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第3話 穏やかな日常の為に

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 アナスタシア伯爵が帰った後、シャルは薬屋の主人トーマスに改めて事の詳細を聞いた。
 その話によると巷に流れている噂とは異なりシャルが作った在庫の中にエリクサーは無く、あったのは普通のポーションと効果の高いハイポーションだったそうだ。
 ただそれでも流通しているほとんどのポーションが質の低いポーションであるなかで、ハイポーションを作れる人も貴重な人材であることには違いないのでアナスタシア伯爵はリゼラを召し抱えることにしたのである。
 性能の高いポーションが有るか無いかによって冒険者パーティーに回復要員の有無が決まり、さらには依頼達成率にも大きく差が出るので多くの需要があるのだ。

(ポーションって奥が深いんだな……)

 シャルは自分が作ったポーションがエリクサーそしてハイポーションと違う呼称で呼ばれていることを知り、改めてポーションについて学び直すことにした。
 これまでのシャルは文字を読めないのでトーマスが作るポーション作りを見よう見まねで学び、さらに独学で実験した方法を試して見つけた方法で作っていたのだ。なので改めて学び直した一般的なポーションの作製方法は、自分の作製方法と比べると遥かに手抜きであり唖然とした。

(でもこの作り方が正しいとされているんだもんね……)

 このまま姉であるリゼラを送り出してハイポーションすら作り出せなければ、アナスタシア伯爵の怒りを買い薬屋が取り壊されてしまうことすら考えられる。
 だからこそ本当に正しい方法をリゼラにどのように伝えれば良いのか、シャルは頭を悩ませる。
 そしてリゼラがアナスタシア伯爵に連れていかれることが決まった次の日。
 シャルは何時ものにポーション作りに励むために調合室に向かうのだが、そこには既にリゼラがいてポーション作りを始めていた。

「どうされたのですか、リゼラ姉さま!?」

 普段は主人のトーマスがやって来る直前にやってきては直ぐに姿を消すリゼラが、今日はいつになくポーション作りにやる気を見せているのだ。

「どうって、見て分からないの? ポーションを作っているに決まっているじゃない」
「いやそうでは無くて……いえ、何でもありません」

 リゼラは正式に迎え入れられるその日までに感覚を取り戻す算段なのだ。
 折角やる気を見せているのだから邪魔をすまいとシャルもポーション作りを始める。
 リゼラは当たり前のように既に乾燥を終えて調合を待つのみのモノを直ぐに使用しているが、しかしそれは全て前日までにシャルが一から準備しておいたものである。
 普通の薬師のポーションの作り方は冒険者などによって集められた生の薬草もしくはそれが乾燥されたモノをギルドから仕入れ、調合用の魔方陣の上で抽出した薬草のエキスと聖水と混ぜ合わせるものだ。なのでリゼラはシャルがどこからか仕入れた薬草をただ戸棚に入れてあるだけだと思っているし、それを使うことに何の疑問も持たない。

(うん今日の薬草も、良い感じに仕上がってるね)

 当然にシャルも初めはトーマスの指示通りに薬草の買付を行っていたが、安定しない品質にいつしか自分でも育てれば解決出来るのではないかと思い栽培を始めることにしたのだ。
 幸いにもここの薬屋には珍しい種類の植物を自ら育てる為に中庭に畑を持っていて、その一部をトーマスに内緒でこっそりと薬草に入れ替えて育て始めた。

(あの頃は、失敗ばっかりだったな……)

 シャルは考え事をしながら、ひたすらにゴリゴリと薬草を潰していく。
 農家の生まれなだけあって土いじりが好きだったシャルは直ぐに畑仕事のすべてを任せられるようになったので、収穫された量さえ減らさなければ一部を勝手に使用することは容易かったのだ。
 しかし初めは自分で育てても安定しない品質に肩を落とす日々が続いたのだが、毎日の水やりの際に一部を聖水に変更したところ半分以上が枯れてしまうも、残る半分はかなりの品質に育てることが出来た。
 そこからは原因の切り分けを行いつつ、薬草に最適な成育環境を整えて安定的に品質の良い薬草を作り上げることに成功したのである。

「貴女いつまで擦りつぶせば気がすむの?」
「へっ?」

 物思いにふけりながら作業をしていたシャルは、すでに粉々になった薬草に気付かないですり鉢でスリスリし続けていた。
 そして気付けばリゼラは既にポーションを完成させている。

「私はもう済んだから、後の片付けは任せるわよ」
「は、はい」

 リゼラは久しぶりに作ったとは思えないほどの手際のよさでポーション作りの作業を終える。
 本当はラベル貼りや梱包なども含めまだまだ作業は残されているのだが、普段から作業をしないリゼラは私の仕事は終わったとばかりに何処かへ出掛けていった。
 しかしシャルはリゼラの作ったポーションを確認すると、教科書通りに作られた立派なポーションたちに感動する。
 リゼラは普段はもっと雑な仕事で去っていくのでキチンと揃えられた数を作ってくれたことと、作られたポーションが改めてトーマスに教えられた通りの物であるという普通なことが、シャルにとっては新鮮なのだ。
 
(やっぱりリゼラ姉さまは、やれば出来るのにな……)

 しかしそれはいつもサボっているリゼラが並の薬師と同じレベルを維持できていることに対してであり、どうしてもシャルの作るポーションよりは劣っている。
 品質の高い薬草のみを使っているので普通よりは効力が高いポーションに仕上がっているとは言え、如何せんシャルには物足りない出来だ。

「さて、どうしてものか……」

 このままではリゼラが伯爵家に迎え入れられたとしても、直ぐに化けの皮が剥がれて追い返されてしまうだろう。
 調合する錬金術の魔法の熟練度が急に上達するわけではないのだが作製手順を変更させて、せめてシャルがいつも作ったモノとして出しているポーションの品質にまでは近づけさせなければならない。

 こうして穏やかな日常を守る為にも残された僅かな時間のなかで、シャルは気付かれずにリゼラのポーション作りを変えさせる日々が始まった。
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