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後章
中流試験
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~中流試験~
《「はぁ…」
「どうした誠」
「どうしたもこうしたも、光の手がかりがないんだよ!?だというのに俺はまだなんも出来てないんだよ!?俺は入院だってしてないというのにさ!」
「仕方ないだろ、お前だって割とボロボロだったじゃねえか」
「そんなの関係ないよ!俺入院してねえんだもん!」
病院の入り口、クラスメイトのお見舞いに来ている誠は俺、悠太にある話を持ちかけていた。
予想通り、一度光達が消えた場所へいくか、というものだった。こっちとしては入院中な訳で、俺だって探しに行きたいものなんだが、今は行けないわけだ。…次病院を抜け出せば殺されかねないからな、アリスに。
そう言うと誠の奴は一人で行こうとか言い出して聞かないのでなんとか軽く殴って宥めたら、今度はため息をつきはじめたわけだ。
こいつ、気持ちは分かるが焦りすぎだろ。
いや…そうでもないか。あの日からもう何日経った?
赤弓が目覚めたかすら聞かされず、警察の事情聴取も『記憶が曖昧』という偏見からか、俺達が見た異様な景色や赤弓の異常さ、その全ての趣旨がしっかり伝わっているか微妙なところだ。せいぜい、赤弓はちょっとヤバめの精神異常者で、生徒は皆気を失って監禁されてましたってところか。卯月や文月の方も何もなかったらしく、警察は赤弓が単独行動だったかどうかすら知らないかもしれん。
そんなわけだから、当然神隠し状態の正達の居場所などほど遠いわけで。
誠はどれだけ辛いんだろう。
俺は誠の心中を察し、今まで言うか迷っていたあることを口にする。誠が暴走しかけた時、前までの俺じゃあ止めることが出来なかったろうからな。でも、もう違う。時間が俺の体調を元通りにしてくれたから。
「…………なあ、誠」
「何?」
「監禁されてた場所は警察がいるだろうし、例の現場へ行って病院を離れるのも悪手だ。」
「それはわかってるよ、わかってるけど…」
「けどな、赤弓はこの病院にいるって聞いた。」
「え…誰から!?」
「桃花が前、警察の会話を聞いたみたいだ。正直そこも警備やらが厳重だろうが…」
俺はアリスに病院は抜け出すな、とは言われた。だが。
病室を離れるな、とは言われてない。
「潜入なら…出来るかもな。」
「…!悠太も協力してくれるの!?」
「ああ!今日は点滴だって外したしな!」
そう…かくなる上は、あいつに聞く。
俺達はこうして、次なる一歩を踏み出した。
最も、どこにいるか分からない赤弓を、入院してより効率的に探す為に腕を折りに行こうとした誠は止めた。コイツはコイツで相当キてるが…多分、腕折っても入院は無理だぞ。》
「たいしょー!もう一丁、頂戴!」
貴族のいるそれなりに栄えた森の町、そのなかで最も汚れた路地を曲がった小さな居酒屋。そこでは常に噂話が絶えなかった。酒のつまみと称されて語られる噂は有能で、単にワイワイやりたい中年達とは別に、腕利きの情報屋も御用達なほどだという。
最も、この世界では大抵の町にこういった居酒屋が一つか二つは存在するわけだが。
そんな中、一人の商人が六杯目の酒を飲み干したところでふと、思い付いたように初対面の同類に語りかける。
「そういえば聞いたか?隣町の花嫁魔族」
「あ?そいつがどうした。あの町からここまでは丸一日かかるんだ、まさかこっちまで奴が来ているとでも言うんじゃないだろうな」
話しかけられた者の中の一人、黒い髭を生やした男は酒を飲みつつも冷静で、下らない妄想話は先に聞きたくないと釘を刺す。
しかし六杯目の男は首を振り、ビルドーの実を口にいれたまま自慢げにこう口にした。
「ちげえよ、あいつ、死んだんだとよ」
「……」
「はは、まさかな!」
「冗談つまんねえって、奴は噂じゃ禁術使いやがるんだろ?」
「出来てせいぜい封印だろ。」
「だから、本当に死んだんだって!俺のダチの剣士はそういったっつってたんだよ!」
「お、おう…」
その本気のトーンで言われた男達は一斉に黙り込む。場に微妙な雰囲気が流れたことに気がつかないのはそう言った男だけだった。
(あの花嫁魔族が、ねぇ…)
男の気迫に押されつつも、まだ禁術を操る者の死、その事実が全く受け入れられていない者達とは違い、半ば信じられない気持ちもありつつ、黒い髭の男はその僅かな可能性も視野にいれる。
(まあ、もしそれが万一の事だとすれば…その勇気ある剣士か冒険者は間違いなく死ぬな。)
御愁傷様、その言葉は誰の耳にも届かなかった。
『サンエルダル・ラグロウ』、この地唯一の貴族の主である彼のことを、この居酒屋ではそう呼ぶものは誰一人としていない。
「やあっとついたぁ…」
自分、せーじゅ達はカラエに貰った麻袋に、いつの間にか大量になった魂の残り物と後は貰った食料を入れて半日ほど、情報整理や雑談などを行いつつ森の中を歩き続けた末に町にたどり着く。
ここでは冒険者になれるというあの町だ。
森の中心部辺りに位置するこの町は、通行の便が悪いのに栄えるという、学校の七不思議にありそうなほど不思議な町らしい。そうだとすれば、増える階段くらいには有名になるんじゃないかな。
そんなくだらないことを考えていても、やっぱりふと、昨日からえに言われた言葉が頭によぎる。
「アニエは死んだ。」
…色々教えてくれたアニエさんは死んだらしい。半分モンスターだから、どうやら人間にはない死因らしく、花嫁魔族に影響されたとか。これじゃあ、花嫁魔族を倒したこと、誉めて貰えないよな、透。
それだけじゃない…
不思議なものだ、ほんの少し関わっただけで、こんなに悲しい気持ちになるなんて。改めて空の復活の可能性が心に染みる。ありえないことが、ありえそうなんだ。
「正、こっちこいよ!」
総に呼ばれて、自分はそっちを向く。総は町の入り口の、花壇に咲いた花を指差していた。
菜の花みたいな小さな形の花が並ぶ白縁の花壇は綺麗な町に相応しい。総はその花をいたく気に入ったみたいで、理由は愛するゲームの薬草みたいだから、だそうだ。勿論、摘まないけどね。
同じゲームをする透も総に理解を示し、光は町を眺めている。
総も、光も、透も、アニエさんについて踏ん切りがついているようだ。
悲しいし、苦しいけど。
それでも前を向いていこう。
それが自分達が出来ることだから――そんな気持ち、なんだろう。それは自分だってそれは例外じゃない。
「総、間違えて食べちゃ駄目だよ」
「食べねえよ!?」
自分は総の事をからかいながら、いつもどおりにしようと決めた。
「でもすごいよ、俺達。丸一日かかるって聞いたから、この町につくのは夜の予定だったんだけど…すごいや!」
透は本を貰ったようでずっしりと重い麻袋を右肩に掛けながら自分達を誉める。総はどや顔が決まっている。単純だなぁ…
いつまでも花を見て盛り上がっていては進まないので、とりあえず試験を受けられる場所を探しにいこう。
「じゃあそろそろいこっか!」
「おう!」
町の人達はそれなりに賑やかで、商店街のような賑わいがある。違うのは、人の中に狐や猫のような耳や尻尾がはえた人達がいることや、羽を持った人達、剣や杖を携えた人達を見かけることや、洋服が色とりどりで派手な人が多いことかな。
そして森の中心だからか木造建築物が多いと見た。
「皆、涼しげ。」
「そうだね。半袖の効果もあるだろうけど、それでもこの町全体が涼しいみたいだ。木に囲まれてるからかな」
そう言われると、確かに。
自分達は見た目だけは暑苦しいけど、案外快適だ。それはこの服が何らかの特別な魔法の効果を受けているからと知っている。対して町の人達は恐らくごくごく一般的な服装なのに涼しげで、団扇も持たずにいる。思えばカラエ達の町でもさほど暑そうじゃなかった気がするな。
と、なると…自分達のいた世界とこの異世界では暑さ加減が違うのかもしれない。快適だ。
「冬は寒そうだな…」
総がポツリという。それはそれで困るな…
自分達は町を回りつつ親切な人に聞いた屋敷を目指す。中心部に位置するという屋敷はサンエルダル公爵っていう人が住んでいるらしい。
「公爵…って歴史でならった気がせんでもないな…五爵の中にあったっけ。」
ぼやっと総は呟いていたが、それに自分は驚いた。歴史の授業もいつも寝ていると思っていたのに、聞いていたのか。
「…おい正、なんだよその目」
「いや、別に?それよりほら、もう着いたよ!」
町の中心、公爵様のお屋敷は町役場とかその他諸々も兼ねているらしい。大変だなぁ、公爵さんも…
「さて、ではでは~いざ!」
「お父様のばか野郎!」
「うおっ!」
さっき見た花に囲まれた扉を叩こうとした時、扉が勢い良く開かれ少女が飛び出してくる。間一髪で飛び避けた総は一回転程してから尻餅をつく…ところを透に助けられていた。
「ごめんなさーーい!!」
少女は律儀に謝りながらも、止まることなく走っていった。
「いつつ…何だったんだ…?」
「さあ?大丈夫かい、総」
「おう!さ、改めて…」
「お待ちくださいラグフォル様!」
「うぎゃっ」
今度は執事?が飛び出ていった。
「もう、今度はなんだよー!」
今度は勢い余った扉に顔をぶつけた総は不機嫌そうに口を膨らます。ドンマイ。
そんな怒涛の人ラッシュ、空いたままの扉の奥から、最後に宝石や光るアクセサリーを着けたスーツ男がゆっくりと顔を出した。髭は生えているが冷静そうで、だらしなさを全く感じられない。
細い目の奥には鋭い眼光が垣間見える。…恐らくこの人がサンエルダル公爵か。
「君達は?」
「えっ」
今の怒涛の流れから、いきなり冷徹な声でそう聞かれるとは思わず、一瞬動きが止まる。
「君達の名前は、と聞いているんだ。」
と急かされ、慌てて自分は笑顔を取り繕った。同時に透が少し前へ出る。
「初めまして。僕は透です。後ろの者達は総、光、正珠で、冒険者見習いを名乗っております。サンエルダル公爵殿を伺えば、冒険者試験を受けられるとの情報を頂いたもので。」
「なるほど、冒険者志望か。それは下流か?中流か?」
「自分達、まだ見習いにもなりたてでして…」
確かにまあ、下流から受ける方が効率も良いだろう。
町役場でぱぱっと換金も終えてきたから、それなりにお金もあるし!スライムって、以外とお金になるもんなんだなぁ。食べられなさそうだけど。
「ならば、下流試験か。良いだろう」
どうでも良いことを考えている間にも、サンエルダルは眉一つ動かさずに許可したものだから、勝手に長くなると思っていた話はしとんとん拍子で決まった。そんなあっさりと。
まあ良いや、それより自分は今から何を…
「そうだな、じゃあお前ら、さっき走り去った女を捕まえてこい。そうすれば下流冒険者を認めてやろう。明日の朝までに、だ。じゃあ、さっさと行くが良い」
「ええっ」
「さっさと行け!」
サンエルダル公爵は苛立ちながらそう言うと、バタンと扉を閉めてしまった。
「ええ?」
「なんだったんだ…?」
閉じられた扉の外で、自分達は呆然と立ち尽くす。
まだギリギリ朝の範疇ではあるが、時計が指すのはもうほぼ昼前。
「と、とりあえず…探しに行こっか…?」
かくして、名前も知らない少女探しは突然に始まったのであった。
「はーい、ではでは!今からドキドキ!第一回試験対策会議を始めまーす!」
「はい」
「なんですか、総さん」
「ドキドキってなんでですか」
「明日の朝までってことで、時間がないからです」
「なるほど」
総は納得すると、そっと手を下ろした。
さてと、ふざけるのはここまでで、今はあの少女を捕まえなければ。
その為には容姿を思いだそう。写真やら何やらを貰えなかったからな。それにあんな偉そうな態度、あれらは焦っていたのか、それとも楽勝なのか、そもそも試験に受からせる気がないのか…。
おっと恨みは後にして、どんな子だったかな。
「確か…ターゲットは白めの水色の長髪で、蝶々の飾りの多い白いミニドレスみたいなのを着てたよね」
「あとそれと、俺達が来た方に走っていってたよ。人も多いし、聞いて回ればわかるかも!」
透のいう通りだ。この町を四人係で見回れば、案外すぐにたどり着けそうな気がするぞ。
効率重視の為、自分達は手分けして探そう、と四方向へ別れる。
とはいっても、この町だって広いとはいえ、所詮は一日で回り終えられそうな町だ。総は「苦手なミニクエストみたいだな…」と呟いていたが、それでこの先有利になるならこれくらいの手間、かけたって良いでしょう!
自分達は一斉に、進むべき道へと走り出した。
…とか余裕ぶっこいていた数時間前の自分を殴りたい。…いや、やっぱり殴らなくても良いんだけども。
今現在、夕暮れ。自分達は森にやってきた。
そう、少女は森に出掛けたという情報が多数手に入ったのだ。しかもおしゃべり好きなおばさんによると、少女はよく、サンエルダル公爵と喧嘩し、その度森へ行く冒険者見習い志望の少女らしい。
「しかも数日間は帰ってこないとか…探すの大変じゃんかぁー!」
お腹も減ったし、こっちが迷子になりそうだし、ぶつぶつ愚痴を言って無いとやってらんない。
とはいえこれ以上の愚痴は言っても仕方がないから、いつまでも言っているわけにもいかないんだけどね。
そう思って気を入れ直したとき、ぐうううと気が抜ける音が総から聞こえる。
「腹減った~」
「いつも、言ってる。」
「だって俺食べ盛りだし!でも保存食食べるのは勿体無いよな。…どっかに食える実無いかな」
そんな最後の言葉に自分は嫌な予感がして、そうだねーと返しつつ回りを見渡す。
そしてその予感は見事に的中した。前方の低木に、苺みたいな色で、ブルーベリーのような大きさの実がなっているのだ。匂いはみずみずしい林檎のようで。それが紫色や青色ならば毒々しくて食べる気にならなかっただろう。だがそれは赤くて、美味しそうなんだ。
そう、要は食べてお腹を下す総の未来が見えたのだ。
そしてこういう安直なトラップに限って総は謎の自信が沸き、結局制止を聞かずに自業自得に終わる。自分は知っている。嫌と言うほど知っているんだ。他人に対しては異常に心配症の癖に、こやつは自分の事となると全く学ばない。
だから自分が先回りして止めようとはしたけど、それよりも前に、少し遅れて実を見つけた総は嬉々として実へと数歩走る。
「なあなあ見てこれ!これ、食えそうな実じゃねえか?」
「止めときなよ総、きっとお腹壊しちゃうよ」
「だーいじょうぶだって、うまそうなのは食える!」
「どっから来るのその自信!?」
透が言うのもわかる。しかし総は「大丈夫って証明したる!」とか叫びながら実を一つほど千切る。
あーあー、きっと腹壊すんだろうな…けれどまあ、タフだし止めることはしなくてもいいだろう。これを機に学ぶかもしれないし、もしかすると食べられるかもしれないしね。
自分はそう納得して、総の顛末を見届けようとした、その時だった。
――脳内に、もがき苦しむ総の顔が浮かぶ。
自業自得だね、と思い笑うことなど出来ない。体調が悪くなるとか、そういう次元なんかじゃない。
総の手に取った実を自分が奪い、握り潰していたことに気が付いたのは、自分の左手が紫色になってからだった。
「わ…せ、正珠?」
総が珍しく本名で呼ぶ。頬に握り潰した実の液が一滴二滴こびりついた彼はまだキョトンとしている。
「あ…駄目だよ総、知ってる世界じゃないんだから、前みたいな公園の実を興味本位で口にいれて腹下すなんて事で済まないかもしれないんだから」
「そ、それは内緒だって…!いや、それよりまあそうか…止めてくれてありがとうな!」
「あ、うん……まあいっか、どういたしまして!」
自分は自分に吃驚したけどどうでも良くなって、気にしないことにする。
「にしても、ちょっとほっぺたピリピリするな…なんでだ」
総はボソッと呟く。そうか、そうはこの実が頬についた事を知らないのか。
…ん?ピリピリ?自分はそんな刺激など、微塵も感じられないのに。
自分は左の袖で拭ってやると、刺激は収まったと総は笑顔で伝えた。写真に収めたいが、相変わらずカメラも携帯もない。
一人でため息をついた、その時だった。
「それ、食べちゃ駄目よ」
突如おっとりとした声が背後からする。
見ると、透と光の背後には少女が立っていた。
白めの水色の髪、リボンのような蝶々がちりばめられたミニドレスをまとった少女は…
「毒だから、その実。」
サンエルダル公爵の探し求めていた少女だ。
自分達が唖然としていると、少女は何を勘違いしたのか一歩ほど下がり、こう言った。
「おっと、自己紹介がまだでしたわね。私、『サンエルダル・ラグフォル』でございます。貴女方は?」
ドレスの裾を持って可憐にお辞儀する少女はラグフォルと言うらしい。
「ええええ!?こんなにあっさり見つかるもんなのか!?あ、俺は総だ!」
サンエルダルと聞いてやっと確信が持てたのか、それとも反応が遅いだけなのか、やっと総は大袈裟に驚く。しかしそんな場面でも挨拶は忘れないのが、実に総らしい。
「ソウさんですね。先程の実、中の汁には毒が混ざっており、一粒食べれば死に至ることもありましてよ。体に付着すれば、皮膚が爛れることもあります。お気をつけを。」
「皮膚が爛れる!?」
総は目を見開く。まあさっき付いてたしな。でも安心しな、君に全く外傷は…
「おい正、手ぇ見せろ!」
「え?なんで?」
「実を潰しただろ!?!?」
あ、そうだった。
すぐに透と光も慌てて近付いてきて、自分の左手を覗き込む。
透はどこから出したのかハンカチで掌の実を拭き取ってくれて、それからじっと見つめる。
「正さん、手…あれ?」
「大丈夫、みたい。」
自分の手はなんの後もなかった。強いて言えば、紫の液がまだ少し付着しているくらいか。
「不思議ですね。毎日ポイビーの治癒薬を求める客人がお家に訪れるのに。」
ポイビーと言うのか、この中身が紫の赤い実は。
「不思議だね。毒耐性でもあるのかな」
何せ毒属性だからな、自分。
自分は納得すると、念のため透のハンカチで綺麗に手を拭いておく。
「では、私はこれで。」
ラグフォルはそう言うと、去ろうとする。
「おう、ありがとうな、ラグフォル!…じゃねえや!ちょいまち!」
「なんですか?ソウさん。私、急いでいるんですの。」
「悪いな。でも俺、君の事を」
自分は正直に言おうとする総の口を慌てて塞ぐ。
正直なのは良いけれど、この子、ばか野郎と叫びながら飛び出してきたからな。今はとにかく引き留めた方がいい。
自分は理解できてない総をそのままに、一つ提案する。風が冷えてきたし、OKしてくれればいいけどな。
「ホイピー?のこと教えてくれたお礼に、ラグフォルが急ぐ何かを手伝わしてくれない?勿論出来るならだけど…」
「ホイピーは別の実です。…しかし手伝ってくれるのなら頼んでもいいでしょうか。急いでいるので。」
おお、すんなり。
自分は後ろで透に説明を受けている総…とは目が合わなかったから、横の光と目を合わせる。とっさの事で、意味はない。
「では…改めまして、名前を聞いてもいいかしら。」
ラグフォルはアリスや悠太のような青い目をこちらに向ける。
冷たそうな色なのに、慈愛に満ち溢れた、そんな目だった。
辺りはすっかり暗くなって、自分達はそれでも森を歩いていた。
ラグフォルの手伝い…それはポイビーの治癒薬に使うヒーポイビーの花の集落を見つけることだった。ラグフォル曰く、
「ヒーポイビーは基本的に密集して咲くのですが…最近の穴場は誰かによって刈り尽くされてしまいまして。だからたまに一二本咲いているくらいしか見なくなったのですが、それを刈るのは気が引けて。」らしい。
同時にラグフォルは唯一持つヒーポイビーの花を見せてくれた。ラグフォルと同じ髪の色で、形はとがった花弁が五枚、柔らかくて小さな花が一本に密集している集合花だ。
匂いも良くて、香り袋作りが趣味の総は使いたそうに見つめていたのが印象的かな。
「この森の中に絶対生えているはずです。夜は人攫いも動き出すので気を付けてくださいね。」
「ひええ、怖いね」
「はい。だからお父様は私の行く手を…いえ、なんでもありませんわ。」
善果さんとは違い、この人は随分自然なお嬢様語だ。
恐らく、昔からずっとこうなのだろう。そして何となく全貌が読めてきた。
「ねえ、ラグフォルのお父さんって、過保護?」
自分が訊ねると、ラグフォルはスイッチが入ったように捲し立てる。これには流石の光も動揺を隠せずにいた。
「そう、そうなのです!あの人は私が冒険者になることも、森に出掛けることも、ヒーポイビーの薬を他者に渡すことすら嫌うのです!理由を聞けば私の存在を知って、拐う人間がいるだろうからって!でもこの町で私はもう知れ渡っていますし、そんなこともないし、今までも何度も森に数日間籠っても何の問題もありませんでしたわ!」
「だから、逃げ出したの」
光は淡々と言う。ラグフォルはコクりと頷いた。
「私、もう戻りませんわ!違う町で冒険者になって、お父様を見返すのです!だってもう十四歳なのですから!」
「えっ」
そのとき自分は驚きを隠せるはずもなかった。
何故なら、彼女に身長を抜かされていたからだ。ずっと大学生くらいの年齢と思っていたのに。
心なしか、胸の辺りも…
いや、羨望とかじゃないぞ、決して。ただちょっと、ふと、思っただけで。うん、いや本当にそうだからね。
「正?どうした?」
「あ、いや、何でもないよ、あはははは!」
しまった、自分の世界でボーッとしてしまった。反省、反省だね。
「でもわかるな、お父さんの気持ち…」
と、そんな自分の事で一杯だった自分とは違い、透は遠い目をしながら呟いた。
ラグフォルも流石に、熱くなりすぎたときが付いたのだろう。咳払いして訂正した。
「……お父様は過保護ですけど、行動に理解はできます。だけど、私はもっといろんな世界を見て、いろんな薬草を拾って困った誰かの助けになりたいのです。その為に短剣も持ってます。」
左のポーチには茶色い柄が見える。模様は…ヒーポイビーの花だろうか。
「ヘクチッ、にしても冷えますね。皆さんは大丈夫ですか?」
さっきの会話から数分後、ラグフォルは長袖ではないからか、寒そうに体を震わせる。空はもう沈みかけて、夕暮れは響いていたカラス(みたいな生物)の鳴き声もしなくなっていた。同時に透は総に耳打ちすると、総は近くの木の枝を拾い、そこに魔力の塊をぶつける。塊は破裂し、魔力が飛散する前に赤い炎となって轟々燃え盛る。
「松明だ!魔力だから煙も出ねえし、木の枝も燃えないらしいぞ!」
ズイッと総はラグフォルに松明を差し出し、続いてもう四本作り、自分達の分まで手渡してくれる。
「ありがとう、総!」
暖かい。なるほど、総の魔法は使い道が多くありそうだ。光の水も透の風も便利そうだし、実は自分達、すごい良い属性に恵まれたのではないだろうか。皆生活感ある属性だよな。
そこで気がつく。そうなると自分の毒は?
確かに、相手を悶え苦しませて殺せる力ではあるけど、これは回りへの影響が強いんだ。それに生憎、自分はSではないから何かが苦しむ姿を見るのは基本望まない。…基本はね。
あ、でも銃である程度毒は操れるのか。
それに複雑な形の塊のお陰で別の武器も創れるし…
「『これで何とか守れそうだ』」
それは、思わず発した言葉だった。それは唐突で突然で、思っていなかったような事。
「なにが」
「えっ、何でもないよ~!」
自分が出したと気づくのすら遅れてしまった。
自分の口じゃ、頭じゃないような。
気持ち悪いな…
ほどよい風と熱く感じさせない服装のお陰で吐き気はなかったが、それでもどうしようもない不快感は消えてくれない。
「…光」
「なに。」
「魔力の塊、顔にかけてくれない?」
そりゃ、変なことを言った自覚はある。でも手っ取り早いのはこうすることだろう。魔力の塊だから、いずれは水じゃなくなるんだし風邪を引くことも…
バシャッ。
次の瞬間、キィィンと聞いたことのあるような、ないような効果音と共に自分の顔面に塊をぶつけてきた…容赦なく。
「!?ヒカルさん!?」
「正が、しろって。」
「正さん!?」
「いやあ、眠くなっちゃってさ!」
光の七十六倍は驚く透とラグフォルは首をかしげつつ、それで何とか納得してくれる。但しラグフォルは自分の評価に恐らく『目的はあるとはいえ突如奇行に走りかねない奴』が付け足されたことだろう。
容赦ない水の攻撃で、自分の体は涼しい反面びしょ濡れになる。それでも服は濡れてはいないんだけど、少し動きにくい。次からはもう少し手加減を頼むことにしようっと。
体に総からもらった松明を近づけてみたが、やっぱり水は乾かなかった。水や炎の魔法というより水や炎のような魔法と認識した方が良さそうだ。
そういや、心配症の総が自分を心配しないのは珍しいな。
総を探すと、総は赤い目を瞑り、耳をすませて動いていなかった。集中力ぱないよな。
この際だ、いつ気付くか見つめてみようと、自分は総の顔を覗き込む。
相変わらず美形だけど、髪型は変だよなぁ。睫は長いし、小顔で女性顔で、なにより母親に似て全体的なバランスが良いんだろうな。
そんなことを考えつつ総に見とれていたその時、いきなり総は開眼した。
「なあ正うわああああ!!うおいだいっ!」
「ぎゃあああああ!!なに!?」
「きゃあああなんですのモンスターですか!?」
「うるさい」
「みみ皆落ち着いて!?そしてどうしたの総!?」
透が反射的に体を仰け反らせ頭から木にぶつかり頭を抑える総を、暴れ馬を落ち着かせるような要領でなだめると、そこでやっと総は発声の無意味さを知る。
「なんだ、正か…」
要は自分が近づきすぎて驚かせてしまったようだ。それにこっちも驚いて、ああなった。
「ごめんね総、頭蓋骨とか大丈夫?ひびとか、穴とか、割れ目とか出来てない?」
「おう、多分。こっちこそ悪かったな!」
皆の寿命を少し縮ませてしまったものの、外傷はなさそうだ。
何とか落ち着いたあと、総は再び慌て…いや、興奮?しながらこう言う。
「それよりトール、光にラグフォル!声がしたぞ!人の声だ。」
「え!?半径何メートルくらい!?」
「近すぎてわからんけど、でも結構近いぞ声!」
…聞こえないから、総がどれくらいの距離で近いといっているのかもわからない。
「ありがとう、総。じゃあ俺、ちょいと見てくるよ」
「見てくるって」
どこに、と光は不思議そうに訊ねる。
「うん」
にこっと笑って透は地面に塊を打ち付ける。思わず顔を手で庇う。その隙間から見えたのはブワッと風と共に浮き上がり、空に透のみが打ち上げられる所だった。
そして一周くるりと回転し、土埃が何故か舞わない地面へ優しく着地した。
その顔は何故か嬉々として、心なしか喜んでいるように見える。
「このまま真っ直ぐ二百メートルくらいのところに、人が集まってるよ。それにね、ヒーポイビーの花もその辺りにたくさんあったよ!」
ああ、なるほど。道理で喜んで…
…いやすごい発見じゃんか!
「じゃあ早く、行こ。」
日はもう暮れる。もう探すことについてとうに飽きているだろう光は自分の背中を押すと、世界記録がの勢いでそちら側へ向かった。
暗くなった森を駆け抜け、茂みを踏み進んだ先に、ヒーポイビーの集落はあった。すごい広い。
何百、いや千は越えるくらいあるかもしれない。ヒーポイビーが咲き誇る小さな空間は、どうやら日当たりが良いらしい。ヒーポイビー達を囲むように、桜のような形をしたカラフルな雑草が、わずかな光を発してその場所を照らしていた。夜の蝶々の鱗粉も合間って、(恐らく)月明かりに反射する。ただただ綺麗だった。まるで吸い込まれていきそうな、そんな感じだ。
「わああっ…」
「あ、見とれすぎると花に魔力を吸いとられますのでお気をつけて。」
まじで吸いとられるのか。
まあまあ怖いことをさらりと言ったラグフォルは駆け、ヒーポイビーを手慣れた手付きで刈り取る。
「どれくらい刈り取れば良い?」
「ええと、じゃあ皆さん根っこは残して出来るだけ長く着ってください。手でも何とか切れると思います。あ、四本程度で!」
「それくらいで良いのか?」
「はい、取りすぎは禁止なので!」
「根っこは残しとくんだね」
「はい!また生えてくるので」
これも綺麗な雑草だったのか。
自分はヒーポイビーの集落に足を踏み入れる。長いのを探して、しゃがんで刈り取ろうとする。そのとき知ったんだけど、これひんやりとする。ブーツで知らなかったけど、生えている花には少し粘り気があって、見せてもらった花よりも香りがいい。
おっと、見とれすぎは駄目なんだっけな。
「じゃあ、刈り取るね」
二十センチくらいあるヒーポイビーの茎と土のギリギリのところで手を入れ込み、ゆっくりと切ろうとするが、切れない。
「嘘、非力じゃないんだけどなぁ」
仕方がないので少し戸惑いつつも引き千切る。
草を千切るなんて子供の頃なんか何回もしてきたけど、こんなに生きていると感じた植物は初めてで、戸惑ってしまったのだ。それは千切る時、魔力の粒が茎からパラパラ待って、茶色いそれは血に見えたからだろう。植物だし土属性なのかな。というか植物に属性はあるのかさえわからないけど。根っこを残せばまた生えてくると知っているのが、ちゃちな罪悪感を飽和してくれる。
ブツッと簡単に切れたけど、切れ目がすごくギザギザで茎も根っこの方にまあまあ残ってしまった。
「あ、茎の中は空洞だ。」
どうでも良いことを思いながら、自分は立ち上がる。この辺のヒーポイビーはまだ小さいな。
と、自分は回りを見渡す。
そういや総が言うに、人がいたはずだよな…?
夜に人が森奥にいる…異世界では気にすべき事ではないのかもしれないけど、――何か嫌な予感がする。
「総、人の声って、今聞こえる?」
「ん?」
大きなヒーポイビーを不器用に四つほど収穫し終えた総は首をかしげた。右頬に土が線になって付いているが、面白いから言わないでおこう。
「あ、そういやぁーないなー。でもそれがどうかしたか?」
瞬時にはわからない程には人は遠ざかったのか。
「ちゃんと聞いてみて」
「?ああ、わかったよ」
総はヒーポイビーをこちらに寄越すと、耳に土で少し汚れた両手を添え耳を澄まし始めた。役に立つし凄いけど、なによりこれが魔法じゃないところが一番驚きである。
「あっちだ。」
総は百八十度ほど回転してから指を指す。ラグフォルを越えた遠くの木々の茂みには、どうやら人がいるらしい。
「男二人ってとこか。小声で話してそうだ」
「具体的には?」
「ええー、俺盗み聞きはしたくないんだが…」
「お願いだから。」
「うー…」
近づくと離れられるかもしれないしな。自分ならすぐ聞くんだけど…ごめんね、こんなこと頼んじゃって。
総は渋々もう一度目を瞑ると、今度は長く音を聴く。
やがて総は機械のように呟き始めた。
「〈…………あぁ、やっと来たぞあの女。ここまで本当に長かったよな。へえ、有名なんですか?ああ。あれはサンエルダル公爵様の娘だ。ええと、どれですか?水色の奴だ、覚えとけよ。護衛の奴らはいるが、ほとんど装備だけの弱っちそうな…それにひょろい女ばっかだから、お前だって筋肉量で勝れるぞ。娘と一緒に『セツリンネ教会』にでも売り飛ばしてしまうか。ところで――」
そこで会話は雑談に代わり、その事からこちらをのんびり様子見していることがわかる。
「ありがとう、総。」
「そうか、なら…〉あ?おう、スッキリしたか?」
声に出したことは覚えてないのか。
「あの二人、たぶん悪い奴だよ」
「悪い奴か…」
自分は総が言った言葉を間違えずに復唱して見せる。その内赤い目はみるみるうちに小さくなり、顔は青ざめていく。
「それってヤバイじゃないか!」
「そうだね」
「何でそんな悠長なんだ!?とにかくこっから離れないか?」
「そうなんだけど、捕まえた方がいっかなーって」
「ばか!自分から危険に飛び込むなよ!それも、なれない場所で!」
グッと腕を捕まれる。
「やめろよ、そういうの。」
総は眉を潜め、少し辛そうに諭してきた。驚いた。総は熱血タイプだから、率先して殴り込みに行くと思っていたのに、自分は総の事を思い違っていたみたいだ。少なくとも昔はそうだったのにな。仕方ない、説得するか。
「聞いた通り、ラグフォルは狙われてるみたいだよ。だったらここで成敗しとけば、今後ラグフォルは安心してこの森にいけるんじゃないかな」
「それはまあそうだけど。」
「人身売買なんて現実的じゃないけどさ、この世界じゃわかんないじゃん。過信…だけど、せーじゅ達なら何とかなる気もするし!」
「うーん…それもそうなのか…」
よし押されてる。仕上げに自分は右手に魔力の塊を創り、組み合わせる。そう、昨日も創った例の武器だ。
紫色の光る武器。シンプルで色の変化などないけれど、魔力の塊を込めて引き金を引けば、投げるよりも早い速度で弾として塊が外へ出ていくんだ。欠点はこの武器自体も少し脆いことだけど、逆に昨夜みたいに最終兵器となり得る代物だ。その場合は仲間にも攻撃するわけだけどね、我ながら水鉄砲の構造を覚えていて良かったなと自分を誉める。
「うおお!すげえそれ!」
「花嫁魔族の時に開発したんだ~!ト音記号の複雑な形だから、パズルみたいな感じで創れたんだ」
だから…と続ける。
「この世界に十分慣れてる。」
「…」
そっか、正はそうなんだね。と珍しく可愛らしい言い方の声が聞こえた。
「じゃあどうかしようぜ。俺も協力する。」
「あ、戻った。」
「なにが?」
「別になんでも?それよりよろしくね!」
自分が姿を捉えられるギリギリまで近づいてから、後ろで銃を構える。一気に振り向いて撃つ気である。殺さないように死なないくらいの小さな弾を準備して半回転する。――うん、いい策だ。問題はどれだけ近づけるかくらいだな。
光と透はラグフォルとも、奴らとも遠い場所にいる。
「よし、じゃあさりげなく…」
その時だ。
突然地響きが聞こえたかと思えば、次の瞬間土が浮き上がる。
「なっ…」
思わずよろけ、後退した瞬間、今度は体がぐわっとする。いきなり目の前が紺色に染まり、手足の間隔が一瞬消える。
全てがわかったのは、自分が落ちている時だった。
土が跳ね上がり、自分の体が土ごと紺色の空へ向けて浮いて、今は地面へまっ逆さま…というわけだ。
地面に魔力の塊を打ち付ければ緩和材になるだろうけど、その後が怖いしな…主に回りの。
紺色の空から少し横に目線をずらすと、透が既に塊を用意しているのが見える。他力本願だな、ここは。同時に光の水色の光りが少し見える。
水と風が混じった緩和材は、その場の誰もを受け止めゆっくり消滅していった。
「サンキューな!、トールに光!」
の声を聞きながら、自分は銃を構え直す。ラグフォルは無事か、奴らはどこだ。
ヒーポイビー達は無惨にも根っこごと地面に無造作に放り投げられ、千切れたり、生き埋めになったりと酷い有り様だ。そんな地面なのだから、特別な服じゃないラグフォルはもしかすると…
「な、なんですの今の!」
「ラグフォル!」
半回転ほどでラグフォルがよろよろと立ち上がる姿が見えた。良かった、土まみれだけど無事だ。その奥には、総と透もいる。後は光と土を盛り上げた奴らだけなんだけど…
「お前ら全員動くな!」
それは頭上からだった。
心臓がまだバクバクいってるのに、上からの声は余計にハートに悪い。
「四…人?」
影になりつつ見えたのは四人。しかしその内二人の影はやや重なっていて、見にくいな…
目を凝らしていると、男の声は勝ち誇ったように高らかに響いた。
「サンエルダルの娘は預かった!この嬢の命が惜しくば、お前らも大人しく手を上にして、それから塊を創るな!」
「――え?」
自分達は一斉にラグフォルを見るが、ラグフォルはここに居る。
「何言ってんだろ?」
当然、銃だって下ろさず構えとけばいいだろう。というかこいつを相手するより先に光を見つけておきたいんだけど、ちょっとは相手してやらないとな。舐めきっていると死ぬかもしれないし。
――いや。
水色の奴だ、覚えとけよ。
と、総は言った。こいつらの会話内容のそれは、恐らく髪の話だ。
そして光もラグフォルよりは暗い水色…
それはつまり、空中の一人は光ってことになる。
「上から光の声がするぞ!」
「え!?本当、それ!?」
「ああ!」
頭上の悪党共に従いつつも目線で光を探していた透は総の言葉で青ざめる。撃とうにも、これで撃てなくなった。
(くそっ、こっからじゃ光も巻き添えだ…)
「ほら、早くしろ!手を上げろ!」
急き立てる声が聞こえる。自分は手を上げることしか出来なかった。しゃがんで銃を置く振りをして、至急塊で腰に二つほどホルダーが付いたベルトを創りし舞い込む。
同様に、総とラグフォルも大人しくする。
悪党共は満足げにすると、その内の一人が落下する形で地上にやってくる。
もう、見たまんま悪党って感じだ。目付きも雰囲気も、雑く茶色に染めた髪も、服装も、態度も何もかも。一つ一つはどこにでもいそうなのに全てが合わさると、こうもうざそうになるものなのか。
「はは、驚いたろう!まさか地中から地面を競り上げるなんてなぁ!」
「どういうつもりなんだ!」
「おお、トリックを教えてほしいのか?いいだろう、お前らもどうせ俺達の商売道具になるわけだし、多少は優しくしてやらねえとなぁ!?」
「違う!俺はひか」
そこで総が光を解放しろと言いかけたので、慌てて睨んで抑えてから代弁する。
「ラグフォル『様』を解放しろと言っているんだ!」
「そ、そうだぞ!!」
「ケッ、やなこった」
即答か。
「いいか?俺はお前らがここに来るようここ以外のヒーポイビーをほぼ全て抜き取り、抜き取ったヒーポイビーをここに埋めて誘導した。魔方陣で土を操る魔法を描いてからなぁ!!」
「なんて面倒なことを!いやそれよりも、そんな魔法が…?」
やべ、焦りと苛立ちのせいで失言してしまったか?…いや、小声な分、かろうじて届いていなさそうだ。
ついでに、代わりに聞いていたラグフォルはそっと教えてくれる。
「はい。魔力の塊以外で唯一魔力を操れる魔方陣は、融通が効く塊と違い、固定されていて不便なので…使用者が少ない分、数が少ないんですが…その分塊では出来ないことも出来るので…昔に創作されたものでそんなのがあったはずです…名前は確か、ドソウ…土属限定魔法で、多大な魔法と引き換えに一度範囲内の土を操れるもので…ちなみにそれに類似する…」
ずいぶん詳しく教えてくれる上に、まだ続きそうなので終わりにするようジェスチャーする。
「ありがとう」
「どういたしましてですわ。それよりも…」
悪党は幸い、全く気付かず今までの愚行をペラペラ話していたが、これからどうするか。
「俺はさっき魔方陣による疲労で倒れていたのだが…そのかいあったわ、わははは!!」
だからこいつの気配がなかったのか。本当、面倒くさい。
光の顔も見えないし、合図を送ることも出来ない…このままじゃ夜明けまでに帰れなさそうだ。
心の中で、小さく溜め息をついた、その時だった。
「待ってくださいまし。」
「ああ?」
「私こそが、サンエルダル・ラグフォルであります。」
「えっ?」
「なに言ってんだ?」
ラグフォルは一歩前に出て、男へ近づいていく。止めようとするも、目で制せられた。下手に動くとラグフォルも光も危ない、か…
「この方達は先程であった者達です。わかったなら、彼女達は解放なさい」
冷静沈着に言い放つ。握る拳は震えていて、しかし自分こそがラグフォルなんて嘘、水色じゃない自分がつけばラグフォルの策の全ておじゃんだ。
「……疑うのですね。ならば私の魔法を見せて差し上げましょう。」
ラグフォルはわざとらしい溜め息と共にそう言う。
「私を狙うのは、貴族だからじゃない。私がお母様から受け持った…属性雪だからでしょう」
「雪!?」
男は驚く。珍しいんだろうな。というか属性って大体五つくらいだと思ってたんだけど…何個あるんだろ。それとも根幹は同じでも、派生で何個もあるとか?
男はそれを知らなかったようで、慌てて通信機のようなもので上の奴らと連絡を取る。会話内容は総が教えてくれた。
「――おい、従者の奴が自分がサンエルダルとか言い出してるんだが…そんなわけ無いだろ?しかし、あいつ雪属性だとか…!嘘じゃない、塊の色は間違いなく雪だ!間違いない、こいつは…」
それはもう、長く続く。
だらだらと。
…それを待ってやる義理はないんだ。
「――正、私、避ける。」
総が呟く。総が無意識にいったその言葉は間違いなく光の話し方だ。
その瞬間、ホルダーから銃を取り出す。自分の銃を横目に見た透は目の前の男に風送ろうとしている。だから心置き無く上に向けて撃てた。
「――なっ…」
大きな水の光が見えた。水で口を塞ぎ、毒を吸い込まないようにしたかもしれない。いや、光だし、弾の軌道をそらしてくれたのだろうか。こちらとしても致命的ダメージを負わない程の弾の量だし命に別状はないだろう。
続いて体が揺らいで落ちていく奴らと光を、自分は慌ててキャッチしに行く。
光は水で衝撃を和らげ無傷、身売り犯も透の風で無事だった。
「光!」
「正、ナイス。」
光は相変わらず無表情ながらも感情豊かな不思議な反応を見せつつ、自分と光で手を合わせ叩く。乾いた良い音が花の光の下響いた。
「――いてえなぁ、っておい、なんで起き上がれないんだ!?俺に何をした!」
総の声で相変わらずアフレコは続くので、もう良いよと言ってから、空中から落下してきた男共へと近づいていく。ラグフォルの近くには総がいるし、イキっていたもう一人の男も透がすぐに魔法で押さえつけていた。
「なあトール、どうやって動けないようにしてるんだ?」
少し離れた場所でラグフォルを守りつつ聞く総に透は優しく笑った。
「塊を、彼らの上からずっと押さえつけてるんだ。小さい塊も使って、指先だって動かせないようにしてるよ」
「わお便利」
素直な感想である。
「まだ、浮いてる、感じ。」
「光、大丈夫?」
「うん。」
「どうやって浮いてたの?」
「羽。」
「へ?」
自分は男に近づいてみる。見ると、うつ伏せの男共、その中で空に浮いていた二人の背中には二つほど、服に切れ込みがあった。
羽…か。人間じゃないのか。
まあいいや。しかし…知能も十分ある分、殺しづらくなった。人間は勝手だなとか思いつつも、結局自分達はこいつらを町の警察的組織に引き渡すことに決めた。
――夜明け前、奴らを引き渡し、ついでに被害報告もしてから、ラグフォルを連れて彼女の屋敷へたどり着いた。迷子になりかけたものの、光がなんとか勘で導いてくれた。
「お父様!」
ラグフォルは今にも家を飛び出さんとするサンエルダル公爵へ抱きつく。その公爵はといえば、その瞬間に真っ赤に目を腫らして強く抱き締めていた、微笑ましい家族の姿だ。
「ラグフォル!良かった、無事だったんだな!本当に…」
「ちょっと、泣かないでよ…」
「お前は全く、心配かけやがって…」
遠目から眺める。これからどうしようか…
「ああ、そこのお前達、ラグフォルを助けてくれたんだな。約束は果たしてやるぞ。」
執事から茶色い紙を四枚ほど受け取った公爵は何やら書き込んで、自分にまとめて紙を手渡す。
そこには『中流冒険者認定証』と、サンエルダル公爵の名が刻まれていた。
「ありがとう」
「こちらこそ、言うべき言葉だな。感謝する。」
深々とお辞儀をした公爵は安心した声がした。
背後では、隠すような総の欠伸の声が聞こえた。
「眠…いやなんでもな」
「眠い」
「あら、ヒカルさんにソウさん…そうですよね、なら我が家で一日休みませんか?」
「え?あ、良いよ、俺達急いでて…」
気を利かせたラグフォルの優しさを申し訳なさそうに断る総は、言い終わる前に目を閉じる。いやまあ、総と光にしては耐えたと思う。
「…じゃあ、仮眠だけ良いですか?」
今に倒れ込みそうな光をおぶり、総をなんとか起こす親のような立場の透がおずおず言うと、ラグフォルは蝶のように優雅に笑ったのだった。
「ええ、もちろんですとも!」
――自分は決して、寝付きが悪い訳じゃない。寮に入る前は、夜更かしもよくしたけど、寮に入ってからはほぼ毎日快眠だ。
が、一人一部屋用意されたホテルのような部屋はどうも居心地が悪くて寝付けない。自分にとって一日程度眠れないのは何の問題もないので、ベランダで朝風に吹かれようと立ち上がった。
ラグフォルのシルクのネグリジェは気心地がよく、体温調節機能もないから、久しぶりに少しの暑さを感じつつ、ふと、仮面パーティーを思い出す。
「あの時、優にチケットを頼んだっけな。」
最近の事なのに、まるで遥か昔のようだ。
「桃花にアリスも…空も…」
どうしてるだろう。
その時気づく。自分が眠れないのは、焦ってるからだ。早く空に会いたい、早く帰りたい。焦ったって意味ないのに。
「って駄目だ駄目だ、もっと元気にいかなくちゃ。笑う門には福来るってね!うふふふ…」
いやこの笑い方は違うな。
気を紛らわすため、下の広い中庭を眺める。その中心には白いテーブルと机、そして二人の人物が見える。
「ラグフォル達?まだ起きてるのか…?」
そう言えば、ラグフォルと公爵は仲良さげだったけど、問題は抱えてたよな…
「総のような耳があればなぁ…」
盗み聞きできるんだけど、ないもんは仕方がない。ギリギリまで近づいちゃおう。
すっかり目が覚めた自分は、スリッパを履いて中庭へ急いだ。
ゆっくり近づいて、なんとか植木の影に隠れて盗み聞きをする。ラグフォル達の死角であり、屋敷側にいるその他大勢にとってはみえみえの場所だ。
「お父様、私言わないといけないことがあります。」
「どうした」
「私は…今日、誘拐犯達に出会ったのです。」
「何!?」
そりゃ、驚くよな。
「でも、セイジュさん達が助けてくれて、彼らを捕まえてくれたのです。でも、私は魔力の塊の変形すらでなかった。それは扱いにくい属性だからですむ話じゃないんです。だって、それがなきゃ…」
葉っぱの隙間から見えたラグフォルはかすかに震えている。ここから見えるんだ、公爵はもっと辛そうに見えるだろう。
「そうか…」
公爵は少し溜めて、それからため息をついた。
「ずっとお前を外に出したくないと思っていた。お前は特に珍しい属性なのだし、余計に。けれどお前はいつも、誰かを助けたいとばかり言って、俺は本当に心配だった。わかるよな。」
「はい…」
「じゃあ今後はあの森に行くのはやめてくれないか。」
「…………嫌です。」
「は?」
(ええっ!?)
この状況でよく言えたものだ。怖い思いをしても、まだ誰かを助けたいと思うのは異常とさえ言える。声を出すのを我慢して、もう少し盗み見て聞く。
「私は…お母様のように人を最期まで助けるような人になりたいの。だから怖くたって、やりたいって思う気持ちが勝ってしまうの。」
「しかし、ラグフォル…」
「だから、お父様。」
そのときラグフォルは椅子から立ち、頭を下げた。
「私に魔力の使い方を教えてください」
「……」
「私、本気です。それと…今まで自分を守る術も無いのに、勝手に行動してごめんなさい!」
「…………わかったよ。ただし約束だ。お前は力の操り方を覚えると同時に、これから仲間も自分で選べ。少なくとも今は一人じゃなくて、そうやって人を助けろ。それが今日、お前が出ていった後考えた俺の答えだ。お前のことも考えずにずっと家に囲っていて、すまなかった。」
「お父様…!」
うん、良い話だ。
自分はばれないようにそっと立ち去る。家族水入らずの場面で、自分がいたとなると微妙な空気になるだろうから。
こうしてどたばたの一日は、どうにか解決へ向かった。
食事まで頂いてから屋敷を出る頃、ラグフォルはこう言った。
「私、皆さんのような強い人になって見せます!そして、皆さんみたいに強いパーティーを作り上げて…それでいつかまた、お会いしたら、その時はまた一緒に薬草、探しに行きましょう!」
それはとても清々しい笑顔だった。
《「はぁ…」
「どうした誠」
「どうしたもこうしたも、光の手がかりがないんだよ!?だというのに俺はまだなんも出来てないんだよ!?俺は入院だってしてないというのにさ!」
「仕方ないだろ、お前だって割とボロボロだったじゃねえか」
「そんなの関係ないよ!俺入院してねえんだもん!」
病院の入り口、クラスメイトのお見舞いに来ている誠は俺、悠太にある話を持ちかけていた。
予想通り、一度光達が消えた場所へいくか、というものだった。こっちとしては入院中な訳で、俺だって探しに行きたいものなんだが、今は行けないわけだ。…次病院を抜け出せば殺されかねないからな、アリスに。
そう言うと誠の奴は一人で行こうとか言い出して聞かないのでなんとか軽く殴って宥めたら、今度はため息をつきはじめたわけだ。
こいつ、気持ちは分かるが焦りすぎだろ。
いや…そうでもないか。あの日からもう何日経った?
赤弓が目覚めたかすら聞かされず、警察の事情聴取も『記憶が曖昧』という偏見からか、俺達が見た異様な景色や赤弓の異常さ、その全ての趣旨がしっかり伝わっているか微妙なところだ。せいぜい、赤弓はちょっとヤバめの精神異常者で、生徒は皆気を失って監禁されてましたってところか。卯月や文月の方も何もなかったらしく、警察は赤弓が単独行動だったかどうかすら知らないかもしれん。
そんなわけだから、当然神隠し状態の正達の居場所などほど遠いわけで。
誠はどれだけ辛いんだろう。
俺は誠の心中を察し、今まで言うか迷っていたあることを口にする。誠が暴走しかけた時、前までの俺じゃあ止めることが出来なかったろうからな。でも、もう違う。時間が俺の体調を元通りにしてくれたから。
「…………なあ、誠」
「何?」
「監禁されてた場所は警察がいるだろうし、例の現場へ行って病院を離れるのも悪手だ。」
「それはわかってるよ、わかってるけど…」
「けどな、赤弓はこの病院にいるって聞いた。」
「え…誰から!?」
「桃花が前、警察の会話を聞いたみたいだ。正直そこも警備やらが厳重だろうが…」
俺はアリスに病院は抜け出すな、とは言われた。だが。
病室を離れるな、とは言われてない。
「潜入なら…出来るかもな。」
「…!悠太も協力してくれるの!?」
「ああ!今日は点滴だって外したしな!」
そう…かくなる上は、あいつに聞く。
俺達はこうして、次なる一歩を踏み出した。
最も、どこにいるか分からない赤弓を、入院してより効率的に探す為に腕を折りに行こうとした誠は止めた。コイツはコイツで相当キてるが…多分、腕折っても入院は無理だぞ。》
「たいしょー!もう一丁、頂戴!」
貴族のいるそれなりに栄えた森の町、そのなかで最も汚れた路地を曲がった小さな居酒屋。そこでは常に噂話が絶えなかった。酒のつまみと称されて語られる噂は有能で、単にワイワイやりたい中年達とは別に、腕利きの情報屋も御用達なほどだという。
最も、この世界では大抵の町にこういった居酒屋が一つか二つは存在するわけだが。
そんな中、一人の商人が六杯目の酒を飲み干したところでふと、思い付いたように初対面の同類に語りかける。
「そういえば聞いたか?隣町の花嫁魔族」
「あ?そいつがどうした。あの町からここまでは丸一日かかるんだ、まさかこっちまで奴が来ているとでも言うんじゃないだろうな」
話しかけられた者の中の一人、黒い髭を生やした男は酒を飲みつつも冷静で、下らない妄想話は先に聞きたくないと釘を刺す。
しかし六杯目の男は首を振り、ビルドーの実を口にいれたまま自慢げにこう口にした。
「ちげえよ、あいつ、死んだんだとよ」
「……」
「はは、まさかな!」
「冗談つまんねえって、奴は噂じゃ禁術使いやがるんだろ?」
「出来てせいぜい封印だろ。」
「だから、本当に死んだんだって!俺のダチの剣士はそういったっつってたんだよ!」
「お、おう…」
その本気のトーンで言われた男達は一斉に黙り込む。場に微妙な雰囲気が流れたことに気がつかないのはそう言った男だけだった。
(あの花嫁魔族が、ねぇ…)
男の気迫に押されつつも、まだ禁術を操る者の死、その事実が全く受け入れられていない者達とは違い、半ば信じられない気持ちもありつつ、黒い髭の男はその僅かな可能性も視野にいれる。
(まあ、もしそれが万一の事だとすれば…その勇気ある剣士か冒険者は間違いなく死ぬな。)
御愁傷様、その言葉は誰の耳にも届かなかった。
『サンエルダル・ラグロウ』、この地唯一の貴族の主である彼のことを、この居酒屋ではそう呼ぶものは誰一人としていない。
「やあっとついたぁ…」
自分、せーじゅ達はカラエに貰った麻袋に、いつの間にか大量になった魂の残り物と後は貰った食料を入れて半日ほど、情報整理や雑談などを行いつつ森の中を歩き続けた末に町にたどり着く。
ここでは冒険者になれるというあの町だ。
森の中心部辺りに位置するこの町は、通行の便が悪いのに栄えるという、学校の七不思議にありそうなほど不思議な町らしい。そうだとすれば、増える階段くらいには有名になるんじゃないかな。
そんなくだらないことを考えていても、やっぱりふと、昨日からえに言われた言葉が頭によぎる。
「アニエは死んだ。」
…色々教えてくれたアニエさんは死んだらしい。半分モンスターだから、どうやら人間にはない死因らしく、花嫁魔族に影響されたとか。これじゃあ、花嫁魔族を倒したこと、誉めて貰えないよな、透。
それだけじゃない…
不思議なものだ、ほんの少し関わっただけで、こんなに悲しい気持ちになるなんて。改めて空の復活の可能性が心に染みる。ありえないことが、ありえそうなんだ。
「正、こっちこいよ!」
総に呼ばれて、自分はそっちを向く。総は町の入り口の、花壇に咲いた花を指差していた。
菜の花みたいな小さな形の花が並ぶ白縁の花壇は綺麗な町に相応しい。総はその花をいたく気に入ったみたいで、理由は愛するゲームの薬草みたいだから、だそうだ。勿論、摘まないけどね。
同じゲームをする透も総に理解を示し、光は町を眺めている。
総も、光も、透も、アニエさんについて踏ん切りがついているようだ。
悲しいし、苦しいけど。
それでも前を向いていこう。
それが自分達が出来ることだから――そんな気持ち、なんだろう。それは自分だってそれは例外じゃない。
「総、間違えて食べちゃ駄目だよ」
「食べねえよ!?」
自分は総の事をからかいながら、いつもどおりにしようと決めた。
「でもすごいよ、俺達。丸一日かかるって聞いたから、この町につくのは夜の予定だったんだけど…すごいや!」
透は本を貰ったようでずっしりと重い麻袋を右肩に掛けながら自分達を誉める。総はどや顔が決まっている。単純だなぁ…
いつまでも花を見て盛り上がっていては進まないので、とりあえず試験を受けられる場所を探しにいこう。
「じゃあそろそろいこっか!」
「おう!」
町の人達はそれなりに賑やかで、商店街のような賑わいがある。違うのは、人の中に狐や猫のような耳や尻尾がはえた人達がいることや、羽を持った人達、剣や杖を携えた人達を見かけることや、洋服が色とりどりで派手な人が多いことかな。
そして森の中心だからか木造建築物が多いと見た。
「皆、涼しげ。」
「そうだね。半袖の効果もあるだろうけど、それでもこの町全体が涼しいみたいだ。木に囲まれてるからかな」
そう言われると、確かに。
自分達は見た目だけは暑苦しいけど、案外快適だ。それはこの服が何らかの特別な魔法の効果を受けているからと知っている。対して町の人達は恐らくごくごく一般的な服装なのに涼しげで、団扇も持たずにいる。思えばカラエ達の町でもさほど暑そうじゃなかった気がするな。
と、なると…自分達のいた世界とこの異世界では暑さ加減が違うのかもしれない。快適だ。
「冬は寒そうだな…」
総がポツリという。それはそれで困るな…
自分達は町を回りつつ親切な人に聞いた屋敷を目指す。中心部に位置するという屋敷はサンエルダル公爵っていう人が住んでいるらしい。
「公爵…って歴史でならった気がせんでもないな…五爵の中にあったっけ。」
ぼやっと総は呟いていたが、それに自分は驚いた。歴史の授業もいつも寝ていると思っていたのに、聞いていたのか。
「…おい正、なんだよその目」
「いや、別に?それよりほら、もう着いたよ!」
町の中心、公爵様のお屋敷は町役場とかその他諸々も兼ねているらしい。大変だなぁ、公爵さんも…
「さて、ではでは~いざ!」
「お父様のばか野郎!」
「うおっ!」
さっき見た花に囲まれた扉を叩こうとした時、扉が勢い良く開かれ少女が飛び出してくる。間一髪で飛び避けた総は一回転程してから尻餅をつく…ところを透に助けられていた。
「ごめんなさーーい!!」
少女は律儀に謝りながらも、止まることなく走っていった。
「いつつ…何だったんだ…?」
「さあ?大丈夫かい、総」
「おう!さ、改めて…」
「お待ちくださいラグフォル様!」
「うぎゃっ」
今度は執事?が飛び出ていった。
「もう、今度はなんだよー!」
今度は勢い余った扉に顔をぶつけた総は不機嫌そうに口を膨らます。ドンマイ。
そんな怒涛の人ラッシュ、空いたままの扉の奥から、最後に宝石や光るアクセサリーを着けたスーツ男がゆっくりと顔を出した。髭は生えているが冷静そうで、だらしなさを全く感じられない。
細い目の奥には鋭い眼光が垣間見える。…恐らくこの人がサンエルダル公爵か。
「君達は?」
「えっ」
今の怒涛の流れから、いきなり冷徹な声でそう聞かれるとは思わず、一瞬動きが止まる。
「君達の名前は、と聞いているんだ。」
と急かされ、慌てて自分は笑顔を取り繕った。同時に透が少し前へ出る。
「初めまして。僕は透です。後ろの者達は総、光、正珠で、冒険者見習いを名乗っております。サンエルダル公爵殿を伺えば、冒険者試験を受けられるとの情報を頂いたもので。」
「なるほど、冒険者志望か。それは下流か?中流か?」
「自分達、まだ見習いにもなりたてでして…」
確かにまあ、下流から受ける方が効率も良いだろう。
町役場でぱぱっと換金も終えてきたから、それなりにお金もあるし!スライムって、以外とお金になるもんなんだなぁ。食べられなさそうだけど。
「ならば、下流試験か。良いだろう」
どうでも良いことを考えている間にも、サンエルダルは眉一つ動かさずに許可したものだから、勝手に長くなると思っていた話はしとんとん拍子で決まった。そんなあっさりと。
まあ良いや、それより自分は今から何を…
「そうだな、じゃあお前ら、さっき走り去った女を捕まえてこい。そうすれば下流冒険者を認めてやろう。明日の朝までに、だ。じゃあ、さっさと行くが良い」
「ええっ」
「さっさと行け!」
サンエルダル公爵は苛立ちながらそう言うと、バタンと扉を閉めてしまった。
「ええ?」
「なんだったんだ…?」
閉じられた扉の外で、自分達は呆然と立ち尽くす。
まだギリギリ朝の範疇ではあるが、時計が指すのはもうほぼ昼前。
「と、とりあえず…探しに行こっか…?」
かくして、名前も知らない少女探しは突然に始まったのであった。
「はーい、ではでは!今からドキドキ!第一回試験対策会議を始めまーす!」
「はい」
「なんですか、総さん」
「ドキドキってなんでですか」
「明日の朝までってことで、時間がないからです」
「なるほど」
総は納得すると、そっと手を下ろした。
さてと、ふざけるのはここまでで、今はあの少女を捕まえなければ。
その為には容姿を思いだそう。写真やら何やらを貰えなかったからな。それにあんな偉そうな態度、あれらは焦っていたのか、それとも楽勝なのか、そもそも試験に受からせる気がないのか…。
おっと恨みは後にして、どんな子だったかな。
「確か…ターゲットは白めの水色の長髪で、蝶々の飾りの多い白いミニドレスみたいなのを着てたよね」
「あとそれと、俺達が来た方に走っていってたよ。人も多いし、聞いて回ればわかるかも!」
透のいう通りだ。この町を四人係で見回れば、案外すぐにたどり着けそうな気がするぞ。
効率重視の為、自分達は手分けして探そう、と四方向へ別れる。
とはいっても、この町だって広いとはいえ、所詮は一日で回り終えられそうな町だ。総は「苦手なミニクエストみたいだな…」と呟いていたが、それでこの先有利になるならこれくらいの手間、かけたって良いでしょう!
自分達は一斉に、進むべき道へと走り出した。
…とか余裕ぶっこいていた数時間前の自分を殴りたい。…いや、やっぱり殴らなくても良いんだけども。
今現在、夕暮れ。自分達は森にやってきた。
そう、少女は森に出掛けたという情報が多数手に入ったのだ。しかもおしゃべり好きなおばさんによると、少女はよく、サンエルダル公爵と喧嘩し、その度森へ行く冒険者見習い志望の少女らしい。
「しかも数日間は帰ってこないとか…探すの大変じゃんかぁー!」
お腹も減ったし、こっちが迷子になりそうだし、ぶつぶつ愚痴を言って無いとやってらんない。
とはいえこれ以上の愚痴は言っても仕方がないから、いつまでも言っているわけにもいかないんだけどね。
そう思って気を入れ直したとき、ぐうううと気が抜ける音が総から聞こえる。
「腹減った~」
「いつも、言ってる。」
「だって俺食べ盛りだし!でも保存食食べるのは勿体無いよな。…どっかに食える実無いかな」
そんな最後の言葉に自分は嫌な予感がして、そうだねーと返しつつ回りを見渡す。
そしてその予感は見事に的中した。前方の低木に、苺みたいな色で、ブルーベリーのような大きさの実がなっているのだ。匂いはみずみずしい林檎のようで。それが紫色や青色ならば毒々しくて食べる気にならなかっただろう。だがそれは赤くて、美味しそうなんだ。
そう、要は食べてお腹を下す総の未来が見えたのだ。
そしてこういう安直なトラップに限って総は謎の自信が沸き、結局制止を聞かずに自業自得に終わる。自分は知っている。嫌と言うほど知っているんだ。他人に対しては異常に心配症の癖に、こやつは自分の事となると全く学ばない。
だから自分が先回りして止めようとはしたけど、それよりも前に、少し遅れて実を見つけた総は嬉々として実へと数歩走る。
「なあなあ見てこれ!これ、食えそうな実じゃねえか?」
「止めときなよ総、きっとお腹壊しちゃうよ」
「だーいじょうぶだって、うまそうなのは食える!」
「どっから来るのその自信!?」
透が言うのもわかる。しかし総は「大丈夫って証明したる!」とか叫びながら実を一つほど千切る。
あーあー、きっと腹壊すんだろうな…けれどまあ、タフだし止めることはしなくてもいいだろう。これを機に学ぶかもしれないし、もしかすると食べられるかもしれないしね。
自分はそう納得して、総の顛末を見届けようとした、その時だった。
――脳内に、もがき苦しむ総の顔が浮かぶ。
自業自得だね、と思い笑うことなど出来ない。体調が悪くなるとか、そういう次元なんかじゃない。
総の手に取った実を自分が奪い、握り潰していたことに気が付いたのは、自分の左手が紫色になってからだった。
「わ…せ、正珠?」
総が珍しく本名で呼ぶ。頬に握り潰した実の液が一滴二滴こびりついた彼はまだキョトンとしている。
「あ…駄目だよ総、知ってる世界じゃないんだから、前みたいな公園の実を興味本位で口にいれて腹下すなんて事で済まないかもしれないんだから」
「そ、それは内緒だって…!いや、それよりまあそうか…止めてくれてありがとうな!」
「あ、うん……まあいっか、どういたしまして!」
自分は自分に吃驚したけどどうでも良くなって、気にしないことにする。
「にしても、ちょっとほっぺたピリピリするな…なんでだ」
総はボソッと呟く。そうか、そうはこの実が頬についた事を知らないのか。
…ん?ピリピリ?自分はそんな刺激など、微塵も感じられないのに。
自分は左の袖で拭ってやると、刺激は収まったと総は笑顔で伝えた。写真に収めたいが、相変わらずカメラも携帯もない。
一人でため息をついた、その時だった。
「それ、食べちゃ駄目よ」
突如おっとりとした声が背後からする。
見ると、透と光の背後には少女が立っていた。
白めの水色の髪、リボンのような蝶々がちりばめられたミニドレスをまとった少女は…
「毒だから、その実。」
サンエルダル公爵の探し求めていた少女だ。
自分達が唖然としていると、少女は何を勘違いしたのか一歩ほど下がり、こう言った。
「おっと、自己紹介がまだでしたわね。私、『サンエルダル・ラグフォル』でございます。貴女方は?」
ドレスの裾を持って可憐にお辞儀する少女はラグフォルと言うらしい。
「ええええ!?こんなにあっさり見つかるもんなのか!?あ、俺は総だ!」
サンエルダルと聞いてやっと確信が持てたのか、それとも反応が遅いだけなのか、やっと総は大袈裟に驚く。しかしそんな場面でも挨拶は忘れないのが、実に総らしい。
「ソウさんですね。先程の実、中の汁には毒が混ざっており、一粒食べれば死に至ることもありましてよ。体に付着すれば、皮膚が爛れることもあります。お気をつけを。」
「皮膚が爛れる!?」
総は目を見開く。まあさっき付いてたしな。でも安心しな、君に全く外傷は…
「おい正、手ぇ見せろ!」
「え?なんで?」
「実を潰しただろ!?!?」
あ、そうだった。
すぐに透と光も慌てて近付いてきて、自分の左手を覗き込む。
透はどこから出したのかハンカチで掌の実を拭き取ってくれて、それからじっと見つめる。
「正さん、手…あれ?」
「大丈夫、みたい。」
自分の手はなんの後もなかった。強いて言えば、紫の液がまだ少し付着しているくらいか。
「不思議ですね。毎日ポイビーの治癒薬を求める客人がお家に訪れるのに。」
ポイビーと言うのか、この中身が紫の赤い実は。
「不思議だね。毒耐性でもあるのかな」
何せ毒属性だからな、自分。
自分は納得すると、念のため透のハンカチで綺麗に手を拭いておく。
「では、私はこれで。」
ラグフォルはそう言うと、去ろうとする。
「おう、ありがとうな、ラグフォル!…じゃねえや!ちょいまち!」
「なんですか?ソウさん。私、急いでいるんですの。」
「悪いな。でも俺、君の事を」
自分は正直に言おうとする総の口を慌てて塞ぐ。
正直なのは良いけれど、この子、ばか野郎と叫びながら飛び出してきたからな。今はとにかく引き留めた方がいい。
自分は理解できてない総をそのままに、一つ提案する。風が冷えてきたし、OKしてくれればいいけどな。
「ホイピー?のこと教えてくれたお礼に、ラグフォルが急ぐ何かを手伝わしてくれない?勿論出来るならだけど…」
「ホイピーは別の実です。…しかし手伝ってくれるのなら頼んでもいいでしょうか。急いでいるので。」
おお、すんなり。
自分は後ろで透に説明を受けている総…とは目が合わなかったから、横の光と目を合わせる。とっさの事で、意味はない。
「では…改めまして、名前を聞いてもいいかしら。」
ラグフォルはアリスや悠太のような青い目をこちらに向ける。
冷たそうな色なのに、慈愛に満ち溢れた、そんな目だった。
辺りはすっかり暗くなって、自分達はそれでも森を歩いていた。
ラグフォルの手伝い…それはポイビーの治癒薬に使うヒーポイビーの花の集落を見つけることだった。ラグフォル曰く、
「ヒーポイビーは基本的に密集して咲くのですが…最近の穴場は誰かによって刈り尽くされてしまいまして。だからたまに一二本咲いているくらいしか見なくなったのですが、それを刈るのは気が引けて。」らしい。
同時にラグフォルは唯一持つヒーポイビーの花を見せてくれた。ラグフォルと同じ髪の色で、形はとがった花弁が五枚、柔らかくて小さな花が一本に密集している集合花だ。
匂いも良くて、香り袋作りが趣味の総は使いたそうに見つめていたのが印象的かな。
「この森の中に絶対生えているはずです。夜は人攫いも動き出すので気を付けてくださいね。」
「ひええ、怖いね」
「はい。だからお父様は私の行く手を…いえ、なんでもありませんわ。」
善果さんとは違い、この人は随分自然なお嬢様語だ。
恐らく、昔からずっとこうなのだろう。そして何となく全貌が読めてきた。
「ねえ、ラグフォルのお父さんって、過保護?」
自分が訊ねると、ラグフォルはスイッチが入ったように捲し立てる。これには流石の光も動揺を隠せずにいた。
「そう、そうなのです!あの人は私が冒険者になることも、森に出掛けることも、ヒーポイビーの薬を他者に渡すことすら嫌うのです!理由を聞けば私の存在を知って、拐う人間がいるだろうからって!でもこの町で私はもう知れ渡っていますし、そんなこともないし、今までも何度も森に数日間籠っても何の問題もありませんでしたわ!」
「だから、逃げ出したの」
光は淡々と言う。ラグフォルはコクりと頷いた。
「私、もう戻りませんわ!違う町で冒険者になって、お父様を見返すのです!だってもう十四歳なのですから!」
「えっ」
そのとき自分は驚きを隠せるはずもなかった。
何故なら、彼女に身長を抜かされていたからだ。ずっと大学生くらいの年齢と思っていたのに。
心なしか、胸の辺りも…
いや、羨望とかじゃないぞ、決して。ただちょっと、ふと、思っただけで。うん、いや本当にそうだからね。
「正?どうした?」
「あ、いや、何でもないよ、あはははは!」
しまった、自分の世界でボーッとしてしまった。反省、反省だね。
「でもわかるな、お父さんの気持ち…」
と、そんな自分の事で一杯だった自分とは違い、透は遠い目をしながら呟いた。
ラグフォルも流石に、熱くなりすぎたときが付いたのだろう。咳払いして訂正した。
「……お父様は過保護ですけど、行動に理解はできます。だけど、私はもっといろんな世界を見て、いろんな薬草を拾って困った誰かの助けになりたいのです。その為に短剣も持ってます。」
左のポーチには茶色い柄が見える。模様は…ヒーポイビーの花だろうか。
「ヘクチッ、にしても冷えますね。皆さんは大丈夫ですか?」
さっきの会話から数分後、ラグフォルは長袖ではないからか、寒そうに体を震わせる。空はもう沈みかけて、夕暮れは響いていたカラス(みたいな生物)の鳴き声もしなくなっていた。同時に透は総に耳打ちすると、総は近くの木の枝を拾い、そこに魔力の塊をぶつける。塊は破裂し、魔力が飛散する前に赤い炎となって轟々燃え盛る。
「松明だ!魔力だから煙も出ねえし、木の枝も燃えないらしいぞ!」
ズイッと総はラグフォルに松明を差し出し、続いてもう四本作り、自分達の分まで手渡してくれる。
「ありがとう、総!」
暖かい。なるほど、総の魔法は使い道が多くありそうだ。光の水も透の風も便利そうだし、実は自分達、すごい良い属性に恵まれたのではないだろうか。皆生活感ある属性だよな。
そこで気がつく。そうなると自分の毒は?
確かに、相手を悶え苦しませて殺せる力ではあるけど、これは回りへの影響が強いんだ。それに生憎、自分はSではないから何かが苦しむ姿を見るのは基本望まない。…基本はね。
あ、でも銃である程度毒は操れるのか。
それに複雑な形の塊のお陰で別の武器も創れるし…
「『これで何とか守れそうだ』」
それは、思わず発した言葉だった。それは唐突で突然で、思っていなかったような事。
「なにが」
「えっ、何でもないよ~!」
自分が出したと気づくのすら遅れてしまった。
自分の口じゃ、頭じゃないような。
気持ち悪いな…
ほどよい風と熱く感じさせない服装のお陰で吐き気はなかったが、それでもどうしようもない不快感は消えてくれない。
「…光」
「なに。」
「魔力の塊、顔にかけてくれない?」
そりゃ、変なことを言った自覚はある。でも手っ取り早いのはこうすることだろう。魔力の塊だから、いずれは水じゃなくなるんだし風邪を引くことも…
バシャッ。
次の瞬間、キィィンと聞いたことのあるような、ないような効果音と共に自分の顔面に塊をぶつけてきた…容赦なく。
「!?ヒカルさん!?」
「正が、しろって。」
「正さん!?」
「いやあ、眠くなっちゃってさ!」
光の七十六倍は驚く透とラグフォルは首をかしげつつ、それで何とか納得してくれる。但しラグフォルは自分の評価に恐らく『目的はあるとはいえ突如奇行に走りかねない奴』が付け足されたことだろう。
容赦ない水の攻撃で、自分の体は涼しい反面びしょ濡れになる。それでも服は濡れてはいないんだけど、少し動きにくい。次からはもう少し手加減を頼むことにしようっと。
体に総からもらった松明を近づけてみたが、やっぱり水は乾かなかった。水や炎の魔法というより水や炎のような魔法と認識した方が良さそうだ。
そういや、心配症の総が自分を心配しないのは珍しいな。
総を探すと、総は赤い目を瞑り、耳をすませて動いていなかった。集中力ぱないよな。
この際だ、いつ気付くか見つめてみようと、自分は総の顔を覗き込む。
相変わらず美形だけど、髪型は変だよなぁ。睫は長いし、小顔で女性顔で、なにより母親に似て全体的なバランスが良いんだろうな。
そんなことを考えつつ総に見とれていたその時、いきなり総は開眼した。
「なあ正うわああああ!!うおいだいっ!」
「ぎゃあああああ!!なに!?」
「きゃあああなんですのモンスターですか!?」
「うるさい」
「みみ皆落ち着いて!?そしてどうしたの総!?」
透が反射的に体を仰け反らせ頭から木にぶつかり頭を抑える総を、暴れ馬を落ち着かせるような要領でなだめると、そこでやっと総は発声の無意味さを知る。
「なんだ、正か…」
要は自分が近づきすぎて驚かせてしまったようだ。それにこっちも驚いて、ああなった。
「ごめんね総、頭蓋骨とか大丈夫?ひびとか、穴とか、割れ目とか出来てない?」
「おう、多分。こっちこそ悪かったな!」
皆の寿命を少し縮ませてしまったものの、外傷はなさそうだ。
何とか落ち着いたあと、総は再び慌て…いや、興奮?しながらこう言う。
「それよりトール、光にラグフォル!声がしたぞ!人の声だ。」
「え!?半径何メートルくらい!?」
「近すぎてわからんけど、でも結構近いぞ声!」
…聞こえないから、総がどれくらいの距離で近いといっているのかもわからない。
「ありがとう、総。じゃあ俺、ちょいと見てくるよ」
「見てくるって」
どこに、と光は不思議そうに訊ねる。
「うん」
にこっと笑って透は地面に塊を打ち付ける。思わず顔を手で庇う。その隙間から見えたのはブワッと風と共に浮き上がり、空に透のみが打ち上げられる所だった。
そして一周くるりと回転し、土埃が何故か舞わない地面へ優しく着地した。
その顔は何故か嬉々として、心なしか喜んでいるように見える。
「このまま真っ直ぐ二百メートルくらいのところに、人が集まってるよ。それにね、ヒーポイビーの花もその辺りにたくさんあったよ!」
ああ、なるほど。道理で喜んで…
…いやすごい発見じゃんか!
「じゃあ早く、行こ。」
日はもう暮れる。もう探すことについてとうに飽きているだろう光は自分の背中を押すと、世界記録がの勢いでそちら側へ向かった。
暗くなった森を駆け抜け、茂みを踏み進んだ先に、ヒーポイビーの集落はあった。すごい広い。
何百、いや千は越えるくらいあるかもしれない。ヒーポイビーが咲き誇る小さな空間は、どうやら日当たりが良いらしい。ヒーポイビー達を囲むように、桜のような形をしたカラフルな雑草が、わずかな光を発してその場所を照らしていた。夜の蝶々の鱗粉も合間って、(恐らく)月明かりに反射する。ただただ綺麗だった。まるで吸い込まれていきそうな、そんな感じだ。
「わああっ…」
「あ、見とれすぎると花に魔力を吸いとられますのでお気をつけて。」
まじで吸いとられるのか。
まあまあ怖いことをさらりと言ったラグフォルは駆け、ヒーポイビーを手慣れた手付きで刈り取る。
「どれくらい刈り取れば良い?」
「ええと、じゃあ皆さん根っこは残して出来るだけ長く着ってください。手でも何とか切れると思います。あ、四本程度で!」
「それくらいで良いのか?」
「はい、取りすぎは禁止なので!」
「根っこは残しとくんだね」
「はい!また生えてくるので」
これも綺麗な雑草だったのか。
自分はヒーポイビーの集落に足を踏み入れる。長いのを探して、しゃがんで刈り取ろうとする。そのとき知ったんだけど、これひんやりとする。ブーツで知らなかったけど、生えている花には少し粘り気があって、見せてもらった花よりも香りがいい。
おっと、見とれすぎは駄目なんだっけな。
「じゃあ、刈り取るね」
二十センチくらいあるヒーポイビーの茎と土のギリギリのところで手を入れ込み、ゆっくりと切ろうとするが、切れない。
「嘘、非力じゃないんだけどなぁ」
仕方がないので少し戸惑いつつも引き千切る。
草を千切るなんて子供の頃なんか何回もしてきたけど、こんなに生きていると感じた植物は初めてで、戸惑ってしまったのだ。それは千切る時、魔力の粒が茎からパラパラ待って、茶色いそれは血に見えたからだろう。植物だし土属性なのかな。というか植物に属性はあるのかさえわからないけど。根っこを残せばまた生えてくると知っているのが、ちゃちな罪悪感を飽和してくれる。
ブツッと簡単に切れたけど、切れ目がすごくギザギザで茎も根っこの方にまあまあ残ってしまった。
「あ、茎の中は空洞だ。」
どうでも良いことを思いながら、自分は立ち上がる。この辺のヒーポイビーはまだ小さいな。
と、自分は回りを見渡す。
そういや総が言うに、人がいたはずだよな…?
夜に人が森奥にいる…異世界では気にすべき事ではないのかもしれないけど、――何か嫌な予感がする。
「総、人の声って、今聞こえる?」
「ん?」
大きなヒーポイビーを不器用に四つほど収穫し終えた総は首をかしげた。右頬に土が線になって付いているが、面白いから言わないでおこう。
「あ、そういやぁーないなー。でもそれがどうかしたか?」
瞬時にはわからない程には人は遠ざかったのか。
「ちゃんと聞いてみて」
「?ああ、わかったよ」
総はヒーポイビーをこちらに寄越すと、耳に土で少し汚れた両手を添え耳を澄まし始めた。役に立つし凄いけど、なによりこれが魔法じゃないところが一番驚きである。
「あっちだ。」
総は百八十度ほど回転してから指を指す。ラグフォルを越えた遠くの木々の茂みには、どうやら人がいるらしい。
「男二人ってとこか。小声で話してそうだ」
「具体的には?」
「ええー、俺盗み聞きはしたくないんだが…」
「お願いだから。」
「うー…」
近づくと離れられるかもしれないしな。自分ならすぐ聞くんだけど…ごめんね、こんなこと頼んじゃって。
総は渋々もう一度目を瞑ると、今度は長く音を聴く。
やがて総は機械のように呟き始めた。
「〈…………あぁ、やっと来たぞあの女。ここまで本当に長かったよな。へえ、有名なんですか?ああ。あれはサンエルダル公爵様の娘だ。ええと、どれですか?水色の奴だ、覚えとけよ。護衛の奴らはいるが、ほとんど装備だけの弱っちそうな…それにひょろい女ばっかだから、お前だって筋肉量で勝れるぞ。娘と一緒に『セツリンネ教会』にでも売り飛ばしてしまうか。ところで――」
そこで会話は雑談に代わり、その事からこちらをのんびり様子見していることがわかる。
「ありがとう、総。」
「そうか、なら…〉あ?おう、スッキリしたか?」
声に出したことは覚えてないのか。
「あの二人、たぶん悪い奴だよ」
「悪い奴か…」
自分は総が言った言葉を間違えずに復唱して見せる。その内赤い目はみるみるうちに小さくなり、顔は青ざめていく。
「それってヤバイじゃないか!」
「そうだね」
「何でそんな悠長なんだ!?とにかくこっから離れないか?」
「そうなんだけど、捕まえた方がいっかなーって」
「ばか!自分から危険に飛び込むなよ!それも、なれない場所で!」
グッと腕を捕まれる。
「やめろよ、そういうの。」
総は眉を潜め、少し辛そうに諭してきた。驚いた。総は熱血タイプだから、率先して殴り込みに行くと思っていたのに、自分は総の事を思い違っていたみたいだ。少なくとも昔はそうだったのにな。仕方ない、説得するか。
「聞いた通り、ラグフォルは狙われてるみたいだよ。だったらここで成敗しとけば、今後ラグフォルは安心してこの森にいけるんじゃないかな」
「それはまあそうだけど。」
「人身売買なんて現実的じゃないけどさ、この世界じゃわかんないじゃん。過信…だけど、せーじゅ達なら何とかなる気もするし!」
「うーん…それもそうなのか…」
よし押されてる。仕上げに自分は右手に魔力の塊を創り、組み合わせる。そう、昨日も創った例の武器だ。
紫色の光る武器。シンプルで色の変化などないけれど、魔力の塊を込めて引き金を引けば、投げるよりも早い速度で弾として塊が外へ出ていくんだ。欠点はこの武器自体も少し脆いことだけど、逆に昨夜みたいに最終兵器となり得る代物だ。その場合は仲間にも攻撃するわけだけどね、我ながら水鉄砲の構造を覚えていて良かったなと自分を誉める。
「うおお!すげえそれ!」
「花嫁魔族の時に開発したんだ~!ト音記号の複雑な形だから、パズルみたいな感じで創れたんだ」
だから…と続ける。
「この世界に十分慣れてる。」
「…」
そっか、正はそうなんだね。と珍しく可愛らしい言い方の声が聞こえた。
「じゃあどうかしようぜ。俺も協力する。」
「あ、戻った。」
「なにが?」
「別になんでも?それよりよろしくね!」
自分が姿を捉えられるギリギリまで近づいてから、後ろで銃を構える。一気に振り向いて撃つ気である。殺さないように死なないくらいの小さな弾を準備して半回転する。――うん、いい策だ。問題はどれだけ近づけるかくらいだな。
光と透はラグフォルとも、奴らとも遠い場所にいる。
「よし、じゃあさりげなく…」
その時だ。
突然地響きが聞こえたかと思えば、次の瞬間土が浮き上がる。
「なっ…」
思わずよろけ、後退した瞬間、今度は体がぐわっとする。いきなり目の前が紺色に染まり、手足の間隔が一瞬消える。
全てがわかったのは、自分が落ちている時だった。
土が跳ね上がり、自分の体が土ごと紺色の空へ向けて浮いて、今は地面へまっ逆さま…というわけだ。
地面に魔力の塊を打ち付ければ緩和材になるだろうけど、その後が怖いしな…主に回りの。
紺色の空から少し横に目線をずらすと、透が既に塊を用意しているのが見える。他力本願だな、ここは。同時に光の水色の光りが少し見える。
水と風が混じった緩和材は、その場の誰もを受け止めゆっくり消滅していった。
「サンキューな!、トールに光!」
の声を聞きながら、自分は銃を構え直す。ラグフォルは無事か、奴らはどこだ。
ヒーポイビー達は無惨にも根っこごと地面に無造作に放り投げられ、千切れたり、生き埋めになったりと酷い有り様だ。そんな地面なのだから、特別な服じゃないラグフォルはもしかすると…
「な、なんですの今の!」
「ラグフォル!」
半回転ほどでラグフォルがよろよろと立ち上がる姿が見えた。良かった、土まみれだけど無事だ。その奥には、総と透もいる。後は光と土を盛り上げた奴らだけなんだけど…
「お前ら全員動くな!」
それは頭上からだった。
心臓がまだバクバクいってるのに、上からの声は余計にハートに悪い。
「四…人?」
影になりつつ見えたのは四人。しかしその内二人の影はやや重なっていて、見にくいな…
目を凝らしていると、男の声は勝ち誇ったように高らかに響いた。
「サンエルダルの娘は預かった!この嬢の命が惜しくば、お前らも大人しく手を上にして、それから塊を創るな!」
「――え?」
自分達は一斉にラグフォルを見るが、ラグフォルはここに居る。
「何言ってんだろ?」
当然、銃だって下ろさず構えとけばいいだろう。というかこいつを相手するより先に光を見つけておきたいんだけど、ちょっとは相手してやらないとな。舐めきっていると死ぬかもしれないし。
――いや。
水色の奴だ、覚えとけよ。
と、総は言った。こいつらの会話内容のそれは、恐らく髪の話だ。
そして光もラグフォルよりは暗い水色…
それはつまり、空中の一人は光ってことになる。
「上から光の声がするぞ!」
「え!?本当、それ!?」
「ああ!」
頭上の悪党共に従いつつも目線で光を探していた透は総の言葉で青ざめる。撃とうにも、これで撃てなくなった。
(くそっ、こっからじゃ光も巻き添えだ…)
「ほら、早くしろ!手を上げろ!」
急き立てる声が聞こえる。自分は手を上げることしか出来なかった。しゃがんで銃を置く振りをして、至急塊で腰に二つほどホルダーが付いたベルトを創りし舞い込む。
同様に、総とラグフォルも大人しくする。
悪党共は満足げにすると、その内の一人が落下する形で地上にやってくる。
もう、見たまんま悪党って感じだ。目付きも雰囲気も、雑く茶色に染めた髪も、服装も、態度も何もかも。一つ一つはどこにでもいそうなのに全てが合わさると、こうもうざそうになるものなのか。
「はは、驚いたろう!まさか地中から地面を競り上げるなんてなぁ!」
「どういうつもりなんだ!」
「おお、トリックを教えてほしいのか?いいだろう、お前らもどうせ俺達の商売道具になるわけだし、多少は優しくしてやらねえとなぁ!?」
「違う!俺はひか」
そこで総が光を解放しろと言いかけたので、慌てて睨んで抑えてから代弁する。
「ラグフォル『様』を解放しろと言っているんだ!」
「そ、そうだぞ!!」
「ケッ、やなこった」
即答か。
「いいか?俺はお前らがここに来るようここ以外のヒーポイビーをほぼ全て抜き取り、抜き取ったヒーポイビーをここに埋めて誘導した。魔方陣で土を操る魔法を描いてからなぁ!!」
「なんて面倒なことを!いやそれよりも、そんな魔法が…?」
やべ、焦りと苛立ちのせいで失言してしまったか?…いや、小声な分、かろうじて届いていなさそうだ。
ついでに、代わりに聞いていたラグフォルはそっと教えてくれる。
「はい。魔力の塊以外で唯一魔力を操れる魔方陣は、融通が効く塊と違い、固定されていて不便なので…使用者が少ない分、数が少ないんですが…その分塊では出来ないことも出来るので…昔に創作されたものでそんなのがあったはずです…名前は確か、ドソウ…土属限定魔法で、多大な魔法と引き換えに一度範囲内の土を操れるもので…ちなみにそれに類似する…」
ずいぶん詳しく教えてくれる上に、まだ続きそうなので終わりにするようジェスチャーする。
「ありがとう」
「どういたしましてですわ。それよりも…」
悪党は幸い、全く気付かず今までの愚行をペラペラ話していたが、これからどうするか。
「俺はさっき魔方陣による疲労で倒れていたのだが…そのかいあったわ、わははは!!」
だからこいつの気配がなかったのか。本当、面倒くさい。
光の顔も見えないし、合図を送ることも出来ない…このままじゃ夜明けまでに帰れなさそうだ。
心の中で、小さく溜め息をついた、その時だった。
「待ってくださいまし。」
「ああ?」
「私こそが、サンエルダル・ラグフォルであります。」
「えっ?」
「なに言ってんだ?」
ラグフォルは一歩前に出て、男へ近づいていく。止めようとするも、目で制せられた。下手に動くとラグフォルも光も危ない、か…
「この方達は先程であった者達です。わかったなら、彼女達は解放なさい」
冷静沈着に言い放つ。握る拳は震えていて、しかし自分こそがラグフォルなんて嘘、水色じゃない自分がつけばラグフォルの策の全ておじゃんだ。
「……疑うのですね。ならば私の魔法を見せて差し上げましょう。」
ラグフォルはわざとらしい溜め息と共にそう言う。
「私を狙うのは、貴族だからじゃない。私がお母様から受け持った…属性雪だからでしょう」
「雪!?」
男は驚く。珍しいんだろうな。というか属性って大体五つくらいだと思ってたんだけど…何個あるんだろ。それとも根幹は同じでも、派生で何個もあるとか?
男はそれを知らなかったようで、慌てて通信機のようなもので上の奴らと連絡を取る。会話内容は総が教えてくれた。
「――おい、従者の奴が自分がサンエルダルとか言い出してるんだが…そんなわけ無いだろ?しかし、あいつ雪属性だとか…!嘘じゃない、塊の色は間違いなく雪だ!間違いない、こいつは…」
それはもう、長く続く。
だらだらと。
…それを待ってやる義理はないんだ。
「――正、私、避ける。」
総が呟く。総が無意識にいったその言葉は間違いなく光の話し方だ。
その瞬間、ホルダーから銃を取り出す。自分の銃を横目に見た透は目の前の男に風送ろうとしている。だから心置き無く上に向けて撃てた。
「――なっ…」
大きな水の光が見えた。水で口を塞ぎ、毒を吸い込まないようにしたかもしれない。いや、光だし、弾の軌道をそらしてくれたのだろうか。こちらとしても致命的ダメージを負わない程の弾の量だし命に別状はないだろう。
続いて体が揺らいで落ちていく奴らと光を、自分は慌ててキャッチしに行く。
光は水で衝撃を和らげ無傷、身売り犯も透の風で無事だった。
「光!」
「正、ナイス。」
光は相変わらず無表情ながらも感情豊かな不思議な反応を見せつつ、自分と光で手を合わせ叩く。乾いた良い音が花の光の下響いた。
「――いてえなぁ、っておい、なんで起き上がれないんだ!?俺に何をした!」
総の声で相変わらずアフレコは続くので、もう良いよと言ってから、空中から落下してきた男共へと近づいていく。ラグフォルの近くには総がいるし、イキっていたもう一人の男も透がすぐに魔法で押さえつけていた。
「なあトール、どうやって動けないようにしてるんだ?」
少し離れた場所でラグフォルを守りつつ聞く総に透は優しく笑った。
「塊を、彼らの上からずっと押さえつけてるんだ。小さい塊も使って、指先だって動かせないようにしてるよ」
「わお便利」
素直な感想である。
「まだ、浮いてる、感じ。」
「光、大丈夫?」
「うん。」
「どうやって浮いてたの?」
「羽。」
「へ?」
自分は男に近づいてみる。見ると、うつ伏せの男共、その中で空に浮いていた二人の背中には二つほど、服に切れ込みがあった。
羽…か。人間じゃないのか。
まあいいや。しかし…知能も十分ある分、殺しづらくなった。人間は勝手だなとか思いつつも、結局自分達はこいつらを町の警察的組織に引き渡すことに決めた。
――夜明け前、奴らを引き渡し、ついでに被害報告もしてから、ラグフォルを連れて彼女の屋敷へたどり着いた。迷子になりかけたものの、光がなんとか勘で導いてくれた。
「お父様!」
ラグフォルは今にも家を飛び出さんとするサンエルダル公爵へ抱きつく。その公爵はといえば、その瞬間に真っ赤に目を腫らして強く抱き締めていた、微笑ましい家族の姿だ。
「ラグフォル!良かった、無事だったんだな!本当に…」
「ちょっと、泣かないでよ…」
「お前は全く、心配かけやがって…」
遠目から眺める。これからどうしようか…
「ああ、そこのお前達、ラグフォルを助けてくれたんだな。約束は果たしてやるぞ。」
執事から茶色い紙を四枚ほど受け取った公爵は何やら書き込んで、自分にまとめて紙を手渡す。
そこには『中流冒険者認定証』と、サンエルダル公爵の名が刻まれていた。
「ありがとう」
「こちらこそ、言うべき言葉だな。感謝する。」
深々とお辞儀をした公爵は安心した声がした。
背後では、隠すような総の欠伸の声が聞こえた。
「眠…いやなんでもな」
「眠い」
「あら、ヒカルさんにソウさん…そうですよね、なら我が家で一日休みませんか?」
「え?あ、良いよ、俺達急いでて…」
気を利かせたラグフォルの優しさを申し訳なさそうに断る総は、言い終わる前に目を閉じる。いやまあ、総と光にしては耐えたと思う。
「…じゃあ、仮眠だけ良いですか?」
今に倒れ込みそうな光をおぶり、総をなんとか起こす親のような立場の透がおずおず言うと、ラグフォルは蝶のように優雅に笑ったのだった。
「ええ、もちろんですとも!」
――自分は決して、寝付きが悪い訳じゃない。寮に入る前は、夜更かしもよくしたけど、寮に入ってからはほぼ毎日快眠だ。
が、一人一部屋用意されたホテルのような部屋はどうも居心地が悪くて寝付けない。自分にとって一日程度眠れないのは何の問題もないので、ベランダで朝風に吹かれようと立ち上がった。
ラグフォルのシルクのネグリジェは気心地がよく、体温調節機能もないから、久しぶりに少しの暑さを感じつつ、ふと、仮面パーティーを思い出す。
「あの時、優にチケットを頼んだっけな。」
最近の事なのに、まるで遥か昔のようだ。
「桃花にアリスも…空も…」
どうしてるだろう。
その時気づく。自分が眠れないのは、焦ってるからだ。早く空に会いたい、早く帰りたい。焦ったって意味ないのに。
「って駄目だ駄目だ、もっと元気にいかなくちゃ。笑う門には福来るってね!うふふふ…」
いやこの笑い方は違うな。
気を紛らわすため、下の広い中庭を眺める。その中心には白いテーブルと机、そして二人の人物が見える。
「ラグフォル達?まだ起きてるのか…?」
そう言えば、ラグフォルと公爵は仲良さげだったけど、問題は抱えてたよな…
「総のような耳があればなぁ…」
盗み聞きできるんだけど、ないもんは仕方がない。ギリギリまで近づいちゃおう。
すっかり目が覚めた自分は、スリッパを履いて中庭へ急いだ。
ゆっくり近づいて、なんとか植木の影に隠れて盗み聞きをする。ラグフォル達の死角であり、屋敷側にいるその他大勢にとってはみえみえの場所だ。
「お父様、私言わないといけないことがあります。」
「どうした」
「私は…今日、誘拐犯達に出会ったのです。」
「何!?」
そりゃ、驚くよな。
「でも、セイジュさん達が助けてくれて、彼らを捕まえてくれたのです。でも、私は魔力の塊の変形すらでなかった。それは扱いにくい属性だからですむ話じゃないんです。だって、それがなきゃ…」
葉っぱの隙間から見えたラグフォルはかすかに震えている。ここから見えるんだ、公爵はもっと辛そうに見えるだろう。
「そうか…」
公爵は少し溜めて、それからため息をついた。
「ずっとお前を外に出したくないと思っていた。お前は特に珍しい属性なのだし、余計に。けれどお前はいつも、誰かを助けたいとばかり言って、俺は本当に心配だった。わかるよな。」
「はい…」
「じゃあ今後はあの森に行くのはやめてくれないか。」
「…………嫌です。」
「は?」
(ええっ!?)
この状況でよく言えたものだ。怖い思いをしても、まだ誰かを助けたいと思うのは異常とさえ言える。声を出すのを我慢して、もう少し盗み見て聞く。
「私は…お母様のように人を最期まで助けるような人になりたいの。だから怖くたって、やりたいって思う気持ちが勝ってしまうの。」
「しかし、ラグフォル…」
「だから、お父様。」
そのときラグフォルは椅子から立ち、頭を下げた。
「私に魔力の使い方を教えてください」
「……」
「私、本気です。それと…今まで自分を守る術も無いのに、勝手に行動してごめんなさい!」
「…………わかったよ。ただし約束だ。お前は力の操り方を覚えると同時に、これから仲間も自分で選べ。少なくとも今は一人じゃなくて、そうやって人を助けろ。それが今日、お前が出ていった後考えた俺の答えだ。お前のことも考えずにずっと家に囲っていて、すまなかった。」
「お父様…!」
うん、良い話だ。
自分はばれないようにそっと立ち去る。家族水入らずの場面で、自分がいたとなると微妙な空気になるだろうから。
こうしてどたばたの一日は、どうにか解決へ向かった。
食事まで頂いてから屋敷を出る頃、ラグフォルはこう言った。
「私、皆さんのような強い人になって見せます!そして、皆さんみたいに強いパーティーを作り上げて…それでいつかまた、お会いしたら、その時はまた一緒に薬草、探しに行きましょう!」
それはとても清々しい笑顔だった。
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