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1章

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隣国の国境付近にヴァイザーはいた。
魔力消費の高い長距離の転移魔法を使ってしまったが思ったより魔物が多く疲労が溜まった。
この国は隣国との境に結界があり、それも全てエルフォルク家が管理している。どうやら今回はその結界の一部が壊れ、隣国の魔物がシュバルツ帝国に流れ出したらしい。隣国では城内のみを結界で守っているためそこら辺に魔物がいるが、この国では国全体を結界で守っているため魔物の出現は珍しい。

(今回は老朽化による破損だが、、)

早めに国境付近の兵士たちが気づいたため被害はなく無事に結界の修復もおこなった。現在結界の修復魔法を使えるのはヴァイザーのみだ。

「ヴァイザー様、帰りはどうなさいますか?」

そう声をかけてきたのはヴァイザーの側近エアイン・カイエルだ。ヴァイザーが当主になってからずっとヴァイザーの右腕として従事してきた。ヴァイザーの育て親の一人と言っても過言では無い。

「森を抜けるまで転移魔法を使う。そこからは馬でいく、手配しておけ」

「仰せのままに」

ヴァイザーは周りにいた数人の騎士たちを集め転移魔法を発動し森をぬけた。



馬に乗りながらヴァイザーは考えていた。昨日城に来たばかりの『運命』の相手のことだ。

「ヴァイザー様、馬にのりながら考え事ですか?」

カイエルはいつも鋭くヴァイザーの思考を当ててくる。きっと何を考えているのかもバレているのだろう。




(会った瞬間に『運命』なのだとわかった。これが気持ちなのだと)

魔力がないことにも驚いたがそれよりも自分の気持ちの変化に驚いたのだ。『運命』に出会うまでは城外の仕事も積極的に行い、『運命』を探していたのも事実だ。しかし、いざ目の前に現れればどうしていいのか分からなかった。
目の前にいたのはやせ細った体にボロボロの服を身にまとった少女だった。正直彼女とは比べ物にならないくらい着飾った女と接する機会も多かったはずなのになぜか彼女から目が離せなかった。ヴァイザーの心臓が彼女は『運命』だと告げていた。

そこからはどんな言葉をかけたのかあまり覚えていなかった。ただ気持ちに蓋をすることに必死だった。
『運命』に縋りすぎてはいけないとヴァイザーの脳は告げていた。

(まぁ、そのせいか冷たく当たってしまったのだが)

グレンツェを馬車に乗せ、転移魔法で城に戻れば城で事務作業をしていたカイエルに叱られた。

「馬車に1人乗せて置いてきた?!」

「転移魔法は無魔力の彼女にはキツイだろう」

「では一緒に馬車に乗ってくればよかったのでは?」

「私のことを酷く怖がっていた。そんなやつと一緒に馬車に乗るなんて地獄だろう」

「一体何をしたんですか?!」

カイエルはそこからもなにやらブツブツ言っていたが聞き流した。
あの馬車は自動的に城に帰ってくるように設定された物だしなんならあの馬は本物ではない。
しっかり保護魔法もかけてあるしそこまで怒ることでは無いとヴァイザーは思っていたのだがどうやら違ったらしい。

(グレンツェが着く前に侍女の配置も考えなければな、、)

「『運命』はエルフォルク家に必要不可欠なのですよ!?せめて子が産まれるまででも愛想つかされないようにお願いします」

つくづくカイエルも冷めている。『運命』は本物の愛からなるものではなく魔力の強い子が産まれる条件でしかないのだ。



その後、無事馬車は城に戻っており侍女にグレンツェを任せたら先程とは見違えるように綺麗になってヴァイザーの執務室にやってきた。

(まただ、だがさっきとは少し違う)

ヴァイザーはまだ自分の気持ちに整理がついていない。
(グレンツェとは確かに『運命』だが、ただエルフォルク家の繁栄に必要であるだけだ。魔力の強い子が産まれればそれだけでいい、優しく接して愛を求められるのはめんどくさいだけだ)

そう心に言い聞かせれば先程カイエルが言っていたことなど頭から抜けまた冷たく接してしまった。

(次はここでの生活がいかに良いか伝えることにしよう、どうやら孤児院でも良い生活はしていないようだし無魔力ではこの城から追い出されれば確実に生きていけない、それをグレンツェも分かっているはずだ)

無駄に優しくする必要は無い。この城の中に居てさえくれれば。






だけど誤算だった。
カイエルに夕食は一緒に食べるように言われたのだが、グレンツェはそれはそれは美味しそうにご飯を食べるのだ。
パンを食べただけであんなにも美味しそうにするからヴァイザーは肉や魚などいろいろ食べさせたくなった。

(こんなにも細い体で今までどうやって過ごしていたんだ?)

切ってあげた肉を頬張るグレンツェを見ながら考える。

(このまま一生好きなものだけ食べて私の隣で笑っていればいい)

こんな考えになっている時点でヴァイザーは既に『運命』に蝕まれていた。気づいたら『運命』について教えてやる、なんて柄にもないことを言っていた。
この気持ちは『運命』によるもので自分の気持ちでは無い。


そう言い聞かせる一方で馬を走らせ城に帰っている今もヴァイザーが考えるのは『運命』であるグレンツェのことだけだ。











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