隠居魔王は静かに暮らしたい。

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#10 元魔王は勇者と戦う

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 サターナスはスリープゴートの羊毛を無事に手にいれ、キケとサラも無事にニグルムの村に帰って来た。
 むしろ二人ははしゃいだだけでほとんど手伝わず眠ってばかりだったが、まだ子供なので仕方ないだろう。
 そしていよいよベッド作りに取り掛かるのであった。

■■■

 翌日、マルクスの工房に向かうと既に木材は粗方加工されていた。

「おはようマルクス。凄いな、ここまで準備してくれたのだな」
「ああ、まさか丸一日も素材回収に費やしてくるとは思っていなかったので……というより買うのではなく自分で取ってきたのか?」
「もちろん……というより買えるのか?」
「それはこの村には良いものは無いが、他の村に行けば買えなくは無いだろう」
「そうだったのか……」

 まぁキケとサラにもよい経験をさせてあげられたし、スリープゴートの羊毛など素材としても一流だからある程度は節約するのも悪くない。

「それより、ここまでくれば後は組み立てるだけか?」
「そうだな、細かい調整はしたいがだいたいは組み立てられるはずだ」
「なら刃物を使う作業はキケとサラが来る前にやってしまおう」
「それもそうだな」

 ということで微妙な寸法の調整や、表面をならしたりといった作業をマルクスと二人で終わらせていく。
 しばらくするとキケとサラがやって来る。

「「おはよー魔王様」」
「あれだけ寝たのになんでまだ眠そうなのだ」
「ねる子はそだつんだよ、知らないの魔王様!」

 キケが知ったかぶり、腰に手を当て偉そうにしてくるが、可愛いので許すとしよう。

「まぁ良いがお主らも作業をしたいのだな?」
「「うん!」」
「ではお願いしていたものは用意してきたかな?」
「「はい魔王様」」

 そう言ってキケとサラがマットレス、そして掛け布団用に縫われた布を取り出す。
 事前にキケとサラの親に用意してもらえるように頼んでおいたのだ。
 これにスリープゴートの羊毛を詰め込む作業であれば二人でも安全に作業ができる。

「では、二人には重要な仕事を与える」
「「ごくり」」
「この布にこの羊毛を詰めて貰う。しかし直接触れると二人はまた眠ってしまうかもしれない。だからこの手袋を着用して作業すること! いいかい?」
「「はぁーい!!」」

 まぁ眠ったら眠ったで問題は無いのだが、出来ることは手伝って貰えた方が楽だ。

「よし! ならここで作業しないといけないことは殆ど終わってるから、ワシの家に移動するぞ」
「「「はぁーい!!」」」

 何故かマルクスまで、にやにやしながら返事をしてくるが無視をしよう。

 サターナスの家に移動し、外では組み立て作業、家の中ではスリープゴートの羊毛を取り出し、詰め込み作業がはじまる。

「よしキケとサラ、マットレスにする方はしっかりと押し込んで、掛け布団の方はあまり押し込まずふんわりいれるだぞ」
「「はぁーい」」
「ぎゅうぎゅう!」「ふんわり!」
「よし頼んだぞ」

 キケとサラに指示を終えて、再びベッドの本体の組み立てを始める。
 といってもここまでくれば、ミスをしていなければ組み合わせていくパズルのようなものなので時間は掛からない。
 しばらくマルクスと二人で作業し、殆ど完成した所で、キケとサラの様子を見に行く。
 すると途中で目の前にあるフワフワの綿に飛び込まずにいられなかったのか、二人はスヤスヤと眠っていた。
 まぁ分からんでもないぞ、この暖かな陽気で目の前にそれを受け止めてくれるものがあれば、眠ってしまいたくなるだろう。
 だが、なぜそれを見たマルクスまで飛び込むのだ。

「はぁー、まぁ後はワシが一人で作業するかのう」

 自分のベッドを作っているだけで三人はあくまでも手伝ってくれているだけなので強くは言えない。
 仕方ないので残った組み立てと、羊毛を積める作業を一人で行うことにした。

 そして日も完全に昇りきった頃には、ベッドは完成した。

「よし、出来たぞ。ほらキケとサラ起きな」
「「ふぇ?」」
「ほら寝ぼけてないで一度、顔を洗ってきな」
「「はあーい」」

 そしてまだ眠り続けているマルクスも優しく……起こすわけはなく、残った羊毛を回収するていで抜き取り床に放り投げる。

「痛いよ魔王様!」
「うるさい、さっさと起きぬか」
「魔王様冷たーい! キケとサラのように優しくしてくれよ」
「お主はおっさんだろうが、気持ち悪いこと言ってないでベッドを運び込む作業を手伝え!」
「へいへい」

 全く、これがベッド作りを手伝ってくれた男ではなくただの勇者であれば討ち滅ぼす所だぞ。

「魔王様、魔王様、かんせいしたの?」
「ああ、完成だ!」

 初めての手作りにしては悪くない出来だ。

「「すごーい! フカフカだ!!」」
「そうだろ、この魔王にふさわしいベッドだ」
「魔王様だけこのベッドで寝るのズルい!」
「はっはっは! まだ羊毛は余っておるから二人の布団ぐらいは後で作れるぞ」
「ほんとー! なら今からつくろー!!」
「それならまたお主らの母親に布を縫って貰わねばな」
「なら早くいこー!」

 キケとサラに手を引っ張られる。
 しかしその前にマルクスに感謝を述べねば。

「それではマルクスよ、色々と世話になったな。また色々と頼むかもしれんから宜しく頼む!」
「はいよ。ほら二人が待ってるから早く行ってあげな」
「うむ」

 そしてキケとサラの家に向かうのであったが、再び村にあやつらがやって来た。

■■■

「サターナス! サターナスとやらはここにいるか!!」

 突如として村中に聞こえるぐらいの大声が響き渡る。
 折角キケとサラの家にたどり着いた所だというのに、仕方がないので布団の件は後回しにして貰うことにして、声のする方へ向かう。
 するとそこにはいつぞやのジャイアントトレントの時に蹴散らした奴が……そういえばつい最近もどこかで見た気もするが、村長と話している。

「私はアーマンド! 魔王を討ち滅ぼす為にここまでやって来た勇者だ!!」
「はぁ、してその勇者様がこの村に何用で?」
「この村にサターナスという男がいるだろう。そやつを出せ!」
「確かにおりますが、彼が何かされましたかな?」
「何かではない! ジャイアントトレントと一緒に吹き飛ばされるわ、ようやくこの村の存在を突き詰めて向かっているとウルフに乗ったそいつらにまたはね飛ばされて散々だ!!」

 やはりラージウルフが撥ね飛ばしたのはこやつであったか。確かに事実であるが二つ目の方はワシではなくコボルトキングが操っておったのだぞ?
 しかし放っておくわけにはいかないので、アーマンドの目の前に行く。

「何だお主は勇者だったのか、カカシかと思ったわ」
「なっ! ふざけるな!!」

 アーマンドの後ろにいる仲間達も一緒に文句を言ってくるが、力なき者の言葉など、この魔王に届くものではない。

「まぁそれは置いといて、お主らはワシに何をしたいのだ? 復讐か? それはさぞ立派な勇者なことだ」
「なっ……いやそれもそうだ、勇者たるもの寛容でなければならんな。すまん先の件は水に流そう」

 おお、この自称勇者は意外にも話が通じるまともな奴なのではないか?
 勇者病に掛かっておるのかと思っておったが、話してみるものだ。

「わかってくれたなら良い。ならこの村には用がないのであろう? 早く魔王城に向かうが良い。その前にあるタンデムの町は良いところだぞ?」
「それは丁寧にどうも……って違う! お前は俺たち勇者よりも強いという噂で持ちきりなんだ。それが本当か一度手合わせをしてもらいたい!!」

 前言撤回、やはりこの男、面倒くさい勇者病に掛かっているみたいだ。

「そんなことはない、お主の方が強い強い。ほらこれで良いだろ、はやく次の村に行くが良い」
「バカにするな! この俺はこの国に推薦された正統な勇者だぞ!!」

 おおどうやらこの勇者はどこぞの金持ちの傭兵や、ギルドが持ち上げた冒険者ではなく、いわゆる伝統的な勇者みたいだ。

「そうかそうか、それでその立派な勇者様の装備がなぜ大聖剣ではないのだ?」

 大聖剣は普通の聖剣が神官の加護を受けているのに対し、神の加護を受けた魔王討伐に欠かせない剣だ。
 しかし目の前にいるアーマンドが持つ剣はただの聖剣だ。

「こ、これは……お金が無いんだ」
「はぁ?」
「だから金が無くて大聖剣は手に入れられないんだ。大聖剣は今、大富豪の観賞用になってある。しかし本物の勇者であれば大聖剣など必要ない!!」

 いやいやいや、何を魔王討伐に必須な道具を観賞用にしてしまっておるのだ。本気で人は魔王を倒すつもりがあるのか?
 まぁ大聖剣を持ってこようと、この程度の連中では相手にはならんだろうが。

「あぁそうなんだ……まぁなんだ頑張れ」
「憐れみの目を向けるな! くそっ、決闘だ、この俺と決闘しろ!!」
「またそれか自称勇者よ」
「自称ではない! もういい、ここで戦うぞ、剣を抜け!!」
「抜けと言われても剣など持っておらんわ」
「そうか……ならこれを使え」

 アーマンドは剣をこちらに投げてくる。この剣も聖剣であり、アーマンドが持っておるものと同等の質の剣だ。
 しかし魔王であるワシにとって加護が掛かっておる剣など負荷にしかならんのだが……まぁ丁度良いハンデか。

「仕方がないのう、後悔はするでないぞ?」
「それはこっちのセリフだ! 俺に喧嘩を売ったことを悔いるが良い!!」

 アーマンドの仲間が審判をするらしく、間に立ち開始の合図をする。

「なんだその構えわ! スキだらけだぞ!!」

 実力差が有りすぎて構えることすらアホらしいだけなのだが……仕方がない。こやつを満足させるためにも興を演じてやるか。

「ほら、いつでも掛かってくるが良い」
「その構えは失われた王家の剣術のもの……やはりただ者ではないな!!」

 ただこれまでに戦った中で最もまともだった者の構えを真似しただけなのだが、そんなに大層なものなのか。

「はようせぬか、来ぬのならこちらから行くぞ?」
「はっ、そんな挑発には乗らないぞ!!」

 挑発というか早く終わらせたいだけなのだが……仕方ないので誘導するか。

「それならワシからゆこう」

 一歩だけ前に進み、わざと剣を後ろに大きく振りかぶることで隙をつくる。
 流石にこれだけの隙を見逃すほど未熟な剣士では無いようで、ようやくアーマンドは斬りかかってくる。

「もらった!!」
「それはどうかな」

 アーマンドによって振り下ろされた剣に、横から剣を合わせるように当てる。
 念のためにワシが持つ剣に硬化魔法も掛けておいた。

「なっ! そんなバカな!!」

 アーマンドが持つ剣はものの見事に真っ二つに折れたのだ。

「ふむ、これで満足か? 自称勇者殿?」
「こんな……こんなことがあり得るのか……」
「ありえるから起こっておるのだろう。ほらいい加減立ち去るが良い」

 その言葉と共に剣をアーマンドの足下に投げ帰す。

「そうか……こんなところに希望が……」
「ん? 何を言っておるのだおぬし?」
「サターナスさん、いえサターナス様! 私を弟子にしてください!!」
「だが断る!!」

 何をいきなり言い出すのだこやつは、魔王が勇者の弟子などとるわけが無かろうが。

「そこを何とかお願いします!!」
「ええい、うるさい! さっさと帰れ!!」


 こうして穏やかな日常は再び失われ、この村に自称勇者が居座るようになってしまったのだった。
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