10 / 13
第9話 襲来する二人
しおりを挟むリヨンの町に戻ったシャルは何時もと変わらない日々を過ごす。
朝起きて日の出ていないうちに薬草の畑の手入れと一部だけ収穫を行い、そして薬屋の中と外の清掃を行う。
お店の開店準備が全て整ってからは薬の調合を始め、僅かな休憩と日が出ている内に収穫する必要がある薬草を摘む時間以外は調合室に籠りっぱなしである。
しかしこの日だけは突然の来訪者によって調合室から呼び出され、お客様の対応を強いられることになった。
「シャル! 作業を止めて直ぐにお店に来なさい!!」
トーマスは調合室に駆け込むと薬草を擦り潰す作業を行っているシャルの手を掴み、慌て驚くシャルを他所に急ぎお店の方へと引っ張っていく。
「ちょ、トーマスさん、一体何が……」
訳もわからず店内に引っ張られてきたシャルは、そこにいたお方を見て目を見開き驚愕する。
「トーマスさん、なぜクロード王子がお店にいるんですか!?」
「そんなことこっちが聞きたいぐらいだ。彼らはシャルに会いにきたそうだ!」
「ええ!? なんで!?」
「そんなこと知らんよ、早く行ってこい」
トーマスに背中を押され、シャルはクロード王子の目の前につんのめりながら姿を表す。
「お前が薬師のシャルなのか?」
「は、はい、その通りでございます」
この国の第二王子であるクロード王子は何かと目立つ存在であり、第一王子が公の場に姿を現さなくなったことで実質的な王位継承者として目されているお方だ。
そんな人物に失礼があってはお店の前にズラっと並んでいる騎士に殺されかねないので、シャルは姿勢を正して返答をするとクロード王子の背後より見覚えのある少女が顔を覗かせる。
「あの……私のことを覚えていますか?」
「ええ、あの時に薬屋にいた子だよ……ね?」
シャルは途中まで口に出したところで、ようやくあることに気付く。
少女が顔を覗かせているのはクロード王子の背中からなのだ。
それは普通の人が近寄ることが出来ない程の距離感であり、そんな事が出来るのは同じ立場にいる人だけである。
「覚えていて頂けたのですね! あの時にキチンと感謝の言葉を伝えられなかったのでもう一度お会いしてお話しがしたかったのです。シャル様、あの時は見ず知らずの私に貴重なお薬を下さって本当にありがとうございます」
「いえ、とんでもございません! 私は本当に当然のことをしたまでですから」
シャルは失礼なことがあってはならないと必死に受け答えを行う。
そしてシャルは自己紹介をして自分について説明をしていると、クロード王子が口を挟む。
「そんな話はどうでも良い。今日、我々がここに来たのは他でもない、お前が作りエステルに渡したポーションについて聞く為だ」
「えっ……」
シャルはそれを聞いて顔が青ざめる。
王族に対して出所の怪しい薬を渡して飲ませたとして、それによって体調を崩したなどあっては斬首ものの罪に問われるだろう。
しかしエステル王女は健在であり間違って失敗したポーションを渡した訳では無さそうなので、シャルはただただクロード王子が問うた理由が分からずに困惑する。
それを見たエステル王女は頬を膨らませながら横から口を挟む。
「もうお兄様、そんな聞き方ではシャル様が困っているではありませんか!」
「む、そうか……それはすまない」
「シャル様。シャル様の評判を私どもで調べさせて頂きました。トーマス様にもお伺いしましたが、本当に優秀な薬師様であられるのですね。そこでお願いなのですが、あの時に頂いた薬をもう一度お譲りして頂くことは出来ませんでしょうか?」
クロード王子に代わりエステル王女はシャルが怯えないように再び丁寧に質問をした。けれどもシャルの顔は青ざめたままで返答をする。
「……今はお渡しすることが出来ません」
「何故だ!」
思わぬ返答にクロード王子が声を荒げる。
「も、申し訳ございません、お譲りしたいのは山々なのですが、あいにく特製のポーションは在庫がないのです」
「それならば、今すぐに作り出せば良いではないのか?」
クロード王子の問いは当然のことで、シャルも出来るのであれば今すぐにでも作り出し献上したい想いである。
しかしながらシャルにとっての栄養ドリンクを作り出すにしても、その材料である薬草が底をついているのだ。それも栄養ドリンクを作るのに最も重要な、古い種から育てた薬草が無い。
幸いにも種は新たに採集することが出来ているが、再び青々とした葉と白い花を咲かせるまで育てるには数ヶ月は掛かるだろう。
「そんなに待てるものか!」
説明を聞いたクロード王子はシャルの手を掴み体を引き寄せて抱え込むと、そのまま外に待機していた馬車へと乗り込む。
シャルは訳もわからず目を丸くする。
「えっ? えっ? これはどういうことなのですか!?」
「この薬屋に必要な薬草がないのであれば、薬草がある場所で作れば良い! 城に戻るぞ、エステル!」
「はい!」
クロード王子の行動に付いていけてなかったエステル王女とシャルではあるが、説明されてようやく理解した。
町の薬屋には無くても、この国に現存する全ての薬草が集められている王宮には必ずシャルが求める薬草もあるはずなのだ。
こうしてシャルはクロード王子とエステル王女に誘拐されて王城に連れて行かれることになったのであった。
16
お気に入りに追加
824
あなたにおすすめの小説
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
守護神の加護がもらえなかったので追放されたけど、実は寵愛持ちでした。神様が付いて来たけど、私にはどうにも出来ません。どうか皆様お幸せに!
蒼衣翼
恋愛
千璃(センリ)は、古い巫女の家系の娘で、国の守護神と共に生きる運命を言い聞かされて育った。
しかし、本来なら加護を授かるはずの十四の誕生日に、千璃には加護の兆候が現れず、一族から追放されてしまう。
だがそれは、千璃が幼い頃、そうとは知らぬまま、神の寵愛を約束されていたからだった。
国から追放された千璃に、守護神フォスフォラスは求愛し、へスペラスと改名した後に、人化して共に旅立つことに。
一方、守護神の消えた故国は、全ての加護を失い。衰退の一途を辿ることになるのだった。
※カクヨムさまにも投稿しています
令嬢は恋愛に興味がない【完結済】
弓立歩
ファンタジー
公爵令嬢として生まれた、アルマナ・フィアーラル。わがまま三昧で、第2王子との婚約破棄もささやかれる中、頭を打ち倒れてしまう。そして前世の記憶が戻った彼女が取った行動とは!?
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
農地スローライフ、始めました~婚約破棄された悪役令嬢は、第二王子から溺愛される~
可児 うさこ
恋愛
前世でプレイしていたゲームの悪役令嬢に転生した。公爵に婚約破棄された悪役令嬢は、実家に戻ったら、第二王子と遭遇した。彼は王位継承より農業に夢中で、農地を所有する実家へ見学に来たらしい。悪役令嬢は彼に一目惚れされて、郊外の城で一緒に暮らすことになった。欲しいものを何でも与えてくれて、溺愛してくれる。そんな彼とまったり農業を楽しみながら、快適なスローライフを送ります。
逆行令嬢は聖女を辞退します
仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。
死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって?
聖女なんてお断りです!
母は姉ばかりを優先しますが肝心の姉が守ってくれて、母のコンプレックスの叔母さまが助けてくださるのですとっても幸せです。
下菊みこと
ファンタジー
産みの母に虐げられ、育ての母に愛されたお話。
親子って血の繋がりだけじゃないってお話です。
小説家になろう様でも投稿しています。
絞首刑まっしぐらの『醜い悪役令嬢』が『美しい聖女』と呼ばれるようになるまでの24時間
夕景あき
ファンタジー
ガリガリに痩せて肌も髪もボロボロの『醜い悪役令嬢』と呼ばれたオリビアは、ある日婚約者であるトムス王子と義妹のアイラの会話を聞いてしまう。義妹はオリビアが放火犯だとトムス王子に訴え、トムス王子はそれを信じオリビアを明日の卒業パーティーで断罪して婚約破棄するという。
卒業パーティーまで、残り時間は24時間!!
果たしてオリビアは放火犯の冤罪で断罪され絞首刑となる運命から、逃れることが出来るのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる