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番外編
2.アルとカミル―2―
しおりを挟むカミルと俺は騎士団の訓練場へ向かった。おそらく通常の鍛錬が行われているはずだ。模擬試合となると立会人が必要で、何かを頼める状況ではない。
訓練場へ近づくと人の気配に混ざって武器のぶつかり合う音が聞こえてくる。接近戦の訓練をしているのだろう。カキンッと高い金属音が鳴り、地を踏みしめる音が響く。
騎士たちから無意識に発せられる魔力。それを感じ取った俺の身体が反応し、ざわざわ粟立った。
「どうかなあ。誰か、頼めそうな人いる?」
カミルの声は呑気だ。まるで遊びにきて友達でも探しているような言い方をしている。
攻撃魔法で火球を扱える人物となると──何人か思い浮かぶ騎士の顔。ちょうど鍛錬中であればよいが、どうだろうか。
(あの騎士は確か……)
見渡した中に火魔法を単体で扱える騎士がいた。第二騎士団の団員だ。『頼めそうだ』とカミルに伝える。
周りの様子と鍛錬の動きを見計らい、足早にカミルと共にその騎士へ近づく。
「すまないが手を貸してはもらえないだろうか」
「おう?」
魔術の目的は伏せ、協力を要請する。魔術師への協力は努力義務であるため、カミルがいるということは必然的に頷かざるを得ない。とはいっても、それとは関係なしに快く引き受けてくれた。
「とりあえず魔力を抑えて、小さなものから試してみましょう」
「アルフォンスに向かって火球を投げればいいわけだよな?」
「そうです」
カミルの指示で徐々に火球の大きさを上げていくことになった。無邪気に菓子を頬張っていたときとは違い、すっかり魔術師の顔をしていた。
誰にも使ったことのない新しい術式だから、訓練場の中央で確認することになったのは予想外だが。てっきり片隅で目立たぬように確かめるとばかり思っていた。どうやら万が一があってはいけない、ということらしい。俺が反発したところで状況が変わるわけもなく、ここは魔術師であるカミルの指示に従った。
鍛錬中だった騎士たちが端に寄り、遠目とはいえ興味深げに見ていた。数十人に見られながら試すことになるとは。視線が集まる中でのやりづらさはある。やりづらい、が。ともあれ、やらねばならない。
騎士が魔力を手のひらへ集めて、頭ほどの大きさになるまで火球を準備していた。カミルから俺に付与された魔術回路がうまく発動するのか、まずはその確認だ。おかしな感覚はないし、馴染んでいる気がする。大きな欠陥はなさそうだ。
俺が頷いたことで騎士から火球が投げられた。とはいっても戦闘ではないから、物を放るときのような勢いだ。俺は向かってくる火球に対し、かき消すことを想像する。そして右手を前へ突き出し、握り潰す動作を火球へ向けた。
するとこちらへ向かっていたはずの火球は跡形もなく消えてしまった。俺の魔力が上回ったことにより消し去ったというよりは、周りからの圧力によって消失したという表現の方がしっくりくる。それくらい通常の火球へ対する攻撃とは違う消え方だった。
場外にいる騎士たちはシンッと静まった後、何だあれはとざわざわ口々にしていた。攻撃に対してそれを上回る魔力で打ち消すことはあっても、このように火力を失わせた現象を見たのは初めてだろう。いや、俺も初めてだ。自分でやったとは思えなかった。
「思っていたよりすごいかも。アルの魔力かな……えっと、性質を加味して試すか……んー、あれもできるんじゃないかな。うん、うん。じゃあもうちょっと大きくしてもらえますか?」
「ぁ、ああ、承知した」
呆然としていた騎士がカミルの声に正気づき、次の動作へ移る。俺も自分の中にある魔力と新しい魔術回路に違和感がないことを確かめ、待ち構えることにした。
訓練場から魔術師団の研究室へ、一旦カミルと戻ることになった。
予想以上の成果を得られたようで、カミルは満足気な顔をしている。予定していた火球の威力まで引き上げ、試すことができたのだ。俺に付与した魔術回路も正しく作動することが証明された。
これから解析を進め、俺以外の者にはこの魔術を適応した術式を構築していくらしい。完成すれば有事の際に役立ちそうだ。
何事もなく今回の確認作業を終えようとしていたのだが、先程から俺の中で違和感がある。じくじくとおかしな感覚が燻り始めていた。
目眩や吐き気といった体調がどうのというわけではない。ただ身体の芯にぼんやり何かが灯っている。気のせいではないようで、少しずつ息が熱くなっていた。
「アルフォンス?」
「ん、何でもない。だいじょうぶ……」
身体は動かせている。周りからはいつもと同じように見えているはずだ。とはいってもあまり余裕があるわけでもない。早くこの場から離れ一人になりたかった。
澱のようなそれを、体外へ出してしまいたい。ここから一番近くで、俺が立ち寄ることのできる場所……騎士団本部か宿直の仮眠室だろうか。どちらにしても皆から見えないところへ隠れたい。
必死に足を動かしているのに、地を蹴っている感覚が鈍い。身体が言うことを聞かずよろめいた。
(倒れる……)
足が前へ出てくれなくて、傾いだ身体は地面へ向かう。早く次の足を……わかっているのにとうしても動けなかった。
「大丈夫かい、アル?」
「ぁ……」
訪れるであろう衝撃を覚悟したのに、ぽすりと俺の身体を受け止めたのは逞しい腕だった。もちろん痛みなどはまったくない。知りすぎるほど慣れたその匂いと温もりに、ほっと安堵する。
「そんな顔を見せていたの? 悪い子だね……」
片腕で胸に抱き寄せられ、俺の顔は伏せられてしまった。
「レオン……」
身を委ねることに躊躇いはない。力が抜け始めていた腕を持ち上げ、そっと背に回した。しがみつくように上着を緩く掴んで、情けなくもこうなってしまった身体を預ける。
「カミル、これはどういった経緯だ?」
「統括団長、先程まで──」
頭上で二人が話をしているが内容は耳に入ってこない。まるで水中にでもいるように声はくぐもっている。奏でる音楽のように意識の上を揺蕩う。
俺の身体は自分でどうにもならないほど崩れていった。
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