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とある少女の二日間
第2話 知らない部屋
しおりを挟む──暖かい。
目を覚ますと、私は知らない部屋の中で布団にくるまれていた。
普通であれば慌てるべきなのかもしれないが、不思議と心は落ち着いている。
どこか懐かしい雰囲気を醸し出している部屋のせいなのかは分からないが、抱えていた心の闇が幾分か晴れ、今は不思議とおだやかな心持ちだ。
壁に掛けられた時計を見ると六時を示しているので、数時間も気を失っていたようである。
しかし畳の上に敷かれた布団の中で、私の身に何があったかを懸命に思い出そうとするも、良く思い出すことが出来ない。
頭に巻かれた包帯と手に貼られた湿布から、誰かが手当てをしてくれたことは分かるので、私の身に何かがあったのだろう。
悪い人に助けられた訳では無いことは分かるので、若干の不安に包まれながらも人を探して襖を開けて移動すると、そこには中庭の縁側で煙草を燻らせる着物姿の初老の男がいた。
「ああ、元気になりましたかお嬢さん」
「えっと、貴方は?」
「私はこの家の主の東雲晴春と申します。貴女が路地裏で気絶しておりましたので、失礼ながらここまで運ばせて頂き介抱させて頂きました」
「それはどうも御丁寧に有難うございます。えっと、私は芦谷千絵と言います」
「千絵さんですね。それでは千絵さん、貴女は何故あの場所にいたのですか?」
「何故……それは……」
必死に思い出そうとすると、頭の中でぐるぐると、思い出したくない事が浮かんでは消える。
心が締め付けられるような感覚にとらわれ答えに戸惑っていると、東雲さんが救いの手を差しのべてくれた。
「御免なさい、答えたくないことは答えなくて良いのです…………ただ話すことで救われることもありますよ」
「すみません……私もまだ頭の整理がついていなくて──それで迷ってる所に黒猫がいて……」
「もしや貴方の見た猫とは、この子のことかな?」
東雲さんが懐から一枚の紙を取り出し口に咥えたかと思うと、その紙は煙に包まれ姿を変える。
そして煙の中から姿を現し、畳の上にスタッと着地したはあの時の黒い猫だった。
「どうして東雲さんがその猫を……いえそれより先ほど何をしたのですか?」
手品だとしても幾らなんでも不思議すぎる。
ただの紙が目の前で猫に変わったのだから、手品で済ませられる話ではない。
「やはり、この式神が君には見えるのか……」
「式神?」
「そう、この猫は私の力で生み出した式神です。普通は見えるものでは無いのですが……」
東雲さんの足元であくびをしながら伸びをする姿は、本物の猫そのものだ。とても紛い物には見えない。
「ちょっと待ってください。いきなり式神とか言われても何がなんだか……」
「そうですね……君は陰陽師というものを知っていますか?」
「はい。確か妖怪などを祓う仕事の人だったかと思うのですが、それは映画や本の中の話ですよね?」
「確かに君が思っている話は脚色された空想の物語でしょう。しかし現にその陰陽道に通ずる力は存在し、祓い屋の仕事は存在しているのです」
東雲さんは、鬼と呼ばれる負の感情を力の源にする存在を祓う仕事を生業にしている一族なのだそうだ。
鬼は生き物が存在している限り何処にでも生まれる存在であるが、妖怪として名前のある存在にまで成長することは珍しく、とても厄介な存在らしい。
「でも……急に鬼だなんて言われても信じられません」
目の前にいる猫が式神であると言われても、私の知らない科学的なもので再現しているだけであると信じたい。
身近な所に、そんな得体の知れない存在がいるとか怖すぎる。
「ということは君はこれまでに鬼を見たことが無いのですか?」
急に鬼を見たかと言われても、そんな不思議なものを見た記憶は無い。
そもそも鬼がどのような姿をしているかさえ知らないのだ。
「えっと、そもそも鬼の姿を知らないのですが、一体どのような姿をしているのですか?」
「そうですね……成長すれば魑魅魍魎さまざまな姿になりますが、具象化する前は単なる力の塊。この猫と共にいたのであれば、それを見ているのではないですか?」
「確かあの時、私が見たのは……黒い靄?」
東雲さんは少しだけ頷き肯定してくれる。
「そうです。一般的には鬼火としても知られていますが、生まれたばかりの力の弱い鬼はガス状で、人に危害を加えられるものではありません。だからこそ、その状態の内に霧散させる為に私は式神を向かわせたのですが……」
東雲さんの話が事実であれば、おかしなことがある。
私があの時に見たのは確かに黒い靄だった。それならば危害は加えられないはずである。なのに私は確かにあの時に何かに吹き飛ばされた。
「もしかして、他にも鬼があの場所にいたということですか?」
今度は少しだけ頭を振るい否定される。
「それは無いでしょう。この街にその様な鬼が紛れ込んだという報告はありません。あるとすれば、その鬼が成長したのかも知れません」
東雲さんに説明を受け、私はハッとする。
鬼は負の感情が力の源であるならば、そこに負のオーラを漂わせた私が近づいたことで、あの鬼に力を与えてしまったのかも知れない。
「東雲さん、もしかしたら……」
もしかしたらでは無く、間違いなく私のせいだろう。
本当に鬼が力を得たとしたら、人に危害を加えることが出来るようになっている。恥と外聞を気にしている場合では無いので、真実を確かめるためにも私はその説明をすることにした。
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