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前編 夏休みに
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~前編 夏休みに~
夏の風物詩、蝉の声が嫌だというほど絶えず耳になり響く、陽による暑さで頭がくらくらする、この公園の隅にある大きな木の影に小鳥達が避難している――
そんな、小学六年生の七月後半。もうあと一週間もせずに夏休みにはいる俺、『漆原 総』は人がほとんどいない狭い公園で、熱い鉄を掴みながらブランコをこいでいた。
そして隣では、人のほとんどいない公園で唯一、俺以外の人である『川先 透』は首筋に一筋の汗水を流しながら、隣の俺と同じくブランコをこいでいた。
暫く俺達は暑さにより、言葉を交わすことより無心になることを優先してブランコをこいでいたが、やがて俺はブランコから飛び降りる。そして、一言。
「ちょっと限界っ!」
トールより幾らか多く汗をかいていた俺は、トールより先に限界が来てしまった。
そしてそれを見た俺を見たトールも黄色いブランコから飛び降りた。俺より少し遠いところに降り立つと、俺に向けて透き通る声を発した。
「まだ時間がかかるかもしれないし、何する?」
「んー、何するったってなぁー、大体、遅すぎないか?もう二十分だぞ?」
俺は公園に設置された大きな時計を見上げながら呟く。するとトールは苦笑いしながら、
「確かに遅いね。姉さん、出る直前に電話来たから…時間かかるって言ってたけど…」
それにしてもなに話してるんだろ、とトールは首をかしげた。
俺らがこんなにも暑すぎる夏休み前、汗をかきながら公園に少なくとも二十分は居続ける理由――それは、トールの従姉、『如月 弥生』を待っているためだ。そう、姉ではなく、従姉を。
両親のいないトールは、現在トールの母の姉の子供の弥生の家にすんでいて、二人は毎日仲良く登校している。
そんな従姉弥生がなかなか来ずに、俺が尚も遅いなぁーと呟いていると、隣で空を見つめながら陽の眩しさに目を細めている少年が見える。シャドウグリーンと真っ黒い色が瞳にはいった、生粋の可愛い寄りの美少年。彼には陰りや曇りや暗さを感じさせない、不思議な魅力が存在する。
…さて、そんな少年に俺が何をするのかというと。
俺はトールのすぐ後ろに回り込む。尚もぼんやり空を眺めているので、背後に俺がいることにはまだ気がつかれていないようだ。よし、と俺は心の中で意気込み、そして俺は俺自身の膝を曲げる。膝カックンだ。
さあ、何度も失敗したこれを、今日こそは成功させるぞ――
「わ、総、どうしたの?後ろにいるなんて、虫でもいた?」
「…………何で避けるんだよ!」
俺が膝を曲げたその瞬間、トールは右足を軸として半回転した。そして俺の方へ顔を向ける。理不尽に俺に怒られた少年の肌は白いまでにはいかなくとも、毎日毎日外で動き回っているくせに白めである。日焼け止めを塗っていない癖に、俺や更には日焼け止めを塗っている弥生より幾らか白い肌は、触るだけでひんやりしそうだ。
俺は分かりやすく口を膨らませると、「大人しく膝カックン、させろ~!これで失敗回数が百を越えたよ!」と文句を言う。するとトールは「この前は百五十って言ってたのに?」と持ち前の天然ときょとん顔で俺の言葉を華麗に打ち返した。
俺が揚げ足とるなよ!と笑いながらトールをつついた、まさにその時。
俺はえいっといった掛け声を聞いたとたん、視線が急に前のめりに……下にずれた。このまま転ける。ゆっくり視界が動くが中々頭が働かない。俺は覚悟を決めて目をつぶった。
……しかしそのまま転けることはなかった。誰かの…いやトールの右手が俺の体を支えていた。俺がこけそうになり、思考停止状態の間にトールが俺を助けてくれたのだ。
俺はトールの反射神経に関心と尊敬をしながらお礼を言うと「また助けるからね!」と、明るい笑顔と共に俺がまたこける前提で優しい言葉をかけられた。
俺は苦笑いしながら後ろを振り向いてため息をついた。
後ろでは、両手を振ってにこやかな笑顔を見せる少女が立っている。手を振ることで揺れるポニーテールが似合っていて、またいつも通りポニーテールと並ぶアイデンティティーとなる、腰のベルトについた水色トライアングルのバッチがつけられてある。
容姿がやはり綺麗なその子は、トールとはまるで姉弟ようだ。
そしてそんな今更なことを考えながら、俺はその子……つまりは弥生に挨拶と二つの不満をぶつける。
「おはよう、弥生。遅いし何でそんなにいつも気配消すのがうまいんだよ」
二つ目の不満は嫉妬と言った方が合っている気がするが、俺が頭でそんなことを考えているなんて毛頭知らない弥生はピースサインを俺にして見せる。
「あはは、それは努力の賜物だよ!今度教えてあげる!これから透に膝カックンするの、十回以内に成功するよ!」
と光のような笑顔を見せた。
「まじで!?」
と、俺もそれにつられて笑顔になる。にしても、教えてもらえるのか、それはうれしい。トールに何回しようとしても出来なかった膝カックン。半ば意地になってきていたそのイタズラ(?)にとうとう終止符をうてる――とにやにやしていた俺に、隣のトールは「やめてよ…」と苦笑いしながら呟いていた。
「にしても弥生、どうしたんだ、ずいぶん遅かったじゃん。…何か急用とか?」
あのままいくと、いつものしょうもなくも楽しい会話が長々と続く予感がしていたので、俺は早めに先ほどの会話を中断することにした。人の電話内容を執拗に気にするのはどうかとは思うが、今から俺らが向かう場所は、いつでもキャンセルできる。もしもギリギリまで誰かに大切な予定を迫られていたのなら、そちらを優先してほしいのだ。
しかし、トールよりも少し濃い緑の瞳をした少女は俺の言葉を聞くと、何かを思い出したかのような顔をした。そして続けて、
「そうそう、それ言わないとっ!総、夏休みの最後の方、予定ある!?」
「えっ、と無いけど…?」
「じゃあ、私のお祖母ちゃんの家いかない?ここからまあまあ遠いし田舎だけど、最近大型ショッピングセンターも出来たし、川も海も山も揃ってるから楽しいよ!!」
俺は思ってもいない言葉に、目を見開く。この事を俺が訊ねるまで忘れていたのかといった突っ込みは置いといて、弥生に俺は素直な気持ちを伝えた。
「それ!楽しそうじゃんか!!俺も行っていいのか!?行って良いなら行く!!」
「よしじゃあ決定!!詳しいことはまた連絡するよ!!」
「おう!!」
こうして俺と弥生は成り行きで固い握手を交わした。我ながら、いきなり要所だけ話されてもすぐに対応できるのはすごいと思う。
しかしそれは俺に限ったことではなくて、俺よりも目を輝かせている少年がいた。
「えっ、それ、それ、俺も…」
すると弥生はニヤリと笑う。
「勿論!透は予定なかったでしょ?」
「うん、やったっ!うわぁ、俺のお祖母さん!?」
……成る程、隣の少年が俺より目を輝かせている理由のひとつは、トールはトール自身の家族に出会えると期待しているのか。
…………しかし一人の人間につき、お祖母ちゃんと呼べる人物は最低でも二人は居るわけで……弥生が示すお祖母ちゃんとは弥生の父方の方だと少しばつの悪そうに弥生は答えた。それを聞いてトールは少しだけ落胆はしていた。もういない自身の両親のそのまた両親に会えると期待したのに会えなかった、その心は計り知れないほど落胆しているだろうが、それでもそもそも旅行自体があまりない機会ということで、トールの目の輝きはただのひとつも失われることはなかった。
そしてその後俺らはその旅行について真夏の炎天下の中、暑さも忘れて話をしていた。
そして弥生が公園に到着してから二十分がたったとき、やっと俺達は…というかトールが、ベンチが一つに遊具はブランコと滑り台しかない公園に集まった理由を思い出してくれた。
「…………あのさ、今思い出したけど俺達、今日は『碧矢』の家に行くんじゃなかったっけ…?」
「「……あっ」」
俺と弥生は息のあった感嘆の声をあげ、顔を見合わせる。俺はかわいい顔と思うが、クラスではクラス一の大人っぽい美女と呼ばれている少女は、子供らしい、幼さの残る驚き顔をしていた。
俺達がわざわざここに集まった理由、それは碧矢というクラスメイトの家で勉強会をするためだ。夏休み前にすでに配られた宿題を遂行するために。彼の家を知っているのは俺だけなので、俺が二人を案内するためわざわざみんなで集まったのだ。
しかし、その存在を頭から、全員が消していた。トールはどうやら復元に成功したようだが、それがなければ完全に忘れていただろう。
俺はトールに感謝しつつも、どうせならもうちょい早く思い出してくれれば…と考えていた。いつ考えていたかというと、ブランコの遊具の柱の隅においた俺とトールの鞄を拾い、ダッシュでこの中で唯一碧矢の家を知っている俺が二人を先導していたときである。
なんとか俺達予定の一分前に到着できた。それもこれも、予定の一時間前に俺が公園で待ち合わせとしたからで、当初待ち合わせ時間を決めるときは、「一時間も要らないと思うよ、心配症だなぁ。」と弥生に言われたのだが、結局じゃんけんで俺が勝ち、一時間前に待ち合わせ出来て良かったと思う。
しかし碧矢には遅い!と怒られ、更にはなぜか弥生ばかりを気にかけ俺とトールが家へお邪魔する前に扉を閉めようとした。相手側に恨みはないようなのでそれは別に気にしないのだが、……それにしてもさっきから碧矢……弥生に近付きすぎじゃないか?……いや、気にしすぎだろう。
一分たたずについた碧矢の部屋はそれなりに広く、名前の通り、部屋は碧で埋め尽くされていた。背の低い円形の机は白色で、窓際の勉強机と椅子は茶色だったが、ベッドの布団カバーもカーペットも壁も、ほとんどが青と白のボーダー柄だった。
また、先に来ていたクラスメイトの女子二人はトールを見て、男子二人は弥生を見たとたん、笑顔がこぼれていた。そりゃ、二人とも顔良いし、性格もいいから会えたらうれしいんだろう。
と、いうことで総勢八名での勉強会が開かれた。――が、俺達はすぐに飽きてくる。一時間後に集中して宿題をしていたのは、既に大量の国語やら算数やらのプリントを終わらせて八月の日記をつけている弥生と、俺と同じく国語やら算数やらのプリントの最後の方を問いているトール、そしてトールに地味にしっかりとホールドされ、その他のメンバーと交じってトランプのジジ抜きをすることが許されなかった俺だけである。
そしてトランプを我慢しながら宿題を進めて行き…俺とトールはついに最後のプリント、国語のプリントにたどり着いた。内容は、十二ヶ月の昔の呼び方。俺は早速トールか弥生に聞こうとしたが、二人にはさすがに頼りすぎたと思い直すと、トランプの最中の碧矢に質問した。
「碧矢ー、十二ヶ月の昔の呼び方って、何?」
「一月から睦月、如月、弥生、卯月、皐月、水無月、文月、葉月、長月、神無月、霜月、師走」
「おう、サンキューな」
俺は碧矢がゆっくりといってくれたお陰で、なんとか表を埋められた。にしても碧矢は凄いな。さすがは私立中学志望。
一方の俺は漢字がわからなかったものも幾つかあり、そこはひらがなで書き込む。我ながら濃い字だなと思いながら。
やがて書き終えると、帰宅した碧矢の母親が、そのまま椅子に座ることなく持ってきてくれた桃ジュースで喉を潤わせる。その時俺達は母親に挨拶をしたのだが、碧矢にそっくりで、活発そうな人だった。
そして俺らが宿題を終えたあとはもうふくしゅーとかよしゅーとかいった勉強などせずに、トランプや絵描きしりとりで遊びまくった。
トランプははじめてだ!というほどに楽しんでいたトールを見ていると、俺も不思議といつもより楽しくなっていたのだから、不思議なものだ。――けれど心の奥では、少しだけ楽しめない自分がいた。
そしていつの間にか解散の時間となり、俺とトールと弥生は途中まで一緒に並んで帰った後、また明日という約束を交わして別れた。
俺はそのまままっすぐに家へ帰る。
蝉の大合唱に耳を時々塞ぎ、視線にはいる赤く染まっていく葉を見、あの暑さは残ったまま傾く陽の方へ歩くと不思議なもので、急に憂鬱な気持ちになっていく。
皆でいるときは、それほど気にならなかったその感情は、一人になったとたんに一気に押し寄せてきた。
……………………母親が恋しいとは思ったことはない。けれど、碧矢とその母親を見ると、羨ましく感じてしまった。俺の家の方が十分広いのに、ジュースを持ってきてくれる人が肉親ではなくお手伝いさんだということだけで、どうしてもモヤモヤしてしまうのだ。だから俺はいつまでたっても俺の家へ友達を招待できない。幼馴染みで親友であるトールと、その従姉である弥生はいずれ呼びたいとは思っているが、それ以外はむしろ入れたくないと思ってしまう。お手伝いさんのことは好きなのに、変な劣等感だ。
もうずっと避けられている両親のことをどうしてこんなに思ってしまうのか。俺は本当に俺の事がわからなくなる。
夏の風物詩、蝉の声が嫌だというほど絶えず耳になり響く、陽による暑さで頭がくらくらする、この公園の隅にある大きな木の影に小鳥達が避難している――
そんな、小学六年生の七月後半。もうあと一週間もせずに夏休みにはいる俺、『漆原 総』は人がほとんどいない狭い公園で、熱い鉄を掴みながらブランコをこいでいた。
そして隣では、人のほとんどいない公園で唯一、俺以外の人である『川先 透』は首筋に一筋の汗水を流しながら、隣の俺と同じくブランコをこいでいた。
暫く俺達は暑さにより、言葉を交わすことより無心になることを優先してブランコをこいでいたが、やがて俺はブランコから飛び降りる。そして、一言。
「ちょっと限界っ!」
トールより幾らか多く汗をかいていた俺は、トールより先に限界が来てしまった。
そしてそれを見た俺を見たトールも黄色いブランコから飛び降りた。俺より少し遠いところに降り立つと、俺に向けて透き通る声を発した。
「まだ時間がかかるかもしれないし、何する?」
「んー、何するったってなぁー、大体、遅すぎないか?もう二十分だぞ?」
俺は公園に設置された大きな時計を見上げながら呟く。するとトールは苦笑いしながら、
「確かに遅いね。姉さん、出る直前に電話来たから…時間かかるって言ってたけど…」
それにしてもなに話してるんだろ、とトールは首をかしげた。
俺らがこんなにも暑すぎる夏休み前、汗をかきながら公園に少なくとも二十分は居続ける理由――それは、トールの従姉、『如月 弥生』を待っているためだ。そう、姉ではなく、従姉を。
両親のいないトールは、現在トールの母の姉の子供の弥生の家にすんでいて、二人は毎日仲良く登校している。
そんな従姉弥生がなかなか来ずに、俺が尚も遅いなぁーと呟いていると、隣で空を見つめながら陽の眩しさに目を細めている少年が見える。シャドウグリーンと真っ黒い色が瞳にはいった、生粋の可愛い寄りの美少年。彼には陰りや曇りや暗さを感じさせない、不思議な魅力が存在する。
…さて、そんな少年に俺が何をするのかというと。
俺はトールのすぐ後ろに回り込む。尚もぼんやり空を眺めているので、背後に俺がいることにはまだ気がつかれていないようだ。よし、と俺は心の中で意気込み、そして俺は俺自身の膝を曲げる。膝カックンだ。
さあ、何度も失敗したこれを、今日こそは成功させるぞ――
「わ、総、どうしたの?後ろにいるなんて、虫でもいた?」
「…………何で避けるんだよ!」
俺が膝を曲げたその瞬間、トールは右足を軸として半回転した。そして俺の方へ顔を向ける。理不尽に俺に怒られた少年の肌は白いまでにはいかなくとも、毎日毎日外で動き回っているくせに白めである。日焼け止めを塗っていない癖に、俺や更には日焼け止めを塗っている弥生より幾らか白い肌は、触るだけでひんやりしそうだ。
俺は分かりやすく口を膨らませると、「大人しく膝カックン、させろ~!これで失敗回数が百を越えたよ!」と文句を言う。するとトールは「この前は百五十って言ってたのに?」と持ち前の天然ときょとん顔で俺の言葉を華麗に打ち返した。
俺が揚げ足とるなよ!と笑いながらトールをつついた、まさにその時。
俺はえいっといった掛け声を聞いたとたん、視線が急に前のめりに……下にずれた。このまま転ける。ゆっくり視界が動くが中々頭が働かない。俺は覚悟を決めて目をつぶった。
……しかしそのまま転けることはなかった。誰かの…いやトールの右手が俺の体を支えていた。俺がこけそうになり、思考停止状態の間にトールが俺を助けてくれたのだ。
俺はトールの反射神経に関心と尊敬をしながらお礼を言うと「また助けるからね!」と、明るい笑顔と共に俺がまたこける前提で優しい言葉をかけられた。
俺は苦笑いしながら後ろを振り向いてため息をついた。
後ろでは、両手を振ってにこやかな笑顔を見せる少女が立っている。手を振ることで揺れるポニーテールが似合っていて、またいつも通りポニーテールと並ぶアイデンティティーとなる、腰のベルトについた水色トライアングルのバッチがつけられてある。
容姿がやはり綺麗なその子は、トールとはまるで姉弟ようだ。
そしてそんな今更なことを考えながら、俺はその子……つまりは弥生に挨拶と二つの不満をぶつける。
「おはよう、弥生。遅いし何でそんなにいつも気配消すのがうまいんだよ」
二つ目の不満は嫉妬と言った方が合っている気がするが、俺が頭でそんなことを考えているなんて毛頭知らない弥生はピースサインを俺にして見せる。
「あはは、それは努力の賜物だよ!今度教えてあげる!これから透に膝カックンするの、十回以内に成功するよ!」
と光のような笑顔を見せた。
「まじで!?」
と、俺もそれにつられて笑顔になる。にしても、教えてもらえるのか、それはうれしい。トールに何回しようとしても出来なかった膝カックン。半ば意地になってきていたそのイタズラ(?)にとうとう終止符をうてる――とにやにやしていた俺に、隣のトールは「やめてよ…」と苦笑いしながら呟いていた。
「にしても弥生、どうしたんだ、ずいぶん遅かったじゃん。…何か急用とか?」
あのままいくと、いつものしょうもなくも楽しい会話が長々と続く予感がしていたので、俺は早めに先ほどの会話を中断することにした。人の電話内容を執拗に気にするのはどうかとは思うが、今から俺らが向かう場所は、いつでもキャンセルできる。もしもギリギリまで誰かに大切な予定を迫られていたのなら、そちらを優先してほしいのだ。
しかし、トールよりも少し濃い緑の瞳をした少女は俺の言葉を聞くと、何かを思い出したかのような顔をした。そして続けて、
「そうそう、それ言わないとっ!総、夏休みの最後の方、予定ある!?」
「えっ、と無いけど…?」
「じゃあ、私のお祖母ちゃんの家いかない?ここからまあまあ遠いし田舎だけど、最近大型ショッピングセンターも出来たし、川も海も山も揃ってるから楽しいよ!!」
俺は思ってもいない言葉に、目を見開く。この事を俺が訊ねるまで忘れていたのかといった突っ込みは置いといて、弥生に俺は素直な気持ちを伝えた。
「それ!楽しそうじゃんか!!俺も行っていいのか!?行って良いなら行く!!」
「よしじゃあ決定!!詳しいことはまた連絡するよ!!」
「おう!!」
こうして俺と弥生は成り行きで固い握手を交わした。我ながら、いきなり要所だけ話されてもすぐに対応できるのはすごいと思う。
しかしそれは俺に限ったことではなくて、俺よりも目を輝かせている少年がいた。
「えっ、それ、それ、俺も…」
すると弥生はニヤリと笑う。
「勿論!透は予定なかったでしょ?」
「うん、やったっ!うわぁ、俺のお祖母さん!?」
……成る程、隣の少年が俺より目を輝かせている理由のひとつは、トールはトール自身の家族に出会えると期待しているのか。
…………しかし一人の人間につき、お祖母ちゃんと呼べる人物は最低でも二人は居るわけで……弥生が示すお祖母ちゃんとは弥生の父方の方だと少しばつの悪そうに弥生は答えた。それを聞いてトールは少しだけ落胆はしていた。もういない自身の両親のそのまた両親に会えると期待したのに会えなかった、その心は計り知れないほど落胆しているだろうが、それでもそもそも旅行自体があまりない機会ということで、トールの目の輝きはただのひとつも失われることはなかった。
そしてその後俺らはその旅行について真夏の炎天下の中、暑さも忘れて話をしていた。
そして弥生が公園に到着してから二十分がたったとき、やっと俺達は…というかトールが、ベンチが一つに遊具はブランコと滑り台しかない公園に集まった理由を思い出してくれた。
「…………あのさ、今思い出したけど俺達、今日は『碧矢』の家に行くんじゃなかったっけ…?」
「「……あっ」」
俺と弥生は息のあった感嘆の声をあげ、顔を見合わせる。俺はかわいい顔と思うが、クラスではクラス一の大人っぽい美女と呼ばれている少女は、子供らしい、幼さの残る驚き顔をしていた。
俺達がわざわざここに集まった理由、それは碧矢というクラスメイトの家で勉強会をするためだ。夏休み前にすでに配られた宿題を遂行するために。彼の家を知っているのは俺だけなので、俺が二人を案内するためわざわざみんなで集まったのだ。
しかし、その存在を頭から、全員が消していた。トールはどうやら復元に成功したようだが、それがなければ完全に忘れていただろう。
俺はトールに感謝しつつも、どうせならもうちょい早く思い出してくれれば…と考えていた。いつ考えていたかというと、ブランコの遊具の柱の隅においた俺とトールの鞄を拾い、ダッシュでこの中で唯一碧矢の家を知っている俺が二人を先導していたときである。
なんとか俺達予定の一分前に到着できた。それもこれも、予定の一時間前に俺が公園で待ち合わせとしたからで、当初待ち合わせ時間を決めるときは、「一時間も要らないと思うよ、心配症だなぁ。」と弥生に言われたのだが、結局じゃんけんで俺が勝ち、一時間前に待ち合わせ出来て良かったと思う。
しかし碧矢には遅い!と怒られ、更にはなぜか弥生ばかりを気にかけ俺とトールが家へお邪魔する前に扉を閉めようとした。相手側に恨みはないようなのでそれは別に気にしないのだが、……それにしてもさっきから碧矢……弥生に近付きすぎじゃないか?……いや、気にしすぎだろう。
一分たたずについた碧矢の部屋はそれなりに広く、名前の通り、部屋は碧で埋め尽くされていた。背の低い円形の机は白色で、窓際の勉強机と椅子は茶色だったが、ベッドの布団カバーもカーペットも壁も、ほとんどが青と白のボーダー柄だった。
また、先に来ていたクラスメイトの女子二人はトールを見て、男子二人は弥生を見たとたん、笑顔がこぼれていた。そりゃ、二人とも顔良いし、性格もいいから会えたらうれしいんだろう。
と、いうことで総勢八名での勉強会が開かれた。――が、俺達はすぐに飽きてくる。一時間後に集中して宿題をしていたのは、既に大量の国語やら算数やらのプリントを終わらせて八月の日記をつけている弥生と、俺と同じく国語やら算数やらのプリントの最後の方を問いているトール、そしてトールに地味にしっかりとホールドされ、その他のメンバーと交じってトランプのジジ抜きをすることが許されなかった俺だけである。
そしてトランプを我慢しながら宿題を進めて行き…俺とトールはついに最後のプリント、国語のプリントにたどり着いた。内容は、十二ヶ月の昔の呼び方。俺は早速トールか弥生に聞こうとしたが、二人にはさすがに頼りすぎたと思い直すと、トランプの最中の碧矢に質問した。
「碧矢ー、十二ヶ月の昔の呼び方って、何?」
「一月から睦月、如月、弥生、卯月、皐月、水無月、文月、葉月、長月、神無月、霜月、師走」
「おう、サンキューな」
俺は碧矢がゆっくりといってくれたお陰で、なんとか表を埋められた。にしても碧矢は凄いな。さすがは私立中学志望。
一方の俺は漢字がわからなかったものも幾つかあり、そこはひらがなで書き込む。我ながら濃い字だなと思いながら。
やがて書き終えると、帰宅した碧矢の母親が、そのまま椅子に座ることなく持ってきてくれた桃ジュースで喉を潤わせる。その時俺達は母親に挨拶をしたのだが、碧矢にそっくりで、活発そうな人だった。
そして俺らが宿題を終えたあとはもうふくしゅーとかよしゅーとかいった勉強などせずに、トランプや絵描きしりとりで遊びまくった。
トランプははじめてだ!というほどに楽しんでいたトールを見ていると、俺も不思議といつもより楽しくなっていたのだから、不思議なものだ。――けれど心の奥では、少しだけ楽しめない自分がいた。
そしていつの間にか解散の時間となり、俺とトールと弥生は途中まで一緒に並んで帰った後、また明日という約束を交わして別れた。
俺はそのまままっすぐに家へ帰る。
蝉の大合唱に耳を時々塞ぎ、視線にはいる赤く染まっていく葉を見、あの暑さは残ったまま傾く陽の方へ歩くと不思議なもので、急に憂鬱な気持ちになっていく。
皆でいるときは、それほど気にならなかったその感情は、一人になったとたんに一気に押し寄せてきた。
……………………母親が恋しいとは思ったことはない。けれど、碧矢とその母親を見ると、羨ましく感じてしまった。俺の家の方が十分広いのに、ジュースを持ってきてくれる人が肉親ではなくお手伝いさんだということだけで、どうしてもモヤモヤしてしまうのだ。だから俺はいつまでたっても俺の家へ友達を招待できない。幼馴染みで親友であるトールと、その従姉である弥生はいずれ呼びたいとは思っているが、それ以外はむしろ入れたくないと思ってしまう。お手伝いさんのことは好きなのに、変な劣等感だ。
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