君は魔法使い

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3.君の倫理、僕の言葉

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 ―――ああ、体が痛いな。

 うつらと重たい瞼が少し持ち上がる。どこだっけ。何だっけ。見たことのある部屋で何をしていたのだったか。
 ぼんやり記憶を辿っていくと、瞬時に恐怖と逃げなきゃいけない感情を思い出した。

「あ、っ……!」

 目を見開いて、まずうつ伏せでベッドの上にいることに気付く。動かそうとした体が痛んで、転んだことや背中を踏み付けられたことが蘇った。
 だけど知っているこの部屋にいるということは、心配がないハズだ。どうしてここにいるのかはまったく記憶はないが、たぶん気を失ってしまったのだろう。おそらく誰かに助けられ、ここまで運ばれてきたんじゃないかと思う。

「ギード……?」

 部屋の主を探して、僕は首と視線を動かした。書棚の本、よく使う小物たちや魔導具。やっぱりギードの部屋にあるものだ。だけど人の気配がないかもしれない。
 僕はゆっくり体を起こそうと思ってベッドへ手を突くつもりだった。それなのに動かそうとした腕が自分の思ったようにならない。

(え、……?)

 シャラと無機質な音が響いた。手首に冷たいものが巻き付いている。違和感にそっちを見たら右手に細い手枷が付けられていた。

「……何で?」

 ここはギードの部屋ではないのだろうか。てっきり助けられ、運ばれたものだと思っていた。
 実はあの男たちに捕まり拘束されたのか?
 いや、それにしてはギードの部屋とそっくりだ。置いてあるものや部屋の作りが、まったく同じだなんてことあるわけがない。
 それなら何故こんな拘束具が付けられているのか、理由がさっぱりわからなかった。

 転んだときの擦り傷はそのままで、身じろげば腹や背中も痛みがある。もしもギードがいるなら、手当くらいしてくれるハズだ。じゃあやっぱりここは違うのか?
 どうにも僕の認識と合致せず、自由が奪われていることもあって混乱しそうになった。

「ああ、起きたの?」

「ギード…」

 カチャリと開いたドアから入ってきたのは、やはりギードだった。もしかしたら知らない誰かなんじゃないかと思って身を固くしていた僕は、ホッと体から力を抜いた。
 僕のくすんだアッシュブロンドとは違い、艶のある黒髪を掻き上げながらこちらへ近付いてくる。
 ひとまず危険だったあの状況からは逃れられたらしい。だったらこの謎の手枷は誰が着けたと言うんだ?こうして見てもこの反応ということは、ギードってことになるんだが。何で?

「あの、これ…とか。ここにいるのは、助けてくれたの?」

「うん、それは俺が着けたの。あいつらから助けたのも俺だね」

「そう、なんだ。ありがとう…」

「どういたしまして」

 いつも通り冷静で、やさしく口角を少し持ち上げた微笑。だけど目が、笑ってない。ドロッとした纏わりつく劣情がそこから感じられた。
 こんな鎖に繋がれてありがとうと返したのは正解だったのかな。良くなかった気がする。でも他に何て言ったらいいのかわからなかった。

「オスカーから伝言魔法で『リンが男引っ掛けに行ったぞ』って聞いたんだ。だから迎えに行かなきゃと思って。そしたら変なやつらがリンに触れてたから消しといたよ」

「へ……?」

 消した?消したって、助けてくれたって意味だよな。目の前から退かしてくれた……だけだ、よな。ちょっと言葉が物騒で意味を掴みかねた。
 そして並べられた説明が半分よくわからない。色々なことをいっぺんに言われても、処理が追い付かなかった。
 ん? オスカーか、何でオスカーがギードに連絡してるの? しかも男引っ掛けにって言い方……いやまあ、違うけど違くないなんてこともないのかな。ただ知り合うきっかけに、なんて思っただけなんだけど、そう言ってもダメな気がする。

「あ、の……ギード?」

「『優しい人』が好きなんだよね? あと『拘束しない人』だったかな」

「え、は?」

 質問なのか確認なのか、それとも呟きなのか。こちらを見ながら言われれば、僕に向けての言葉なんじゃないかと思案してみる。
 優しい人というのは僕が言った覚えがある。怒鳴り声が苦手でどうしたって威圧的な態度の人は近寄りたくない。恐い。だから穏やかな優しい人を求めるのは道理だと思う。普通に優しい人が世の中の大多数で、特段の優先事項というよりは普通に相手を思いやれる人なら問題ないという意味だ。

 あとは、拘束しない人なんて言ったことあったかな。全然記憶にない。え、ちょっと待って。拘束しないって、こういう拘束具の拘束? え、ん? 拘束具は普通にされたくないけど、されてるよね。ん?

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