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番外編
7.閑話 侍女によると―1―
しおりを挟む私はヴァレンシュタイン侯爵家の遠縁にあたるヘレナ・バルサンと申します。遠縁といっても分家の分家の……というほぼ血縁の繋がりはない子爵家の娘。大きな声で『ヴァレンシュタイン家の親戚筋』などと申せません。
数ある分家のひとつではありますが、堅実な両親は本家からの信頼が厚かったのです。まず本家から認識されていることにも驚きましたが、お父様に領地管理の才があることを知って更に驚いたものです。
さて、仲が良く穏やかな両親を私は尊敬しております。身近な両親が手本だったからこそ、私も心身ともに健やかに育ったのだと感謝しておりました。積極的に誰とでも関わることができる性格は、きっと両親に似たのでしょう。
おこがましいようですが、見目だって決して悪くはございませんのよ? 着飾れば子爵令嬢に見えるくらいの仕上がりにはなるのです。
そのように淑女として邁進していた私ですが幼馴染と結婚の約束をしており、両親を手伝いながら婚姻の日を心待ちにしておりました。そんなある日のことです……
騎士団統括団長であるレオン様のご高名は、もちろん存じ上げておりました。討伐でのご活躍、また、高魔力保持や騎士としての実力はこの国に敵う者がいないとすら言われております。
逸話は武勇伝だけではございません。見目麗しいお姿であることや、秋波を送られた話など、お噂は様々。分家だからという理由で存じているわけではございません。私のような分家の分家の末席……お姿を拝見できる機会すらありませんから。
ではどこからその話を、となります── 女性たちの情報伝達能力は正確かつ速さが重要で、独自の入手経路を侮ってはいけません。ということです。ふふっ。
その本家次男でいらっしゃいますレオン様が、信頼の置ける使用人をお探しとのことで、我が家にお声が掛かったのです。
「私……ですか?」
「そうだよ、ヘレナ」
これは大変名誉なことであり、滅多に得られない本家との御縁。父も間違いではないかと確認したそうですが、間違いなく私だったのです。
本家は侯爵家ですから、身元がはっきりした血縁の子息子女を使用人として雇うことが多いのです。私も礼儀作法を学んでいますから、珍しいことではありません。
しかし、うちのような分家の分家ではなくとも、近い分家にも作法を学んだ子女はおりますのに。何故……
候補のどなたかが急病になられたのかしら。そもそも騎士団の統括団長というお立場ですから、確か、レオン様は王都に邸をお持ちではなかったはずですけれども。
私の疑問は話を聞き進めていくと、解決しました。しかし、驚きの事実が判明したのです。
まだ内密の話だそうで他言無用、極秘事項ですが、なんと、レオン様が! 婚姻を! 結ばれる!! そうなのです!!
まあ! なんておめでたいお話でしょう。
伴侶となられるご令嬢の侍女としてお仕えする、と。そのように解釈してよろしいですわね?
「いや、違うんだ。よくお聞き」
え? そうではない?
では私は何のためにお仕えするのですか。あのレオン様の伴侶となられるお方でしょう? 隣に並ばれるんですよ? きっと美しいご令嬢に違いありません。
でしたら、身の回りをお世話する侍女は帯同させるのかもしれませんね。慣れない生活は心身共に疲弊するでしょうから、生家から連れた侍女が近くにおりますと安心でしょう。レオン様はお優しい方でしょうから侍女の帯同をお許しになられるはずです。
それでは私は部屋係? いえ、不満などとんでもございません。レオン様や奥様のお姿を拝見できる機会が激減してしまうだなんて、お部屋を整えるばかりではほぼお会いできないなんて、それは嫌だなんて、美男美女の栄養を目から入れられないなんて、嘆いてません。
レオン様の婚姻に合わせてお仕えできる名誉ですもの。どのようなお役目であろうと喜んでお仕えいたしますわ。ええ、喜んで……
「落ち着きなさい……ヘレナ、泣くことはあるまい」
お父様、溜息を吐くと幸運が逃げてしまいますわよ。え、お前がそうさせる? いやですわね、娘のせいにしないでくださいませ。涙は拭きますわ、ちょっとお待ち下さいませ……。
「いいから、少し黙りなさい」
私ったら……心で呟いているつもりでしたのに、すべて声となっていたというの? まあ! なんということでしょう。
ちょっと反省して、口を噤みますわね……
そして、お父様からレオン様のお相手についてお話がありました。もちろんここだけの内密な話です。幾度も『他言しないこと』と念を押されました。娘を信用できないなんていけませんわね、お父様。これでも口が固いんですのよ。
侍女の選定条件として、信用のある家であること。その家の子女で結婚している、もしくは婚約中で近々結婚予定がある。できることなら長く仕えてほしいので、その心積もりができる者。性格は明るく相手を配慮できること。という条件だそうです。
……光栄なことに、我が家に当てはまりますわね。
さあ、よろしいでしょうか。ここからが大切なお相手についてのお話です。極秘です。内緒です。よーくお聞き下さい。そしてこの話はお心に留めてくださいませね。
『お相手は、ラトギプ伯爵家三男のアルフォンス様だ』
……はい? 私、とても大切なことなのに聞き間違えてしまったかしら。『三男』『アルフォンス様』と聞こえたような気がしたわ。
レオン様は大変な美丈夫で、女性からのお誘いも多いと耳に……ごほん。人望もおありで魅力的な方だと聞き及んでおります。
「聞き間違いではない。ラトギプ伯爵家のアルフォンス様でいらっしゃる」
……レオン様のお相手はアルフォンス様……いえ、決して驚いてなどおりません。どのようなお相手であろうと、誠心誠意しっかりお仕えいたします。します。
けれども、どのようなご縁があったのか気になるところではあります。確かにヴァレンシュタイン家では後継者となるご子息がお生まれになられた。ですからレオン様はスペアとしての役目はほぼなくなり、自由の身。侯爵位となれば跡目争いを避けるため、同性との婚姻を結ぶことは珍しくありません。
(こういうときこそ、私の情報網を使うべきだわ)
少し時間がかかるかもしれませんが、後ほど情報収集してみることにいたしましょう。詳細が知りたいわ。きっとお父様のお話にはない裏情報があるはずですもの。
ラトギプ家のアルフォンス様。
存じ上げない方……またまだ甘いわね、私。
はしたなく詮索しているわけではございません。これからお仕えするにあたり事前に把握しておくべきことがあるかもしれない、配慮しなくてはならない事柄があるかもしれない。決して好奇心などではございません。ええ、決して──
「いいかい、ヘレナ。失礼がないようしっかり準備しておくように」
「はい、承知いたしました。アルフォンス様に信頼してお任せいただけるよう(事前情報を掴んで)誠心誠意務めますわ」
力強く宣言いたしましたのに、お父様……溜息をつかないで。
私はこのとき、レオン様が跡目争いとならないよう配慮した婚姻だとばかり思っていたのです。
ですから、ラトギプ家の三男であるアルフォンス様を存じ上げておりませんでしたし、形ばかりの婚姻なのだろうと、間違った認識をしておりました。
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