アネモネの咲く頃に。

シグマ

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とある祓い屋の二日間

第7話 終わりと始まり

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──牛鬼との戦いから家に戻ったのは、空が白み始めた頃だった。

 今回は些か力を使いすぎたので、僅かばかりに傷を癒してから、倒れ込むように布団で眠る。
 それから目を覚ましたのはお昼頃だった。既に蓮は目を覚ましており、作ってくれたご飯で遅めの朝食を頂く。

「東雲さん、昨日はお疲れ様でした。今日は……」
「どうしましたか蓮?」
「俺が渡した御守りが使われました」
「そうですか…………どうやら私の式神も使われたみたいですね。ようやく例の鬼が現れたのでしょう」
「俺が行ってきましょうか? 今回は東雲さんの手を煩わせる程の鬼ではないでしょう?」
「いや、君は怪我人だから休んでいなさい。私なら大丈夫だから」

 幾ら進化を遂げた鬼と言っても、千絵さん一人からしか力を得ていない鬼の力などたかが知れている。

「直ぐに向かいますから、蓮はこの店の事を頼みます」
「はい」

 天狗の力を借り式神が使われた場所である学校に向かうと、正に鬼が千絵さんを襲おうとしている所だった。だがやはり大した鬼では無さそうなので、退魔の力を持った黒猫の式神を出し、間に割って入る。

「お待たせしました千絵さん」

 着地と同時に黒猫を解き放ち、鬼の相手をさせる。

「東雲さん! 一体どこから!?」
「天狗の力を借りたのですよ。そんなことより怪我はないですか?」
「私は大丈夫です。でも私を守って天狗君が!」

 千絵さんが指し示した方向を見ると、私が渡した鞍馬天狗らしき小さい天狗がぐったりとしていた。
 どうやら千絵さんの力の低さと私の力が弱まったことも相まって、完全に召喚されなかったようだ。

「彼なら大丈夫、鬼の生命力は強いですから。しかし一度、力の繋がりを切って帰す方がよいでしょう。千絵さん、心の中で帰るように念じてみて下さい」
「そうなのですか……分かりました」

 千絵さんが力の繋がりを切ると同時に私も繋がりを断ち切る。すると天狗は煙に包まれて姿が見えなくなる。

「ここまで良く頑張りました。後は私が鬼を倒しますからそこで休んでいなさい」

 震える千絵さんを落ち着かせるためにも、頭をそっと撫でる。

「あの……頑張ってください」
「ええ、直ぐに終わらせますよ」

 私はそう告げて、鬼に向かう。そしてようやく、しっかりとこの鬼を見て天邪鬼あまのじゃくだということに気付く。
 天邪鬼は牛鬼と比べると随分と格が落ちる上、十分な力を得ていない鬼だ。こちらとの力の差を解らず攻撃を仕掛けてくるので軽くあしらい、時間を掛けるつもりも無いので降魔の剣で一薙ぎにする。

「終わりましたよ、千絵さん」

 千絵さんは目の前の鬼が消えて安堵しているようだが、まだ完全には怯えが消えていない──むしろそれまで苦戦した鬼を一薙ぎにした、私の戦いを見て恐怖したのかもしれない。

「東雲さん、あの天邪鬼はどうなったのですか?」
「霧散させました。これでもう千絵さんがあの鬼に狙われることはありません」

 牛鬼のような格の鬼であれば、力を霧散させることによって別の影響が考えられるので封印をするのだが、この天邪鬼程度であれば問題ない。

「そうですか……そう言えば遼太と沙絵は大丈夫なのですか?」

 千絵さんが駆け寄った先にいる二人は、鬼に入られてしまっていたそうだ。強い力を持つ鬼であれば命の危険もあるが、あの鬼にであれば問題ないだろう。
 万が一も考えしっかりと確かめてみるも、やはりただ気絶しているだけのようである。

「大丈夫ですよ。心の隙間に鬼に入り込まれ強い負荷が掛かったので、自己防衛のために気を失ったのでしょう」

 千絵さんはそれを聞いて安堵し、一つ息をつく。話を聞く限り、この二人が今回の事件の原因なのに、本当に千絵さんは優しい心を持っているようだ。

「なら天狗君は大丈夫なのですか? 私の為に戦って傷付いてしまって、死んじゃうなんてこと無いですよね?」
「ええ、大丈夫ですよ。本来の力を取り戻せばあれぐらいの怪我は直ぐに治りますよ」
「そうですか……良かった」

 鬼に対しても過度に心を許してしまう千絵さんが、私たちの世界に足を踏み入れることは難しいだろう。天邪鬼のような弱い鬼だけを相手にしていれば良いなら問題ないが、いつか本当に命に関わる問題に直面しかねない。

「それでは千絵さん、これでお別れです」
「えっ……何でですか? これからもお手伝い出来ることがあれば手伝いますよ!」

 やはり千絵さんは、これからもこちら側に関わり続けようとしていたみたいだ。しかしそれは、彼女の為にも拒絶しなければいけない。

「千絵さんは優しい心の持ち主です。ですがその優しさはこの世界で生きていく上には仇となり、身を滅ぼすでしょう。それに千絵さんは直ぐに鬼を見えなくなりますから」
「それでも私にも出来ることが──」
「いえ、ありませんよ。強いて言うのであれば、今後は鬼を生み出さないように強い心を持って生きてください」

 手を貸すことが本来の優しさであっても、時には突き放すのも優しさだ。本来は鬼と関わりの無い千絵さんが、わざわざ修羅の道を歩む必要は無い。

「はい、分かりました。でも何かあれば手伝いますので声を掛けてください」
「……ええ、そうですね。では人を呼んで彼らを保健室に運んであげてください。私は部外者なので運べませんし」
「そうですね……分かりました。後でお礼に伺うので、またお店に行っていいですか?」
「ええ、また機会がありましたらお会いしましょう。千絵さんが困っていればまた力をお貸ししますよ」
「絶対、絶対ですからね!」

 千絵さんは強く念を押して、気絶した二人を運ぶために人を呼びに行った。
 このままこの場所に留まり続けると不審者扱いされかねないので、早めに退散することにする。

 家に帰った私はお店の結界を張り直す。
 これで力の無い人がこのお見せを見ても、空き家にしか見えないだろう。
 陽なる世界に生きる人が、無駄に陰なる世界に立ち入る必要は無いのだ。

「東雲さん連絡がありまして、また鬼が現れたみたいです」
「分かった、直ぐに向うから準備をしてくれ」

 こうして私の日常は、再び続いていくのであった。


──終わり──
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