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鷹華の長い一日
しおりを挟む──時は明治時代
朽木家は華族である二条家に代々仕える家系であり、鷹華も例外なく朽木家に仕えるように幼少期より様々な教えを受けてきた。
鷹華は不器用であり何をやっても失敗の連続で怒られてばかりの日々を過ごす。本人は至って真面目なのだが結果が伴わないのだ。しかし鷹華にとって二条家に仕えることは苦痛ではなかった。
二条家には鷹華と同い年の女の子がいるのだが、鷹華はその子と一緒にいることが大好きだったからである。
二条家の女の子の名前は稜楓と言い幼少期から一緒に過ごしてきたのだが、双子と見間違うほどそっくりであった。なので度々二人で役割を入れ替わり、鷹華は御嬢様として稜楓はメイドとして周りの人達をからかって遊ぶのが楽しかったのだ。
そして鷹華は稜楓のことが大好きで稜楓も鷹楓のことが大好きであった。
時は過ぎ齢が15を越えたおり、鷹華は朽木家に正式に雇われることになった。
鷹華は相も変わらず不器用で、気付いたときには皿を割るという特技を身に付けているので調理場には足を運ばせてもらえない。というのは建前で調理場に入らせてもらえない理由は他にあるのだが鷹華は気付いていない。
そして幼少期は仲良くしていた鷹華と稜楓であったが、大人になるにつれて立場が二人を分かち始める。
鷹華にとって稜楓は仕えるべき御方であり、果たすべき使命があるのだ。
そして大きくなるにつれ容姿に変化が現れたこともあるが、鷹華が髪を短くし化粧を変えることで明確に見た目に違いが出てきた。
しかしそれは周りから見た二人の印象であり、全て周りの人を騙す為に二人で考えて導きだした方法であった。
人は特徴によって人を認識する。それは昨日に髪の長かった人は今日も髪が長いと思い、化粧も急には変わらないと思うということだ。同じ環境で成長し、容姿も似ている二人がそれを入れ替えれば簡単には気付かれない。
理由は異なれど二人は今でも頻繁に入れ替わって遊んでいたのだ。
■■■
稜楓には名家の夫を貰うために様々なお見合い話が持ち込まれる。しかし稜楓にはまだ結婚の意志が無い。
はっきりと断ることが苦手な稜楓はお見合いの度にはきはきと物事を言える鷹華と入れ替わり代わりに断って貰っていた。
そして今日も入れ替わり、鷹華はお見合いの場に向かう車の中にいる。
「爺、あとどのくらいで付きますの?」
「あと10分少々でございますお嬢様」
「そうですか……いっそこのまま他の場所に連れていって下さっても良いのですよ」
「そんなことを仰らないでくださいませお嬢様。爺にはどうすることもできませんぞ」
「冗談ですよ爺。ですがこんな歳上の男性と結婚させようなんて御父様は娘の幸せを願っていないのかしら」
「二条家の当主を悪く言うのはいけませんぞ。家訓をお忘れで?」
「家訓って……まさか爺」
「申し訳ございません鷹華様。お二人が入れ替わっていることを爺は知っておりました」
「そんな! 何時から……ではなくて他の人は知っているの!?」
「いえ他の方には伝えておりません。そして他の方では気付かないでしょうな。本当に見事な変装でございます」
「どうやって気付いたのですか?」
「爺は幼少期よりずっと御二方を見守っておりますから、自然に出る仕草に違和感を感じるのです」
確かにこれまで爺が変装した鷹華を稜楓と呼ぶことは無かった。
「そうなのね……でもなぜ黙っていてくれたの?」
「爺にとって御二人は玉のように可愛いので御二人の幸せを切に願っています。爺もこのような政略結婚は反対なのでございますが、旦那様の意向に背くことは出来ないのです」
「なら何故黙っていてくれたのです?」
「いずれは抗えぬ運命だとしても、今それに従う必要はないかと。それにあのような脂ぎった殿方が稜楓様にも鷹華様にも相応しい訳がございません」
「そうだったのね……ありがとう爺」
「いえ当然の事で御座いますよ。それよりもうすぐ到着致しますので御準備を」
「ええそうでしたね。あのその到着したら……」
「勿論で御座います。ここから先は爺と御嬢様の関係に戻ります」
「ありがとう爺」
「一つだけ御忠告させて頂きたいのですが、本日のお見合い相手……鳥居家には良からぬ噂を耳にします。くれぐれも御注意をして下さいませ」
「ええ分かったわ」
こうして鷹華は稜楓の代わりにお見合いの場である料亭に到着したのであった。
■■■
料亭に入るとそこに待っていたお見合いの相手は40代ぐらいの太ったおじさんであった。身なりは高級品を身に付けているが、まさに豚に真珠である。
そして脂ぎった額をハンカチで拭いながら近付いてきたと思ったら、目の前で跪くと手にキスをされる。
寒気が走るも、無碍に扱うことが出来ないので笑顔を返す。
お見合いは終始、相手が話して進んでいく。聞きたくもない自慢話を長々と聞かされる側の身にもなって貰いたいものである。
時間も終盤に差し掛かり、鷹華はお見合いの後にデートのお誘いを受けるも丁重に断るが、『何で断るんだ!』と差し迫られてしまった。しかし爺が間に入ってくれたことで何とか事が荒立つことなく、お見合いを終えることが出来た。
料亭を後にした鷹華は車で帰路につく。
「ありがとう爺、今日は助かったわ」
「いえ当然の事でございます。しかしこのまま何も起こらなければ良いのですが……」
「それは行き掛けに言っていた良からぬ噂ですか?」
「そうでございます。鳥居家は表とは違う顔を持っているのではないかとの噂で、御天道様に顔向け出来ないことも平気でやっているみたいなのです」
「そんな……なぜそんな家の者とお見合いをすることになったのですか?」
「それは鳥居家からかなりの圧力があったと聞いております。旦那様も随分とお困りになっておりました。なので鷹華様が断って下さって本当に良かったです」
確かに押しの強い相手だったので稜楓であれば良からぬことになっていたかもしれない。
「当たり前です。あんな男が稜楓に相応しい訳がありません!」
「はは、そうでございますな」
そんな話を車の中でしていると、後ろに黒塗りの車がぴったりと付いてくることに気付かなかった。
■■■
「んんーんん!」
「おい、大人しくさせろ!」
手足を拘束され猿轡で口を塞がれている鷹華は刃物で脅され黙り混む。
「おい何でジジイを殺したんだ!」
「しょうがないじゃねぇか、抵抗してきたんだから。ジジイがあんなに動けるとは思わねえだろ」
「言い訳はいいんだよ、くそがっ! 計画が台無しじゃねぇか!」
何があったのかというと、車が通行量の少ないトンネルに入ったと同時に後ろを走っていた車が突如横に付き、そしてすぐに幅を寄せられ停車させられ鷹華は誘拐されたのだ。
その時に必死に抵抗した爺は、刃物で刺され殺されたのだ。
「おいおいどうするんだよ、計画に無かったのにジジイを殺しちまったなんて伝えたら俺たちが殺されちまうかもしれないぞ」
「うるせえ今考えてるんだから黙ってろ! くそっ、こんなはずじゃあなかったんだ」
「もうこいつを棄てて逃げようぜ。今ならバレないって」
「無理に決まってるだろう。そんなことしてみろ、あの御方が黙ってるわけがない」
「ならどうすんだよ!」
そこに一台の車がやって来る。
「兄貴! お疲れさんです」
「今どういう状況だ?」
「へい、例の女を捕まえたところです」
「そうか……なら早く連れていくぞ。あの御方がお待ちだ」
「分かりました。それであの……ジジイを殺してしまったのですが、どうすれば」
「まったくあれほど……まぁいい燃やせ」
「はっ?」
「だから事故に見せかけて燃やしてしまえ」
「んんー!」
「なるほど!」
「手短にな……あの御方をこれ以上またせるな」
「はい」
「おいお前らさっさとその車ごとジジイを燃やしてずらかるぞ」
「んんー!」
「うるせえ、少し黙れ!」
振り下ろされた腕は勢い余って頭に当たり、殴られた鷹華は気を失ってしまった。
■■■
誘拐された鷹華は目を覚ますと、そこは知らない部屋の中であった。猿轡は外されたが手足は拘束されたままで身動きはとることが出来ない。そして目の前にはお見合いで断った鳥居家の男がいる。
「貴方は……何でこんなことを!」
「ふひひ、僕は気に入ったものは必ず手に入れるん。君はもう僕のモノだからここに連れてきたんだな」
「そんな勝手な!」
「そんな怖い顔をしなくていいんだよ。君は一生ここで僕と暮らすんだからこれ以上幸せなことはないんだな」
「そんな訳ないでしょ! こんなことをして許されると思ってるのですか!」
「誰が許さないのかな? 君はもう事故で無くなったことになってるんだ」
下卑た笑いを向けながら男が語るに、燃やした車には何も残らず邏卒は事故として処理をしたそうだ。(邏卒は今でいう警察のこと)
「それでも御父様が必ず……」
「それは誰の御父様なのかな鷹華ちゃん」
「なぜ貴方がその名前を!」
「ふひひ寝ている君を調べない訳が無いじゃないんだな。するとどうだいそこにはあるはずのない刺青が入ってるではないか」
朽木家は二条家に生涯仕えることを誓い、その証として体に二条家の紋を刻むのだ。
「そうです私は鷹華です。稜楓でなくて残念でしたね。稜楓を欲した貴方の望みは叶えられませんよ」
「ふひひ、いや僕は君が気に入ったんだ。稜楓なんて女はどうでもいい。強がる君も可愛いね」
助けが来ないという絶望の中で男の欲望を踏みにじれたという希望は無くなってしまうが、鷹華は内心ホッとする。それは狙いが自分ならば稜楓は狙われることは無いからだ。
稜楓を守ることこそ鷹華の使命である。なので安堵しているはずなのに自然と涙が溢れてくる。
「さぁ、こっちにおいで。僕がたっぷりと可愛がってあげるんだな」
「嫌っ!」
男に手を引っ張られるも身を捩り抵抗する。しかし力及ばず引き寄せられる。
もうどうすることも出来ないのかと思ったその時、外が騒がしくなる。
何事かと男が扉に近付くも、勢いよく破られる扉と共に男の手下と思われる者達が飛ばされて部屋に入ってくる。
「だ……誰だ! こんなことして生きて帰れると思うなよ!」
男は威勢良くいい放つも誰も助けに来ることはない。既に制圧されているのだ。
そして部屋に入ってくる人影が一人。
「なぜ海舟殿がここに!」
「君の……いや稜楓君の父上とは旧知の中でな、万が一に備えて君の後を部外に付けさせていたのだが……助けるのが遅くなってすまない」
政府の要人であり軍部の中枢を担う人物である海舟は、鳥居家の悪行に目を余らせていたので取り締まろうとしていたが尻尾をなかなか掴めずにいたそうだ。そこで確実に現場を押さえられるように泳がせていたら爺が殺されてしまったそうだ。
そしてなぜここにいるのが鷹華であることを海舟が分かっているのかというと、誘拐されたとの一報があった時に稜楓が打ち明けたそうだ。稜楓はひどく心配してくれているらしい。
「さて鳥居殿、観念して大人しくお縄につきなされ」
海舟の言葉と共にサーベルを持った邏卒が入ってくる。
「うるさい! うるさい! うるさい!」
パニックになった男は部屋に置かれた刀を取り暴れだす。
そしてその凶刃は近くにいる鷹華を捉えてしまう。
「鷹華殿!」
「ふはっ! 僕のモノにならないなら死んじゃえばいいんだ!」
すぐさま男は邏卒に取り押さえられるも、血の海に沈む鷹華の意識はここで失われてしまった。
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