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第7話 買い付け

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 トーマスから指導を受け日々努力を続けることで徐々に立派な薬師になっていくシャル。
 しかし全ての薬を自分で作るのが薬師の仕事ではなく、貴重な薬草や優れた薬は別の薬屋から仕入れることもまた薬師の大事な仕事である。
 そこでトーマスからお使いを頼まれたシャルは、買い付けを行うべく王都にある薬屋に出向くことになった。
 馬車に揺られ王都にたどり着いたシャルは、初めて訪れた王都に目を奪われつつも無事に目的地の薬屋へ辿り着く。
 店内には疎らにお客さんがいるので、その人たちの用件が済むまで店内を物色して見て回り、他のお客が店から出たところで店主に話し掛ける。

「すみません、このリストに書いてある薬草と薬を頂きたいのですが」
「どれどれ……ああ、君はトーマスさんの所のお使いなのかな?」
「はい、そうです」
「なら直ぐに準備をするから少しの間、店内で待っていてくれるかな?」
「分かりました」

 薬屋の亭主はメモ書きに記された内容を見て依頼主が誰なのかを推測し見事に当てた。
 薬師にはそれぞれ精通している薬がありトーマスは自身が詳しくない薬をいつもこのお店で調達しているので、その注文の内容を見ただけで結び付くのだ。
 そしてシャルがしばらくのあいだ店内を物色しながら待っていると、準備を終えた亭主が薬と薬草が入った袋を抱えながら戻ってくる。

「お嬢ちゃん、これで間違いないかな?」
「えっと……はい、問題ありません。有難うございます!」

 シャルは代金を支払って品物を受け取り、一礼をして店の外に向かおうと踵を返し歩を進める。
 しかし出口に辿り着くやいなや突如扉が開き、シャルは鼻をぶつけて思わずその場にしゃがみこむ。

「きゃっ!」
「すまない急患なのだ、ここを通して貰う」
「はひ?」

 返事もそこそこに身なりをきちんと整えた女性が少女を抱えて横切っていく。
 きちんと謝られなかったのでムッとしたシャルではあったが、二人とも身分が高そうなのですごすごと引き下がる。
 しかし女性の急患という言葉が気になり遠巻きに様子を伺うと、女性が壁際にある椅子へ丁重に少女を座らせ、次いで急ぎ店主に薬を要求し始める。
 困惑した表情を見せる店主ではあるが、何やら事情を把握した店主は慌てた様子で薬の準備に掛かり始めた。
 病院が無く医者がいない中でその役割を担うのは薬師であり急患に対応することも珍しい話ではないのだが、店主の慌てぶりは普通ではないのでシャルは薬を用意する店主の様子も気になるのだが、それよりも椅子へ俯き加減で座り込む少女の方が気になり近付いて声を掛ける。

「えっと、大丈夫ですか?」
「ええ……ゴホ、大丈夫ですわ。いつもの事なので──」

 シャルは背中をさすりながら少女から事情を聞く。
 少女は生まれつきの虚弱体質で体が弱く、外出先で体調を崩した為に従者に担がれながら薬屋に駆け込んだそうだ。
 そしてそれはこれが初めてのことではないそうなのだが、偶々に薬を切らしていたために慌てる事態になったのである。
 青ざめている少女の顔を心配そうに見ながら話を聞いたシャルは、自分が何とかしてあげることが出来ないかと考え込む。
 そして渡して良いものかと悩んだ上で、お手製の栄養ドリンクを渡すことにした。

「余計なお世話かもしれないけど、私も薬師なの。ちょっと効き目が強すぎるかもしれないけど、これを飲んだら楽になるから」
「……これはポーションですか?」
「えっと、まぁ、ポーションの一種かな……」

 少女は一種という言葉に引っ掛かるものの、見たことがないほど綺麗に澄んだ薬に目を奪われ感謝する。

「ありがとうございます……」
「あっ! なら私はこれで帰るね!!」

 シャルは少女が薬を飲むところを見届けていこうと思うも従者が店主から薬を受け取り戻ってきそうになったので、面倒なことに巻き込まれる前に薬屋から出ていく。

(良くなってくれるといいな……)

 しかしシャルの想いとは裏腹に、少女は渡されたポーションを懐にしまい従者から渡されたポーションを口にする。
 薬師を名乗ったと言っても流石に見ず知らずの人から貰った物に口を付けることは躊躇われ、さらに従者が出所が不確かな薬を飲ませるわけにはいかないと棄てられ兼ねないので隠したのだ。
 少女が薬を飲み終わるのを見届けて女性は少女に話し掛ける。

「大丈夫でしょうか、お嬢様?」
「……ええ、かなり楽になってきましたわ。ありがとう、アディ」
「いえ、滅相もありません。それでは王城へと帰りましょう、エステル様。直ぐに馬車を呼び寄せます」
「ええ、よろしくお願いしますわ」

 こうしてシャルはエリクサーを渡した相手が誰なのか知ることなくリヨンの町に戻る。
 ただ良いことをしたと思っているのだが何気ないその行動によって、直ぐ様に平穏な日常が終わりを迎えることには気付いていないシャルであった。
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