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第9話 襲来する二人

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 リヨンの町に戻ったシャルは何時もと変わらない日々を過ごす。
 朝起きて日の出ていないうちに薬草の畑の手入れと一部だけ収穫を行い、そして薬屋の中と外の清掃を行う。
 お店の開店準備が全て整ってからは薬の調合を始め、僅かな休憩と日が出ている内に収穫する必要がある薬草を摘む時間以外は調合室に籠りっぱなしである。
 しかしこの日だけは突然の来訪者によって調合室から呼び出され、お客様の対応を強いられることになった。

「シャル! 作業を止めて直ぐにお店に来なさい!!」

 トーマスは調合室に駆け込むと薬草を擦り潰す作業を行っているシャルの手を掴み、慌て驚くシャルを他所に急ぎお店の方へと引っ張っていく。

「ちょ、トーマスさん、一体何が……」

 訳もわからず店内に引っ張られてきたシャルは、そこにいたお方を見て目を見開き驚愕する。

「トーマスさん、なぜクロード王子がお店にいるんですか!?」
「そんなことこっちが聞きたいぐらいだ。彼らはシャルに会いにきたそうだ!」
「ええ!? なんで!?」
「そんなこと知らんよ、早く行ってこい」

 トーマスに背中を押され、シャルはクロード王子の目の前につんのめりながら姿を表す。

「お前が薬師のシャルなのか?」
「は、はい、その通りでございます」

 この国の第二王子であるクロード王子は何かと目立つ存在であり、第一王子が公の場に姿を現さなくなったことで実質的な王位継承者として目されているお方だ。
 そんな人物に失礼があってはお店の前にズラっと並んでいる騎士に殺されかねないので、シャルは姿勢を正して返答をするとクロード王子の背後より見覚えのある少女が顔を覗かせる。

「あの……私のことを覚えていますか?」
「ええ、あの時に薬屋にいた子だよ……ね?」

 シャルは途中まで口に出したところで、ようやくあることに気付く。
 少女が顔を覗かせているのはクロード王子の背中からなのだ。
 それは普通の人が近寄ることが出来ない程の距離感であり、そんな事が出来るのは同じ立場にいる人だけである。

「覚えていて頂けたのですね! あの時にキチンと感謝の言葉を伝えられなかったのでもう一度お会いしてお話しがしたかったのです。シャル様、あの時は見ず知らずの私に貴重なお薬を下さって本当にありがとうございます」
「いえ、とんでもございません! 私は本当に当然のことをしたまでですから」

 シャルは失礼なことがあってはならないと必死に受け答えを行う。
 そしてシャルは自己紹介をして自分について説明をしていると、クロード王子が口を挟む。

「そんな話はどうでも良い。今日、我々がここに来たのは他でもない、お前が作りエステルに渡したポーションについて聞く為だ」
「えっ……」

 シャルはそれを聞いて顔が青ざめる。
 王族に対して出所の怪しい薬を渡して飲ませたとして、それによって体調を崩したなどあっては斬首ものの罪に問われるだろう。
 しかしエステル王女は健在であり間違って失敗したポーションを渡した訳では無さそうなので、シャルはただただクロード王子が問うた理由が分からずに困惑する。
 それを見たエステル王女は頬を膨らませながら横から口を挟む。

「もうお兄様、そんな聞き方ではシャル様が困っているではありませんか!」
「む、そうか……それはすまない」
「シャル様。シャル様の評判を私どもで調べさせて頂きました。トーマス様にもお伺いしましたが、本当に優秀な薬師様であられるのですね。そこでお願いなのですが、あの時に頂いた薬をもう一度お譲りして頂くことは出来ませんでしょうか?」

 クロード王子に代わりエステル王女はシャルが怯えないように再び丁寧に質問をした。けれどもシャルの顔は青ざめたままで返答をする。

「……今はお渡しすることが出来ません」
「何故だ!」

 思わぬ返答にクロード王子が声を荒げる。

「も、申し訳ございません、お譲りしたいのは山々なのですが、あいにく特製のポーションは在庫がないのです」
「それならば、今すぐに作り出せば良いではないのか?」

 クロード王子の問いは当然のことで、シャルも出来るのであれば今すぐにでも作り出し献上したい想いである。
 しかしながらシャルにとっての栄養ドリンクを作り出すにしても、その材料である薬草が底をついているのだ。それも栄養ドリンクを作るのに最も重要な、古い種から育てた薬草が無い。
 幸いにも種は新たに採集することが出来ているが、再び青々とした葉と白い花を咲かせるまで育てるには数ヶ月は掛かるだろう。

「そんなに待てるものか!」

 説明を聞いたクロード王子はシャルの手を掴み体を引き寄せて抱え込むと、そのまま外に待機していた馬車へと乗り込む。
 シャルは訳もわからず目を丸くする。

「えっ? えっ? これはどういうことなのですか!?」
「この薬屋に必要な薬草がないのであれば、薬草がある場所で作れば良い! 城に戻るぞ、エステル!」
「はい!」

 クロード王子の行動に付いていけてなかったエステル王女とシャルではあるが、説明されてようやく理解した。
 町の薬屋には無くても、この国に現存する全ての薬草が集められている王宮には必ずシャルが求める薬草もあるはずなのだ。

 こうしてシャルはクロード王子とエステル王女に誘拐されて王城に連れて行かれることになったのであった。
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