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決意と幻覚
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~決意と幻覚~
《クラスメイト達がいなくなり、それがドッキリや家出ならぬ寮出なんて言葉で済ませないと誰もが気がついた時の事だった。
人に対しては人一倍心配症な総はふと、嫌な事が頭によぎる。それはある噂だった。
息をするように、咄嗟にそれを口にする。
「狼学園は…異常な学校で…人が消えたり、大きな事故や事件がある。けれどそれは忘れられ、良かったことしか覚えていられない…都合の悪いことは全てが無かったことに…」
「なに、それ?」
いきなり呟くことに心配した正珠が顔を覗き込む。少年から見てまだ十センチ勝っている少女は、紫色と少しの水色の、透明で深い瞳を覗き込ませた。総は濃淡があって思わず引き込まれそうになる。家族のような幼馴染みとはいえ、いやだからこそ、突然こうも見つめられると『ぞわり』とするのだ。
しかしそのお陰で我に返った総は、正珠に軽く説明した。
「噂みたいなもんだよ。中学の時調べてたんだ。もうほとんど忘れちまったけど…パソコンで検索しても表面的に出はないが、ずっと調べると結構出てくるぞ。まあ消されてるかもしれないけどな!」
皆が混乱しているなか、更に正珠を不安にさせまい、と、総はわざと語尾を強調し明るく振る舞ったが、しかし正珠は見つめることを止めなかった。
「せーじゅは側にいるからね。忘れないし。」
何気もなく、さらっと聞こえた言葉は何よりも暖かいと総は感じる。
――俺、俺は怖がっていた?正の反応から見て…誰かがいなくなることを、そして忘れることを怖がっていた?
瞬間、総の脳裏に最悪の光景が映る。
視界の全てが赤色に染まる、あんな光景は…。
――こんなのは嫌だ。あんなのみたいなのは嫌だ。
今度は自らの想像によってぞわりとまた、総に悪寒が走る。
が、総はすぐに正珠の言葉を思い出した。
…正珠は大事な幼馴染みで、長い付き合いゆえに総の感情に対していささか敏感な部分があった。それこそ、本人さえ気がつかない感情のことも。
そしてそれは総もまた然りなのではあるが、二人の間で確実に違うのは声のかけ方だ。総の場合はストレートに、正珠の場合は遠回しにさりげなく気遣う。
そして今回もまた、総の不安は正珠の言葉によって和らげられたのであった。
さすがは正だ、ありがとうと、実は自分の方が誰の心境の揺れに対して敏感なのを気がつかぬまま、純粋に感心しお礼を正珠に伝えた総は、そこでふと、あることに気がついた。
「なあ!俺達、今手詰まりだろ?先生もどっかおかしいし、学校の対応も変だ。だから俺達で、ここの学校について洗いざらい調べないか?」
「え?」
この提案は総にも遠回りと言う自覚はあった。だがしかし、最善だとも思えた。
総は昨日まで発言していた、一刻も早く探したいという気持ちを必死に抑え、やみくもに探すことを止めようと突然決意したのだ。
実は総は学校の授業を受けつつ、クラスメイトを探すような器用なことはできないと自覚していた。ましてや怪しい学校と中途半端に関わり、なにかあれば、すぐに言い負かされると知っていた。だからこそ、いっそ思い切り反抗しようと決めたのだ。
「どうせ分かんないことだらけなら、足掻いてやろうぜ!」
そしてその提案は、ただ無事を祈るしか出来なかった他のメンバーに、新たな道を提供することに成功したのであった。》
「盛り上がってるところ、悪いけど…」
おずおずと、誠は正珠達の方に事実を伝える。
「聞いたことがある…仮面パーティーは富豪とか、会社の社長とかが集まって、目上とか目下とかそういった上下関係を忘れるために仮面をつけて、無礼講を楽しむ行事なんだ。だから、やっぱり招待状がいる。」
「買えないかな、どこかで」
空が呟くと、再び誠は苦笑いを浮かべた。
「残念だけど買えないと思うよ…仮に不正で売られているチケットがあっても、あり得ないくらい高額だろうし」
「うう…」
「と、とりあえずそれでも近くまで行ってみるのはどう?仮面パーティー会場はこの前言った工場と同じ山なはずだから」
透は頬を軽く掻きながら空を励ましてやる。空と話す時のみ、僅かに透は少したどたどしくなる傾向があるのだが、しかしそんな事は透本人は気がつかない。
二人で噂や事故を調べていたここ数日の間で特に仲は深まった二人は互いに視線があったところですぐに目線を外す。何故か二人は一瞬、体中に熱が駆け巡った。目を合わすことが悪いわけではないのに、なぜか気恥ずかしくなってしまうのだ。
視線を不自然に逸らした為に二人は微妙に気まずくなり、慌てて空は辺りを見渡す。
「あ、あれ!?そ、そう言えば総君いないね!そうだけに!あはは…」
「そ、そうだね!あはは…」
「なにあれ」
「光、あれはやっと一歩前進した事のあらわれよ。」
アリスは端から二人を眺める光にそっと人差し指を添える。そしてによによと初な二人を眺めて楽しんだ。
その間に食堂に不在だった総は、その外で誰にもばれないように小さくため息をつく。
それから携帯をしまうと、また食堂へと戻ってきた。
「総、どうしたの?」
いつの間にかふらーっといなくなったことを誠が訊ねると、総は右手を軽く振る。
「ちょいと電話。まあ駄目だった」
「駄目?」
「まあ…母さんに一応連絡いれたんだけど、反応無かった。」
と、そこで正珠は真っ先に総がしようとしていたことに気がついた。と同時に正珠と同様に昔から家同士の繋がりのあった空、昔からの知り合いの透も勘づく。
実は、総からは話さないが、総の母親はそこそこ有名な社長でもあった。比較的若い会社でもあり注目も集まっていて、数多のパーティーには確実に呼ばれる程の人物でもある。…尤も、総の母親はそれを辞退することがほとんどなのだが。
しかし総の母親はそれ故の多忙を建前に息子との連絡はほぼ取らず、総は一方的な絶縁状態を強いられていた。小学生の頃は既にこの絶縁状態が総にとってセオリーだったために大きな問題は今更無かったが、しかしいざというときに頼れないのが事実なのだ。
実際、総は今、仮面パーティーに参加するほどの人物に一番近いのは総でありながら、全く役に立てないことを悔いている。
「親に頼る、か…」
申し訳なさそうな総を見て、ふと空は呟く。
「私は…社長の娘じゃないし…おばあちゃんとおじいちゃんに相談も出来ないしな…」
空はそれこそ、十人に聞けば十人が社名を答えられるような大手企業会社の、それなりの地位を持つ社員の娘だ。が、当の親は昔に他界し残る祖父母は悲しみながらも空と失踪した一人でもある双子の兄の健康を願って余生を過ごしていた。祖父母に今の状況を言えばショックで死んでしまうと助けを求めることを諦めていた。
…と、多種多様な理由で兄が失踪してもどこか冷静な空の他にも、残ったメンバーは自らでこの問題を解決せねばならない状況に、知らず知らずの内に立たされている。
「…………」
――しかしそれでもそれが案外、当たり前だ。
そう考えて早速思考を切り替えた七人とは違って、ただ一人、正珠は拳を強く握りしめた。
正珠にはどうにかすれば頼れそうな、わずかな、そしてどうしても頼りたくはないツテがある。そんな迷いが、正珠の額に汗を浮かばせたのだ。
――やっぱり、背に腹は変えられない。
やがて少しの葛藤の後、意を決して震える手を抑えて、深呼吸をして、チャームのついた携帯電話を取り出そうとチャックに振れた時だった。
唐突に拍子抜けするような音が聞こえる。
それは紛れもない、腹の音だった。
その一瞬の間に女子一同…主に空とアリスは大袈裟に体力を消費し体全体を使って否定したが、対してぐるぐると短く鳴ったお腹は恥ずかしくもなんともない、張本人の総は二人の労働力を無駄にするように、あっけらかんと自供した。
「あ、悪い。…お腹減った」
先程から少しは和やかな空気が漂っているのだ、悠太は呆れ笑いを浮かべると、「お前らしいや」と総の頭を軽く弾く。そのとき悠太は石頭の総のせいで、まるで人差し指の骨が激しく振動して折れたと錯覚したほどだった。
ところで、他の寮は学校の敷地にあるにも関わらず、この狼クラスの寮だけは少しだけ離れているので特別に炊事当番がある。要は生徒が協力して料理を作るのだ…本来は。
「じゃあ俺パパッと作るから、ちょっと待ってて!」
不幸中の幸いなのか、料理の特別上手な透がこの場に入る為、他のメンバーが協力するのは普段、食器洗いくらいで本来の生徒同士が協力して炊事をするということは無くなっている。そしてなにより透自身、苦痛となっていないため一人に炊事が任せっきりになってしまっているこの状態に、本人も全く疑問を浮かべずにいるのであった。
そして今日も当然のごとく(何故か)スクールバッグから淡い翠色エプロンを取り出した透はキッチンの方へかけていった。
ただ、今日はいつもと違う点が一つあった。
「あ、待って、私も手伝う!」
少し遅れてから、慌てて空が透を追ったのだ。
背後からその一連を過ぎ去るのを見ていたアリスは、
「ほほう、料理できるよアピールですかな?青春だね」
と茶化すように呟いた。
それからは、少し落ち着いた空気が八人を包んだ。
仮面パーティーは二日後だということが判明し、現状はつかれた体を癒す方が先決と言う多数決の元で八人は昨日よりも遥かに早くに解散することとした。基本二人一組になるよう、つまりは一人にならないよう別室同士のアリスと正珠は同じ部屋で過ごすと決めて、寝支度を済ませた二人は一気にベッドに飛び込む。因みに正珠はアリスと同室の萌衣のベッドを拝借している。
消灯後暫くして、アリスの小さくて可愛らしい寝息が正珠は聞こえ始めた。普段は早寝の正珠も、今日ばかりはすぐに睡眠を取ることはしない。
こっそりと足音を立てないよう、正珠は寮室の小さなベランダへと足を踏み入れた。ガラガラと扉の音が響いたが、幸いアリスは疲れていたのもあって、目覚めなかった。
――正珠は夜の十二時頃、不躾とわかっていながらも電話を一人の少年にかけた。
何コールか待ってから、相手と通話が出来る状態となる。
「あ、もしもし」
「もしもし、じゃねえよ、今何時だと思ってんだ?俺もう寝るんだけど」
電話の奥では、眠たそうで少し不機嫌な声が響いている。
「いやぁ、久しぶりにせーじゅの声が聞きたいかなーっなんて!」
正珠が明るく答えると、電話越しからわざとらしいため息が聞こえた。
「はぁ、お前はなんというか、変わらないな…さっさと言えよ、どうせすげえ困ってんだろ?」
「へ?」
「お前が俺に電話してくるなんて、それくらいだろ。お前、いつもは年始めの挨拶くらいにしか電話してこねーじゃん。メールもしねえし、顔なんて…何年会ってない?」
「数年?」
すると、再び大きなため息。
「いい加減、顔合わせに来いよな。俺がそっち行くのは嫌なんだろ。」
「はーい…悪いね、優」
――電話の相手は、『星村 優』。正珠や桃花達の従兄弟であり、唯一狼クラスへ推薦を貰いつつも別の高校へ進学した星村家の少年だ。サッカー好きで少しぶっきらぼうだが名前の通り何だかんだ優しい為に、正珠は知らず知らずの内に兄のような存在だと尊敬している人物でもある。
「で、用件は?俺、明日も朝練だから手短に」
「仮面パーティーって、知ってる?」
富豪が集まる割にテレビで見たことがない辺り、極秘である事がわかる。
電話の先からは少しの間、返答はなかった。記憶を必死に思い出しているということが見ずともわかる。
正珠は説明が面倒だったので知っていてほしいと思いつつ、今更ではあるが、巻き込みたくないという優しさも混じった心中で優の僅かな唸り声を聞いていると、やがてあっ、という閃いたような声が聞こえた。
「思い出した、この前爺ちゃんが言ってたな。」
「あー、優はよくあいつらと同居出来るよね」
この世で一、二を争うほどに憎む相手の顔を思い出し、正珠は思わず本音が漏れる。しかも今からの要望は、どうしても正珠が嫌いな人たちに力を貸してもらわなければならない。それが正珠は嫌で嫌で、最後まで出し渋っていたのだ。
と、同時に正珠の目の前には人が現れた。
そこは優が住む家から遠く離れた寮だ、当然、正珠が憎む従兄弟以外の全親族が目の前にいるわけはない。そんなことはわかりきっているのに、正珠は一瞬見えた幻覚に対して激しく首を振っては風を切り、微かな音は電話越しの優にまで伝わった。
「…おい、大丈夫か?」
「……うん。それより話し戻すけど、その仮面パーティーのチケット、どうにかしててに入れられないかな?」
「何枚?」
「最高八枚。」
「それは…難しいな。」
「あ、やっぱり?」
夜の生ぬるい風が正珠の髪の先を僅かに浮かせる。肌に湿度の高い空気が絡まって不快感を覚えたところで、優の声と共に響く音が耳に入ってきた。悠太同様、パソコンに慣れている優がその機械を弄っている音だ。
「んん、やっぱ情報は少ないけど…やっぱりすげえレアっぽい。爺ちゃんがチケットを頼むにしてもいまからじゃあ半分あるかどうかだな」
「それで充分、ありがとう!あとそれと、せーじゅが頼んだってことは…」
「わーってる、秘密だろ。俺が友達と行きたいって言っとくわ。んじゃあな」
「うん、おやすみ!」
プツン。
半ば冷たく電話は切れた。
正珠は冷静に携帯電話を寝巻きについたポケットにし舞い込む。
暫く、手が震えた。
それでもなんとか手を動かす。
ベランダの綺麗に拭かれた手摺に掴まり、左手を空へ突き上げる。
「よっしゃああああ!!!!」
じゃんけんでいうとパーである掌を星の瞬く夜空の方へ向けると、正珠はこのままこの嬉しさを誰かに届けたいと心底考えた。柄でもないような思いでさえ、今は素直にしたいと感じたのだ。
キラリ。
指先から、光る紫色の粒が溢れて、空気に消えてなくなったような気がした。
変な幻覚をまた見たと、正珠は自室に戻っていった。
《クラスメイト達がいなくなり、それがドッキリや家出ならぬ寮出なんて言葉で済ませないと誰もが気がついた時の事だった。
人に対しては人一倍心配症な総はふと、嫌な事が頭によぎる。それはある噂だった。
息をするように、咄嗟にそれを口にする。
「狼学園は…異常な学校で…人が消えたり、大きな事故や事件がある。けれどそれは忘れられ、良かったことしか覚えていられない…都合の悪いことは全てが無かったことに…」
「なに、それ?」
いきなり呟くことに心配した正珠が顔を覗き込む。少年から見てまだ十センチ勝っている少女は、紫色と少しの水色の、透明で深い瞳を覗き込ませた。総は濃淡があって思わず引き込まれそうになる。家族のような幼馴染みとはいえ、いやだからこそ、突然こうも見つめられると『ぞわり』とするのだ。
しかしそのお陰で我に返った総は、正珠に軽く説明した。
「噂みたいなもんだよ。中学の時調べてたんだ。もうほとんど忘れちまったけど…パソコンで検索しても表面的に出はないが、ずっと調べると結構出てくるぞ。まあ消されてるかもしれないけどな!」
皆が混乱しているなか、更に正珠を不安にさせまい、と、総はわざと語尾を強調し明るく振る舞ったが、しかし正珠は見つめることを止めなかった。
「せーじゅは側にいるからね。忘れないし。」
何気もなく、さらっと聞こえた言葉は何よりも暖かいと総は感じる。
――俺、俺は怖がっていた?正の反応から見て…誰かがいなくなることを、そして忘れることを怖がっていた?
瞬間、総の脳裏に最悪の光景が映る。
視界の全てが赤色に染まる、あんな光景は…。
――こんなのは嫌だ。あんなのみたいなのは嫌だ。
今度は自らの想像によってぞわりとまた、総に悪寒が走る。
が、総はすぐに正珠の言葉を思い出した。
…正珠は大事な幼馴染みで、長い付き合いゆえに総の感情に対していささか敏感な部分があった。それこそ、本人さえ気がつかない感情のことも。
そしてそれは総もまた然りなのではあるが、二人の間で確実に違うのは声のかけ方だ。総の場合はストレートに、正珠の場合は遠回しにさりげなく気遣う。
そして今回もまた、総の不安は正珠の言葉によって和らげられたのであった。
さすがは正だ、ありがとうと、実は自分の方が誰の心境の揺れに対して敏感なのを気がつかぬまま、純粋に感心しお礼を正珠に伝えた総は、そこでふと、あることに気がついた。
「なあ!俺達、今手詰まりだろ?先生もどっかおかしいし、学校の対応も変だ。だから俺達で、ここの学校について洗いざらい調べないか?」
「え?」
この提案は総にも遠回りと言う自覚はあった。だがしかし、最善だとも思えた。
総は昨日まで発言していた、一刻も早く探したいという気持ちを必死に抑え、やみくもに探すことを止めようと突然決意したのだ。
実は総は学校の授業を受けつつ、クラスメイトを探すような器用なことはできないと自覚していた。ましてや怪しい学校と中途半端に関わり、なにかあれば、すぐに言い負かされると知っていた。だからこそ、いっそ思い切り反抗しようと決めたのだ。
「どうせ分かんないことだらけなら、足掻いてやろうぜ!」
そしてその提案は、ただ無事を祈るしか出来なかった他のメンバーに、新たな道を提供することに成功したのであった。》
「盛り上がってるところ、悪いけど…」
おずおずと、誠は正珠達の方に事実を伝える。
「聞いたことがある…仮面パーティーは富豪とか、会社の社長とかが集まって、目上とか目下とかそういった上下関係を忘れるために仮面をつけて、無礼講を楽しむ行事なんだ。だから、やっぱり招待状がいる。」
「買えないかな、どこかで」
空が呟くと、再び誠は苦笑いを浮かべた。
「残念だけど買えないと思うよ…仮に不正で売られているチケットがあっても、あり得ないくらい高額だろうし」
「うう…」
「と、とりあえずそれでも近くまで行ってみるのはどう?仮面パーティー会場はこの前言った工場と同じ山なはずだから」
透は頬を軽く掻きながら空を励ましてやる。空と話す時のみ、僅かに透は少したどたどしくなる傾向があるのだが、しかしそんな事は透本人は気がつかない。
二人で噂や事故を調べていたここ数日の間で特に仲は深まった二人は互いに視線があったところですぐに目線を外す。何故か二人は一瞬、体中に熱が駆け巡った。目を合わすことが悪いわけではないのに、なぜか気恥ずかしくなってしまうのだ。
視線を不自然に逸らした為に二人は微妙に気まずくなり、慌てて空は辺りを見渡す。
「あ、あれ!?そ、そう言えば総君いないね!そうだけに!あはは…」
「そ、そうだね!あはは…」
「なにあれ」
「光、あれはやっと一歩前進した事のあらわれよ。」
アリスは端から二人を眺める光にそっと人差し指を添える。そしてによによと初な二人を眺めて楽しんだ。
その間に食堂に不在だった総は、その外で誰にもばれないように小さくため息をつく。
それから携帯をしまうと、また食堂へと戻ってきた。
「総、どうしたの?」
いつの間にかふらーっといなくなったことを誠が訊ねると、総は右手を軽く振る。
「ちょいと電話。まあ駄目だった」
「駄目?」
「まあ…母さんに一応連絡いれたんだけど、反応無かった。」
と、そこで正珠は真っ先に総がしようとしていたことに気がついた。と同時に正珠と同様に昔から家同士の繋がりのあった空、昔からの知り合いの透も勘づく。
実は、総からは話さないが、総の母親はそこそこ有名な社長でもあった。比較的若い会社でもあり注目も集まっていて、数多のパーティーには確実に呼ばれる程の人物でもある。…尤も、総の母親はそれを辞退することがほとんどなのだが。
しかし総の母親はそれ故の多忙を建前に息子との連絡はほぼ取らず、総は一方的な絶縁状態を強いられていた。小学生の頃は既にこの絶縁状態が総にとってセオリーだったために大きな問題は今更無かったが、しかしいざというときに頼れないのが事実なのだ。
実際、総は今、仮面パーティーに参加するほどの人物に一番近いのは総でありながら、全く役に立てないことを悔いている。
「親に頼る、か…」
申し訳なさそうな総を見て、ふと空は呟く。
「私は…社長の娘じゃないし…おばあちゃんとおじいちゃんに相談も出来ないしな…」
空はそれこそ、十人に聞けば十人が社名を答えられるような大手企業会社の、それなりの地位を持つ社員の娘だ。が、当の親は昔に他界し残る祖父母は悲しみながらも空と失踪した一人でもある双子の兄の健康を願って余生を過ごしていた。祖父母に今の状況を言えばショックで死んでしまうと助けを求めることを諦めていた。
…と、多種多様な理由で兄が失踪してもどこか冷静な空の他にも、残ったメンバーは自らでこの問題を解決せねばならない状況に、知らず知らずの内に立たされている。
「…………」
――しかしそれでもそれが案外、当たり前だ。
そう考えて早速思考を切り替えた七人とは違って、ただ一人、正珠は拳を強く握りしめた。
正珠にはどうにかすれば頼れそうな、わずかな、そしてどうしても頼りたくはないツテがある。そんな迷いが、正珠の額に汗を浮かばせたのだ。
――やっぱり、背に腹は変えられない。
やがて少しの葛藤の後、意を決して震える手を抑えて、深呼吸をして、チャームのついた携帯電話を取り出そうとチャックに振れた時だった。
唐突に拍子抜けするような音が聞こえる。
それは紛れもない、腹の音だった。
その一瞬の間に女子一同…主に空とアリスは大袈裟に体力を消費し体全体を使って否定したが、対してぐるぐると短く鳴ったお腹は恥ずかしくもなんともない、張本人の総は二人の労働力を無駄にするように、あっけらかんと自供した。
「あ、悪い。…お腹減った」
先程から少しは和やかな空気が漂っているのだ、悠太は呆れ笑いを浮かべると、「お前らしいや」と総の頭を軽く弾く。そのとき悠太は石頭の総のせいで、まるで人差し指の骨が激しく振動して折れたと錯覚したほどだった。
ところで、他の寮は学校の敷地にあるにも関わらず、この狼クラスの寮だけは少しだけ離れているので特別に炊事当番がある。要は生徒が協力して料理を作るのだ…本来は。
「じゃあ俺パパッと作るから、ちょっと待ってて!」
不幸中の幸いなのか、料理の特別上手な透がこの場に入る為、他のメンバーが協力するのは普段、食器洗いくらいで本来の生徒同士が協力して炊事をするということは無くなっている。そしてなにより透自身、苦痛となっていないため一人に炊事が任せっきりになってしまっているこの状態に、本人も全く疑問を浮かべずにいるのであった。
そして今日も当然のごとく(何故か)スクールバッグから淡い翠色エプロンを取り出した透はキッチンの方へかけていった。
ただ、今日はいつもと違う点が一つあった。
「あ、待って、私も手伝う!」
少し遅れてから、慌てて空が透を追ったのだ。
背後からその一連を過ぎ去るのを見ていたアリスは、
「ほほう、料理できるよアピールですかな?青春だね」
と茶化すように呟いた。
それからは、少し落ち着いた空気が八人を包んだ。
仮面パーティーは二日後だということが判明し、現状はつかれた体を癒す方が先決と言う多数決の元で八人は昨日よりも遥かに早くに解散することとした。基本二人一組になるよう、つまりは一人にならないよう別室同士のアリスと正珠は同じ部屋で過ごすと決めて、寝支度を済ませた二人は一気にベッドに飛び込む。因みに正珠はアリスと同室の萌衣のベッドを拝借している。
消灯後暫くして、アリスの小さくて可愛らしい寝息が正珠は聞こえ始めた。普段は早寝の正珠も、今日ばかりはすぐに睡眠を取ることはしない。
こっそりと足音を立てないよう、正珠は寮室の小さなベランダへと足を踏み入れた。ガラガラと扉の音が響いたが、幸いアリスは疲れていたのもあって、目覚めなかった。
――正珠は夜の十二時頃、不躾とわかっていながらも電話を一人の少年にかけた。
何コールか待ってから、相手と通話が出来る状態となる。
「あ、もしもし」
「もしもし、じゃねえよ、今何時だと思ってんだ?俺もう寝るんだけど」
電話の奥では、眠たそうで少し不機嫌な声が響いている。
「いやぁ、久しぶりにせーじゅの声が聞きたいかなーっなんて!」
正珠が明るく答えると、電話越しからわざとらしいため息が聞こえた。
「はぁ、お前はなんというか、変わらないな…さっさと言えよ、どうせすげえ困ってんだろ?」
「へ?」
「お前が俺に電話してくるなんて、それくらいだろ。お前、いつもは年始めの挨拶くらいにしか電話してこねーじゃん。メールもしねえし、顔なんて…何年会ってない?」
「数年?」
すると、再び大きなため息。
「いい加減、顔合わせに来いよな。俺がそっち行くのは嫌なんだろ。」
「はーい…悪いね、優」
――電話の相手は、『星村 優』。正珠や桃花達の従兄弟であり、唯一狼クラスへ推薦を貰いつつも別の高校へ進学した星村家の少年だ。サッカー好きで少しぶっきらぼうだが名前の通り何だかんだ優しい為に、正珠は知らず知らずの内に兄のような存在だと尊敬している人物でもある。
「で、用件は?俺、明日も朝練だから手短に」
「仮面パーティーって、知ってる?」
富豪が集まる割にテレビで見たことがない辺り、極秘である事がわかる。
電話の先からは少しの間、返答はなかった。記憶を必死に思い出しているということが見ずともわかる。
正珠は説明が面倒だったので知っていてほしいと思いつつ、今更ではあるが、巻き込みたくないという優しさも混じった心中で優の僅かな唸り声を聞いていると、やがてあっ、という閃いたような声が聞こえた。
「思い出した、この前爺ちゃんが言ってたな。」
「あー、優はよくあいつらと同居出来るよね」
この世で一、二を争うほどに憎む相手の顔を思い出し、正珠は思わず本音が漏れる。しかも今からの要望は、どうしても正珠が嫌いな人たちに力を貸してもらわなければならない。それが正珠は嫌で嫌で、最後まで出し渋っていたのだ。
と、同時に正珠の目の前には人が現れた。
そこは優が住む家から遠く離れた寮だ、当然、正珠が憎む従兄弟以外の全親族が目の前にいるわけはない。そんなことはわかりきっているのに、正珠は一瞬見えた幻覚に対して激しく首を振っては風を切り、微かな音は電話越しの優にまで伝わった。
「…おい、大丈夫か?」
「……うん。それより話し戻すけど、その仮面パーティーのチケット、どうにかしててに入れられないかな?」
「何枚?」
「最高八枚。」
「それは…難しいな。」
「あ、やっぱり?」
夜の生ぬるい風が正珠の髪の先を僅かに浮かせる。肌に湿度の高い空気が絡まって不快感を覚えたところで、優の声と共に響く音が耳に入ってきた。悠太同様、パソコンに慣れている優がその機械を弄っている音だ。
「んん、やっぱ情報は少ないけど…やっぱりすげえレアっぽい。爺ちゃんがチケットを頼むにしてもいまからじゃあ半分あるかどうかだな」
「それで充分、ありがとう!あとそれと、せーじゅが頼んだってことは…」
「わーってる、秘密だろ。俺が友達と行きたいって言っとくわ。んじゃあな」
「うん、おやすみ!」
プツン。
半ば冷たく電話は切れた。
正珠は冷静に携帯電話を寝巻きについたポケットにし舞い込む。
暫く、手が震えた。
それでもなんとか手を動かす。
ベランダの綺麗に拭かれた手摺に掴まり、左手を空へ突き上げる。
「よっしゃああああ!!!!」
じゃんけんでいうとパーである掌を星の瞬く夜空の方へ向けると、正珠はこのままこの嬉しさを誰かに届けたいと心底考えた。柄でもないような思いでさえ、今は素直にしたいと感じたのだ。
キラリ。
指先から、光る紫色の粒が溢れて、空気に消えてなくなったような気がした。
変な幻覚をまた見たと、正珠は自室に戻っていった。
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◇小説家になろうにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
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