彼奴は嘘を信じてる

イヲイ

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狂愛の大過と失策 梧桐目線

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  ~狂愛の大過と失策 梧桐目線~

 俺は生まれなければ良かったって、何度も後悔した。
 家の家族は、俺と槐と両親の四人家族だった。けれどある日、両親は些細なことで離婚をしてしまった。こんな怪談話は知っているだろうか。ある山間の海辺、そこでは昔から殺人が行われやすいと巷で有名だった。そこで父は元不倫相手の女を殺した。そんな『些細なこと』で、離婚した。俺達はそのまま地元に残り、その代わり槐と母は地元から去った。
 暫くして、母親が人身売買に携わった罪で捕まったときいた。が、誰をどうしたのかは吐く前に自害したため、結局何事もなかったかのように事件は幕を閉じた。ただ、父は槐が売られたのだと理解した。何故知っていたのか問うたところ、父は昔、少しだけ関係していたかららしい。
 そして父に俺は聞かれた。「もう一度、槐に会いたいか、」と。
 俺は即答した。「勿論」って。

 結果、俺は槐と同じように売られるという名目で槐に会いに行った。
 そこで久しぶりに槐と再開した俺だが、槐は俺の事などどうでもいいような感じだった。それでも、俺は槐と再開できて嬉しかった。
 暫くして、そこの施設の職員の人達から、「私達と同じ様に働かないかい?」と提案された。俺は勿論槐と断るつもりだったけど、驚いたのはそのとなりの少女。トライアングルの水色バッチをつけていたその少女は、無邪気にも手を上げてこう言ったのだ。
 「わあっ、すごい!私も皆さんみたいに働けるんですか!?」
 と。あまりにも元気なその声に職員も少し呆気にとられた後に、嬉々として応答した。
「え、ええ!ここで働けば、社会や人の為になることができるのよ!」
「私、そんな人になりたいんです!」
「素晴らしい心がけね!」
 そしてその少女が健気に率先して立候補したため、悩んでいた子も決意を決めた。俺と槐以外は職員になる道を選んだ。愚かだと思った。そのまま行ったって、きっと良いことなんて無いって何となく感じていたから。何より、一番初めに声をあげた女の子。あの子は、洞察力が無いのか。
 そう思ってその少女を見たとき、驚いた。一瞬、息が止まった。可愛いのは元から知っていたが、そうじゃない。

 驚いたのは、少女は職員なんて見ていなかったことだ。彼女にとって、職員なんて、俺達が今居る怪しい場所なんて、俺達なんて、未来なんて。
 彼女にとっては、どうでも良かったのだ。彼女はあるひとつの目的のため、それだけの為に人生を捧げている、そう理解した。
 その瞬間、俺は彼女に恋をした。


 そこからは、あまり記憶がない。


 次にしっかり記憶が残っているのは、小学五年生の初め。気がつけば週一の現状報告さえすれば、元居た町に戻れる事となった俺と槐は平穏な毎日を過ごしていた。

 ある時、組織に出向いた時に偶然再開したあの子がいた。あの子は昔みたときと全く変わらず、いやむしろ為すべき事が増えたようだった。俺は話しかけようとしたが、どう話しかけるか悩んだあげくに「俺は君の協力者になれる」なんていう意味不明な挨拶をしてしまった。そのせいではじめは大分警戒されていた俺だが、組織に背くギリギリのラインを攻めていったりして、なんとかその少女…弥生と協力関係を取り付けることができた。槐は小学六年生の時から少し狂っている発言などをしていたので、これで槐も『元通り』に出来れば一石二鳥だ。

 ある日、俺はこの組織の偉い人間に呼ばれた。内容は……俺にとって嬉しいものだった。
 「君が、梧桐君だね」
「は、はいっ」
「単刀直入に問う。君は、弥生君と一緒にここを裏切ろうとして居るのかい?」
「え!そ、それは…」
 俺がたじろくと、そのお偉いさんは朗らかに笑った。
「いや、わかる。好きなんだろう、弥生君が。恋は盲目というしね、若気のいたりで裏切ろうとするのは仕方がない。そこで提案なんだがね。」
「提案…?」
「そう。梧桐君、二重スパイにならないかい?」
「二重、スパイ……」
 スパイという言葉は知っている。二重、ということは俺は弥生の仲間のふりをして弥生を裏切るという意味だろう。
「嫌です!俺、弥生を……」
「君は弥生君の何になりたいんだい?」
「え?それは、こ、恋人…」
 俺がやや気恥ずかしそうに答えると、彼はこう応えた。
「でも知ってるだろう。恋人の先は結婚、夫婦。けれどそれは書類上だけで、結局は一緒になれない。だから、もし君が全てを上手くいかせれば、『終わった彼女』は君にあげよう」
「終わった…彼女?」
「ああ!何をしてもいい!どんなことをしても、ぞんざいに扱っても、何をしても!その時はじめて君は弥生君を手に入れることが出来る!」
 ふと、俺の前にゴツゴツとした手が差し伸べられる。
 弥生を……手にいれる。
 離婚を知っていた俺は、躊躇無くその手を取った。


 それから暫くして、あることを知った。近くにある児童養護施設を含めた町全てが、間接的ではあるが組織のものだったことに。
 この町に犯罪者がいないのも、皆の団結力が高いのも、全ては仕組まれたことだった。もし誰かが犯罪を犯したとしても、それは町ぐるみで隠蔽される。かつて犯罪者でありながら、町ぐるみでの隠蔽に反対した者がいたらしいのだが、その人はほぼ村八分という形で村外れに引っ越しさせられたそうだ。では何故そんなことが可能なのか。俺にだってよくわからないが、槐のように皆狂っていたら。洗脳されていたら。実験目的のため、人間の洗脳の効果を確認するための町だったら。ずいぶんとファンタジーな思考だが、有り得ない訳ではなかった。だって、実際異様だから。

 だからそんな町に住む二重スパイの俺には幾つかの使命があった。
 弥生と手を組むふりをすること、町に溶け込むこと、そして槐を正常に戻すこと。
 弥生との計画は逐一あの偉い人間を通してから弥生に話した。村八分にされた人間が、弥生の『父方』の祖母らしい。それはつまり透の祖母でもあるのだが、弥生と決めて最後までそれは明かさずに終えることとなった。何故ならその祖母はこの計画の最中殺されるかも知れなかったから、と弥生は言った。
 深く聞くと、弥生は唯一組織にいない家族である祖母は、逃亡後殺されるかもしれない。それはいずれ透も知るだろうから、私達より『二歳』も年下の従弟には隠し通したい、それが弥生の言い分だった。簡単に言うけど、それでもいいの?と聞くと、弥生は「あの人はそうじゃなくてもきっともうすぐ村の人達から、たまに来る買い物すらいやがられて殺されるだろうから。昔一度だけあの町に行ったんだけどね、その時祖母が向けられていた敵意がやばかったのよ」と答えた。
 そこで俺はふとあることに気がついた。
 「にしても、弥生の家族はほとんど犯罪者なんだな」
「え?まあね。母親の両親は知らないけど、母と父と祖母は犯罪犯してるし、祖父はい無いからね。」
「まあそれは透もだよな。透も血筋からいずれ犯罪起こしたりしないか心配にならないの?」
 何気に聞いたその言葉は、弥生の逆鱗に触れた。
「あんたさぁ、そーいうの言わない方がいいわよ」
「へ?何で?」
「親がどうとか、家族がどうとか、子供にはあんまり関係ないって話だよ。親がなんかしたから子供もそれをするって言うのは勘違いもいいとこで偏見もいいとこよ。失礼に値するわ」
「何故それほどまでに断言するんだい?」
「あんたは透を知らないでしょ。あの子は驚くほどに善人なの。私と違ってね。それが私の大っ嫌いな親のせいでどうこう言われるのは腹立つのよ。そ・れ・に!もしそういう理屈があったとしても無かったとしても、私は必ず犯罪者なになるんだから、あんたは私の方を心配しなさいな!」
「な、何故それほどまでに断言を……」
「そんなの決まってんでしょ、私が信じる正義は、透以外の人権無視なんだもの」
「へ、へえ…」
 弥生は一見冷静だったが、しゃべるスピードや目線、拳、震えから明らかに怒っていた。そしてその時同時に俺は絶対に恋人にはなれないと確信した。彼女は将来透だけしか愛さないのだろうと。生涯弥生が生きていれば、俺は弥生からなにももらえないのだと悟った。そう、ひとつの愛さえも。あの時偉い人の手をとって良かったと改めて思った。



 そして、時は過ぎ、時間は経ち……ついに弥生がこの町にやって来た。しかも、歌唱力大会等という馬鹿げた大会と同時期に。俺は町に溶け込むという名目で出場したが、まさかそこに総も出て、しかもそれが異常に歌が上手かったのは驚いた。けれど一番驚いたのは、その姿が朱衣にそっくりだったこと。案の定愚弟は暴走し、俺が礼儀上謝らねばならなくなった。これでお小遣いパァだよ、本当。しかもその日のうちにどっか行ったし。町の人たちが隠蔽したのではなく、純粋に逃げたらしい。仕方がないので俺は町の皆と必死に槐を探す良い梧桐を演じながら、ミューリズムで弥生と最終の打ち合わせを着々と進めていった。


 今。俺は弥生が総を突き飛ばすという予想外の事態に驚きながらも、見事弥生の命を絶った。
 俺はナイフを刺した直後は四つん這いだったのに、今はその力すらなく倒れている弥生の死骸からナイフを抜き取ると、腰辺りにいつも付いていたバッチを探した。しかし『見当たらない』。
 「っかしいな。俺、あれほしかったのに…」
 まあ無いものは仕方がない。
 しかしまだ実感がわかない。
 弥生はもう俺のものだという実感が。

 「ぅう~ん」
 ふと声の方を向くと、唸っているのは透だった。呑気な彼に、今起きられては不味い。
 俺は通るに近づくと、速効性の睡眠スプレーを吹き掛ける。念のため持ってきていて良かった。
 俺は一息つくと、透をまじまじとみる。しかし、こいつは弥生にそっくりとまでは行かないでも、随分と似ている。特に雰囲気なんかは根本的には一緒な気がする。
 「…まあそりゃそうか。こいつと弥生は異母姉弟だし、母親は姉妹だし……」
 だとすれば、遺伝子的にはほとんど弥生と同じ、姉弟と同じといっても過言ではない。そう思うと、無性に『欲しくなる』。
 そう思い始めるともう俺は自分では止められなくて、さっき弥生から抜いた銀のナイフの血を拭う。柄を持ち直す。長年使っている持ち手の柄は俺の手に馴染んだ。そしておもむろにそれを振り上げる。切れ味はさっきとそれほど変わらないだろう。
 そして俺が透めがけてそのナイフを振り下げようとしたとき、近くでガサガサと、落ち葉を踏む音が聞こえた。誰だろうか。
 この町にいる限り、特にばれても問題はないのだが、やはり一応誰がいるのかは見ておかないといけない。俺は視線を項垂れた透から、その音がした方を向いた。
 「梧桐…」
 そこには、青ざめた顔をした槐がいた。
「ああ、槐。今まで何処に行ってたんだい、随分探したよ…俺は今から仕事があるから、先に家に帰っといてくれないか」
「で、でも…」
「大丈夫、お前がやらかした障害事件、町の人はひとっつも気にしてなかったぞ。勿論、俺もな!」
 俺は槐に対してニコッと笑うと、再び下ろしたナイフを持ち上げる。が、俺がもう一度ナイフを誰かに刺すことは出来なかった。


 ザクッ


 鈍い音が激痛と共に聞こえた。
 「…………槐?」
「ああごめん、梧桐。兄さん。…裏切り者。僕最近人を苦しめながら刺す方法を修得したんだけど…やっぱり家族だと多少は情が沸いちゃうね。手元が狂っちゃった。」
「何してっ……」
「ああそっか、少し優しくしたからなんとか話すことができるのか……何してって、裏切り者を殺すのは僕の役割だから。」
 裏切り者……?誰が。
「その、何でって顔、止めてよ。透は殺しちゃダメじゃん。ずっと見てたけど、それを殺そうとした時点でお前はもう裏切り者。いや、元から裏切ってたけど。彼奴…総は見た感じ、弥生が殺したのかな?あーあ、僕が殺したかったな。それに弥生もまだ利用価値があるのにさぁ。あのさあ僕、あの人から特別に聞いたよ。『終わった彼女』って、何も死んだ弥生の事じゃないから。用が済んだ後のってことね。彼女、実験体にするって話だったのに…ああもう…」
「そ、んな…」
 俺と弥生の計画は元から洩れていた?初めから間違えていたのか。何でだ。俺はいつも、槐の事を考えて動いていたのに。人の為に、頑張っていたのに…
 「……梧桐は結局、僕を裏切ったんだね。」
「は…?」
 槐から微かに発せられた言葉に、俺は目を丸くする。俺が槐をいつ裏切ったんだ。
「初めて組織であったとき、梧桐は僕の事だけを考えてくれていた。でも弥生と手を組んでから、梧桐は俺を助けるという名目で弥生を自分のものにしようとしていた。僕が助けを求めていただ、狂っているだなんて設定を作って。梧桐が弥生と組んだ時から、僕は君の監視を任されていたけど…やっぱり君は昔とは変わってしまった。狂ったのは梧桐だった。」
 違う…お前は本当に狂っていた。助けを求めていた!
 そう思うのに、声にならない。乱れた呼吸しか出ない。血を吐く。キモチワルイ。
「それに、肝心のあの女は総が好きっぽかったし。」
 ……………………は?
 そんなわけ、ないだろ!
 だって弥生は、透以外、誰も…
「わからなかった?総を女が殺したのは、梧桐より痛がらせずに殺せるように、だったんだよ。多分。愛だね。」
 嘘だ!そんなわけない!弥生は違う!家族だけを信じる人間だ!

 「やっぱりその顔、気が付かずにショックを受けてるね。…君は弥生に理想像ばかり押し付けていた。」
 そして槐の次の言葉が、俺の胸に突き刺さる。深く、深く。それこそ、さっき刺さった刃よりも。

「狂っていたのは、どっちの方だったんだろうね」
 皮肉めいたその言葉を残して、槐は去っていく。

 待って、行かないで……

 助けて。

「さようなら、ありがとう、梧桐。」
 それを最後に、辺りはしんと静まり返った。深淵の夜には相応しい。

 俺が狂っていた?まさか、そんなはずはない。だって俺は、いつだって槐を…………

 いや、違う。
 俺はいつのまにか、弥生だけを求めるようになってた。いつのまにか、槐を盾に好きなことばかりしていた。
 でもなら、どうすれば良かった。どうすれば、皆幸せだったか。何処を変えれば良かったのか。そんなの、わからない。誰か教えてよ!

 ああ、誰か、誰か…………
 弥生もこんな気持ちだったんだろうな。むなしくて、痛くて苦しくて。

 俺達はきっと、初めから幸せになんてなれなかったんだよ。生まれなければって、何度も後悔した。それはきっと、正しかった。

 俺は最期に自分にそう言い聞かせ肯定すると、ゆっくりと瞳を閉じた。



 携帯が鳴る。
 「はい、こちら槐。」
「あっ、やっと繋がった……お前、透の回収は!?」
 焦ったその声は、僕の仲間からだ。
「あ、梧桐殺してたから…忘れてた。今から向かう。お前も来い。一人で運ぶ自信ねえ」
「ああお前って非力だもんな」
「黙れよ」
「はいはい…ところで今回死んだ奴って、誰かわかるか?隠蔽とかいろいろするためにも、町の人に教えなきゃいけなくてよ」
「えっと、梧桐と弥生。」
「了解っと、あとそれとさっき山へ向かう途中俺らが弥生達を誘拐したと勘違いして、問い詰めてきたから殺した佐奈子さんと…あ、あと総。彼奴確認出来たか?死んでて無理なら良いんだがよ。なるべく彼奴も欲しいって言われててな。するなら今回収しねえと…多分今逃せばは無理だわ」
「ああ、総…僕が殺そうと思ってたけど、駄目だった。弥生が殺ったみたい。多分死んでる」
 暗くて死体が何処にあるかわからなかったけど、彼奴が近くにいる気配はなかった。
「おけ。じゃあ総の死体は回収せずにいるぞ。彼奴は何らかの事件に巻き込まれたってことにするから。」
「わかった」
 僕が返事すると、相手は苦笑い気味に声を漏らす。
「しっかし、お兄さんを殺せっての、よく引き受けたよなあ」
「僕の事?」
「勿論」
「梧桐は僕が組織に梧桐より貢献してることとか、全然気が付かなかった。そんな洞察力の奴はいらない。それに、僕をずっと狂ってるって言ってた。大好きな兄さんだけどさ、それでも殺せと言われて殺さない理由がない」
 僕が当然の事を言ってのけると、画面越しからため息が聞こえた。
「ああ、お前はそーゆー奴だったな…まあ今からそっち行くから回収したらずらかるぞ。」
「わかった。」
 僕は短く返事をすると通話を切り、再び梧桐を殺したところまで歩いていった。
 少しだけ兄さんを殺したのは辛かったが、それでも泣くほどではなかった。
 だってそれが、僕の仕事だから。この町に来たときから、梧桐の監視を任されたときから、ずっと覚悟してきていたことだから。
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