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陥落するまでの話
3.認識
しおりを挟む「はああぁぁぁ──っ!!」
まだギルベルト小隊長から開始の声はかかっておらず統括団長は構えてもいない状態だ。だというのに団員からの攻撃は始まった。ほぼ奇襲に近いと言っていい。
「あいつ……っ」
手合わせを見ていた俺たちもざわつく。これは予想外の展開だ。
気合の声と共に、手にしていた剣はゴオッと炎に包まれた。火属性の魔力を得意としているのだろう。時間をかけて相手を探るような攻め方は考えていないようだ。
剣でそのまま斬りつけるよりも、魔力を纏わせた方が攻撃力は格段に上がる。一気に仕掛けた。
確かに統括団長は全力で構わないと言ったが、ここは戦闘の場ではない。実力の確認をするための手合わせであるにも関わらず不意の攻撃を仕掛けるなど、騎士として無礼な行為であることは明らかだ。ただ俺たちはどこかで興奮していた。
あの統括団長に勝つかもしれないと。
このような不意打ち、攻撃を躱したとしても何かしらの打撃を与えることが予想された。しかし、統括団長へ振り下ろされた団員の剣は簡単にいなされてしまった。
「っわっ……っ!!」
地面へ転がされた団員は呆然としている。それはそうだろう。自分に何が起こったのかわかっていないのだ。それくらい一瞬の出来事だった。
統括団長が何をしたのかといえば、素手であの攻撃をいなした。
いや、違う。よく見れば統括団長が身に纏っている魔力は氷のそれだ。が、薄氷ほどの微力だというのに、脆弱ではないことが感じ取れた。
「あ、……」
圧倒的な存在。
格の差は歴然で、おそらくどんな攻撃も通じない。統括団長の能力を目の当たりにした俺たち団員は、戦わずしてこの場を制している者は誰なのか見せつけられた。
勝てるわけがない。いや、おそらく触れることすら叶わないのだ、この統括団長には。
「動きはまあまあ速いけれど、攻撃が荒いかな。相手をよく見るといいよ」
「交代だ。次の者、前へ」
俺たちが受けている衝撃など気にする様子はなく、統括団長とギルベルト小隊長は淡々と事を進めた。
直接攻撃が効かないのならば距離をとれる攻撃魔法はどうかと、次の者、また次の者が画策して統括団長へ挑んだ。しかし結果は誰もが同じだった。
どのような策を講じても、かすり傷どころか統括団長は息すら乱していない。
(どうするか……)
俺の番が近づいている。前者の戦いを参考にできる分、他の者よりは有利だが。いや、あまり小賢しいことは考えない方がよさそうだ。
接近戦ではどうにもならないだろう。正面から向かったところで剣で勝てる見込みはない。だからといって攻撃魔法を飛ばしても無駄だ。前人が仕掛た魔法攻撃に対して統括団長がどう応戦するのか戦い方を見てはいる。まったく通じない。いかんせん相手が強すぎるのだ。
予想外の方法でなければ、あの統括団長の懐に入れないだろう。勝つとまではいかなくても、せめてあの飄々とした表情を崩してやりたい。意表を突くなら何がいいだろうか……
「次、最後だ」
俺は頭の中で繰り出す攻撃の順番を組み立てながら、訓練場へ進んだ。視線は統括団長へ真っ直ぐ向ける。視線とは厄介なもので、何をしようとしているのか如実に表れる。考えている策が伝わってしまう可能性があった。だから余計なところを見ないよう初めから標的である統括団長へ固定しておく。
(さあ、いくぞ)
ザッと地を鳴らし、俺は位置に着いた。
「では始めっ」
ギルベルト小隊長の声で統括団長と俺の手合わせが始まった。俺はすぐに動き出すことはせず、統括団長との距離を保ちながら魔力を高めた。
「フッ……!」
火魔法と水魔法で作り出した塊を浮遊させ、攻撃魔法の準備をする。いかにもこれから打ち込む、といわんばかりの態勢だが、もちろん気を引くためのものだからどう思われようとも構わない。
(好機は一度きり……逃すな)
自分に言い聞かせ集中する。見ている限り統括団長に隙なんてものはまったくないが、相手は人間だ。瞬きはするし呼吸だって繰り返す。切り替えの一瞬でいい。閉じた瞼を開ける瞬間、吸って吐く動作が反転する瞬間。真逆の動きには少しだけ溜めが生まれる。俺はそこを狙っていた。
ひとつ小さな火球を投げてみようか。この場を動かさなければ、流れに変化は生まれない。
俺は狙っている瞬間を意識しないよう気をつけ、統括団長へ向けて火球をひとつ打ち込んだ。躱されても受け止められてもどっちだっていい。とにかくこの膠着状態を崩せればいいだけだ。
「さて、何をしようとしているのかな?」
「教えられません、ね……っ!」
間を置かず続けざまに大きな水球と火球を数十発連投し、統括団長が対処している隙に、俺は距離を詰めた。もちろんその間にも攻撃は続ける。何十発という攻撃魔法なのに、すべて躱すなりいなされ……舌打ちしたくなった。最後に追加の数十発に紛れ込ませた光球で目眩ましを狙う。
そして統括団長の足元まで近づいたとき、自分の小柄な体型を活かし身を屈め、すいっと立ち上がり懐へ入り込んだ。
(今だ)
あれだけの魔法を使えばそれなりに魔力を必要とする。しかしそれなりの魔力量を持つ俺はほとんど消費していない。全身から高めていた魔力を消し去り、いわゆる素面状態で身を晒す。
こうなれば剣術も魔法攻撃もできる騎団員とはいえ丸腰の無力状態だ。高い魔力が突然消えたとなると、その印象は余計に強調される。統括団長ならば尚更その差を感じ取るだろう。
騎士でもなんでもない人間に対して、紳士たる侯爵子息が攻撃などしてこないという賭けに近い策だった。
「……っ!」
案の定、統括団長は僅かに怯んだ。その隙に手刀を──と、思ったのだがそこまで甘くはなかった。俺の動きは見切られてしまい、手首を掴まれたからだ。
「へえ……お前の策は面白いね。よく考えついたものだ。俺にここまで近づいたのはお前が初めてだよ」
「そうですか。光栄です」
まったくそんなことは思っていないが、とりあえずそう返しておいた。いいところまで攻めることはできたが僅かに及ばず。残念ではあるものの、俺なりの手応えはあった。
もしもこれが実戦であったなら失敗はすなわち死を意味するだろうが、統括団長相手なら充分だろう。俺の技量はどう判断されるかわからないが、配属の結果を待つしかない。
(手加減されてたな──)
このとき、自分が余計なことをしたと気づいてもいなかった。統括団長が面白そうに俺を見ていたことなんて知らなかったのだ──
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