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陥落するまでの話
9.治療
しおりを挟む──本隊に遅れること一週間
俺は体力が回復するのを待ち、魔獣討伐の事後処理班と共に騎士団本部へ帰還した。
「じゃあな、アルフォンス。ちゃんと診療所へ行けよ」
「さすがに行きます」
「あの治癒師を怒らせると次に会ったとき加減なしでやられるからな。痛えのなんの……笑うとかわいいんだけどなあ」
「ほーん、お前~ そういうことかよ」
「ち、ちげえから!」
「よし、そこんとこ詳しく聞かせろ。アルフォンス、お疲れさん」
「お疲れ様です」
体に負った傷は完治と言えないが、全身の打撲は軋み程度に回復していた。ただ館の治癒師から『本部に着いたら必ずあちらで診てもらってくださいね!』と強く念を押されている。頷きはしたものの、行くつもりはなかったことを見透かされ。
『……行ったかどうか確認しますから』
じっとり剣呑と目を細めて言われたら、約束を反故にすることもできない。
ヒビくらいわざわざ治さなくてもいつの間にか勝手に付く──騎士なら誰でもそう軽んじている節があった。これくらいの傷なんて珍しくもなんともない。正直面倒なのだ。
しかし治癒師からすると手当して治った傷と放置したままの傷では後の影響が違うらしい。特に俺は折れているから尚更。剣を持つ騎士としての自覚が足りない、自分の体を大切にしろと説教された。
そんなこともあって騎士団の診療所へ先に寄ることにしたのだ。肋骨のヒビを診てもらい、追加の治癒をしてもらうために。
「吹っ飛んだ騎士、ってお前だな? 腹出して台の上へ横になれ。ぼけっとしてんな、さっさとしろ」
「……」
俺のことは伝わっていたのか、入るなり大柄な治癒師に指示された。壮年の無精髭姿、しかも荒々しい口調と粗雑な扱い。そういえば診療所の世話になったことがない。この治癒師とは初めて顔を合わせた。入団してからそれこそ放っておいてもそのうち治るような傷ばかりで、わざわざここへ来ることはなかったから。
「魔法騎士のアルフォンスだったか。俺はザムエル・ルーマン」
ああ、確か。診療所の先生として名前を聞いたことがある。傷を縫うにしても腕のいい治癒師だと。小柄ではつらつとしていた館の治癒師との違いに驚きつつも、本部で騎士団の猛者たちを相手にするなら、これくらい逞しい体躯が必要かもしれないと妙に納得した。
言われたとおり肌を出して台の上で仰向けになりルーマン先生に見せる。晒した自分の腹にはアザが残っていた。
「はん、ほとんど治ってんな。アイツもうまく治癒をかけたもんだ。ま、後々響かないようにしとくから、あんま無理すんなよ」
「わかりました」
腹へかざされる手は触れていないのに暖かい。治癒魔法は体の表面というより、それこそ直接骨まで届いている感覚がした。
「傷はな、場合によっては治せねぇし、切れた肉も神経も折れた骨だって、痛てぇもんは痛てぇ。見た目は治るっちゃあ治るが、なんともなかったようには戻らないってことだ。後々古傷として傷まないようにしてるが、まあ何かあったらまた来い」
「ありがとうございます」
「とにかく生きてここへ戻れ。後は俺がどうにかする」
その言葉に、館の治癒師が自分の体を大切にしろと言った意味を理解させられた。傷のことだけじゃない。俺たちは騎士として身を盾にするが、存在そのものを──命を消さぬよう戦わなければならないのだ。
治癒を受けながらルーマン先生から討伐の様子を聞くこともできた。
フェリクス第二騎士団長と魔法騎士たちが主戦力となり、俺が吹っ飛ばされた後も混乱に陥ることなく討伐を終えた。全身強打で気を失った俺は館まで運ばれ、治癒魔法で一番酷い怪我の治療を施された。ただ他にも複数の怪我人がいたため時間を掛けられなかったらしい。治癒師の魔力にも底があるからだ。俺にばかり注ぐわけにはいかない。
俺が気を失っていたのは二日間。急いで帰還する必要もなかったことから、追加の治療と休息の名目でそのまま事後処理班に託され、本隊は先に王都へ戻ったそうだ。
そして、様々な思いを抱えることになり、今に至る。
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