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とある祓い屋の二日間
第5話 牛鬼討伐[前編]
しおりを挟む私の管轄の街ではないのだが、牛鬼が現れたとの情報があった。そしてその街では既に多くの被害が生まれてしまっているそうだ。
今回は直接要請を受けた訳では無いのだが、牛鬼を相手にするなら一人でも多くの手練れが居た方が良い。正式な依頼では無いので自分の家の者を呼ぶことは出来ないが、それでも私と蓮が加われば討伐の確率はかなり上がるだろう。
現場に到着すると、そこは決起集会の真っ最中であった。
「皆の者、今日の仕事は牛鬼討伐だ。これまでに幾人もの同士が殺られてきた相手でもある。今日こそ彼らの無念を晴らしてみせようではないか!」
彼女の皆を鼓舞する発破に、集まった祓い屋達が野太い声で応えている。
そして決起集会を終えて、私に気付いた彼女はこちらに向かってくる。
「何であんたがここにいるんだい?」
「相変わらずですね千明さん。今回も手助けに来ました」
彼女の名前は東郷千明であり、東雲家の分家にあたる東郷家の当主だ。
幼き頃から共に訓練を受けてきた、いわゆる姉弟子であり、東雲家の当主になった今でも頭が上がらない。
「誰もあんたの手助けなんて求めていないのだが?」
「分かっていますよ、私の我が儘ですから今回も報酬は要りません。協力して牛鬼を倒しましょう」
「そうかい……で、今日は蓮の小僧も着いてきているんだね」
「ええ、牛鬼相手だと一人でも戦える者がいた方が良いですからね」
蓮は西雲家の者と言っても六男であり、次期当主に座る可能性は著しく低い。その為、私に預けられているのだが、その逆として東郷家から一人、西雲家に預けている。
そしてその一人というのは千明さんの息子でもある。だからこそ蓮に対しては思うところがあるのだろう。
「お久しぶりです東郷さん。今日はお手伝いさせて頂きます」
「ああ、宜しく。私はお守りはしないから、自分の身は自分で守るのだよ」
「はい、もちろんです」
蓮も珍しく畏まって、緊張しているようだ。
「それで千明さん、牛鬼はどこに?」
「ああ、そうだね。おい! この人たちに説明してやんな」
自分で説明をしてくれても良いものだと思うのだが、世話しなく働いている門徒が説明してくれた。
説明を受けた話によると、牛鬼が現れるのは夜中の二時を過ぎた頃で、夜な夜な浅草の墨田公園に現れるそうだ。
工事と称した周辺道路の閉鎖は勿論のこと、既に周辺に結界班が配置に付いており、牛鬼を迎え撃つ万全な体制が敷かれている。
「流石ですね千明さん」
「当然だ……これまでに牛鬼には何度も煮え湯を飲まされてきているからな。周辺への配慮と相手を弱体化させることに抜かりはない。だからお前達の出番など今日は無いからな」
「ハハハ、そうだと有難いですね」
「ふん、それでは私はこれで失礼するよ」
「ええ、分かりました。必ず牛鬼を倒しましょう」
千明さんは踵を翻し、現場の指示へと戻っていった。それと同時に蓮の肩の力も抜ける。
「緊張したのかい?」
「はい。未だに自分のことを認めてくれていないのではないかと……」
「大丈夫、彼女は君のことをしっかりと認めてくれていますよ。そうでなければ──ほら君の作った術式が組み込まれた結界を使うはずがない」
「そういうものなのですか?」
「ええ、そういうものです」
信頼出来ない相手の作った物を使用しようと思う人はいない。まぁ、千明さんの場合、『それはそれ、これはこれ』と言いそうではあるが。
「では私たちは何時でも動けるように少し離れておきましょう」
連携が取れない以上、主戦は東郷家の者達に任せた方が上手くいく。あくまでも私たちは補助戦力に徹しなければならない。
──数時間後
周辺の情報を確かめながら、自分達も準備を進めていく。
刻一刻と牛鬼が現れると目される時間が近付き、周囲に緊張の糸が張り詰めだす。
「蓮、そろそろだ」
「はい」
時計の針は二時を指し、皆が警戒の色を強めるのだが牛鬼は一向に現れない。
ジリジリと精神が消耗していく音が聞こえそうなほどであり、一分一秒が果てしなく長く感じられる。
そして『今日は現れないか』と一人が呟いたその時、その男の前にどこからともなく赤ん坊を抱いた女性が川縁に現れる。
その女は牛鬼と共に現れる濡れ女で間違いなく、いよいよ牛鬼が現れるということだ。
「私の赤子を抱いて下さりませんか」
「あ、ああ」
男は逃げ出したいと思っているに違いないが、牛鬼を呼び寄せる役割上、逃げ出せず、そうでなくとも霊力の力関係上、濡れ女の言葉に抗えないのだろう。
非常に危険な役回りなのだが、囮として川縁に配置された者は牛鬼が表れるまで助け出すことは叶わない。
男に手渡された赤子を模した何かが徐々に重くなり男が跪いてしまったその時、近くに流れる川の水面を突き破り、ついに牛鬼が姿を現す。牛の首に蜘蛛のような鬼の胴体をした巨躯を震わせ、周囲に水しぶきを撒き散らした。
──さあ、仕事の時間だ。
時計の針が二時半を指したころ、いよいよ全員が牛鬼討伐に向けて動き出した。
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