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第1章 冒険者生活を始める。
#13 トロイメア商会
しおりを挟むお金を騙し取ってきたという誤解を解く為にトロイメア商会に戻ってきたわけだが、ルインに言われた噂のせいでビートが逃げようとしている。
かくいう自分も殺されるかもという言葉を聞いた上で進んで行きたい場所ではないのだから、気持ちは分かる。
だが行かないことには何も分からないので、こんなところで[脱兎]のスキルを発動して逃げ出されても困るのだ。
だからこそビートの首根っこを掴んで諭す。
「大丈夫だよビート、何かあっても俺が何とかするから」
「…………ワかった」
渋々と後ろからついてくるが、本当にそろそろ諦めて欲しいものだ。
間違いでないことを確かめるだけであれば一人でも問題無いのだが、誤解を解く為にはビートにその証人になってもらわなければいけない。
こうして何度か同じ事を繰り返しながら、何とか商会にたどり着いた。
「こんにちはー」
商会に入り挨拶をすると受付の人が直ぐに近寄ってきて、杓子定規な応対をしてくる。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「もしかしたら何ですけど、購入した物の代金が間違っていたかも知れないので確認にきました」
「購入ですか? かしこまりました、それでは確認を取りますのでお名前を教えてもらえますでしょうか?」
「ええアヴラムです。それとこれがその時貰った名刺なんですけど……」
名刺と言いつつ名前がかかれておらず商会の紋章のみが入っただけなので、その時に応対してくれた人の名前までは思い出せない。
「!」
俺から名刺を受けとると受付の人が目を見開き驚き慌て出す。
「どうかされたんですか?」
この名刺が何かおかしい所があったのだろうか?
「これは申し訳ありませんでした。直ぐにご案内させていただきますので、こちらへ来てお待ち頂けますでしょうか」
「はい?」
……どういうことだろうか。
渡した名刺を見るや明らかに態度が変わり、凄い低姿勢になった。
名刺をくれた奴が凄い偉い人だったのだろうか? それとも名刺を持って来た人は騙された奴だから、嵌めようとしているのだろうか。
……まぁ付いて行ってみればわかるだろう。
受付嬢に案内され通された部屋は、やたらと豪華絢爛な応接室だった。
直ぐに呼んできますとビートと二人、取り残されるが、こんなに豪華だと逆に落ち着かないなと思っていると、直ぐに誰かがドアを叩き部屋に入って来る。
「失礼します」
誰かと思えば先程の受付嬢がもう帰って来た。
「アヴラム様、それでは準備が出来ましたので会長をお呼びしてよろしいでしょうか?」
「会長!? なんでそんな偉い人が出てくるんですか?」
「それは……もしかして名刺は会長と会談することを希望する為に出したのでは無いのですか?」
どうやら俺が知らなかっただけで、あの名刺をこの商会の人間に渡すということは、ここの会長と話がしたいという意味をもっているらしい。
……そんな説明は受けていないのだが。
ゴブリンの角を売ってくれた人にまんまと嵌められた格好になってしまったみたいだ。
もしかして本当に騙されていて怖いお兄さん達に囲まれるとかないのか心配になるも、ビートは部屋の豪華さにあてられていて良く分かってないみたいである。
ここで逃げだそうとしてくれたらどさくさに紛れて一緒に逃げ出せるのに、とアヴラムは思ってビートを見るがまったく気づいてもらえない。
……覚悟を決めて諦めるしかないか。
「分かりました。会長に会いますので呼んで下さい」
断ることが出来ない状況になり、仕方ないので会長とやらを呼んで貰うが、素直に謝りにきたことを後悔する。
……ごめんなビート。こうなる前に逃げ出そうとしていたのは野生の勘だったのかな。
しかし今となっては部屋に飾ってある装飾品に目を輝かしているし、触ろうとしているので野生の勘など無いのかもしれないが……。
とりあえず壊されたらシャレにならないので、慌ててビートの首根っこを掴んで席に引き戻して待っていると、再び扉がノックされ遂に会長がやって来た。
「アヴラム様、会長が到着しました。」
「どうぞ」
どんな人がくるのか分からないので身を引き締めると、ガチャと勢い良くドアが開けられる。
そこから現れたのは長身で、なぜか冬でも無いのにマフラーをしている壮年な男性であり、どうみてもまだ会長と呼ばれるには若い年齢だなと思う。
「やぁ! 元気にしてたかいアヴラム君?」
「ってえ? まさか……ギルスさん!?」
何とやって来た会長は知り合いだった。
ギルスはイヴリースの親戚で一度だけ合ったことはあるけど、今まで何をしている人なのかまでは知らなかった。
しかしギルスが商会長ということは、イヴリースの家はお金持ちなのだろう。
これまでどんなに聞いても、『どうしようもない家よ』と教えてくれなくて、幼少期から聖騎士団に預けられていて、帰省する度にあんな所には帰りたくないとか言っていたのだが、まさかのお嬢様だったとわ。
俺の知っているイヴリースは全く性格がおしとやかでは無くてお嬢様っぽくないというよりむしろ、おてんばだ。
まぁだからこそ堅苦しい家には帰りたくなかったということかもしれない。
ギルスと世間話をしつつ今の話をすると、全く耳に入っていなかったようでものすごく驚かれた。
「そんな話聞いていないぞ! なんで君がそんな目に合わなければいけないんだ!?」
「まぁまぁ落ち着いてください。確かに腹は立ちますけどもう彼らとは関わりたくないのです。それに今回のことが無くても、あれだけ闇が深い組織だと、いずれ自分も取り込まれていたかもしれないので、縁を切れて良かったと思っているんですから」
「そうかも知れないが、これではあまりにも……」
まぁ他の人からすれば、俺が受けた扱いはこれまでの実績も何もかも奪い取られているのだから憐れに映るだろう。
だが俺にとっては、それを引き換えにあの勇者に付き合わなくて済むのだから安いものだ。
それに派閥争いみたいなものには興味ないのに、次期聖騎士長は誰だということで名前を挙げられる状況は面倒くさかった。
「イヴお嬢様はこの事をご存知なのですか?」
お嬢様って……どうやら、イヴリースは家では随分と猫を被っているのだろう。
「まさか! この事を知っていたら、直ぐにでも飛んで来ますよ」
その時は、勝手に出ていったことを怒られるだろうから、一発ぐらい殴られることは覚悟しないといけない。しかしそう考えるとお嬢様とは一体何なのだろうか……。
それにしてもギルスが凄い親身に心配してくれるのはありがたいのだが、イヴとの最近のことを聞かれるはどういうことだろうか?
しかも普通に任務で一緒になったぐらいと話すとガッカリされ、質問の意図が全く訳がわからない。
「イヴのことは置いといて、俺のことは本当に気にしないで下さい、それに今は今でそれなりに楽しいですから。それに新しい仲間も出来た所です」
そう言いながら、ソファーの後ろに隠れていたビートを引っ張り出すが何故か顔をしかめている。
香水の匂いが獣人にとってはキツいのかもしれない。
「そうか……それならいいんだが。もし困ったら何時でも言ってくれ、何時でも力になるからな!」
そう言われてようやく、ここに来たのは[ゴブリンの角]をなぜ安く売ってくれたのか聞きに来たことを思い出し質問する。
「そういえば、なぜ[ゴブリンの角]を俺に安く売ってくれたのですか?」
「ああ、それか。私もさっき報告を受けて確認したら君が面白いことをやってたからみたいだよ」
……どういうことだろうか?
別に面白いことを人前で披露した覚えはないのだが。
「どういうことですか?」
「君、最近ゴブリンを狩っていたでしょ? その時にたまたま近くにうちの商会のメンバーがいて見てたみたいなんだよ」
どうやらゴブリン狩りの様子をここの商会の人に見られていたようだがそれだけで安くなる理由がわからない。
しかし俺とギルスの関係を知っていたからでは無いみたいだ。
よくよく話を聞いていくと、角だけ回収したゴブリンの様子がしばらくすると何かに目覚めたようにおかしくなったそうで、普段は攻撃的な種族なのに冒険者に気付いても攻撃する気配が無く、むしろ他のゴブリンにすり寄っていったらしい。
えっと……うん? なんだそれ……。
「つまりあれですか、俺が殺さずに角だけを回収したゴブリンが新種認定されるかもしれないと?」
「うーん、でもそれが微妙なんだよね。倒しちゃうと普通のゴブリンのアイテムしか手に入らないし......あっでも肉質は柔らかくなってたみたいで、うちの食材を仕入れる人たちが喜んでたみたいだよ」
普通のゴブリンの肉は固く好んで食べられるものではないので食べられるようにするには色々と手間がかかる。
それでも値段の安さから少なからず需要があり、もし仕込みの手間無く肉質が最初っから柔らかいなら、より需要が増えるかもしれない。
「つまりあれですか、その新しい手法の発見のお礼ということなのですか?」
「うん、そういうことだね。それでもあんな角だけを刈る芸当なんて普通は出来ないから、ただ者ではないなと思ったうちの商人たちが、これはお金の匂いがするぞと思ったみたい。それでぜひ会長に会わせなければと思って名刺を渡したそうだよ」
それならそうと、ゴブリンの角を買った時に説明をしてくれても良さそうなものだが……
良く良く思い出してみると、確かに商会の素晴らしさとかもだがゴブリンについて熱く語ってた気がする。仕事に熱心になりすぎたゴブリン愛好家ではなかったようだ。
いつも聖騎士団の団長の話が長すぎて、無駄だと思ったら聞き流す癖があるので聞き流してしまっただけなようである。
商会との繋がりを作って貰おうと必死だっただけなのに、ゴブリン愛好家と疑ってしまったことは反省しなければ。
こうして疑いも晴れた上、新たな繋がりが出来たので、内心ホッとしたのであった。
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