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第10話 薬師のお仕事
しおりを挟む城に辿り着くやいなやシャルは侍女達に預けられ、あれよあれよの内に身なりが整えられていく。
これまで着たことの無いような上質な服と施された化粧によって、シャルは見違えるほどの可憐な見た目に変化した。
「お綺麗ですわシャル様!」
「そ、そうでしょうか?」
エステル王女に褒められるも、あまりにも高級そうな服装で汚してしまえば取り返しのつかないことになるのではないかと、シャルはガチガチに緊張している。
「馬子にも衣装というものだな。別人に見違えたぞ。その服はお前にやるから、その代わりに薬作りはお願いするぞ」
「は、はい」
クロード王子のお言葉はあくまでも頼み事をする風であったが、身分が違いすぎるシャルにとっては必ず成し遂げなければならない命令だ。
それに既に高価な衣装という褒賞すら与えられているのだから、そこに逃げ場など存在しない。
「それでは必要な薬草をここに書き出してくれ。城にいる薬師たちに準備をさせよう」
「はい」
シャルは渡された羊皮紙に必用な薬草を列挙していく。
しかし一つだけシャルでも名前が分からない薬草が一つだけあるので、言付けを行い薬草の特徴と模写図を記入しておく。
羊皮紙は王子の従者に手渡し薬草が準備される間は、シャルが見たことが無いほどの御馳走が振る舞われることになった。
しかしそれはシャルにとってはプレッシャー以外の何物でも無く、これだけの待遇をされて失敗しようものなら大変なことになるのではないかと心配する。
「シャル様、緊張なされているのですか?」
「いえそんなことは…………すみません、緊張しています。素晴らしいおもてなしをして頂くことは光栄なことなのですが、こんな良い想いを本当に私なんかがして良いのかと」
「そんな卑下することはありませんわ。これは私の体質を改善して下さったことへの感謝でもあるのですから、存分に味わって下さい!」
「そ、そうですか……」
シャルは恐る恐るに目の前に用意された、名前も分からぬ料理たちに手を付ける。
そしてその味はシャルがこれまで味わったことが無いほど深みのある味で、感想を表現出来るだけの語彙力の無さが悲しくなるが、思わず『美味しい!』と漏らしてしまう。
「美味しいか、それは良かった。兄上を治して貰うためにも頑張って貰わなくてはならないのだ。しっかりと食べておくのだな」
シャルが豪華な料理に舌鼓を打っているとクロード王子から聞き逃せない言葉が発せられる。
「クロード様、兄上を治療とはどういうことなのですか!?」
シャルの質問にクロードとエステルの二人は重たい表情になる。
そして一般の人には伝えられていない第一王子であるエルヴィンの戦傷のことがシャルに伝えられた。
「そんな……」
シャルの知る限り第一王子は外交の為に国内にいないことになっており、それ故に公の場所に姿を表すことが出来なくなっているとされている。
だからこそ怪我によって動くことが出来なくなっていることはシャルにとって初耳であり、もしもそれが国中に伝わったならば大変な騒ぎになるだろう。
そして国の危機を見計らって他国がこの国を攻め込んでくる可能性すらある。
「──この話を一般の者に漏らしたのは今回が初めてだ。無理なお願いなことは分かっているが、妹を治したその奇跡のポーションで兄上を救ってないか」
クロード王子とエステル王女はシャルに頭を下げてお願いをする。
それに対してシャルも、それ以上に頭を下げて懇願する。
「それはもちろんです。出来る限りのことはさせて頂きます。ですからどうか失敗したとしても命だけは許してください」
それを聞きクロードとエステルの二人は顔を見合せる。
「当然だ、妹の恩人にそのようなことをするはずが無いだろう? それに既に王室付きの薬師が幾度となく薬を作り失敗してきたのだ。失敗したとしてもそのようなことはせんよ」
それを聞きシャルは安堵するのだが、同時に任された事に対する責任の重さも感じる。
これまでに国中の叡智を集めても為し遂げることが出来なかった治療なのだ。そして今回も無理だとすれば今後もその可能性は無いに等しくなる。だとすれば何れは第一王子の負傷が知れ渡り、他国から狙われることに成りかねない。
つまりシャルの治療の成否がこの国の命運をも握っているかもしれないということなのだ。
そしてシャルがその責任の重さを噛み締めていると、薬草の準備を進めていた従者と王室付きの薬師がやって来る。
「シャル様、薬草のご準備が出来ました。しかし名前が分からぬとおっしゃっていた物については、改めて御自身でご確認下さい」
「はい」
従者に促され用意された薬草を確認すべく、全員で王宮の調合室へと足を運ぶ。
そして机の上に並べられた薬草を一本ずつ丁寧に確認し、使えそうな薬草のみを選りすぐっていく。
しかしシャルの製法上では必用な状態の薬草が無かったので、薬師に質問を行う。
「……すみません。ここに生の薬草は無いのでしょうか?」
「生の薬草? そんなものをどうするつもりなのかね?」
「えっとですね、生の薬草からもエキスを抽出することで、より高い純度が得られるんです。それによって品質も向上するのですが、知りませんか?」
「いや、確かアナスタシア伯爵様の所に新しく入った薬師もそのようなことを言っておったが……そのような新しい製法を何故に御主が知っておるのかね?」
知っているも何もその薬師に製法を教えたのがシャルであるのだが、それを伝えるとややこしいことになりそうなので誤魔化すことにした。
「えっとですね、たまたまその薬師がポーションを作る所を拝見する機会がありまして、参考にさせて頂いたのです」
「そうか、まぁ、その薬師も地方出身とのことだから、あり得なくはないのかな?」
辛うじて納得してくれたところで、シャルは話題を変える。
「すみません、この薬草はもう少し量が無いのですか?」
シャルが指し示したのは、名前も分からぬ薬草である。
たまたまトーマスの調合室の引き出しから見つけ出した種をシャルが栽培し使っていた物なのだが、種の持ち主であったトーマスすらも名前が分からぬ薬草だ。
シャルは疑問にすら思わずただ普通に使っている薬草なので王宮にはもっと有ると思って質問をしたのだが、薬師は僅かに体を震わせながら質問を返してくる。
「君はその薬草が何なのか分かっているのかね?」
「いえ、分からないので名前が分からないのですが?」
「なっ!?」
薬師は呆れて口が塞がらない様子だが、そんな薬師の事情など関係ないクロード王子は命を出す。
「有るのか、無いのかハッキリとしないか! 有るのならば早急に持ってきたまえ!!」
「は、はい!」
クロード王子にたしなめられ薬師は慌てて薬草を用意しに行く。
「……あの、不味かったのでしょうか?」
「それは君が気にすることではない。君はポーションを作ることに集中したまえ」
「そうですか……いえ、分かりました」
シャルが名前も分からぬ薬草は月光花と呼ばれ、特定の条件下でしか発芽すらしないので栽培が出来ないとされる薬草だ。
栽培が出来ないので種の流通すら行われないのだが、たとえ発芽したとしても花を安定的に咲かせることが難しく、薬師の中では野生で自生している月光花を採集するしか無いとされている。
しかも薬として使える部分は花弁である為にその価値は非常に高くなり、それは一束で家を買えるほどなのだ。
自分で栽培をすることが出来るシャルはそんなことを知らず、大量の月光花を使いポーション作りを始めるのであった。
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