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第1話 噂の薬屋
しおりを挟む──王都から少し離れ、夢見る冒険者が多く集うリヨンの町。
この町の大通りに面した場所にある薬屋の調合室では、今日もゴリゴリと薬草をすり鉢でスリ潰す音が鳴り響いている。
そこでは薬屋に住み込みで働く十五歳の女の子であるシャルが今日も朝からポーションを作り続けているのだ。
ポーションとは飲むことで怪我を治すことの出来るもので、高度な治癒魔法より遥かに簡単に高い効力を得ることが出来る魔法のアイテムである。
しかしその利便性の良さから他の薬よりも遥かに需要が高く、言い方は悪いが若い冒険者には質より量が求められることから多くは新人薬師に任される仕事なのだ。
王都から遠く離れた貧しい田舎の生まれなのシャルは、度重なる不作の影響により十歳になる年に口減らしの為に町へ奉公に出された。そしてそれからは毎日のようにひたすらポーションを作り続けているのである。
「ふぅ、こんなものかな。後は調合していけば…………うん、完成だね!」
薬屋の主人であるトーマスにはシャルより歳上である娘のリゼラがいるのだが、トーマスはシャルもリゼラも分け隔てなく厳しく躾てきた。
しかしその娘はシャルのことを疎ましく思っているのか、仲良くすることはなく嫌っていると言っても良い。
田舎者であるシャルは古着のツギハギで出来た服を着ているのに対して、リゼラは化粧をして流行の服で着飾っているので、年端が近いと言っても端からはとても姉妹には見えないだろう。
「えっと、ラベルはどこだったかな……」
トーマスが子供らに平等に与えた日課であるポーション作りも、裏ではその殆ど全てをシャルだけで作らされている。
そしてリゼラはポーションを作っているというアリバイ作りの為に最初だけ調合室に入るのだが、トーマスが仕事のために出ていくとシャルに仕事を押し付けて直ぐに姿を消すのだ。
「こっちがリゼラ姉さんの分で、そして私のは……うん、これで良し!」
シャルは文句も言わずにポーションを作り続けるばかりか、自分のポーションはリゼラの物より僅かに劣ったものを用意する。
それはトーマスの本当の娘であるリゼラに対する負い目があるからであり、リゼラよりも質の高いポーションを作って褒められたときの嫉妬の視線が辛いのとイジメられないように身を守るためでもある。
そしていつもは日が暮れてお店が閉まる頃にリゼラが帰ってくるので、それまでに掃除も済ませておくのだが、この日は突如に背後の扉が開き声を掛けられる。
「あら、まだ終わってないのシャル?」
「え!? あ、すみません、リゼラお姉さま。直ぐに終わらせます」
いつもより早く帰って来たリゼラに責められるシャルは平謝りし、急ぎ作業を終わらせようとする。
「ああそう……そんなことより私のポーションはどこにあるのかしら?」
「えっ……あっ、こちらです」
「そう……なら何本か持っていくから、足りない分は補充しておいてね」
「えっ、あっ、はい……」
リゼラはそう言い残して再び外出していく。
補充と言われても今さら新たに作り直すだけの時間は無いので、仕方がなく自分の分のポーションの中で出来の良いものを選んでリゼラの分に移す。
ノルマを達成できなかったという事で主人に怒られることにはなるが、自分が怒られることで薬屋の平穏な日常が保てるのであれば安いものなのだ。
こうしてシャルの日常は回り続ける……はずだった。しかし、とある一つの噂がシャルの運命を変えていく。
『リヨンの町にはどんな傷でも癒すことの出来る[エリクサー]を作れる聖女がいる』
町にある薬屋のポーションは全て冒険者ギルドに卸され全て同じ扱いをされるので作り手を知ることは出来ないのだが、普通よりも遥かに効力の高いポーションを飲んだ冒険者が噂を広めているのだ。
しかしそんなことを知る由もないシャルは、今日も何時ものようにポーションを作り続けるのであった。
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