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1.来るもの拒まず
しおりを挟む「もうっ!!ばかっ!!!」
僕はブチ切れた怒りのまま、魔法で水の塊を落としてやった。相手はパチクリと何が起きたのかわからない顔をしている。
バシャリと頭から被った彼はそれでも無様というより水も滴るいい男で、それがまた悔しくて振り切るようにその場を後にした。
(何で、何で僕ばっかり!!もう、もう……)
嫌いになれるならとっくにそうしている。それができないから我慢して泣いて同じことを繰り返して、それでも離れられずまた縋ってしまうのだ。嘘でも大嫌いだとは言えない。言えない代わりに『ばか』と何度も繰り返す。
聞かれているわけではないのだから一度くらい口にしてもいいような気がするけど、それすら躊躇うくらいに好きな気持ちが減ることはなかった。
どうしようもない自分の方が、余程バカみたいだ。こんなに悲しくなったり怒ったり、ゆらゆら心を動かすのは自分ばかりで、爆発して怒ったのに彼が追いかけてくることはなかった。
今回は、今回こそはもう僕の心はダメかもしれない。
「ギードの、ばか……」
何度目になるのかわからない『ばか』を、僕は溢れる涙と一緒に口にした。
『好き』
告白したのは僕からだ。一目惚れだった。
色が白くひょろい僕と違って健康的な日焼け色と男らしい体躯をしていたギード。初めて会ったのは魔法使いの勉強をするため、師匠の元を訪れたときだった。
先に師事していたギードは先輩として僕の面倒を見てくれたり、わからないところを教えてくれた。器用で優しくて更にかっこいいギードのことを、もっと好きになるのに時間はかからなかった。
だからたぶん好きな気持ちは僕の方が大きい。告白したときに『俺もリンが好きだよ』と言ってくれたのは、たぶん友達に対する友愛や仲間意識に近かったのだと思う。だから関係がおかしなことにならないよう、付き合ってくれることになったんじゃないかと思っている。
だとしても、少しは僕のことを好きな気持ちがあったハズなんだ。そうじゃなければ、付き合おうなんてことにはならないだろうから。
僕は一緒にいられるだけで嬉しかった。買い物に行ったり、ごはんを食べたり、話したり笑ったり。恋人として深い関係になることを求めたりせず、同志の延長で構わなかった。
だって、ふくらみも柔らかさもない僕などに魅力なんて欠片もない。美人でもないし魔法が特別うまいわけでもない。だからもしもギードがこんな関係に飽きたら、他に誰か想う人ができたなら、笑顔で『今までありがとう』と言うつもりだった。いつでも隣から離れる覚悟をしていた。
それなのに。
魅力的なギードはモテる。男女問わずよく告白される。それは誰もが自由にできる権利だし、言うのは勝手だろう。僕はそれを止める立場でもないし、ギードだってされて悪い気はしないはずだ。
一度でいいからデートしてください。
思い出に抱きしめてください。
名前を呼んでください。
頬でいいからキスをしてください。
優しいギードは相手が求めることを返してあげていた。最初で最後だから、と。だから尚更ダメで元々、当たって砕けろ、恋人にはなれなくても相手をしてくれる。
告白してくる人が途絶えることがない。当たり前だ。好きな人に触れることができるなら、誰だって近寄ってくるに決まっている。
僕はされたことがない。
抱きしめられたことも、キスも。
名前は、呼ばれている。リーンハルトの愛称である『リン』と。だけどそれはギードだけでなく、周りがみんなそう呼んでいるから特別なことではなかった。
買い物やランチにも行く。それはデートと呼べるのか。いや呼べない。だって衣食住は生活の一部だ。必要だから買いに行く、生きていくために食べる。だから二人で行ったとしても、それはデートなんかじゃなかった。
僕って一体何なんだろう。
勝手に付き合っていると思っているのは僕だけで、やはりただの同志なのかもしれない。『俺も好き』は普通に好きの範囲でチョコが好きとか猫が好きとか、そういうのと同じ意味だったんだろうな。
一人で浮かれてばかみたいだ。
水なんかぶっかけちゃって、きっとわけわからなくてびっくりしただろう。いきなり怒鳴ってしまったし、いわれなき悪態に呆れているかもしれない。嫌われちゃった、かな。
だって我慢できなかった。大したことない、気持ちはちゃんと僕へむかっているのだからあれは申し訳ない気持ちに過ぎないってずっと思ってた。それなのに、あんなに幸せそうに嬉しそうに笑顔で『好きだよ』って……言えるものなの?
「もう……諦めたほうが、いいのかな……」
「そうだそうだあきらめろー」
何その棒読みで感情の名適ない当な言い方。どうでもいいとばかりに本をペラペラ捲りながり、幼馴染のオスカーが返す。
押しかけたのは僕の方だから文句を言うわけにはいかないが、もうちょっと親身になってくれてもいいんじゃなかろうか。そりゃもうゴロゴロうだうだ三時間ここにいるけどさ。
ソファーのクッションを抱きしめ、淹れてもらったホットミルクを飲んで少しだけ気分が落ち着いた。ついでに夕飯も作ってもらった。
何かあったときいつも駆け込んでいるオスカーの部屋は、僕の避難場所になっている。そしていつもうだうだ悩んで考えがまとまらなくなる僕に、わざと軽口で溜まった憂鬱を払って応援してくれる。決して見捨てることなく手を差し伸べてくれた。
「……見込みのない恋はさ、どうしたら忘れられると思う?」
「んー、手っ取り早く誰かと寝てきたら?そんで新しい恋すれば?」
「抱っ……!!」
いやいやいや。言っちゃなんだが童貞処女だし?夢見てるわけじゃないにしてもそんな尻軽じゃないし。せめて好きな相手と抱き合いたいくらいには貞操観念くらい持ってるし。来る者拒まず去る者追わずのオスカーとは違う。
おや、待てよ……
いっそのこと強制的に体からいくのもアリなのか? 誰かと触れ合ってみたら、もしかしたらもしかすると何かが開けるかもしれない。
よくあるじゃないか、体から始まる関係だとか。体から陥落するとか。それゴシップ新聞ネタみたいだけどな。
「行ってくる」
「は?」
「ありがとう! オスカー」
「おいっ! リンッ!!」
善は急げだ。僕はスクッと立ち上がり、オスカーの声を背中へ受け止め走り出した。
色々考えるとやっぱりやめようとか、ギードへ謝りに行こうだとか、もしかしたらまだ見込みがあるかもしれないとか淡い期待を持ってしまいそうになるから。断ち切るように出会いの場所として知られる繁華街の裏道へ向かった。
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