【完結】騎士団でいつの間にか外堀埋められ陥落した話+その後の話

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陥落したその後の話

21.最愛

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 僅かな時間ではあるが国王陛下の御前にて婚姻の報告が適う名誉に、高揚する気持ちを抑え皆がそのときを待っていた。
 レオンは統括団長という立場ではあるものの、あくまで今日は臣下の一人としてここにいる。上位貴族から順に拝謁を賜ることになっているが特別扱いはされない。

 しかも俺たちは支度があったために、後方で待つことになっていた。レオンに支えられている姿は、一見すると仲睦まじく映るかもしれない。いや、仲が悪いことなどもちろんないが、一人で歩くとふらついて少々見苦しいことのだから仕方ない。

(……何か差し障っているか?)

 頼んで皺を伸ばしてもらった衣装の他にもおかしなところがあるのか、視線を感じ前屈みにならないよう姿勢を正したがあまり変わらなかった。

「大丈夫かい?」
「……それをレオンが聞きます?」
「うん、だってアルがあまりにも魅力的だから。君を前にすると、ね」

 俺の腰を抱く手に、くっと力がこもる。呆れたらいいのか、レオンの想いに喜べばいいのか、きっと答えは見つからない。

 滞りなく逐次進む中、俺たちの番となる。婚姻の報告は娶る側が行うため、俺は隣で跪礼を取った。

「ヴァレンシュタイン侯爵家がレオンにございます。我が最愛の伴侶アルフォンス・ラトギプとの婚姻を謹んでご報告申し上げます」

 隣から聞こえてきた声に反応しそうになる。指先がぴくりとなりはしたものの、跪礼のまま陛下のお声がけを待った。伴侶の紹介はどのような言葉を選んでも構わないのだが、レオンの声音と言葉があまりにも甘ったるい。通常、『最愛』などと表現はしない。『伴侶』と付けるか、もしくは『ラトギプ伯爵家の』といったように家名だ。
 動揺を隠しながら陛下の『おめでとう』という祝福の言葉を賜り姿勢を正した。次の夫妻へ順が移ったことで報告の場を下がり、俺はレオンを見上げる。
 恥ずかしさと何とも言えない気持ちで頬が熱い。上気している自覚があった。先程までの無体な行為もあり、感情も身体もレオンからの気持ちを受けてどうしようもなくなっていた。

「アル、そんな顔しないで? ほら君の色香に惑わされた輩が現れてしまうよ?」
「……誰もそのようなこと思うはずがないでしょう。杞憂もいいところですよ」

 俺に対してそういった劣情を抱く者などいるはずがない。気にする必要はないというのに、レオンは人の悪い顔をしながら周りをちらっと窺っている。俺は判然としないながらも、同じように周りへ目を向けた。

 何やら俺たちのことで耳打ちしているようだ。この婚姻の報告により、俺たちのことは広く知れるだろう。貴族たちの情報伝達は良くも悪くも早い。
 おそらくはそういったことを話しているのだ。統括団長であるレオンの婚姻、しかも相手は上位貴族でもなければ美しい令嬢でもない、魔法騎士の俺だから。ただ悪意のあるものではなさそうで、小さく漏れ聞こえてきた言葉はこのようなものだった。

『漆黒のシュヴェルトがになったのか…』

 以前カミルが口にしていた『漆黒のシュヴェルト』だ。他は小声でよく聞き取れなかった。
 確かに俺の髪も瞳もこの国ではあまり多くはいない漆黒。闇のようだと揶揄されたこともある。だからといって気にしたことはなく、生まれ持った容姿であり、それ以上でも以下でもない。健康で有難いと感謝することはあっても、この容姿を変えてほしいと願うことはなかった。

「アルの艷やかな濡羽色の髪も、吸い込まれそうな漆黒の瞳も、俺の好きなところだよ」

 レオンにも聞こえていたのか俺の髪に口づけながら、ふふっと微笑んだ。腰に添える手に力が入り、より引き寄せられた。

「……近い、です」

 肘を突っ張って間を作ろうとしてみたが、力で敵うはずもない。レオンの体温がわかるくらいに背中は密着していた。

 ちょうど俺の目線の先に、レオンのクラヴァットピンがある。そこに使われている石は紅玉ルビーだ。俺から贈ったものだが『紅い宝石がいいな』とレオンからの希望があり、その通りに選んだ。何故この色なのか理由を尋ねても教えてもらえず、欲しい色がたまたま紅色だったのだろうと気にも留めなかった。しかし、紅い色を希望した理由を教えられたのはつい先程だ。

『アルの瞳は達くとき少し紅くなるんだよ』 

 その言葉に絶句したのは言うまでもない。俺だけしか知らないから、と。そんな理由で欲しがったのなら、もう二度とこの色では贈らないし、人前で着けてほしくもなかった。このピンを見るたびいたたまれなくなる。

 俺の髪色と同じ黒翡翠ブラックジェダイトのピアスは、金髪碧眼のレオンが着けるとそこだけ異質な色のように感じるが、それでよいらしい。

『目立つでしょ? アルに縛られているみたいで堪らない』

 ああ、本当にそうできるのなら。レオンを俺だけのものにできるのに──

 黒翡翠のピアスは目立ちすぎるから、こういった夜会では衣装と合わせるには難しく、日常で着けるようにしてもらった。

「アルフォンス」
「はい?」

 優しい声。
 けれど、真剣にレオンが俺の名を口にした。何度呼ばれても、この声音にはいつだって心が踊る。レオンだけ、特別なのだと思う。


「愛しているよ、俺のレーベン


 容姿も地位も魔力も、何だって手に入れているのに。
 どうしてこんなに弱々しく縋るみたいに乞うのだろう。

 こんなにも大勢の前で、俺たちが伴侶であることを宣言したというのに。きっともう逃げられない。いや、俺が離しはしない。

 俺のすべてはあなたのものだって、知っているでしょう?
 見えない心だって、あなたへ向かっているよ。

 そう、きっと命すらも。
 未来も。
 すべて、あげますよ。

 初めて知った感情。
 初めて、欲しいと思った。

 だから、笑って言える。


「俺も、愛しています」




 その後の話 おわり
 番外編へ続きます
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