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第8話 王女と王子
しおりを挟むエステル・アルベールはこの国を治めるアルベール王家に生まれ、第三位王位継承権を持った王女である。
彼女は成人年齢よりも若い十歳なのだが、二人の兄に代わり幼いながらにも市民の生活を視察に出掛けることも多い。
それは生まれながらの虚弱体質で長時間の運動をすることが出来ず国事行為に参加することすら儘ならないので、せめて体調が優れている時を見計らって王都内を視察に回るのだが、それでも出先で体調を崩すことがしばしばあるのである。
この日も市民生活の実情を知るために市場を廻っていた所で体調を崩したのだ。
(今日は疲れましたわ……)
エステル王女は薬屋でポーションを飲み、体調が少し落ち着いた所で馬車に揺られながら王城へ戻っているところである。
しかしポーションを飲んだことで気分は随分と良くはなっているのだが、それでもまだ体から力が抜けている感じで思うようには体を動かせない。
そんな中でエステルは、その手の中にあるシャルから貰った液体の入った小さな小瓶を見つめる。
それはこれまでに見てきたポーションよりも遥かに澄んでおり、仄かに青白く光るように見えるその液体に、エステルはどんどんと目が奪われていく。
(キレイ……)
誰とも知らぬ人から貰ったポーションよりも従者が薬屋の主人から手に入れた薬の方が信用できる。
その為に当然のようにシャルから貰ったポーションは飲まなかったのだが、眺めているうちに徐々に心が惹かれ信用できる物のように思えるようになっていく。
王族として取るべき行動としては、速やかに従者に引き渡し少なくとも鑑定して貰った上で対処を決めなくてはならないのだが、エステルはそんなことすら忘れ飲むことに決める。
(市民の事を信じることも私の務めですものね……)
エステルは小瓶の蓋を開けて、恐る恐る中身を飲み干していく。
飲みやすく微かに柑橘系の爽やかさすら感じるその液体を完全に飲み干すと、すぐさま今までの疲労感が嘘のように消え去り体がこれまでに感じたことが無いほど軽くなった。
体質まで劇的に変化させるとはシャルも思っていなかったのだが、弱っている消化器官を強化し弱った筋肉を分解再構築する過程で虚弱体質な肉体を強化したのだ。
体が完全に虚弱体質から脱した訳ではないのだが、それでも元気に動き回れるようになっただけでもエステルにとっては信じられないことである。
「嘘、こんなことって……」
これまで城の薬師が用意した様々な薬を飲み虚弱体質の改善に取り組んできたが、ここまでの改善効果が現れる薬は初めてなのだ。
エステルは自分の体が自分の物では無いようになったことに驚き、馬車を率いる従者に幌の中から話し掛ける。
「アディ!」
「お、お嬢様!? 危ないですよ!」
従者は慌てて馬車を止め、エステルの話を聞きに近寄ると、先程まで動けなくなっていたとは思えないほど快活に動くエステル王女を見て目を見開き驚く。
「一体、何があったのですかお嬢様!?」
「分からない……何が起こったのかは分からないけど、理由は分かるわ」
エステルは空になった小瓶をアディに差し出す。
アディは見覚えの無い小瓶を怪しげに見つめる。
「これは?」
「アディは薬屋にいた方を覚えていますか?」
エステルはアディにポーションと思われる薬を貰った経緯を説明をした。
アディは見ず知らずの者から貰った物に口をつけるなどと怒ろうとするも、一瞬でも目を離した自分が悪いと反省する。
急ぎ慌てていて一瞬だけ目を離した隙に行われたこととはいえ、エステル王女にもしものことが合ったならば、それこそ従者であるアディが罰せられるのだ。
「……ですがその者は一体何者なのでしょうか?」
「分かりません。ですがその方も薬師と名乗っていたので、先の薬屋の店主に聞けば分かるかもしれません……」
「そうなのですね……では後日に改めて、薬屋に向かいましょう」
「今から向かいませんの?」
「今日はこれ以上は御体に障るかもしれません。その方から頂いた薬の効能が一時的なものかも知れませんので」
「そうですわね……」
今は元気になっていてもエステル王女が体調を崩されたら、その薬を疑わざるを得なくなる。
そうなれば従者のアディは処刑されかねないので、今は一時も早く城へと戻りエステル王女の体調を調べて貰わなくてはいけないのだ。
アディに説得されたエステルは再び馬車に揺られて王城に戻る。
王城に戻ったエステルはいつもであれば帰宅と同時に疲れが出るのだが、何事もなく溢れだす元気に、あらためて貰った薬の凄さを確信した。
アディの進言もあって城の薬師や賢者たちに体調を確認してもらうも、やはり虚弱体質は改善の兆しを見せ、万全な体調であると結論付けられる。
そしてその事を伝えるべくエステルは、兄であり第二王子のクロードの元に向かう。
「クロードお兄様!」
「おお、戻ってきたのか、エステル」
「はい、つい先程に帰ってきました!」
「ん? どうしたのだ、エステル。今日は随分と機嫌が良さそうだな?」
「そうなのですお兄様、聞いてください!」
クロードはエステルから凄い効き目を持ったポーションの話を聞かされる。
そしてその効果のほどは目の前にいる妹の状態が現しており、普段から顔色悪く俯き加減のエステルが嬉しそうに、出逢ったばかりの薬師の話をしているのだ。
クロードはしばし考え事をすると、一つの結論をエステルに伝える。
「そうか……確かにその薬師の薬ならば兄上の怪我をも治せるかもしれんな」
「はい、その可能性はあると思います」
二人の兄である第一王子のエルヴィンは先の戦争で、第二王子を庇い受けた傷により下半身不随となり、歩くことすら儘ならなくなっている。
その怪我を治療すべく国中の薬師や回復術師を呼び寄せ様々な手段を施したのだが、その甲斐むなしく完治することはなかった。
しかしまだ試していない薬が一つだけ残されており、そしてそれこそが伝説の薬として扱われているエリクサーなのだ。
飲んだ物がエリクサーなのかは定かではなくても、これまで虚弱体質で苦しんでいたエステルが瞬く間に治ったのだからクロードにとってはそのポーションに賭ける価値は十分にあるのだ。
「なら直ぐにでも、その薬師の元に向かうぞ」
「はい、そうおっしゃると思って私の従者に調べさせています!」
調査結果が出ても直ぐには王子と王女が王都を離れ外出することは出来ないので準備のために数日が掛かることになるのだが、忙しい公務を急ぎ片付けて王子と王女の二人はシャルの元に向かう時間を作る。
こうしてシャルが知らぬところで話は進み、突如として薬屋に嵐のような一日が訪れることになるのであった。
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