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第3章 龍人族
神官の思惑
しおりを挟む勇者ユウトの提案により、イヴリースの処遇と大聖剣の所有を掛けてアヴラムとユウトは決闘をする事になった。
想定外の出来事にアヴラムは頭を抱えるも、さらにこの決闘を取り仕切るのが教会側であり、公平性は保たれていないこともアヴラムを憂鬱にさせる。
しかし国王が承認してしまった以上は投げ出してしまう訳にもいかないので、一度イヴリースと共にどうすべきか話し合った上で決戦の場に臨むことになった。
■■■
手元に届けられた決闘の案内状に従い闘技場にやってきたアヴラムは愕然とする。
「なんだこれは……」
闘技場に向かうさなか異様に人通りが多く薄々おかしいとは思っていたのだが、その人混みが向かう先が全員とも闘技場だったのだ。
単なる催しとして来ている人もいるのだろうが勇者が大規模遠征以降で初めて公の場に姿を現すということで、遠征の結果を知れるかもと思っている人もいる。そして勇者の実力をその目で確かめたいとも思っているのだろう。
まんまと勇者との決闘を興行にされてしまった訳なのだが、それは良いとしてもこの準備を主導した教会の別の思惑を勘ぐってしまう。
この状況下では例え勇者が勝ったとしたら、聖騎士団の急先鋒として牽引してきたアヴラムより勇者が強いということをアピールできて威厳を回復を図ることが出来る。
逆にアヴラムが勝ったのならば市民の期待を一手に背負うこととなり、ロプトに協力させネームドを討伐させるという役目から逃げられなくなるのだ。
どちらにせよ教会としては都合が良くなるように舞台が整えられた訳なのだが、アヴラムは一度、教会のメンツを潰したも同然ではあるので、やはりどちらかと言えば勇者の肩を持とうとしているみたいだ。
決闘に持ち込める武器は一つのみということでアヴラムはラーカス商会に新たに準備してもらった魔剣を持ち込んだのだが、事前に持ち込む武器に不正が無いように預けさせられ、いざ決闘の直前に返却された剣はすり替えられていたのだ。
返却されたその剣は確かにラーカス商会製であり見た目は精巧に模されているのものの、その剣は量産された剣であり質は遙かに劣る。
一方の勇者ユウトの剣はというと、手に馴染んでいるからという理由で大聖剣が持ち込まれている。加護は働かないとはいっても量産型の剣と比べるとその質は大きく乖離しているだろう。
剣が渡されたのが、闘技場の舞台に上がる直前なのでもうどうすることも出来ない。
そして隣にならぶユウトはそのことに気づく素振りさえ見せない。
「まったく……やってくれるな」
「何だ、怖じ気付いたのか?」
どうやら本当に知らなさそうなので、剣のすり替えは神官が勝手に行ったことなのだろう。
「いや、何でもないよ。ユウトこそこの舞台に緊張しているのではないだろうな」
「はっ! バカなこと言うなよ、俺は勇者だ。市民に期待されることにはなれているんだよ。それより俺が勝ったら約束は守って貰うからな」
「……ああ分かっているよ」
返事をしたもののアヴラムはどうすべきか悩んでいた。
初めは勝つことで真に勇者との決別が図れるのならと思っていたのだが、教会の思惑によって単に勝つことで状況は難しいものになってしまう。
「さてどうすべきかな……」
そしていよいよ闘技場の舞台にあがる時が来た。
■■■
アヴラムとそして勇者が舞台に上がることで場内は歓声にそしてどよめきに包まれる。
単にこれから行われる決闘に対する期待感、そして大規模遠征で敗北した勇者の無事を確認出来たことに対する安堵感など様々である。
そして国王の挨拶と共にいよいよ戦いの火蓋が切って落とされる。
「親愛なる我が民たちよ、今宵は特別な舞台を用意させてもらった。色々と心配をかけてしまったが、この通り勇者は無事である。そして勇者に対するは、かつて[救国の聖騎士]として名を馳せた男である。二人が誇りを掛けて戦う証人として国王であるこのアフリマと共に皆も証人となってくれることを嬉しく思うぞ。今宵は存分に二人の戦いを楽しんでくれ!」
国王の挨拶によって場内はさらなるどよめきに包まれることになった。
これまで明かされることの大規模遠征の失敗を暗に認めたこと、そしてこれまで各地から伝わる噂のみで、公の舞台に顔を見せることの無かった[救国の聖騎士]が目の前にいる男だと知らされたからだ。
「えらく人気なんだな、お前。だが今日は負けないからな」
「ああ」
さしものアヴラムも想定がの事が続き戸惑うのだが、ユウトはただこの決闘に集中しているようだ。
それを見たアヴラムは色々と考えることを止め、まずは目の前の戦いに集中をする事にする。
しかし、このまま審判の合図と共に決闘が始まるかに思われたが、教会の企みはまだあるようだ。
国王に代わって神官が拡声魔法を使用しながら話し始める。
「皆さま、本日はお集まり頂きありがとうございます。私はこの決闘の準備をさせていただきました神官でございます。このあと二人の決闘を見ていただくことになるのですが、その前にこの二人がネームドをそして魔王を討伐できるか不安に思っている方も多いかと思います。そこで今宵は特別な演出をご用意させていただきました。皆様の安全は十分に配慮させていただいておりますので、どうぞお楽しみ下さい」
確かに闘技場内を見渡すと、聖騎士団の騎士が至る所に配置されている。
「一体何を……」
しかしその疑問は神官の合図と共に響きわたる悲鳴で明らかになる。
「ま、魔物だ!」「何で魔物がここに!?」「こ、殺される!」
しかし慌てた市民の近くに配備された聖騎士団の騎士が駆け寄ることで、大きな騒動には繋がらなかったが、それでもどよめきは収まらない。
「皆様、これより二人によって魔物を倒していただきます。皆様はどうか安心してその様子を見ていただきたい」
魔物を圧倒して倒すことで強さを誇示し市民の信頼を取り戻す つもりなのかもしれないが、これは幾ら何でもやりすぎだ。
数多くの魔物の中にはBランクの魔物まで混ざっている。
しかし文句を言っている暇は無く、魔物はこちらに向かってきている。
「やるしかねぇな、戦うのは魔物を倒してからだ!」
まさかユウトから共闘を持ち出されるとは思わず驚くアヴラムだが、拒否する理由もないので、頷く。
「ああ、被害がでる前にさっさと倒してしまおう」
こうして決闘の火蓋が切られる前に、魔物との戦いが始まったのであった。
■■■
聖騎士団の騎士が何人も配備されているとは言っても魔物がバラバラに散らばってしまえば絶対守りきれるとは言い切れない。なので被害が市民に及ばないように急いで倒すためにも、アヴラムとユウトは一時休戦し共闘する事になった。
アヴラムはこちらに向かってくる魔物はユウトに任せ、まずは観客である市民に意識を向け始めている魔物から片づけていく。
とはいえ放たれた魔物の中でBランクの魔物は中央にいるユウトの方に向かって行っているので、魔物を倒しつつもユウトの方を気にして確認する。
しかし召還されて直ぐ、訓練を初めたばかりの頃は過保護にされすぎて頼りなかったユウトが、いつの間にかしっかりと魔物と渡り合い大聖剣の加護もあって魔物を圧倒している。
アヴラムが勇者一行から抜けた後に色々と苦労もしてきたことが伺い知れるのだが、やはりBランクの魔物には苦戦している。
外に向かっていた魔物を倒しきったアヴラムは、中央にいるユウトの元に戻り、共闘を始める。
「大丈夫かユウト!」
「当たり前だ! それよりさっさとあのデカい亀を倒すぞ」
ユウトも警戒しているその亀というのがBランクの魔物であり、その名を[アイアンタートル]という。
鉄の甲羅で攻撃を防ぎ、家が丸ごと移動しているようなその巨体で敵を踏みつぶす。動きは緩慢であるが、その甲羅を突き破れる攻撃がなければ止めることが出来ない。
そして目的地を目指してただひたすら真っ直ぐに進むので、被害が大きくなる為にランクが高めに設定されているのだ。
本来は耐性の低い魔法を用いて倒すべきであり剣での攻撃は有効打にはなかなかならないので、ユウトが持つ大聖剣ですら正面からの攻撃は防がれている。
このまま時間がかかりそうなので、とりあえずは残った魔物を先に倒してからユウトに近づく。
「苦戦しているようだなユウト」
「お前がサボっているからだろう」
ユウトにとっては弱い魔物はいつも他の仲間に倒させてきていたので、雑魚の魔物を相手にすることは仕事だと思っていないのかも知れない。
もっとも、まわりに気を配る余裕が有ったならばの話だが。
「サボってはいないんだが……まぁさっさとアイアンタートルを何とかしようか」
「アイ……ああ、あのデカイ亀のことだな。あいつ近づくと直ぐに殻にこもりやがって刃が通らないんだ」
「そうだな、あいつの殻の堅さと厚みは尋常では無いからな。普通に斬りつけても無理だ」
「ならどうすればいいんだ?」
「あいつの脅威は止まらないでひたすらに進むことだ、なら動けなくしてしまえばいい」
「だがどうやってあの巨体を止めるんだ?」
「これだけ魔物を倒したんだ、そろそろ溜まって使えるんだろ?」
ユウトにはユニークスキルがある。
アヴラムも討伐訓練で何度か見せて貰っただけなので、うろ覚えなのだが、[魔力吸収EX]という対象とする相手の持つ魔力を吸収し自らのものにする事が出来るスキルだ。
このスキルによってユウトは本来、転移者には使うことが出来ない魔法を使うことが出来るようになるのだ。
「覚えてやがったか……確かに溜まってるが、あんなでかい巨体を吹き飛ばすほどの魔法は知らねえぞ」
「それは俺も知らん」
「なら意味がねぇじゃねぇか!」
「知らないが、方法ならある」
そう言ってアヴラムは自身が持つ剣の柄に付けられた粗悪な魔結晶を取り外す。
魔結晶は魔石の純度を高めたものらしいが、ラーカス商会が作り出した質の高いものと比べここに付けられた魔結晶はすこぶる純度が低く濁っている。
普通は魔結晶に魔法の紋を刻みそこに魔力を通わせることで魔法が発動し、いわゆる魔道具となるのだが、純度の低い魔結晶の場合は魔法が発動するどころか、発動されずに行き場を失った過剰な魔力が圧縮され爆発をするのだ。
「この魔結晶にありったけの魔力を込めたら爆発をするはずだから、あのアイアンタートルの下に投げ込んで、ひっくり返すんだ」
タイミングを見誤れば自らも爆発にまきこまれてしまう役割だが、今出来る方法はそれしかない。
「なら俺が魔力を込めるから、お前があの亀の下に投げてこいよ」
やはりユウトは自らがその役割を担うことは嫌なみたいだ。
ユウトが自分で運んでくれた方が時間的な猶予が出来るのだが、ここで押し問答をしてる暇は無い。
「……ああ分かったよ」
アヴラムはユウトに取り外した魔結晶を渡す。
そしてユウトが魔力を魔結晶にそそぎ込み、魔結晶は発光し始める。
「後は任せたぞ」
「ああ」
アヴラムは投げ渡された魔結晶を持ち、アイアンタートルの方向に走り出す。すると直ぐに進撃を止め殻にこもられてしまうが、徐々に熱を持ち始め、煙を上げ始めた魔結晶を体の下に差し込む。
そして急いで離れるのだが、背後で限界を迎えた魔結晶にヒビが入り爆発が起こり爆風に巻き込まれ吹き飛ばされる。
「ゲフォゲフォ、ひどいなこれは」
巻き上げられた砂埃もそうなのだが、こんなことになる可能性があるものにすり替えた神官も酷いものである。
しかしアイアンタートルは目論見通りその巨体をひっくり返され、身動きがとれなくなっている。
その様子を離れた位置から見ていたユウトが近づいてくる。
「やったな、これで魔物はすべて片づいたか」
「ああ、そうだな」
とりあえず安堵していると、再び神官の声が闘技場内に響きわたる。
「皆様、ご覧いただけましたでしょうか? 魔物は見事に無力化されました。ではいよいよこの二人の戦いをみて頂きましょう!」
そのかけ声と共に闘技場内に残された魔物の残骸、そして動きの取れなくなったアイアンタートルが外に運びだだれていく。
そしていよいよアヴラムとユウトの戦いが始まるのであった。
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