【完結】騎士団でいつの間にか外堀埋められ陥落した話+その後の話

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陥落したその後の話

19.迷猫

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「いえ、待ち合わせていますので」
「ではお相手が来るまでよければ」 
「……申し訳ありませんが」
「そうですか……残念です。楽しい時間を」

 そう言ってグラスを傾け立ち去った。
 話しかけられても相手にならないと示せば、しつこくされることはなさそうだ。相手の身なりからして商会の品でも勧めたかったのだろうが、俺には愛想がないことだし、客にはならないと判断したのかもしれない。
 声をかけられることはないと油断していたが、そうか、客という意味では誰でもよいわけだ。そこは失念していた。黙ってこの場から姿を消すわけにもいかず、クラウディア様が戻られるまでは動けない。

 変な話を持ち掛けられたら面倒だ。そんなことを思っていたら、間を置くことなく再び声を掛けられた。先程と同じように同行者の存在を伝えるが俺の話には構わず、よければ飲み物をだとか名を尋ねられてしまう。夜会で誰かと交流を深めるつもりはないから、親切だとしてもすべてを断った。それでも立ち去ってはくれず、仕方なく『あちらで探していますので』と理由を付けて、この場から動くことにした。
 クラウディア様からは動かないように言われていたが、他に方法が浮かばなかったのだ。だから安易に移動してしまった。すぐにまた戻ればよいだろうと考えてのことだ。

 少し離れたこの辺りに、もしかしたらレオンがいないだろうかときょろきょろ周りに目を向ける。どうやらこのテーブルの近くにいらっしゃる方々はヴァレンシュタインとは関わる派閥が違うようで、長く留まるべきではないだろう。そう判断し元の場所へ戻るべく、向きを変えようとしたとき。無遠慮に腕を掴まれた。

「なあ、どこの迷い猫だ?」

 咄嗟に振払おうとしたが、ここで事を荒立てたくはない。グッと指先を握り締め、相手への動きが乱雑にならないよう堪えた。
 俺の腕を掴んだ相手を見てみれば、やや赤らんた顔、そして近くで吐かれた息からはアルコールの臭いがした。酔って絡まれたのかもしれない。だとしても掴まれてた手や寄せられた顔が不快だ。何より揶揄された言葉も不愉快だった。

「……離していただけませんか」

 冷静に対処しろと自分に言い聞かせる。夜会でなければさっさと退かすのに、今はそれができない。話してわかる相手なら穏便に済ますことはできるが、この方、ちゃんと聞こえているだろうか。

「おお、これは愛らしい仔猫じゃないか。どこの子かね?」

 記憶した貴族の中から思い出す。確か子爵位ではなかっただろうか。商いが成功したとかで羽振りがよいとの噂だ。あまりよい話を聞かない人で男色家と耳にしたことがある。なるほど。俺にそういった意味で声をかけたということだ。
 厄介な人に関わってしまったと思いながら、この場をうまくかわせないか、言葉を探した。

「待ち合わせていますので……ご容赦ください」
「そうか、飼い主を探しているのかね。よしよし私が相手になろう」
「いえ、そういうことでは」

 会話が成り立たない。俺の声が聞こえていないのか、そもそも聞く気などないのか。自分の意のままに扱おうとしている。相手の素性を知らずに行動すればどうなるか、後のことを考えていないようだ。いや、考えられる人間ならもう少しまともな人間性を持っているだろうな。

 両腕を掴まれ、徐々に距離を縮められる。やろうと思えばどうにでも対処できるが、騒ぎを大きくせずやんわり退かすしかない。押されるままに後退すると、背に壁がついた。これでは動こうにもなかなか難儀だ。さすがに床へ転がすわけにもいかない。

「ちょ、っ やめ、て……くださいっ」
「ほお……誘い方を知っておるようだ」

 遠慮して強い態度を取れずにいたせいか、身を近づけられてしまった。許したわけでもない至近距離に、嫌悪が湧く。鳥肌が立ち、忍耐の限界で魔力が吹き出しそうだ。

 声も息も、掴まれた腕も、すべてを拒む。そもそもの根源ともいうべき、魔力の相性が悪い。

 もう無理だと思ったとき──

「私の連れに何か?」

 自分では振り解けなかった子爵の腕が、いとも簡単に離れた。そして俺の身体は引かれ、知った香りと体温に囲まれる。

 ──もう大丈夫だ。
 背中から腰を抱かれ、所有を宣言するようにその声は頭上から響いた。

は主人以外に懐きませんよ。おや、卿は酔っておられるようですね」
「いや、別に、あ、……その、」

 丁寧な言葉とは裏腹に、レオンの威圧と怒気は隠そうとしていない。気圧けおされ相手はしどろもどろに後退った。

「別室で少し休まれてはいかがですか? ……ご案内を」

 レオンが目で呼ぶと、控えていた給仕係がこちらへ、と子爵へ案内の先を促した。有無を言わせぬ応対は見事で、給仕係にしては隙がない。

 声を荒げることなくこの場が収まり、周りからは貴族同士の会話にしか見えなかっただろう。レオンの手腕はさすがとしか言いようがなく鮮やかだ。

「さてと、どうしたものかね。アルの魅力はわかっているつもりだけど、こうも引き寄せてしまうとは……」
「レオン?」

 クラウディア様から大人しく待っているよう言われていたにも関わらず動き回り、更には厄介事になりかけた。そして対処できずでレオンに助けられたのだ。これはあまりよろしくない状況ではなかろうか。小言なり苦言なりありそうだ。
 何を言われるのか身構え、反省すべき点しかない自身の行動を省みる。慣れない場とはいえ悪手だった。

「皆に見せつけておこうか。君のが誰なのかを」
「何、……?」

 後ろから腰を抱かれたまま左腕を取られ、エスコートするように歩き進める。どこへ向かうのかと思えば、装いを整える際などに使う小さな部屋だった。
 ドアに掛けられている花の飾りを外す。こうしておくことで『部屋の使用』を意味する。外した花の飾りはドアの内側へ。衣装を整え終わり部屋から出たときにはまた戻せばよい。

 レオンと共に部屋の中へ入った。談話室のような広さはもちろんなく、ソファーとローテーブル、それから化粧を直すための鏡台くらいしかなかった。

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