落ち着いたのか、今度はなんとか口にはせずにすむ。

 「…………代償…か…」

 ウラルエメラルドの声だった。
 その言い方的に、代償は決めてなかった感じですかね?なら、ワンチャンスなにもなしで帰れるかもしれない。
 「調整者さん、別になければとっとと帰してくだされば…」
「それはやだ。」
「うぐぐ…」
 ウラルエメラルドはぶつぶつ悩み始めた。代償というからには、相当のものがとられる気がする――寿命とか、感情とか。まあそれは覚悟決めてるから良いんだけど、変に待たされるのは心臓に悪い。
 (…………いや)
 そうだった。覚悟決めてるとはいえ、アリスに強く言われている以上、心配をかけたくないから、死にたくはない。

 ――そうだ。

 あくまで証拠はない。

 それでも提案してみる価値はある。


 「ねえ。」
「何?」
「せーじゅから提案。代償は、せーじゅの『右目』でどう?」
「はあ?要らないわよ、そんな供物」
 わあ、くり貫かれそう…
 「違う違う。そういうことじゃなくて…」
 誰に聞かれるわけでもないのに、こそっと耳打ちしてみる。
 「…………は、はあ!?」
 ウラルエメラルドはやっぱり人間らしく驚いた。
 対して自分はにやり、と笑って見せる。余裕綽々に見せるために。
 間もなくして、自分は握手を求めた。結局ウラルエメラルドは幻想として消えたのだが、それは自分の『代償』が認められたことに他ならなかった。
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