田舎者の薬師は平穏に暮らしたい。

シグマ

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第5話 薬師の師匠

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 シャルがリゼラにハイポーションの作り方をさりげなく伝授してから数日後、アナスタシア伯爵の使いの者がやって来てリゼラは旅立っていく。
 それからの日々はリヨンの町に来て以来で初めてといって良いほどの穏やかな日常を送ることが出来ているのだが、シャルの心の内には別の心配事が出来た。
 それはシャルの日課であるポーション作りは続いているものの、薬屋の主人トーマスが商う本業の薬屋は閉まったままのことが多くなったのだ。

「トーマスさん、大丈夫ですか?」
「シャルか……悪いが今日もお店は休ませてもらうよ。ポーションも代わりにギルドへ納入してきてくれ」
「……はい」

 娘が目の前にいる時は父親らしく気丈に振る舞っていたトーマスではあったが、リゼラを伯爵家に取られ跡取りを失ったトーマスはすっかり気落ちし塞ぎがちになっている。
 トーマスは妻を病気で亡くして以来、男手一人でリゼラを育ててきた。そしてポーションでは怪我を治せても妻の病気を治せず亡くした後悔の念から、愛する家族を守る為にも様々な薬を研究した結果としてリヨンの町でも有数の薬屋にまで成長したのである。
 しかし唯一の肉親であるリゼラが伯爵家に迎え入れられたことで、トーマスは守るべき家族を失い生きる目的をも見失ったのだ。
 そんなトーマスを見て心配したシャルは、近くに寄り添いトーマスに生きる活力になるべく一つの提案をすることにした。

「トーマスさん……私にポーション以外の薬作りの全てを教えてくれませんか?」
「シャルに薬作りを?」
「駄目、ですか?」

 トーマスが困惑するのには事情がある。それはシャルと共にポーションを作っていた娘のリゼラから、シャルはポーション作りにおいて出来が悪いと度々聞かされていたのだ。
 それは幼心に熱心にポーション作りに取り組み父に褒められるシャルを見て、父親を取られまいとリゼラが嫉妬したからである。
 その為にいつしかトーマスが抱くシャルへの印象は農作物を作っていた経験から薬草は上手く育てられるが、それ以外はまったく期待できないという物だった。

「…………分かった。だが一度、シャルがポーションを作る様子を見させてくれるかな?」
「はい!」

 ようやく思い腰を上げて動いてくれたトーマスに、シャルは張り切ってポーション作りを見せ始めた。
 しかしシャルにとってはいつもと同じように作っているだけなのだが、トーマスにとっては不思議な行程が幾つもある。
 その度に幾度となく質問を繰り返すも理にかなった返答にトーマスは驚くばかりだ。

「シャル……今までに何処かでポーション作りを学んだことがあったのかい?」
「いえ、ポーションを作ったのはここが初めてです。初めはトーマスさんが作った方法を真似していたのですが、色々と試行錯誤しているうちに今の作り方に…………駄目でしたか?」
「いや駄目ではない……駄目ではないのだが……」

 トーマスは黙り考えこんでしまうので、心配したシャルは作業を中断して顔を覗きこむ。

「大丈夫ですか、トーマスさん?」
「あ、ああ、何でもないよ。それより完成まであと少しなんだ。気を抜かず最後まで作ってくれ」
「はい!」

 ポーションの材料を調合し残るは錬成魔法で仕上げを待つばかりなのだが、そこでもトーマスはシャルの実力に驚くことになる。
 錬成魔法は練度が高まるほど鮮やかで澄み渡った錬成色を発するようになるのだが、シャルのそれは既にトーマスのそれと同等か、もしくは上回っているほどなのだ。
 それを見たトーマスは気落ちしていたことを忘れたようにシャルににじみ寄り、決意したことを伝えるためにその手を掴む。

「シャル、君に俺の薬作りの知識の全てを教える。これまでとは比べ物にならないぐらい厳しい日々になるが、それでも構わないかい?」

 それはトーマスがシャルを薬屋の跡取りになるに相応しい才能の持ち主であることを認めたということであり、シャルはその心意気が嬉しくて喜び返事をする。

「はい、もちろんです!」
「わかった……」

 トーマスはシャルの返事を聞き一呼吸を置いてから先程までのにこやかな雰囲気から声色を一変させ、師匠と弟子として諭し始める。

「なら今までの作り方は一度忘れなさい。君の作り方には良いところと、悪いところが混ざってしまっている。基礎から覚え治さなければいけないことは山ほどあるからな」
「はい!」

 シャルがトーマスから直接に教わったのは、最初に薬屋にやって来た時に基礎的なポーションの作り方を教わった一回のみだ。リゼラもシャルに教えることは無かったからこそ自由にポーション作りを行え独自の発想で様々な手法を試すことが出来たのだが、それゆえに間違った手法も身に付けてしまっている。

 こうしてシャルはトーマスから厳しい修行を受ける日々が始まったのであった。
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