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陥落したその後の話
9.予兆
しおりを挟むレオンも俺も邸から団寮へ移動し、互いに通常の職務に就いていた。騎士団寮で統括団長としてレオンに割り当てられている部屋は団員たちとは違い、ひとつの家のような広さがある。俺も帰る場所は同じだから、短い時間ながら朝晩は顔を合わせることも多い。
その日の朝、レオンに伴って食堂へ向かおうとしていた。しかし部屋を出る直前、レオンが足の動きを止めてしまう。すると目の前に光る魔法陣が現れた。
レオン宛に緊急の連絡が入ったのだ。
「……見なかったことにしてもいいかな?」
「レオン……」
「わかっているよ」
流石に無視するわけにはいかない。残念に思う気持ちは俺だって一緒だ。無言で魔法陣の確認を促すと、ため息をつきながらレオンは光に手をかざした。
魔術師団でつくられた魔法陣は、レオンや各団長たちの元へ緊急の連絡などが届くようにできている。便利なようで、ときには面倒に思うことも多々あるらしい。今がまさにそのときだ。
レオンは送り主を確かめると、あからさまに不機嫌となった。続けて内容を把握していく。どうやら面倒なことが起きているらしい。立場上、俺には情報の内容を明かさないのは当然のことで、詳細は何もわからない。
「しばらく戻れないかもしれない……」
気持ちの切り替えが済めば、すぐに統括団長の顔になり、『行ってくるね』と俺の頬へ唇を寄せてからレオンは部屋を出た。
一人になった俺は食堂へ向かい、朝食をとった。が、これまで単独行動は当たり前で何も変わらないはずなのに、いつもの食事とはどこか違った。うまそうな匂い、皿の盛り付け、目にも満足だ。温かい料理はありがたいし、文句があるはずもない。けれど、こんなに味気ないものだったか。
(そうか……期待して、得られないときは寂しいものだな)
気づかないところでいつの間にかレオンの存在が大きくなっている。隣にいることが当たり前となりつつあるのだ。少しずつ慣らされ、もう以前のようには戻れないように。
それが不安でも不快でもないのだから、俺も大概なのだろう。
納得すると途端に咀嚼は進んだ。レオンのことを考えながら、俺は皿を空にした。
午前中は騎士団の執務をこなす日だ。特に誰が騒いでいるわけではない。人の出入りが多くもないのに。普段と変わらないようで、それでも騎士団内には緊張感が漂っている。肌がひりつくような、糸が張っているような、妙な胸騒ぎがした。
レオンが呼び出されたことに関係しているのかもしれない。
俺には何も指示が出ないことから察するに、第二騎士団と第三騎士団の管轄だろうか。それにしては人の動きが少ない。厄介な諍いでなければいいと祈るしかない自分がこんなにも歯痒いとは思わなかった。
その日の夜、戻れないと予見していたようにレオンが帰ってくることはなかった。
翌日、騎士団へ向かうとコンラート隊長からカミルのところへ行くように言われた。両団は中央に国の政務機関を挟んで配置されている。そのため、長い通路を歩いて向かうことになるのだが、その通路ではなくほとんど人が通らない裏通路を使うよう指示された。
(来賓でもあるんだろうか……)
人が通らない裏通路は想像以上に静寂が広がっていた。地を踏む自分の足音が、やたらと大きく聞こえる。表だろうと裏だろうと通路を歩く距離は同じはずなのに、今日はいつもより長く感じた。
魔術師団に着き、正面から入る。騎士団とは違って、魔術師団はその特殊さから団員の人数が少ない組織だ。組織自体が騎士団のようにいくつにも分かれてはいないところも異なる。
どちからといえば魔術師それぞれが『個』として動いていた。得意な分野の回析や、新しい魔術の構築、あるいは連絡手段の魔法陣のように依頼されたものを創り出す。
魔術師団にも事務官がおり、そこでカミルの所在を訪ねた。そもそも機密事項も多い。立ち入るには事務官たちが詰めているこの場所を必ず通らなければならない。
「騎士団のアルフォンスさんですね……話は伺っておりますよ。カミルは裏の研究室ですから、このまま真っ直ぐ行ってください」
「ありがとう」
事務官が指し示した方向、俺はそちらへ歩き出した。
カミルとは初見以降も何度か顔を会わせている。俺の魔力を効率よく出現させるにはどうしたらよいか模索してくれていた。
雑談を交えながら彼が構築してくれた術式を付与されたのは先日のこと。早速その場で試してみると違いは歴然だった。騎士団へ入団してから騎士の能力や実績に応じて魔力を増幅させる術式付与はされてきたが、これまでの馴染み方とは桁違いだ。自分の中で自然に膨れる魔力に驚くばかりだった。
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