上 下
32 / 45
陥落したその後の話

16.準備

しおりを挟む

 明日は国主催の夜会が開かれる。
 国内の爵位を持つ貴族や子息子女たちが招かれ、盛大に開催されるものだ。また、国王陛下の御前にて婚姻の報告が許される貴重な機会でもあった。それゆえ、多くの貴族たちが集うことから顔繋ぎをはじめ、野心を抱く者や様々な画策を秘めた人間は何かと忙しい。

 俺は学園に在席していたときからそういったことには興味がなかったし、履修後はすぐに騎士団へ入団してしまった。だから着飾って夜会へ出席したことはなく、生家にいたときでも参加したのはせいぜい日中の交流会や立食パーティーくらいだ。
 所作やマナーを覚えるためにそういった場へ数回は連れて行かれたが、俺が三男ということもあって、きらびやかな衣装や宝飾品、顔繋ぎや駆け引きとは無縁だった。

 レオンはヴァレンシュタイン侯爵家の子息ではあっても嫡男ではないし騎士団所属であることから、婚姻の報告はしないものだと思っていた。俺自身も貴族出とはいえ伯爵家の三男。今では生家とほぼ関わりがないこともあって、国主催の夜会は縁遠いものだと思い込んでいた。

「……何を言っているの。アルにも招待状が届いているからね」

 レオンから呆れた顔を向けられる。

「俺が早くお披露目したいって言ったの忘れちゃった? そういうところもアルらしいけど」

 ……それはどういう意味?

 当日は警備にあたるかもしれないとさえ考えていたのに、俺も招待されている該当者だった。警備の人数は十分足りているようで、手伝う必要はないらしい。
 だからすっかり忘れていたのだ。婚姻を結んだひと月前のことを。エルザが嬉々として仕立屋の主人とああでもないこうでもないと話していたことなんて──

 急な入り用があるかもしれないから、礼服や外出用の衣装を誂えることになった。レオンの横に立つということは、それなりのものでなければならず、何着か新調すると聞いていた。
 必要なものを誂えることに異議があるわけじゃない。ただ、こだわりはないが『色味をおさえた華美でないもの』くらいの希望は伝えさせてもらった。それであればどういった意匠でも構わないから任せるとも。
 やたらと細部まで計測しているのは職人のこだわりがあるからだと思い、俺は言われるがまま腕の上げ下げを繰り返した。

「アルフォンス様はお気になさらず」

 エルザと仕立屋の助手たちは手元の紙に書き込んでは素材や何かを決めているようで、任せると言ってしまった手前、俺は『右です』『足です』と指示されるたびに身体を動かし続けた。



 それがひと月ほど前のことだ。

「では準備にまいりますよ」
「え、何の?」
「明日は夜会。ということは、今日から始めなければ間に合いません。」

 腕まくりをしたエルザとヘレナに湯殿へ押し込まれ、ぐったりするほど磨かれ、香油で揉まれ、髪を丁寧にさらっさらになるまで施術された。どこかの令嬢というわけではないのだし、そんなにしなくてよいのではと制止の声を出そうものなら。

『もう終わりにし……』
『まだです』
『適当でも……』
『何おっしゃってるんです! 明日はお披露目ですよ!!』

 あまりの剣幕に何を言っても無駄な気がして、すべてを任せて目を閉じることにした。
 二人に夜会の様子を尋ねると、『聞いたところによれば』と前置きをしつつ、国王陛下のお目通りがあるとのこと。失礼がないよう所作に気をつけ、レオンに任せておけばよいらしい。国王陛下の御前にて婚姻の報告ができるのは年に二回。この機会を逃さぬよう無理をしてでも出席する者が多く、与えられる時間はほんの僅かだ。

 他にも教えてくれた助言に耳を傾けながら仕上げてくれた。夜着をまとい、心地よさにうつらうつらしながら寝所に連れられた。
 ドアを閉める前に侍女たちから『よろしいですか? 今夜はお過ごしくださいませ』と念押しされたこともあり、レオンからは『抱きしめるくらいはいいよね?』と確認され、腕の中でたくさんの口づけを受けて眠りについた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

噂の冷血公爵様は感情が全て顔に出るタイプでした。

春色悠
BL
多くの実力者を輩出したと云われる名門校【カナド学園】。  新入生としてその門を潜ったダンツ辺境伯家次男、ユーリスは転生者だった。  ___まあ、残っている記憶など塵にも等しい程だったが。  ユーリスは兄と姉がいる為後継者として期待されていなかったが、二度目の人生の本人は冒険者にでもなろうかと気軽に考えていた。  しかし、ユーリスの運命は『冷血公爵』と名高いデンベル・フランネルとの出会いで全く思ってもいなかった方へと進みだす。  常に冷静沈着、実の父すら自身が公爵になる為に追い出したという冷酷非道、常に無表情で何を考えているのやらわからないデンベル___ 「いやいやいやいや、全部顔に出てるんですけど…!!?」  ユーリスは思い出す。この世界は表情から全く感情を読み取ってくれないことを。いくら苦々しい表情をしていても誰も気づかなかったことを。  寡黙なだけで表情に全て感情の出ているデンベルは怖がられる度にこちらが悲しくなるほど落ち込み、ユーリスはついつい話しかけに行くことになる。  髪の毛の美しさで美醜が決まるというちょっと不思議な美醜観が加わる感情表現の複雑な世界で少し勘違いされながらの二人の行く末は!?    

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)

かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。 はい? 自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが? しかも、男なんですが? BL初挑戦! ヌルイです。 王子目線追加しました。 沢山の方に読んでいただき、感謝します!! 6月3日、BL部門日間1位になりました。 ありがとうございます!!!

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 随時更新です。

王子のこと大好きでした。僕が居なくてもこの国の平和、守ってくださいますよね?

人生1919回血迷った人
BL
Ωにしか見えない一途な‪α‬が婚約破棄され失恋する話。聖女となり、国を豊かにする為に一人苦しみと戦ってきた彼は性格の悪さを理由に婚約破棄を言い渡される。しかしそれは歴代最年少で聖女になった弊害で仕方のないことだった。 ・五話完結予定です。 ※オメガバースで‪α‬が受けっぽいです。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

悪役令息に誘拐されるなんて聞いてない!

晴森 詩悠
BL
ハヴィことハヴィエスは若くして第二騎士団の副団長をしていた。 今日はこの国王太子と幼馴染である親友の婚約式。 従兄弟のオルトと共に警備をしていたが、どうやら婚約式での会場の様子がおかしい。 不穏な空気を感じつつ会場に入ると、そこにはアンセルが無理やり床に押し付けられていたーー。 物語は完結済みで、毎日10時更新で最後まで読めます。(全29話+閉話) (1話が大体3000字↑あります。なるべく2000文字で抑えたい所ではありますが、あんこたっぷりのあんぱんみたいな感じなので、短い章が好きな人には先に謝っておきます、ゴメンネ。) ここでは初投稿になりますので、気になったり苦手な部分がありましたら速やかにソッ閉じの方向で!(土下座 性的描写はありませんが、嗜好描写があります。その時は▷がついてそうな感じです。 好き勝手描きたいので、作品の内容の苦情や批判は受け付けておりませんので、ご了承下されば幸いです。

処理中です...