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サーカスの歌声

サーカスの歌声 後編

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 ベニトサーカス団。ベニトサーカス団はこの町発祥で、様々な町を巡り、旅をし、そして今はまたここに帰ってきているらしい。帰ってきて、確か一年と聞いた。勇者時代にこの町を二日ほど訪れた際はここにはサーカスなんてなかったもんな。そして賑やかではあったが、今よりは活気は良くなかった。
 で、そんなベニートシティーが今、最も栄える場所は当然ベニトサーカス団の居座る大きな公園だろう。さっきとは比べ物になら無いくらい広い。
 で、サーカスの控え室に着くともう直にサーカスが始まるとのことで俺達はのびたサーカスの一員達二人をまじでどうしようか迷った(さすがに無理矢理叩き起こして洗脳しようというマサリの提案は却下したが)が、マツリが俺達以外のことを素直に話し罰を受け入れようとするのを見、サーカスの補佐らしい奴らの代わりに俺達がそれを担おうと決める。マサリはサーカスが見られないのはがっかりだと顔に滲み出ていたが、口先だけは進んで手伝うと素直に了承してくれた。またブリオッシュでも買ってやるか。
 入場の整備なら出来るので、俺達はそれ用の服にこっそり着替えチケットをもぎり続けた。
 「はいお疲れ様。どっかで似たようなバイトでもしてた?あの二人にいきなり頼まれて困っただろうけど、給料は出るからね。」
「「ありがとうございます!」」
 ひとつ救いなのは、まだお昼寝中の二人はサボり癖があって、その度俺達のように一日バイトを雇っていたらしい。つまりは怪しまれずにバイトに潜入できたのだ。今回は男達に頼まれたという設定にしておいたが。俺達はサーカスが完全に始まったところでもう一人の受け付けに全てを任せて良いとの許可が出る。
 俺達はだらだらと席を立つと、サーカスのテントの方では断末魔にも聞こえるような激しい歓声が上がった。
 「サーカス、今頃きっとすごいんだろうなー」
「後でマツリが埋め合わせしてくれるっつってたし、今日はいいじゃないか。」
 と、そんな仕事を終え称賛の叫びが上がるテントを見据え落ち込むマサリの頭を撫でる。
 するとベテランらしいサーカスの補佐は目を丸くした。ちょっと笑えるくらい、文字通りに。
 「君ら、マツリの知り合い?」
「あ、はい。と言っても、今日会ったばかりですけど」
「へえ、あのマツリがねえ…」
 と、ベテランはすごく意味深に少し固そうな形の雲を眺めるので、マサリの興味津々スイッチが入ってしまう。
「ねえねえお兄さん、マツリってどんな芸するの!?魔法は使う?それとも獣使い?華奢で身軽そうだし、空中ブランコとかかなぁ!?」
 マサリはまるで飼い主とキャッチボールを始める直前の子犬のように目を輝かせて詰め寄っている(ベテランも引き気味だ)と、サーカスのテントからまたまた歓声がわく。すると今度は白兎のように落ち着きがない様子で首をそっちへ持っていく。アメジストのような透明な瞳が一際輝く。いったい何をしているんだろう?彼女の心の中でそんな疑問が新たに上がったのが目に見えた。が、マサリは今回はわずかにマツリへの興味の方が勝ったようだった。
 「で、マツリは何してるの?サトリも気になるよね?」「少しは。」「でしょ!!ねえねえ教えて教えてっ!!」
「あはは…」
 青年は苦笑いでレジ横のもぎられた半券を意味もなくかき混ぜつまみいじりながら、やがてテントとは逆の方を指差した。
 「一言でいうと、あいつは影のスターさ。いつもサーカスが始まると同時に向こうの方で歌を披露する。ストリートミュージシャン?みたいにな。ジャグリングも綱渡りも出来たはずだが、ずっとそればかりやり続けてるんだ。使えない魔獣に餌をやり続けてなけりゃあ、座長に嫌われずに本物のスターになれるはずなんだがなぁ…」
 そういう青年の目はどことなく悲哀に満ちていて、時折流れる冷風に息を白くしながら溜め息をついた。
 「魔獣に餌?」
「ああ、ベニトサーカスは魔獣も動物もおり混ぜた芸をするんだ。ただ、安全な魔獣には『犠牲』も付き物だ。あいつはそんな犠牲を放っておけないから、いつまでたっても座長にしかられ下っぱなんだ。あれでもし一度でも儲けられなければ即クビだろうな。」
「おい、あらゆる娯楽に魔獣の使用は禁止されてなかったか?」
 俺が純粋な疑問を投げ掛ければ、それを青年ははなで笑う。
 「バカだな。ベニトサーカスは今この世において一、二番目に有名な名物サーカス団さ。どの町に行ったって、俺達は許されている。客にはこう言えばいいんだ、『この魔獣は品種改良によりストレスを感じにくく、また人を襲う危険もありません』って。」
 するとマサリは俺の袖を引っ張り、こそっと耳打ちする。
 「今日のゴシップ紙でも、ベニトサーカスの魔獣は安全なのかについて検証的な記事があったよ。サトリよりも大きい記事だった。」
「ま、実際はどうかわからねえけどな」
 だがまあ、少なくともシロではないだろう。
 「ってか珍しいな、お前ら。魔獣なんかを気にかけるなんてよ。やっぱりマツリと気が合うんだな」
 俺とマサリは目を合わせる。
 そうか、こういうのは珍しいんだな。へえ、そうなんだな。忘れそうだが、覚えておこう。

 ベニート町立公園の橋には大きな樅ノ木が立っていて、その下には人が数人だけ立てる小さな舞台が蜘蛛の巣や枯れ葉に埋もれつつも何百年も前からあるそうだ。
 烏が鳴くか赤とんぼが飛び去るかしそうな綺麗な夕焼けを前に、しかしその舞台の回りには今だ誰も帰らずに通行規制がかかりそうなほどの人だかりがあった。
 俺達が遠くから聞けることもなくとっくに彼女の歌は終わっているようなのに、人々は歓声と、賛美ながらのお捻りと、そしてアンコールを求める声で溢れ返っていた。
 これが、あいつの影響力か。

 「お嬢ちゃん、最高だったよ!」
「今日は十八番は歌わないのかい?」
「俺なんか、君のためにアパタイ街からやってきたんだよ」
「こりゃあれだ、歌手になりゃいいものを」

 「うひゃっ、マツリすごいっ!キラッキラッの有名人なんじゃん!投げ銭しよっ、サイン貰おっ!」
「歌か。なんでサーカスに居んだろうな」
「さあ。腕に描いて貰おうかな。」
「いや腕はすぐ消えるだろ」
「ペン無いや。まあいっか」
「おい、ペンなら俺が…」
 そう答えた時には既にマサリの姿はなく、探すとあっという間に人だかりの中心の方へ人をかき分け進んでいたのに気づく。…そしてマツリから貰ったお金を今だ彼女が持っていることも。
 …あいつ、投げ銭するとかどうとかいってなかったか?
 「っ、おい待てマサリ!心付けは一ラント、一ラントまでだ!せめて銅貨渡すから銀貨を寄越せ!!おいマサリーッ!!」
 全く、二十二歳になって、なんでこんなケチで恥ずかしいことを公言しながら小娘を追いかけなければならないんだ。ひとつ救いなのは、他の皆の声が大きすぎてこの怒声は周囲にも余り聞こえていないということか。聞こえていないとありがたいけどな。はは。
 なんとか人をかき分けかき分けマサリのもとに辿り着いた時、マサリはふて腐れ、マツリは苦笑いしながら舞台の上からマサリと握手を交わしていた。俺を見つけると左手で軽く手を振ってくれる。
 「だからお姉さん、お兄さんが困っているみたいだし、お捻りはいいよ、ね?」
「そうなの?ストリートミュージシャンって会えば必ずお金を渡さないとって、本に書いてあったのに」
「それは間違ってるよ…ほらお兄さんも来た。」
 スッと指を指され、俺は思わず小さく手を振った。良かった、マツリが止めていてくれたようだ。
 彼女の足元の籠から溢れたラントが足元まで転がってくる。俺はそれを拾って籠の横に置くと、マサリの頭を掴んだ。
 「ああもうマサリ、お金は俺が預かる!マツリ、助かった。耳がいいんだな。」
「え?いやうーん、僕耳が悪い方なんだよな…」
「えっ」
 慌てて回りを見渡せば、人間はともかく幾人かの亜人が敵意を含んだ目でこちらを見ている。耳をピコピコさせて、俺達の会話を盗み聞いている。ぐ、さすが聴覚が良いだけあるな…
 俺は思わず縮こまる。対して、全てを察した歌姫は舞台上で観客達に向けて深々とお礼をした後にバッと右手を上げる。パチン、大きな右目を閉じる。
 彼女の掌には水色の光と赤色グリッターのような光の粒が瞬き始める。夕焼けに栄える清らかな水色と、血みどろで不気味な赤色が混ざり、異様に目が牽かれる。天性の才能。魔法発動の前振り。
 「《混声合唱▽停止》。ご清聴ありがとうございました」
 途端、彼女が集めた魔力は四散し辺りは静まり返る。先程までわいのわいの騒いでいた観客は水を打ったように静かになった。それはまるで、昨日まで美しく咲いていた花が翌日には完全に枯れてしまったかのような悲しさも含んだ静けさだった。
 唖然としながら、俺達にはその魔法がかかってないと安心して、改めてマツリと向き合う。
 「なんだお前、魔道師なのか。それも強い…マサリとお揃いだな」
 俺の不自然に衰えた今とじゃ、比べ物になら無いくらいに強い魔力だろう。
 マツリは鮮やかに後方倒立回転跳びで舞台から降りると、マサリも兎のような脚力で舞台に上がりそれを追いかける。ついでにマツリが拾い損ねた散らばった銅貨何枚かを獲物を襲う鷹のような素早さでさっと掴んで投げ、マツリの籠にインさせていた。マツリも気付けないような素早さだった。こんな反射神経は良いのに、運動神経はあんまりないんだよな。やっぱり才能はあるだろうし、体の使い方とかを教えた方が良いんだろうか。
 「全員を黙らせて後追いしてくる客を遠ざけたんだろ?やっぱ、中々の手練れだな。」
「ん、それにこうすれば直に今日の分の熱が冷めて自然に解散してくれるから、誰がどれだけ集まってお金をくれたか座長が知る前に人が散る。だからいくらでも引き抜けるんだ」
 マツリは口元に人差し指を添え、秘密にしてね、と再び綺麗なウインクをして見せた。
 「マツリは《ミューズの魔導師》だね。良いね、珍しい魔導師じゃん」
「そうだな。すごい珍しいし才能あるじゃん」
 ミューズの魔導師――魔導師の中でも音楽系の魔法を操る魔導師って訳だ。ただでさえ魔導師適性があるやつは珍しいのに、その上魔導師の中でも前置きに…例えば『ミューズ』とか『アンブロシア』といった単語がつき、その各々の属性専用の特別な魔法が使える人は少ないし、更に更にそれが音楽系であるミューズとなると本当に珍しいし強い。俺も今まで数えるほどしか出会ったことがない。うん。マツリは冒険者としてもやっていけそうだな。

 そんなこんなで無事サーカスのテントに戻ると、マツリは佳境に入っただろう盛り上がりを見せるテントを通りすぎ、奥の白いテントに入り、暫くしてから賽銭ばかりが詰め込まれた籠を持たずに出てきた。
 「さあ、僕の仕事もおしまいだ!今日は夜まで時間があるね。君ら、たしか冒険者…いや旅人だよね?サーカスはもう入れないし、……そうだ、どうせだしイイトコ、案内するよ」
「ほんと!?自分、そういうのスッゴク嬉しいって思う!!……そういえばマツリ、お金は?」
 マサリはいつもの好奇心でマツリの回りをくるくる回る。お金とまっすぐいうところが実にマサリらしい。悪い方の意味で。
 けれど幸いにもマツリは特に気にせずに答えてくれる。
 「全部座長に渡さないとなんだ」
「ええ!?ひっどーい!自分ならお金かちょろまかしちゃうのにな」
 そう言ってマサリは俺のポケットから銀貨を一枚スリ取られかける。ポロリとコインが一枚落ちた。俺はそれをマサリに早く取られるよりも早く拾う。いくらマサリの反射神経が鋭いと言っても、さすがに正面からの早撃ち勝負のような素早さにゃ負けねえよ。
 「ったく、泥棒技術を磨きやがって」
「ふっふーん、サートリくーんがお金をとりあえず胸ポケットに入れる癖は見抜いているのだよ、自分は」
「まさか他人にやってないだろうな?」
「今のところはね。」
 まるで公園の看板に落書きでもする不良のようにニヤリと笑いやがるので、ブリオッシュは無しにしようと思う。
 マツリは一瞬肩をすくめ、それからポケットを叩く。彼女はパンパンの袋から銀貨数十枚を取り出した。
 「とーぜん、とっといた。じゃないと足りない、生きていけないし。座長に変な過大評価されるのも嫌だしね」
「自分、マツリのそういうところ、すごく良いなと思います。ね、サトリ」
「おう」
 うまく生きてるようで何よりだ。え?お前勇者だろうって?
 良いんだ、俺はもう勇者をやめたただのサトリなんだから。
 ま、所詮ちっぽけな言い訳だけどな。

 ――さっ、おいでよ!
 マツリは数歩先をスキップ気味に歩き、サーカスの御旗の前で俺達を呼ぶ。そのすぐ側の公園備え付けのベンチには罰として真冬に半袖で縄でくくりつけられた男二人が震えながらこちらを見ていた。
 ああ、こいつらは罰を受けたのか。マツリに責任が乗り掛からなくて良かった。こいつら二人の言い分は聞いてないのは申し訳ないけど。
 が、行動が案外と大胆で容赦ないが責任感は強そうなマツリが男二人に謝罪をし上着を脱ごうとしたのはマサリが止め、代わりに静かに唱える。それはいきなり雷鳴を放った罪悪感というよりかはマツリととっとと遊びに行きたいが故の行動らしかった。
 「《暖衣飽食∞代償B》。はい、これで安心ね。二人は寒くないしお腹もすかない。さ、早く行こ、マツリ!」
「え、あ…」
 唖然とするマツリの手を引くマサリには男達なんて全く興味がなく、その代わりにマツリのいうイイトコという実に曖昧な場所に目を耀かせている。マツリにもう完全に気を許してる。
 全く、こいつは。俺は頭を掻いた。そんな高位な魔法、軽々しく使うなよな。

 マサリに期待された純粋な瞳を持つマツリがどや顔で案内してくれたのは、小さな窓が雪を映すロマネスク建築の教会……を抜けた先のごみ捨て場だった。袋に包まれることなく、生ゴミと壊れた魔法道具と家具とが分別なく散らばる、まさに無法地帯。
 「…で、ここが良いところ?」
「わかったっ!マツリ、まだ使える魔法道具を探すんだね!?」
 と、何故かマサリはごみ捨て場にツッコむこともなくただた無邪気に楽しそうだが、残念ながら俺は魅力を感じられなかった。
 革製の手袋を外し俺に渡しすぐに塵あさりをしようと腕をまくるマサリを止めつつ匂いにやられながらもマツリに目配せすると、マツリはマサリの手をゆっくり掴んでから首を振る。
 「違うよ。…おいで!」
 同時にピュゥ、軽やかに美しい口笛をふく。風が呼応したように靡く。何処からかウエディングベルのような大きな鐘の音が鳴る。近くのごみのひとつが壊れた電球のまま光る。それらのタイミングは本当にマツリが引き起こしたかのようだった。
 そしてそれらにつられたのか、マツリの足元にはおずおずと猫がすり寄ってくる。
 マサリはわかりやすく目を輝かせた。その目の光量は何処から生産されてるんだってくらいに。
 「わ、猫だ!可愛い猫!サトリ見て!すごい!自分、声真似うまいんだよ。にゃーっ!ニャーッ、シャーっ!!」
 うん、確かにうまい。うますぎて怖い。

 ――いや。

 「おいマサリ離れろ!マツリも!!」
 四匹の猫。それは良く見れば猫ではなくて魔獣だ。それも、ただ漏れる殺意を俺らに向けた。
 俺は本能的に剣を抜くと、慌てて頭の中で理性を優先させる。足に猫達が襲いに来ても対応できるギリギリまで動かさないように言いつける。だから少し猫達に剣先を向けるスピードも遅くなって、その間にマツリは俺の前で両手を広げ、猫達をさっと庇う。その目は夜のあらゆる美しい光を含んだイルミネーションのような目で、その奥の真っ赤な瞳は芯の強いものだ。本当に殺されたくないのだろう。
 「ちっ、違うの、お兄さん!この子は僕がサーカスから逃がした…」
「マツリ後ろ!」
 猫達は背を向けたマツリに飛びかかる。ああくそ。その姿は人間のそれで、汚れた毛の隙間から見える眼光は違法薬売りによく似た悪意と脅威を含んだ眼だ。ひどく懐かしい。

 その瞬間、マサリは咄嗟にそのモンスターを殺そうと口を開ける。――純粋な殺意を目で静止。
 柄の力を緩める。――切っ先を鞘には納めず剣を持ち変える。
 二歩ほど進み、右足で飛ぶように踏み込む。――剣先ではなく柄をモンスターに向け、俺から見てマツリの左耳のすぐ横に柄を突き立てる。
 「ブミャッ」
 そのモンスターの眉間を強く、殺さず、脳震盪が起きる程度に突くと、猫の魔物は力無く腹を見せた。――同時に腕に力を込めて剣の柄を素早く持ち替え空に垂直に向け、剣先を地面に突き立て飛んだ足を着地すると同時に左手で掴める猫の化け物の首を気絶するくらいに絞める。ほどよく、ほどよく。殺すなよ、俺。人間が何かの首を絞めるのなんて本来危ないんだから。
 残りの二匹、マツリは混乱しつつも水色と赤色のバイカラーを指先に纏う――「《揺籃歌》」。子守唄。確か位はC級凡位、やはりなかなか見込みのある魔導師だ。
 「D級泥位に抑えて…《雷鳴》」――こちらはマサリ。先ほど創った魔法をもう一度使ったようだが、先程よりも威力を抑えている。でも化け猫は余裕でのびた。

 こうしてなんとか猫達をなだめた俺達だったが、俺達はごみ捨て場から退避した。
 「おかしい、おかしい…!」
 マツリは四匹を抱き抱え、頭を抱える。同時に、混乱が見受けられるマツリに対してマサリは頭を撫でる。
 「なあマツリ。その猫、どうしたんだ?どう見たって魔獣だ。しかも危険だ。放置できねえよ。」
「でも、この子、でも、でも、聞いて、違うんだ、でも…」
 暴れるはずがない、とマツリは首を痛めるくらい振る。ごめん、ごめんと繰り返す。
 こいつ、良いやつだな。
 俺とマサリは目を合わせ、小さく頷く。マサリの手にはあの猫の一匹から取った首輪だった。艶々した赤いリボンに淡水パールによく似た形のビーズが蝋燭の外灯に照らされる。そこからヌルリと黒い影がちらつく。魔法。悪意の魔法。誰もが秘めた本能的凶悪を意図的に発動させる、魔法。
 「おい、マサリ」
「はーい」
「なんとかするぞ」
 マサリはすぐ答えなかった。代わりにパチンとウインクをして見せた。
 「マサリちゃんは、何でもできちゃうんだからね」
 ニシシ、と笑う。誰よりも無邪気な笑顔だった。
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