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陥落したその後の話

5.会遇

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 久しぶりに二人揃って過ごせるとはいえ、レオンが邸に戻ってからの時間は思い返してもただれていたと思う。正気に戻って、頭を抱えた。濃厚な休日を過ごした俺の身体は、なかなかに酷い有り様だった。
 気を失うように眠りにつき、ぼんやり覚醒してみれば、いつの間にか身体は清められていた。すっかり意識をなくしていたのか、動かされた記憶はない。しかも足腰の立たない俺は『ほら』とレオンに差し出されるまま軽い食事を口にし、また気づくと抱かれていた。そうはいっても一方的な行為ではなく同意の上だ。むしろ手を伸ばして強請ったのは俺のほうかもしれない。

(……俺だけって言ってたな)

 どこか弱気になっていたのだと思う。環境の変化や慣れないことが続き、気を張り詰めていたらしい。そういった中で普段なら気に留めもしないことが棘となり、俺の中で燻っていた。

 レオンの熱を鎮める肌の存在──

 嬌声にまぎれ無意識に『誰かを抱いているのか』なんて戯言をこぼしてしまい、レオンに呆れられた。『俺を疑うなんて悪い子だねえ』と不穏な顔をされ、しつこくされてしまったことが怠さに輪をかけた原因だろう。
 ぐずぐすになった俺に繰り返し名を囁いて、幾度も口づけられた。わからないならわかるまで。不安があるならその不安が消えるまで、何度も何度でも。
 それだけでそそのかされたわけじゃない。そうじゃなくて──レオンの声から体温から、欲望まみれの碧い目からも、すべてで示されれば俺への想いは疑いようがなかった。

 休日の二日目はゆっくり過ごし回復に充てたものの、軋むそこかしこが万全になったとは言いがたい。これは休息日の自己管理が甘かったわけで、当然ながら休み明けの職務は俺の回復を待ってはくれない。朝になるとレオンはいつものように先に騎士団へ向かい、後から追いかける形で俺も邸を出た。



 熱っぽい、溜息とも吐息ともいえない息をひっそり漏らせば、事務所にいた面々がどよっと顔を見合わせ、室内が変な雰囲気になる。己を叱咤しながら休み明けの机仕事へ取り掛かっている俺は、それに気づくことはなかった。

「………休み明けはアレだな、……本人気づいてないらしいが……」
「隊長から統括へ言っといてくださいよ、その、もう一日休ませるように」

 第一騎士団の事務官たちは騎士たちの手続きや管理があるため、レオンと俺の婚姻は知られていた。ただ機密事項を扱うこともあり、誰もが口は硬い。公になるまで他言することはないだろう。

 緩慢な動きで書面を確認しながら、必要な文字を書き入れる。いつになく注意力が散漫だ。咎められることはないが姿勢を正そうとしても気怠さが拭えない。こういうときはあまり考えずに繰り返せばよい作業は助かった。

 午前中はそういったことや今後の予定を調整し、昼を過ぎてからはコンラート隊長に連れられ、魔術師団との情報共有会議に顔を出すことになった。

「アルフォンス、行くぞ」

 魔術師は魔法を行使するための術式構築に長けている。頭の中の構造がどうなっているのか、凡庸な者には思いつかない発想を生む。ときにはとんでもない理論や理屈を並べ、不可能と思える魔術も当然ある。魔術師だからといってすべてが正しいとは限らない。
 試すにしても、その術式を発動させるための魔力であったり試す能力となると、それは魔法騎士の方が向いていた。

  魔力=魔術を発動させる源動力
  術式=魔術を実行するための式

 といったところだろうか。魔術師は術式を生み出すことはできても、発動させるための魔力が足りないというのだから不思議なものだ。それについては鍛冶師が剣を振らないことと同じだ、と言われ納得した。
 そういうこともあり、新しい術式はどれだけの効果をもたらすのか試さなければならない。事前に確認もせず討伐の場で新しい魔法を行使するわけにはいかないからだ。魔獣を前にして万が一にも不発だった場合、なかなかに恐怖である。

 第一騎士団の中でも第二小隊と第三小隊は魔術師と騎士の間に入る役目がある。騎士たちから挙がった要望は実現可能化かどうか、魔術師とすり合わせるためだ。他にも収集された情報の精査、懸念する案件の把握など多岐にわたる。

「最近、城下で見慣れぬ者がうろついているらしい」
「他国の商人ではないのか?」
「商人にしては隙がなく、何か武術の心得があると見受けられるようだ。無駄になったとしても、警戒するに越したことはない」
「承知した。何人か向かわせよう」

 情報交換やいくつか意見を交わし、今後の予定を確かめ会議は終わった。俺はその場でコンラート隊長とともに騎士団へ持ち帰る案件の振り分けをしていた。そこへ聞き慣れない声が掛かる。

「作業中に失礼する」

 顔をあげるとユリウス魔術師団長とローブを纏う一人の魔術師がいた。認識はしているがこれまで直接お会いしたことはない。俺は立ち上がり挨拶をかわした。

「アルフォンス殿、魔術師団長のユリウス・ラングハイムだ。貴公の噂はかねがね耳にしている。ここでは一騎士として扱うこと了承してほしい」

「ラングハイム卿にお会いできましたこと光栄に存じます。ご配慮いただき感謝申し上げます」

 ラングハイムは伯爵家だったと記憶している。騎士団、魔術師団に在籍している時点で爵位や立場は関係なしとしてはいるが、この対応はレオンの影響だ。噂とは婚姻のことだろうが知られていること自体は構わない。変に気を使われ気まずくなるよりも、ただの魔法騎士として扱われた方がこちらも楽だ。

 ユリウス魔術師団長はスラリとしているが騎士ではない分、細身に見えた。容姿はレオンと同じように華美な部類だろう。月を思わせる銀の長髪を後ろで束ねていた。

 そしてユリウス魔術師団長の傍らで目を輝かせ、まだかまだかと待つ小柄な人物。子供ではないだろうがだいぶ若く見える。ローブを羽織っているということは魔術師だろうし、ならば俺と同じくらいだろうか。
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